スペシャルニーズ

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成人向,中編,現代パロ,完結済み,カカサス小説エロ,やおい,甘々

マリーハウスワークサポート

 サスケはマンションの集合ポストに入っていたチラシを手に駅前のオフィスビルの前にいた。
 チラシには「頑張り次第で月三十万円!」と書かれている。仕事内容は家事支援サービスだ。
 春から上京して学生生活を送り始めたサスケは思っていたよりも生活にお金がかかることに気付きバイトを探し始めたところで見つけたのがこのチラシだった。
 実家でも兄さんと二人暮らしで家事はひと通りやってきたんだ、多分研修とかもあるだろうし何とかなるだろう。絶対にこのバイト、受かってやる!
 クローゼットを漁って綺麗目な服に身を包んだサスケは、意を決してオフィスビルの五階に向かった。
 そのエントランスはオフィスビルとは思えない絢爛な光景が広がっていた。
 本当にここであってるのか? チラシを見るが、間違いない。
 中に入るのを躊躇っていると、受付のカウンターにいた気品を感じる女性がやって来て「十四時からの面接のうちはさんですか?」と尋ねてくる。
 サスケは背筋を伸ばし、「はい、よろしくお願いします!」と頭を下げた。
 
 通された部屋は事務室のようだったがやはり室内のあつらえは上品でいかにもな絵画や壺が飾ってある。
 応接室と言われても違和感なく納得しそうだった。
 部屋に通されたサスケに案内をしてくれた受付の女性が
「日本茶と紅茶と中国茶、何になさいますか?」
 と尋ねる。
 えっ、面接なのにお茶が出るのか? しかも選べるのか?
 サスケは困惑しながらも
「日本茶でお願いします」
 とかろうじて冷静を振る舞いながら答えた。
「では、お待ちください。」
 女性が扉を閉めて出ていき、サスケはふぅっと息を吐く。
 椅子に座るべきか、立ったまま待つべきか考えているとコンコン、とノックがなったので「はい!」と答えると扉が開き、さっきの女性がお盆にお茶を載せて現れた。
「どうぞお掛けになってお待ち下さい。言葉足らずでしたね、申し訳ございません。」
「あ、は、い。」
 面接に来た学生に対する態度じゃないだろう。どうなっているんだここは。
「そちらの奥の椅子にどうぞお掛けください。お荷物はこちらの椅子に置いて頂いて構いません。」
 言われた通りに腰を下ろし、履歴書の入ったバッグを隣の椅子に置くと、目の前に蓋付きの茶碗が置かれる。
「水出しの宇治茶でございます。ごゆっくりどうぞ。」
 そしてまた女性は部屋から去っていった。
 何だかとんでもない所に来てしまったらしい。一体どんな面接が行われるんだ。
 バッグからクリアファイルに入った履歴書を取り出して机の上に置き、ドキドキしながら待っていると、扉が二回ノックされる。
 サスケは「はい!」と返事をして立ち上がると、管理職らしい壮年男性とスタッフなのだろうか、受付の人とはまた違う制服姿の若い女性が扉を開けて入って来た。
「本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願いいたします!」
「まあまあ、さあ掛けて。面接担当の猿飛です。今日はよろしく、会えて嬉しいよ。」
 サスケの向かいで猿飛さんが椅子に座り、女性もその左側の席につく。
「失礼します。」
 サスケも再び椅子に腰を下ろした。
「で、ここに来てどう感じましたか?」
 にこにこと穏やかな顔つきの猿飛さんがサスケに尋ねる。きっともう面接は始まっている。よく考えてベストな答えを出さなければ。
「とても上品な空間でホスピタリティ溢れるご対応をいただき、いい意味でとても驚きました。」
 サスケは口角を僅かに上げながら猿飛さんの目を見て答える。
「それはよかった。ここにいらっしゃるお客様は皆様とても目が肥えていてね、少しでも好ましくない対応を取ればクレームすら付かず契約解除されてしまうんですよ。……それでは、面接を始めます。履歴書を見せていただけますか?」
 サスケは立ち上がって履歴書を両手で持ち、猿飛さんに向けて両腕を伸ばす。
「よろしくお願いいたします。」
 再び腰を下ろし、背筋を伸ばして反応を待つ。サスケから履歴書を受け取った猿飛さんは、そこに書かれた内容をさらりと読むと
「T大学の学生さんね、アルバイトは初めてですか。上京して来たばかりかな? 住まいは学生街ではなくオートロック付きのワンルーム……。」
 と、すらすらと話し始める。
「どうしてマンションの間取りまでわかるんですか?」
「ああ、不動産もやっていてね。このマンションは誰が選んだのかな? お父様?」
