スペシャルニーズ
繋がり
ゆっくりとそれを中に挿れていく。
サスケはカカシと目を合わせずぼんやりと天井を見つめたままそれを受け入れる。
「あっ……、あ、……っ、はぁっ……」
「サスケ」
声をかけても返答も反応もない。ただ虚空を見つめながらポロポロと涙をこぼすだけ。
奥までそれを納めると、カカシはサスケの背に手を回して抱きしめた。
「なんで目を合わせてくれないの。なんで泣いてるの。そんなに……セックスが嫌?」
「……つも、みたいに……好きなように、して、さっさと……帰れよ。もう二度と、顔……見せんな。」
「……そんな顔で泣いてるお前なんか抱きたくないよ。俺が好きならなんで俺を拒絶するようなこと言うの。」
「もう、言っただろ、あんたにとって俺は、ただの……っ」
「ただの都合のいいだけの奴だったら、わざわざ家まで押しかけに来ないよ。毎日じゃなくてもいい、五万で足りないなら十万出す。だから俺から離れようとしないで。」
「……金、出せば、どうとでもなると思ってんのか? ……いい御身分だな。」
「……ごめん、気に障ったなら謝る。とにかく俺はお前と離れたくないの。どう言えば伝わる?」
サスケは黙ってしまった。
伝わったんだろうか。伝わらなかったんだろうか。抱きしめる腕を緩めてサスケの顔を見るのが怖かった。まだあのうつろな目で天井を見ていたら……俺はもう、どうしたらいいか分からない。
「……動くよ。」
抱きしめたまま、腰を動かす。ずるる、と抜いて、サスケのそこをなぞりながらずくんと奥に突き付ける。少しずつ早くしていく動きに、サスケはいつものように喘いだ。
「……あっ、あ、っぅあ! はぁっ、っん、あぁっ!」
サスケの手が、俺の背中に回る。その手の温かさが嬉しかった。俺は一層強く抱きしめて抽送を早くする。
「んぁっ! は、あっ! あぅっ、っあ! っああ!」
「……っサスケ、」
抱きしめたまま、耳元で囁く。
「はぁっ、な、あっ! なにっ、んぁっ! あっ、んっ!」
喘ぎながら、サスケは応えてくれた。ちゃんと俺の言葉を聞いてくれている。そんなささやかなことさえ今は嬉しい。
「好きだ……っサスケ」
「えっ? あっ、あ、ぅあ! あっ! なんっ、あっ!」
戸惑いながら聞き返すサスケに、俺はもう一度言う。
「好きだから、離したく、ないんだっ……!」
「ああっ! は、あっ、んっあ! カカ、あぁっ!!」
……もう、これで最後だと、思っていた。
いつものように揺さぶられるままに俺は喘いで、声を枯らして、余韻に浸りながら、カカシの目を見れないまま、カカシが服を着込んで出ていくのを見送る。
それで俺は引っ越して、カカシと会うのはもうこれで最後だと、そう思っていた。
「カカッ、あ、あっ! 出るっ、んぁっ! で、あっ、ああっ!」
「一緒にいこっ……!」
「だめっぅあ! あっ、ぁあっ! もうっ、あ、あっ! あああっ!」
サスケの身体がビクンと痙攣する。中がキュウウ、と締まって、俺はその際奥に突きつけると、サスケのその先端から飛び出る白濁液。そして俺もサスケの奥に精液を吐き出した。
「はぁっ……サスケ……」
サスケを抱きしめる腕に力がこもる。
サスケは荒い息を吐きながら、頭を動かす。俺の方を見てくれているんだろうか。強く抱きしめている今、俺にそれを確認することは出来ない。
「っカカシ、さっき、のは、」
はぁっ、はぁっと吐く息の合間に、言葉を紡ぐ。
「本当、に……?」
サスケは今どんな顔をしてるだろうか。困っているだろうか。喜んでいるだろうか。まだ、泣いているんだろうか。
「……本当。サスケ、好きだ……だから俺から離れないで。」
「本気で、言ってんのか……?」
