スペシャルニーズ
交差
カカシの家にセックスをしに通う日々が始まった。
もう俺を苦しませようとかそういうことは思わなくなったらしく、きちんと慣らしてから挿れられるようになった。俺はいつかカカシが言ったように揺さぶられるままに喘いで声を枯らして事務所に戻り、のど飴を舌の上で転がしながらエロ小説みたいな報告書を書くいて猿飛さんのデスクに置いて帰る。
俺がカカシの顔を見るのがカカシは好きらしく、特に挿れる瞬間に目が合うと上機嫌で俺をより感じさせるように腰を動かす。俺は相変わらずカカシと目が合うたびに心臓が跳ね上がって、どうしたらいいか分からずすぐに目を逸らした。
そうしてカカシの家に通いながら、暇を見つけては次に住む物件を探す。便利がよさそうなのはやっぱり大学近辺のいわゆる学生街だった。けれど、築年数が経っていて、要するにボロい物件が多い。その分家賃は安いが、エアコンくらいは付いていて欲しいなとか、畳は嫌だなとか、洗濯機は室内が良いなとか、色々考えると物件もそれなりに絞られてくる。
気になった物件は一件一件不動産屋に電話してオーナーの名前を確認した。ほとんどが企業で、個人がオーナーになっている物件は少なかった。その少ない物件の中に、カカシの名前が出てくることもあった。ただ、どうやら築浅の物件が多いらしい。築十五年くらいで探すと、カカシの名前が出てくることはなかった。
四日目、今まで稼いだ給料から猿飛さんに二十万円渡した。これで十日目に解約することが正式に決まった。心なしか気分がすっきりして、あと六日乗り切ればカカシから自由になれると思うと嬉しい反面、複雑な気持ちもあった。もうカカシとのあの激しいセックスををすることはなくなるのかと思うとどうしても中が疼く。それはカカシの家に行くたびに強くなっていって、本当にカカシと離れても良いのかと迷いが生まれ始めていた。
それに、俺は……俺は多分、カカシのことが好きだ。どれだけひどい目に遭っても、どれだけひどい扱いを受けても、カカシが腰を打ち付けているときの熱い目を顔を見ると、目が合ったときに少しだけ笑うその顔を見ると、俺の心臓はどうしようもなく跳ね上がる。俺がカカシにそんな顔をさせているのだと思うと喜びに近い感情が湧き上がって、俺自身も興奮してカカシとのセックスの深みに堕ちていく。そうして揺さぶられていると幸せな気持ちが膨れ上がって、ずっと繋がっていたいと思ってしまう。
でもそんな迷いは断ち切らなければいけない。金を貰ってセックスをする、そんな関係の中で生まれた恋心なんていびつで不健全に決まっている。それに、この恋心が実ることは決してない。伝えるつもりもない。ただ十日経つのを待って、いつものように玄関を出たら、それで終わりだ。
「マリーハウスワークサポートのサイです。本日からよろしくお願いいたします。」
インターホンから聞こえてきた張りのある声にカカシは「誰だって?」と聞き返す。
「マリーハウスワークサポートのサイと申します。」
「なんでサスケじゃないの」
「前任者は辞めましたので、本日からは私が担当させていただきます。」
カカシは黙って玄関のカギを開ける。サスケが辞めた? 契約は一ヶ月だと言っていなかったか? 何か事情が変わったのか?
玄関に向かうと、そこには背筋をピシッと伸ばして深く頭を下げる若い男の姿。
「本日からよろしくお願いいたします。」
笑顔を顔に貼りつけたまま、サイと名乗ったその男は「私はどのようなオプションにも対応できますので、何でもお申し付けください。」とカカシに言う。
「……とりあえず、テーブルで話をしようか。」
カカシはめんどくさそうにリビングダイニングに向かって行った。
「……以上がうちで働く上でのルール。あと、契約内容は変更する。次回からは週二日、一日二時間、掃除だけしてくれればいいよ。オプションも解約する。」
「僕は気に入って頂けなかった、というわけですか。」
「サスケはなんで急に辞めたわけ?」
「スタッフの個人情報は、すみませんがお答えできません。」
「一ヶ月は契約を続けなきゃいけないんじゃなかったの?」
「条件を満たせば中途解約も可能です。」
「条件って何?」
「これ以上はすみませんが、お答えできません。」
……埒が明かない。
カカシはため息をついた。
「じゃあとりあえず、リビングの掃除から始めてくれる?」
家事支援サービスのスタッフとしては、サイは完璧に仕事をこなして見せた。
崩さない笑顔と綺麗な所作を見るにベテランのスタッフなんだろう。
……それが面白くない。
二時間経ってさっさとサイを追い出すと、カカシは車の鍵ともう一つ鍵を手に取り、カバンに入れてガレージに向かった。ナビに従って車を走らせると住宅街に入っていく。コインパーキングはなさそうだな、と確認して、自分が持っている駐車場のひとつに車を停めると、スマホのナビを見ながらまっすぐサスケの家に向かった。
夕方十七時、玄関チャイムを押しても反応はない。持ってきた鍵でその扉を開けると、鳥かごのような小さい部屋に靴を脱いで上がっていく。こざっぱりとした部屋だった。隅には段ボール箱が積んである。まだ引っ越しの荷解きを終えていないんだろうか?