「いえ、兄です。父と母は幼少時に事故で亡くなっており、兄と二人で生活して来ました。ですので、家事や料理は得意です!」
「なるほど、お兄様ね。きっと心配性な方なんでしょうね。このマンションは防犯、防災の面で優れていますから。その代わり、家賃は高いでしょう?」
「はい、兄が家賃を支払ってくれていて、私が兄に家賃分として毎月五万円を支払っているんですが……恐らく実際の家賃は、もっと高いんだと思います。」
「そういうご事情でしたか。随分お兄様に大事にされているんですね。」
「はい……出来たらきちんと自立して、自分で家賃も支払えるようになり、兄を安心させたいと思っています。」
 猿飛さんはサスケの話を聞きながら穏やかに相槌を打つ。喋りやすい雰囲気の人だった。
「それでアルバイトをしたいわけですね。それでは私共の仕事についてご案内します。」
 猿飛さんが左隣の女性に目配せすると、女性が笑顔で話し始める。
「弊社は富裕層を対象とした家事支援サービスを展開しております。お客様には大手メーカーの会長夫人、政界の重要なポストについておられる先生などの、日本のトップにいらっしゃる方々もおられます。そういった方々は通常専任の使用人を雇っている場合が多いのですが、弊社のような外部サービスを使われる方々もおられます。私共の使命は、お客様のスペシャルニーズを汲み取り、単なる家事支援にとどまらないサービスの提供を行うことです。」
 家事支援にとどまらない……? 具体的にはどんなことをするんだろう。それに思っていたより「富裕層」のレベルが高い。そこらにいるお金持ちではなく、本当にトップクラスの人間が相手らしい。そりゃあ給料も高いわけだ。
 女性は更に続ける。
「お話し相手が欲しい方、お孫様の代わりのように可愛がってくださる方、……そして日頃の鬱憤晴らしを求めている方、さまざまな方がおられます。スタッフはときに理不尽な扱いを受けることもありますが、サービスを終えたときに少しでもお客様の笑顔が増えていることを意識し目標として現場に入ります。」
「……もしかして暴力とか、そういったこともあり得るんですか?」
「傷にならない程度の暴力は日常の方もおられます。少しでも気に入らなければ杖で殴る方もおられます。専属の使用人がいない……というのは、それなりの理由があるわけです。
 ですが、サービス中はそのお客様のこころに寄り添ったサービスを行っていただきます。叩いて痛がる様子を喜ばれる方、叩かれていても笑顔で尽くすことを求められる方、様々おられます。もちろん、サービスに入る前にはどんなお客様で何を求めて弊社のサービスの利用を開始したのか説明をしますのでご安心ください。」
 ……もしかして、もしかしてじゃなくて、とんでもなくブラックなんじゃないのか、ここ。
 サスケは口角を上げながら女性の話を聞いていたが、この場に居続けるのが少し怖くなってきた。
「ですがただ殴られて我慢して終わり、というわけではございません。そういったお客様についてはオプション料金を加算しておりますので、その分スタッフにお給料という形で還元いたします。それに、日常的に暴力をふるわれるお客様は少数ですので、そういった方は弊社でも精鋭のスタッフが対応しております。入ったばかりの見習いスタッフにいきなりオプション対応付きのお客様の現場に入らせることは、まずないと思って頂いて結構です。」
 精鋭のスタッフが対応、と聞いてサスケはほっとした。そうだよな、学生バイトが入る現場なんてきっと富裕層の中でもレベルが低い人たちだろうし。
 女性はひと通りの説明を終えたんだろう、猿飛さんに目配せすると、また猿飛さんが話し始めた。
「うちはさんは……こういう言い方は何ですが、顔が整っているので女性のお客様に喜ばれるでしょう。女性のこころを掴むのは得意な方ですか?」
「誰かとお付き合いをしたことはありませんが……高校時代はたくさんラブレターを貰っていました。ですので、女性からは好かれやすい方だと思います。」
 猿飛さんが頷く。
「それだけでも、君には価値がある。もちろん接遇・マナー・サービス研修はしっかりと受けていただきますが、変な話微笑みながらお客様のお話をひたすら聴くだけでも最低一時間につき五千円のお給料は発生します。どうですか、やってみませんか?」
 話を聴くだけで? そんな簡単でいいのか? って、この質問はつまり、面接は合格だということか?
 本当にそれが本当なら、……これほど楽なバイトもないかもしれない。もし変な客にあたったらすぐやめてしまえば良い話だ。
「ぜひ、よろしくお願いいたします!」
 サスケがそう言うと、猿飛さんが立ち上がって右手を差し出したので、サスケも立ち上がってその手を取った。
「マリーハウスワークサポートへようこそ。」
 
