闇に咲く

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全年齢,中編,原作軸,完結済み,カカサス小説シリアス,ほのぼの

紫陽花

 第四演習場には一株だけ、紫陽花が植わっていた。
 今か今かと咲くのを待っていたら、ナルトが演習中にクナイでひと枝切ってしまい。
 そしてそのひと枝は、今サスケの家の窓際で、水の入ったコップに挿されていた。
 その日は夕方に任務が終わったため、演習はなかった。
 いつもの集合場所で翌日の任務について説明を受けたあと、四人はそれぞれの家路に向かう。
 いつもなら、そうだった。
 けれど今日は、カカシがサスケの肩にぽんと手を置く。
「咲いたよ、第四演習場。」
 紫陽花を気に留めて見つめていたサスケに気がついていたんだろう。
「今から見に行く?」
 いつもの笑顔でくい、と右手の親指を北に向ける。
「……見に行く。」
 サスケは先導を切るカカシについて歩き出した。
 北にある第四演習場に向けて。
 
 もうだいぶ日が高くなっていて、夕方の五時過ぎでもまだ太陽は地平線に沈んではいなかった。
 オレンジ色の光に照らされながら、何か会話をするでもなく、二人で歩いていく。
 サスケの部屋の紫陽花はまだ咲く気配はなかった。
 手折ってしまったものだから、もしかしたら咲くことはないのかもしれない。
 黙り込んだまま歩き続けて第四演習場に着くと、そこには確かに満開に花を咲かせる紫陽花がぽつんと佇んでいた。
「紫陽花、好きなの?」
 カカシの隣で紫陽花を見つめるサスケに、声がかかる。
 好き、……というわけでもない。
 ただ、一株だけ場違いに植わっているその紫陽花が、少しだけ自分と重なっただけだった。
 
 俺は復讐者で、殺さなければいけない奴がいて、……でも周りの下忍は呑気にしょぼい任務ばかりに精を出していて、そんな生活に満足していて……。
 俺は違う。あいつらとは相容れない。アカデミー時代から抱えてきた孤独が、この一株だけの紫陽花と重なったのだ。
 
 返ってこない返事に、お構いなしでカカシは続ける。
「紫陽花って、毒があるらしいね。」
 よく紫陽花の葉にカタツムリが這っている絵を見かけるけど、本当は毒があるからカタツムリも近寄らないらしいよ。
「でも、綺麗だよね。」
 独り言のように呟くカカシに、サスケはやっぱり何も言わない。
 
 ……毒、毒か。
 他の奴らにとっては、もしかしたら俺も毒みたいなものなのかもしれない。
 俺がなぜ復讐者なのか、誰も理解しない。だから誰も近付かない。
 擦り寄ってくるのは見た目だけで好意を寄せるうるさい女子達ぐらいで、サスケのことを本当に理解しようとする奴なんか誰もいない。
「……ちょっと似てるよね、サスケに。」
 サスケがはじめてカカシの顔を見る。
 陽が落ちかけていて、紫陽花を見下ろすその顔は陰になっていてよく見えない。
「どこが。」
 思わず問うてしまった。
 もしかしたらカカシにはサスケのことが理解できるのかもしれない。
 そんな淡い期待が言葉に乗ってしまった。
「お前さ、自分がひとりぼっちだと思ってるだろ。」
 ドキリと胸が拍動する。
「折れた枝を持ち帰ったのは、折れてもなお花を咲かせる強い姿が見たかったからじゃない?」
 ……サスケは答えられなかった。カカシは全部お見通しなんだ。サスケの思いをちゃんとわかっていて、それで花が咲いたのを教えてくれたのだ。
「でもさ、今は俺も隣にいるだろ。」
 サスケを見つめ理解しようとしてくれる人。
 サスケの孤独を埋めようとしてくれる人。
 サスケは紫陽花に目を向ける。
 陽が落ちていくその暗い景色の中で、紫陽花の隣に小さな紫色の花が咲いているのに気がつく。
 紫陽花と同じ、紫色の花。
 それはあまりに小さくて、普段なら気がつかなかったかもしれない。
 紫陽花の影でひっそりと咲くその花は、紫華鬘。
 この花も確か、毒があったはずだ。
 カカシの目にもこの小さな花は映っているんだろうか。
「お前はひとりじゃないよ。」
 まるで紫陽花に話しかけているかのように、カカシは紫陽花を見つめながら言う。
 サスケは言葉に詰まって何も言えなかった。
 本当に?
 わかってくれるのか?
 この紫華鬘の花のように、隣にいてくれるのか?
 
 夜の帳が下りていく。
 木々に包まれた第四演習場には月の光が届かず、ただただ闇が深くなるばかりだった。
 サスケの手に、カカシの大きな手が触れて、包み込むようにその手を握る。
「さ、帰ろうか。」
 きっといつもの笑顔なのであろう、その表情は闇の中でもうあまりわからなかった。
「あの折れた枝も、きっと花を咲かせるよ。そしたら教えてね。俺も見たいから。」
 咲くかどうかもわからないのに、サスケは頷く。
「……わかった。」
 カカシは折れた紫陽花に何を投影しているんだろう。
 あの時死にたくないと逃げ出したサスケ自身なのか、それともカカシの中の何かなのか。
 
 毒を抱えるふたつの花は、もう暗闇の中で見えなくなっていた。
 カカシとサスケは手を握ったまま、第四演習場を後にする。
 木々の間から差し込む月の光が、道端に咲く花を照らし始め、来たる夏に向けてその存在を主張していた。
 カカシの手から伝わる体温が、サスケの手を温める。
 ……俺たちには、光が当たらなくてもいい。
 ただ孤独を埋め合いながら、隣にいるだけで。それだけでいい。
 サスケはカカシの手をぎゅっと握り返した。
 それがサスケの声にならない、カカシへの応えだった。