スペシャルニーズ

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成人向,中編,現代パロ,完結済み,カカサス小説エロ,やおい,甘々

サービス提供

 スマホで地図を見ながら辿り着いたそこは、周囲の他の家と比べるとやや控えめだった。大地主、という話だったがその住居自体は敷地が広いわけでもない普通の少しお金持ちかな、というような一軒家だ。
 ドキドキしながら玄関チャイムを押すと、しばらくして「……どちら様?」と低い声が聞こえる。
 あれ? 今日サービスの日だって伝わっていなかったのか? ともかく、自己紹介をする。家に入れてもらわなければ何も始まらない。
「マリーハウスワークサポートから参りました、うちはサスケと申します。」
 少しの沈黙に緊張が高まるが、次に聞こえて来た声は穏やかだった。
「ああ、サスケね。鍵開けておいたから上がってきて。」
 サスケはいきなり下の名前で呼ばれて驚く。でもまあ、そういう人なんだろうと思い直して、門を開けて敷地内に入ると、広々とした芝生の庭が目に入った。それを横目に玄関に着くと、扉を開けて玄関前に立ち、
「本日からよろしくお願いいたします。」
 と声を張る。
 パタ、パタ、とスリッパの音が近づいてくる。
 廊下の奥から現れた人物は、背が高くて若く、銀色の髪が印象的な男性だった。
「お邪魔いたします。」
 サスケは教えられた通りに頭を下げる。
「上がっていいよ。スリッパそこの使って。」
「ありがとうございます。承知いたしました。」
 サスケは玄関に入るとくいと顎で示された場所にあるスリッパを手に取り、靴を脱いでスリッパに履き替える。
「君新人なんでしょ。取り敢えずリビングで話しようか。ついておいで。」
「承知いたしました。」
 玄関から伸びる廊下を歩いて左手の部屋に中に入っていくカカシについていく。
 そこは広々としたリビングダイニングで、カカシはダイニングテーブルに腰を落ち着かせ、向かいを指差した。
「そこ座って。」
「はい。失礼致します。」
 サスケが椅子を引いて座り背筋を伸ばすと、カカシはテーブルに肘を置いて口の前で手を組む。
「で、うちはサスケ君。この家で仕事するにあたっていくつかルールを言うから覚えてね。」
「承知しました。」
 サスケはウエストバッグからメモ帳とペンを取り出した。
「君はいつもは自分のこと何て言うの?」
「私ですか? ……俺、です。」
「じゃあ、この家でも『私』じゃなくて俺って言ってね。あとその堅苦し過ぎる敬語もなし。」
「え、……それでは、どうお話しすれば……。」
「普通の敬語でいいよ。『承知しました』じゃなくて『わかりました』とかでいいから。」
「しょ……わかりました。」
「次、俺のこと『様』つけて呼ぶのやめて。俺はそんな偉い奴じゃないし堅苦しいの嫌いだから名前呼び捨てでいいよ。」
「……つまり、はたけ様、ではなく、カカシ、とお呼びするということでしょうか。」
「うん、そうして。俺もお前のことサスケって呼ぶから。」
 唖然とするのをなんとかこらえて営業用の笑顔を崩さないように「わかりました」と答える。
 せっかく学んだ接遇が活かせないのは少々残念だがカカシの言う通りに対応する方がサスケとしては気が楽だ。
「で、次。何するにしても俺の許可なしでやらないで。俺から指示出すからその通りにやってくれればそれでいいよ。余計な気利かせて余計なことしなくていいから。」
 ……なんだ、すごく楽な客じゃないか? 散々お客様のニーズを汲み取り……と教わってきたけど、汲み取る必要はどうやらないらしい。言われたことだけやればいいならこんなに楽なことはない。
 それなのに何度も担当を変えているのは何故だかわからないが、多分前任者達は余計なことをしてしまったのだろう。
「わかりました。」
「ま、こんなところ。他のところがどうかは知らないけど、俺の家は難しくはないでしょ?」
「そんなことは……やってみないと、わかりませんから。よろしくお願いします。」
 メモとペンをバッグにしまって、出来る限りの笑顔を作る。
「それでは、どこからやればいいでしょうか?」
 