ああ、この声色はきっと、困惑だ。俺はサスケを困らせてばかりだな。
「……このまま、繋がったまま、離したくない。本気だ。」
「っ、俺、も……」
背中に回っているサスケの腕が、ぎゅっと俺を抱きしめた。それが言葉にならないくらい、嬉しかった。
「一日五万円。」
「いらねえって。」
「でもお金に困ってるんでしょ。」
「それはバイトするから。」
「また変なバイト始めかねないからだめ。」
「変って、……次はちゃんとコンビニとかにする。」
「時給安いじゃない、俺と会う時間が減る。」
「だからって……」
「はい決まり、会う度一日五万円。」
「勝手に決めんな。」
「いや、決めた。」
「……ウスラトンカチ。」
「それなんて意味?」
「大馬鹿野郎ってことだよ。」
「この条件でいいってことだね?」
「……勝手にしろ。」
シャワーを浴びて服を着込んだ二人はベッドに腰掛けて話し合っていた。
直接契約はしないと突っぱねるサスケにカカシがじゃあ契約じゃなくて約束にしようなどとあれこれ言って、結局これからは二人で会う度にカカシがサスケに一日あたり五万円を渡す事になった。
約束も契約の一種だが、そんなことは知らないサスケは約束なら……としぶしぶ受け入れた。
その代わり、毎日だった頻度はお互いに会いたい日だけ連絡を取り合って時間と場所を決めるという条件になり、当然サスケを今の部屋から追い出すという話も霧散した。
連絡先を交換し合って、カカシはデスクの上の本に目を移す。
「サスケ、その……」
本を手に取りながら、サスケの顔を見ないようにしてバッグに入れる。
「……色々、悪かった。」
サスケは自分のバッグから分厚い本を取り出しながらカカシの方を見る。
「……色々?」
「ほら、最初……ひどい事、言ったりしたり、したろ。」
「……ああ、ちゃんと全部報告したぞ。カカシのニーズは俺が苦しんでいる様子を見ることだって。」
「その報告ってさ、見るのは上司だけだよね?」
「いや、あんたの家にサービスに入る候補の人間は全員読む。あんたがどんなスペシャルニーズを持ってるのかはスタッフ全員が読めるようにもなってる。」
「え、そうなの?」
「当たり前だろ、それを読んで自分なら対応できるって手を上げてくれたのがサイ先輩だ。」
「うっそ……恥ずかしくてもうあの会社のサービス使えないじゃん。」
「ふん、自業自得だ。」
「ごめんって……。」
「俺に謝ったところで、もう取り返しはつかねえぞ。」
「そうだ、サスケ俺の専属にならない……」
「ならねえよ。直接契約はしねえって何回言ったらわかるんだ。」
カカシはバッグのチャックを閉めると、ため息をついた。
「……別のとこ、探すか……」
カカシからの連絡は毎日のように届いた。通知が届く度にサスケは胸が高鳴るのを感じる。
『今日時間ある?』
『毎日毎日サカってんじゃねえ。あんたみたいに暇じゃないんだ。』
『三十分だけでもいいから。』
『今日は丸一日講義で出さなきゃいけないレポートも二本ある。だめだ。』
『なら明日は?』
『……夕方以降、なら。』
『夕方以降なら、一緒にご飯食べようよ。六本木で待ち合わせね。』
『なんで六本木?』
『俺の好きなトラットリアがあるの。サスケにも食べさせたい。』
トラットリア? よく分からない単語が出てきて、スマホで検索する。イタリアの家庭料理屋か。
『わかった。十八時くらいに行けると思う。』
『うん、待ってる。……早く会いたい。』
中がキュンと疼く。明日、……明日一緒に夕食を食べて、それからきっと、カカシの家に行って。……その後に。
ドキドキしながらスマホを机に置く。ふぅ、と息を吐いて高鳴る胸を落ち着かせようとする。