 こうして、サスケの新しいバイト生活が始まった。とはいえ、最初の一ヶ月はみっちりと研修スケジュールが組まれている。接遇マナー研修では通常の接遇マナーに加え、富裕層向けのコーチがお辞儀する腰の曲げ方や角度までしっかりと叩き込む。サービス研修ではありとあらゆる家電の特徴や操作方法に加え、五つ星レストランのシェフによる調理研修や、お年寄りや障害のある方向けの介助技術研修など様々なことを教わることができた。それも、給料付きで。
 持ち前の頭の良さでそれらを全てマスターし、いよいよ現場に入ることになったその日、午前中にお客様の情報をインプットして午後のサービスに挑む事になっていた。
 だが、出されたお客様の資料は女性ではなく、三十代前半の男性のものだった。
「猿飛さん、俺は女性の担当では……?」
「そう、思ったんですがね、このお客様が君をご指名なんだ。」
「指名?」
「まだ一度もサービスに入ったこともない未熟なスタッフなので……とやんわりお断りしたんだけど、ならなおさらうちは君がいいと言われてしまって。でもまあ、大丈夫、穏やかな方ですよ。頻繁にスタッフを変える方だからきっとすぐに担当も外れるでしょう。」
「そう、ですか……」
 サスケが資料に目を落とす。
『はたけカカシ、三十二歳、独身、南麻布の一軒家に居住。大地主で都内に多くの不動産を所有。
 一年前よりサービス開始。掃除、洗濯の家事支援を週二~三回、一日二時間希望。
 最新の家電を揃えておられる。毎日ロボット掃除機を動かしているようだが床は水拭きを希望される。台所は調理をされていないのかきれいに保たれており掃除不要。トイレ、浴室、洗面所は特にきれいに掃除すること。洗濯機はドラム式、浴室乾燥にも洗濯物が入ったままのことが多いので畳むかハンガーにかけてクローゼットに収納する。
 人格は穏やかだが過度なコミュニケーションは嫌われる。なるべくスタッフからは話しかけないようにすること。
 理由もわからず突然スタッフを変えるよう要望されることが複数回あり、一年間で担当スタッフが五人入れ替わっている。』
 どうやらサービスは掃除と洗濯だけのようだ。それに喋らなくても良いなら楽そうな客じゃないか。
 サスケが資料を読んでいると、猿飛さんが机の上に透明な袋に入った制服を置く。
「下は膝下丈のキュロット、腰にはこのウエストバッグ、で、上の服はこのシャツとブレザー。こちらは調理用のエプロンで、靴はこれを履いてください。スリッパが用意されていないお客様のお宅ではこちらの上履きを履く事。靴下はちゃんと白色を履いてきましたね?」
「はい、大丈夫です。ここで着替えてから現場に向かうんですね?」
「サービスが終わった後もここで着替えて、その日のサービス内容やお客様の情報を報告してもらいます。」
「わかりました。」
「と、その前に契約書をお願いします。こちらです。」
 机に二枚の紙が置かれる。内容は二枚とも同じだ。業務委託契約と書かれている。
「業務委託? アルバイトではなくて?」
「ええ、うちでは担当のお客様ごとに業務委託契約を結ぶことになっています。サービス提供時間や報酬がお客様によって異なりますから。」
 そんなもんなのか、サスケは契約書の文言を読み始める。
 業務提供場所、時間、報酬、契約期間、保険の加入、契約解除違約金……
 どうやら一ヶ月の契約期間の途中で辞めると二十万円請求されるらしい。変な客だったら変えてもらうか辞めようと思っていたが、一ヶ月は少なくともこの客の元に通わなければいけないようだ。でもまあ、そんなに問題はなさそうな人だし大丈夫だろう。
 契約書を読み終えると今日の日付と住所、氏名を書いて印鑑を押す。
 猿飛さんはそれを確認すると、一枚をサスケに差し出し「これはうちは君の控えね」と渡した。
 賠償責任保険の手続きを済ませ、制服の寸法合わせをして着替えると、動きやすくも上品で鏡の中のサスケはとても家事支援のバイトには見えなかった。
 この服装で電車に乗るのは少し躊躇われたが腹を括るしかない。使い捨ての清掃用品が入ったバッグにお客様の資料と業務委託契約書を入れて、サスケは南麻布に向かった。