 仕事はリビングの水拭きから始まった。
 ほとんど塵も埃も落ちていなかったが、気を抜かないように隅々まで磨いていく。気になるのは、その様子をカカシがずっと観察していることだ。二時間ずっと見張っているつもりだろうか?
 廊下、トイレ、洗面所、浴室。
 どこも汚れという汚れは見当たらないが、丁寧に磨いていく。その様子を、少し離れた場所からカカシはずっと見ていた。
 気にしないようにはしていたが、掃除に集中していてもやっぱり気になるものは気になる。浴室を掃除し終えて、もうすぐ二時間。これで終わりだろうと立ち上がり、壁にもたれかかりながらサスケを見ているカカシの方を向く。
「聞いても、いいですか?」
「ん、何?」
「なんでずっと俺を見てるんですか?」
「仕事ぶりはどうかと思ってね。金出してるからには手ぇ抜かれたくないからさ。」
 楽な客だと思ったが、仕事で手を抜くことは許されないらしい。けどそんなこと、時給が五千円の時点でわかっている。
「それで、俺はどうでした?」
「ごーかっく。気に入ったよ。それで最後にちょっと話がある。週に二~三日、という契約だったね。それ、毎日に変更できる?」
「え……っと、それは……。」
 猿飛さんに相談が必要だ。
 それに授業もあるから毎日この時間に入ることは出来ない。
「俺、学生なので……」
「知ってる。進学に伴って上京した、お兄さんが契約したオートロック付きの1Rの部屋で一人暮らしを始めたばかり、京都出身のうちはサスケ君。」
「……え?」
 スタッフの情報は顔と年齢と名前しか開示されていないはずだ。
 なのになんでそんなこと知ってるんだ?
 困惑するサスケにカカシがリビングを指さす。
「ま、座って話そう。」
 再びダイニングテーブルで対峙する。
 カカシはテーブルの上に何枚かの書類を出していた。
「ウエストサイドコート302号室……管理会社と保証会社の審査通過後、最終的に入居の可否を決めるのは、オーナーの俺だ。つまり、サスケが今住んでいるマンションは、俺が持っている物件のひとつ。」
 大地主だとは聞いていたが、まさか自分の住むマンションがカカシのものだったなんて。
「審査で回ってくる入居者の写真は大体頭に入っていてね、事務所のスタッフリストに見覚えのある顔があったときは少し驚いたよ。……大方、家賃の支払いがきつくてバイトを始めたんでしょ。この物件の家賃は学生が払える金額じゃない。」
「そういった面も、確かにありますが、ただ……」
「サスケが学生で、学生の本領は勉学だということはよく分かってるつもりだよ。だから時間はいつでもいい。サスケが来られる時間に、毎日二時間。どう?」
 喉がゴクリと鳴る。毎日だと、三十日で三十万円。三十万円も稼げれば、奨学金もこれ以上借りる必要はなくなる。
 ただ、そうなると契約内容の変更だ。この場で即答できる話でもない。
「この場では何とも言えません。一旦事務所に持ち帰らせてください。」
 その言葉を聞いて、カカシは頭を掻いた。
「あぁ、うまく伝わらなかったか。じゃあもう少し直接的に言うよ。サスケがこの話を断ったら、俺はお前をあのマンションから追い出すこともできる。そうなったら困るでしょ?」
 ……つまり、今の話は単に俺の情報を知っている、というだけではなく、脅しでもあったということか。なぜそうまでして毎日通わせようとするんだ?理由がわからない。わからないけれど、そう言われてしまった以上、サスケには断ることは出来ない。
 サスケは目を閉じて、深呼吸をした。
 そして、再びカカシの目を見る。
「この場で即答は出来ませんが、前向きに検討します。」
 その言葉を聞いて、カカシはニコッと笑って頷いた。
「うん、猿飛さんによろしくね。」
 