カカシは分厚い本が並ぶデスク前の椅子に腰を落ち着かせると、持参した本を読みながらサスケが帰ってくるのを待った。
ガチャ、と鍵が開く音がして目をやる。扉を開けて入ってきたサスケは、玄関の靴を見て、そして室内にいるカカシに目を向けて動きを止めた。
「よ、遅かったね。」
カカシはを本をパタンと閉じてデスクの上に置く。
「なんで、あんたが、ここに……」
「オーナーだから鍵くらい持ってるよ?」
「そうじゃなくて、何しに来たんだ! 俺はもう……っ!」
「契約は解除したんだって? お前の代わりに変な奴が来たときはちょっと驚いたよ。」
「……何をしに、うちに来たんだ。」
「いつまでも玄関にいないで入ってきなよ、少し話をしよう。」
サスケは警戒しているように、ゆっくりとキッチンに買い物袋を置いて、ワンルームの室内に入ってバッグを下ろす。
「何だよ、話って。俺をここから追い出す話か。」
「いんや? 前も言ったけど、俺と直接契約しないかって話。」
「しねえに決まって……!!」
「もうセックスしたくないの?」
「しない、直接契約もしない! 話は終わりだ。早く、出ていけ。」
そう言いながら、カカシはサスケが目を合わせようとしないことに気がついた。
椅子から立ち上がって目の前に立つと、サスケは俯く。
その顎を掴んで上を向かせると、一瞬だけ今にも泣きそうなひどく情けない顔を見せて、すぐに横を向いてやめろと手を振り払った。
……何だ? 今の顔。
サスケが後退る。でもすぐ後ろはもう壁だ。
カカシはサスケの腕を掴んで引っ張り、ベッドに引き倒した。そしてその上に覆いかぶさり、サスケの顔を掴んでまっすぐにその目を見る。
「なんで目逸らすの?」
顔を動かせないサスケはカカシの目から視線を逸らした。何かを我慢しているような、今にも泣きそうな顔をしながらサスケは何も答えない。……何故何も言わない? それにこの顔はなんだ?
「答えないと、このままセックスするよ。」
顔を掴んでいた手を放してTシャツを捲り上げる。サスケはすぐに顔を逸らして、けれどやっぱり何も言わなかった。
「……しても良い、ってことでいいね?」
触ったことのない胸の突起を指で弄びながら耳を口に含んでくちゅ、と舐める。
「や、め……」
「答えになってないよ。」
首筋からうなじにかけて舐めながらちゅ、ちゅ、とキスを落とす。
ああ、そういえば時間が惜しくてまともな愛撫もした事がなかったなぁ、と思いながらまたサスケの顔を掴んで上を向かせて、その唇を奪った。
玄関の靴を見た瞬間心臓が跳ね上がった。視線を上げるといるはずのない人物がそこにいてバクバクと脈打ち始めた。もう関わることはないと思っていたのに。迷いを断ち切ったのに。カカシの方からやって来た。そんな不意打ち――ずるいじゃないか。
こころの準備が何もできないままどんな顔をしたらいいのかわからなくて、自分が今どんな顔をしているのかもわからなくて、ただバクバクとうるさい心臓の音に呼吸が浅くなる。
「きっと好きなんだろう」から「ああ、やっぱり好きなんだ」に認識が変わった。じゃないと、こんなにドキドキして、緊張して、顔もまともに見られないなんて説明がつかない。
そんな実らない思いを抱えながら会いたくなんかなかった。顎を掴まれてカカシを見上げたときに一瞬だけ目が合って、バクバクしていた心臓がギュッと痛くなる。
もう帰ってくれ、この部屋から出て行ってくれ。そんな願いもむなしく俺は腕を掴まれてベッドに引き倒された。無理矢理顔を見られても目を逸らすのが精一杯で、胸が痛くてたまらなかった。
「なんで目逸らすの?」
そんなの言えない。言わない。言ったところで何になる。無言を貫いていたらカカシは今までしたことのないキスをし始めて、混乱する頭をまた強引に掴んで上を向かされて、待っていたのはくちづけだった。
涙が出そうになる。もうやめてくれ。これ以上頭をかき回さないでくれ。そんなことはお構いなしに舌が入ってきてねっとりと口内をなぞって舌を絡める。
今までされてきたどんなことよりもつらかった。手で肩を押してもカカシは全く意に返さない。どんどん顔に熱が集まってくるのを感じる。このままセックスまでするなんてだめだ、耐えられない。
唇が解放されて、俺はまた横を向いた。答えを言ったら本当にやめてくれるんだろうか。出て行ってくれるんだろうか。そのまま会わずにいてくれるんだろうか。
「もう、俺に関わるのは、やめてくれ」
「なんで?」
涙腺がもう、持たない。
横を向いたままポロポロと涙がこぼれる。
なんでだって? そんなの、決まってる。
「好きだから、だからもう、帰ってくれ。」
涙をこぼし始めたときは「ああ、そんなに俺とするのが嫌だったのか」と思った。それなら中途解約も納得できる。でもさっき見た表情からは俺に対する嫌悪感を感じなかった。
なんだか噛み合わないな、と思っていたら、想定外の答えが返ってきて、手が止まった。
好き? 俺を? ……あれだけのことをしたのに?