……好きだ、なんて打ち明けたらカカシは喜ぶんだろうと思った。遊ぶのに都合のいい俺が好意を寄せていると知って一層都合が良くなったと思うんだろうと。
だからこそ言いたくなかった。カカシから離れようと思っていたから。十日目の二時間が終わったとき、一方通行の気持ちのまま、これでもう会うことはないだろうと思っていたから。
けれどカカシは追いかけてきた。
部屋で待っていたカカシを見た瞬間、好きな気持ちがどんどん溢れ出てきて、胸が苦しくて、どうしたらいいのかわからなくて、ベッドに引き倒されても抵抗も出来なくて。
実らないであろう気持ちを自覚しながらされたキスはいつも以上に胸が痛くて、今度こそこれが最後だと思いながら心を殺してカカシを受け入れた。
でも深く繋がりながら俺のことが好きだと言われて、俺を繋ぎ止めようとして口走った嘘なんじゃないかと疑って、抱きしめられる腕の強さに戸惑って、セックスが終わってから改めて好きだと言われたとき、あんなに痛かった胸が温かくなっていって、はじめて俺はカカシと本当に繋がれたと感じた。
カカシから連絡が来るたびにまだ胸はドキドキする。それでも以前のようにぎゅっと痛むことはなくなった。
『早く会いたい』と表示されたスマホの画面を指でなぞりながら、俺も……とこころの中で密かに思う。
気持ちが通じ合うっていうのは、こんなにも温かさを感じるものなんだなと、俺ははじめて知った。
翌日の夕方、十七時半。六本木駅の六番出口を出ると、カカシに連絡する。近くのコインパーキングに車を停めていたらしいカカシはすぐにやってきて、こっちだよと俺に手を差し出す。俺はその手を握って、これってもしかしてデートってやつか、と思いながら一緒に歩き始めた。
大通りから外れた路地にあるトラットリアに入ると「予約したはたけです」とカカシが告げて、店員がテーブル席に案内する。
カカシはメニューも見ずに注文をして、セックスのときとはまた違う笑顔を見せながら嬉しそうに運ばれてきた料理を口に運んだ。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
「サスケが一緒にいるから。」
臆面もなく言われて、心臓が高鳴る。カカシのこの笑顔が俺に向けられているのだと知って、嬉しかった。
店を出てからカカシの車に乗り、シートベルトを着けていると名前を呼ばれてカカシの方を見る。後頭部に手を添えられて唇が合わさり、カカシの舌が入ってきた。それに応えて俺も舌を絡ませると、頬を染めながらカカシは「……早くしたい」と熱っぽく言う。「車の中だぞ」と言い終わる前にカカシはまたチュ、チュ、とキスをした。
「っ早く、車出せよ。」
今すぐにでもしたいと語る目から視線を逸らして、俺はシートベルトをカチャ、と着ける。
十分ほど車を走らせて着いたカカシの家のガレージ。車から降りると手を引かれて玄関の鍵が自動で開いた。
靴を脱いでスリッパを履こうとしたら、そのまま寝室まで手を引かれてベッドの上で抱きしめられる。キスをしながら性急に服を脱がされて、カカシも服を脱ぎ捨てた。
「こないだ……サスケの家で、一回しかできなかったから。今日はいっぱいするから。」
俺はふっと笑ってカカシを抱きしめる。俺だって、車の中でキスをしてから中の疼きがおさまらない。
「どんだけセックスが好きなんだよ。」
「セックスじゃなくて、サスケが好きなの。」
それから俺たちは何度も深く繋がって、好きだと囁き合って、そして一緒に笑った。
それが嬉しくて、こころが満たされて、幸せで。
これからこんな日が続いていくのかと思うと、堪らない気持ちになった。