 スタッフ用出入り口から事務所に入ると、一番に猿飛さんがサスケのもとにやってきた。
「一体何があったんですか? あのはたけ様が契約変更の申し出をしてくるなんて。」
「俺も……よくわかりません。俺は普通にサービス提供をしただけで……。」
「ともかく事務室に。」
 サスケは頷いて、猿飛さんと一緒に事務所の奥にある事務室に向かった。
 報告書作成用のノートパソコンが一台置いてある部屋に、猿飛さんがもう一台ノートパソコンを持ってきて椅子に座る。
「まずは報告書を書いてもらえますか。経緯を知りたい。」
「経緯……と言っても……ずっと見られていたことくらいしか。」
「サービス中、ずっと?」
「はい。仕事ぶりが見たいと。」
「今までそんなことはありませんでした。……はたけ様が君を選んだときもそうでしたが、何か理由でも……。」
「多分、ですが……俺の住んでるマンションが、はたけ様の物件だったらしくて……そのせいかも、しれません。俺が変更に応じないと、マンションから追い出すことも出来ると脅されました。」
 猿飛さんは目を見開いて、そして頭を抱える。
「そういうことか……だとすると、他のスタッフを入れるわけにはいかない、か。」
「あの、時間は融通利かせてもらえるみたいなので、俺入れます。大丈夫です。追い出されるわけにもいかないですし。」
「……現状、そうするしかないですね。やっぱり、最初に指名されたときにお断りしておくべきでした。脅されるなんて、そんなことになるとは……。」
 言いながら、パソコンの画面に何やら打ち込んでいる。
 サスケも報告書作成フォーマットに今日のサービスについて打ち込んでいった。マンションを追い出すと脅されたことも全て。
 事務室の複合機から紙が二枚吐き出される。それを猿飛さんが取りに行き、サスケの前に差し出した。
「新しい業務委託契約書です。変更箇所はサービス提供日と、時間。提供日は毎日、時間は適宜二時間になっています。他は変わりありません。」
 サスケはサラッと読むと、契約書の一番下に署名と捺印をして、一枚を猿飛さんに渡す。
「毎日は大変かもしれませんが、頑張ってください。特にはたけ様とのやりとりについては可能な限り報告書に詳細に書くようにお願いします。あの方はどうも読めない。」
「わかりました。……着替えてきますね。」
 サスケはもう一枚の契約書を手に、席を立った。
 
 事務所のあるオフィスビルから出ると、サスケはふう、と息を吐く。
 三十万のためだ、どうにかして時間を作ろう。土日も休めないのはちょっときついけど、一日たったの二時間だ。それに仕事自体は真面目にさえやれば良いだけだし、大きな問題はない。
 兄さんに連絡を取ろうとしてスマホを取り出し、少し躊躇する。バイトを始めるとは伝えてあるが、客が今のマンションのオーナーだったことや、脅されたことまで言うべきだろうか? ……あまり兄さんに心配はかけたくない。
 ポケットにスマホをしまう。
 初任給が無事に振り込まれたら、ちゃんと伝えよう。
 