「……それでなんで、帰ってくれになるわけ?」
「あんたがっ、俺のことをどうでもいいって思ってるのを、知ってるから。だからもう……出て行ってくれ。これ以上……っ!」
……本当に、どうでも良いと思ってるなら、こうしてわざわざサスケの家に来たりなんかしていない。そうまでして執着するのは何故だか、この子は何も分かっちゃいない。
カカシは少し考えてから、止めていた手をまた動かし始めた。
捲り上げたTシャツの下に見えた胸の突起に口をつけて、手はサスケのズボンに手をかける。そこはもうしっかりと勃ち上がっていた。スス、と胸元から腰まで手をすべらせてそこに触れると、優しく扱き始める。
「やめろって、言って……!」
「……やだね。」
「答えたじゃねえか!」
サスケが顔を上げたのを見計らってまた唇を奪う。そこを扱く手を少し強く握ると、キスの合間にサスケの息が漏れた。もう一本の手でサスケの下着を下ろすと、太ももをすっと撫でる。ピクンと反応したサスケの唇を離すと、額、首筋、鎖骨にキスを落としていった。
「もう、やめてくれ、もう……っ」
サスケはポロポロと涙が零れ落ちる目元を腕で覆う。
「そんな顔で、好きだなんて言われて……やめられると思う?」
ズボンと下着を完全に取り去り、自分も服を脱ぎ去って、カカシは自分のカバンからローションを取り出して手に落とすと、またサスケの上に覆いかぶさった。
サスケは腕で顔を覆いながら、抵抗らしい抵抗は見せない。後ろの穴にローションで濡れた指を添わせると、ゆっくりと中に埋めていく。そしてそこまで指が埋まると、優しくマッサージした。サスケの身体がビク、と反応する。
「っ……! はぁっ、あ……んっ」
「……ここ、防音には自信あるから、思いっきり喘いで良いんだよ?」
ぐりっと強く擦りながら少しずつ内壁を押し拡げていく。
「あっ! あ、はぁっ、っうぁ!」
じっくりとそこを愛撫しながら、指を増やしていった。
ぐちゅ、ぐちゅ、とローションの湿った音とサスケの喘ぎ声が部屋に響く。
「サスケ、腕……」
目を覆っていた腕を優しくどけると、また唇を奪う。
「っん! ふ、んっ、」
キスをしていると、自然に視線が交差する。サスケはポロポロ涙をこぼしながら、戸惑ったように視線を下げる。
最初は……遊ぶのに都合がいいと思って指名した。
緊張しながらもぎこちない敬語でしっかり掃除する姿は初々しくて可愛らしくて、毎日見たいと思った。そしてこの子はどんな声で鳴くんだろうと嗜虐心を煽られた。
オプションを追加したその日、何が起きているのかと混乱している様子を見るのが楽しかった。
その次の日、「抜かないで」と腕を引かれて、胸が高鳴った。
それ以降、ずっとサスケをイかせてやってきた。
俺とのセックスを忘れられないようにしてやろうと。一ヶ月間たっぷり可愛がって、何度もイかせて、そうすれば頭が無視しようとしても身体が絶頂の感覚を忘れられないだろうと。
そして俺の思い通りに事は運んで行った。でもこの調子で、と思った矢先にサスケはもう来なくなってしまった。
何故来なくなったのか、思い当る節が沢山ありすぎて苦笑する。
でもサスケの代わりになるような奴はいない。サスケだったからよかった。サスケだから脅すようなことまで言って契約を毎日に変えた。サスケのいろんな顔が見たくて、どんな声で鳴くのか聴きたくてオプションを入れた。
戸惑う顔も、苦痛に歪む顔も、快感に蕩ける顔も、俺の前でしか見せないのだと思うと独占欲が満たされていく。サスケのすべてが手に入る二時間を、毎日楽しみに待っていた。
……でももう、サスケは来ない。
藁をもすがる思いでサスケの家を訪れて、改めて関係を続けようとした。毎日じゃなくても良い、金でサスケの時間を買えるのであればどんな金額を提示されようが安いものだ。
なのにいざ対面したサスケは様子がおかしくて、その理由がわからなくて、でも俺とは縁を切るつもりだというのは分かって、俺は安直にまたセックスをしてイかせてやれば考えも変わるだろうと思った。
後から考えてみると、何とも不器用なやり方だ。
サスケが視線を逸らしながら涙をこぼす理由を知ったとき、俺は嬉しかった。けれど、俺は肝心なことをサスケに伝えていないままだった。
『俺もサスケが好きだ』
このたったの一言を、もっと早く言っていれば、もう少し違う現実があったのかもしれない。
充分に慣れたそこから指を抜いて、俺のそれをサスケの後ろの穴にあてがう。
「サスケ、……サスケ挿れるよ。」
サスケはまだ涙をこぼしながらぼんやりと天井を見ていた。