 それから、毎日カカシの家に通う日々が始まった。
 掃除だけの日もあれば、洗濯物を取り込んで畳んだり、夜遅くなった日にはつまみになるような物を何か作ってと調理をすることもあった。カカシは時折覗きに来ることはあっても二時間じっと見られていたのは初日だけで、リビングでくつろいでいることが多い。仕事の手さえ抜かなければいいんだから、こんなことで時給五千円も貰えるなんて、なんて楽なバイトだろうと思う。
 そうして一週間が過ぎたその日は、まだ入ったことのない寝室の掃除を言い渡された。寝室はカーペットが敷き詰められていて、クイーンサイズのベッドとベッドサイドにテーブルがあり、その傍らに間接照明が置いてあるシンプルな部屋だった。
「ベッドのシーツと枕カバー洗っておいてくれる? あと床はコロコロでもしといてくれれば良いから。」
「わかりました。」
 そう言いながら、初日と同じようにカカシはサスケを観察し始める。居心地の悪さを感じつつ、まずはシーツとカバーの洗濯だ。マットレスのボックスシーツと掛布団のカバーを外して四つある枕もひとつずつ丁寧にカバーを取り外していき、洗濯機にかけに行った後、粘着カーペットクリーナーを隅から隅までかけて行く。
 こんなにデカいベッドで一人で寝ているんだろうか。いや恋人とかがきっといるんだろう。と思いつつ、ここ一週間そういった人がいる気配は全く感じたことがなかった。
 まあ、余計な詮索はしないに限る。
 床の掃除を終えて乾燥が終わるまでまだ時間がかかりそうなので、サスケをじっと見ていたカカシを振り返り尋ねる。
「床は終わりましたが、次はどこを掃除したらいいですか?」
 カカシはんー、と少し考えた後、
「今日は寝室だけでいいよ。乾燥終わるまで一緒にお茶でも飲むか。」
 と言ってリビングダイニングに向かって行った。
 サスケも掃除道具を片付けて後を追うと、カカシはティーポッドに紅茶の葉を入れている。
「そんな……俺がやりますよ」
「いいよいいよ、座ってな。たまには休憩も必要でしょ。」
 テーブルの上にはすでに小包装されたお菓子が小さな皿の上に載って置いてある。
 ティーカップに紅茶を注ぐと、カカシは椅子に腰を下ろしてサスケにも座るよう促した。
 サスケも椅子に腰かけると、カカシはお菓子の皿から煎餅を取って袋を破る。
「サスケも食べな? ……好き嫌いとかある?」
「甘いのは駄目ですが、それ以外なら……。」
「そう? よかった。俺も甘いの苦手だからさ。ほら、煎餅。」
 差し出されたものを拒むわけにもいかない。
「ありがとうございます。」
 受け取って、袋から煎餅を取り出して控えめに齧る。
「東京の生活はどう? 慣れてきた?」
「いえ……まだまだですね。知り合いもいないですし。」
「サークルとか入んないの?」
「高校までは剣道をやっていたんですが、剣道のサークルはなくて。どこにも入ってません。」
「そっか、まあサスケの顔なら、その内女が寄ってくると思うよ。誰かと付き合ったことはあるの?」
「そういうの、興味ないんで。皆お断りしています。」
「へぇ……そう。」
 カカシが目を細めながらティーカップを口に運ぶ。
「そう言うカカシは、今お付き合いしている方はいないんですか? 俺が来る時間、変則的なんで、邪魔になったら悪いなと……。」
「いんや、今は俺もいないよ。だから気にせず来れる時間に来てくれればいいから。」
「そうですか、よかった……って言うと変かもしれないですけど、邪魔になってないならよかったです。」
「まあ、独り身だからね。むしろ来てくれた方が嬉しいよ。春先の新規入居ラッシュが落ち着いてきて、今ちょっと暇だからさ。」
 サスケもティーカップに口をつける。甘い香りで少し清涼感のある紅茶だ。詳しくないし興味もないからどんな名前の紅茶なのかは聞かないけれど、お菓子とよく合う。
 ぽつりぽつりと世間話をしていると、ドラム式洗濯乾燥機の電子音が聞こえてきた。
 サスケは残っていた紅茶を飲み干して、カカシに頭を下げる。
「では、俺は仕事に戻ります。ごちそうさまでした。」
 そして立ち上がって、乾いたシーツを取りに行った。
 カカシは頬杖をついて煎餅をかじりながら、その後姿を見送っていた。 
 

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