きみが好き
花火
「サスケももちろん行くだろ?」
急に話を振られて何のことかわからなかったサスケは「どこに?」と答える。
ナルトははぁぁ、と深いため息をついて
「聞いてなかったのかよ!」
とツッコミを入れる。
ナルトの隣にいるサクラが
「今夜の花火大会の話!」
と補足してくれたので、ようやく理解した。
サスケは最近一人で思い悩むことが多く、三人で話をしていても上の空のことが多い。
「ったく、何ぼけっとしてんだってばよ!」
ナルトがぼやく。
「花火大会は……俺はいい。」
ナルトとサクラが「ええーっ!?」と声を合わせる。
「花火だぞ? 年に一回しかないんだぞ? 何で行かねーんだよもったいねぇ!」
「今年は去年より予算が多くてすごい花火が見れるって評判なのにどうして?」
二人がサスケに詰め寄るが、サスケは横を向いて
「花火なんて興味ねぇし……」
とあくまで行かないつもりだ。
「屋台もたくさん出るのよ? 射的とか、手裏剣投げとか、食べ物もいっぱい!」
「それも興味ねぇよ……二人で行ってこい」
そこでナルトはハッと察して、小声で
「俺とサクラちゃんをデートさせてくれるってことだな?」
とニヤニヤしながら言う。
「まあ、そういうことにしておく」
ガッツポーズをするナルトに対して、サクラは
「ええー二人で行っても……そうだ、イノ達も誘って一緒に行こっと!」
と、ナルトの思惑を台無しにするようなことを言う。
「いやサクラちゃん、俺と二人で行こうってば……」
「さっそく声かけに行くからお先に!」
そうしてうなだれるナルトと、腕を組み二人のやりとりを興味なさそうに見ていたサスケがその場に残った。
「あーっもう、うまくいかねぇ!」
頭をかきむしるナルトに何か気の利いたことでも言ってやりたかったが、残念ながらサスケの頭には浮かんでこない。
「……まあ、メインは花火なんだろ? 見れるだけでもいいんじゃねえの。」
かろうじてそれだけ言い残して、サスケもその場から立ち去った。
アパートに着くと、外階段の踊り場には何故かカカシがいて、サスケがそれに気付くとカカシは「おかえり」と右手を上げる。
「何の用だ?」
階段の手前で立ち止まり訝しげに尋ねると、
「今日花火大会だから、一緒にどうかなと思って」
と、また花火の話。
「ナルトとサクラは行くみたいだぜ。あんたもあの二人と一緒に行ったらどうだ?」
と、暗に断るが、カカシは引かない。
「俺はサスケと行きたいんだけど?」
サスケの胸がギュッと痛む。
「俺は行かねえぞ。行きたいならあんた一人で行ってこいよ。」
「何それ、寂しいじゃない。」
「なら、ナルトとサクラと一緒に行けよ。」
階段を上がって踊り場にいるカカシを無視して部屋の扉を開ける。
「だから、俺はサスケと行きたいの。」
「俺は行かねえってんだろ。」
背後からかかる声を遮るように玄関に入って扉を閉めた。
真っ暗な部屋。その中心にある電灯の紐を引っ張ると部屋がパッと明るくなる。
……人の気も知らないで。
サスケが最近一人で思い悩んでいる原因は、このカカシだった。
今みたいに最近妙にサスケにだけ声をかけてくることが多いカカシ。肩に手を置いたり、手を繋ごうとその左手を差し出したり、二人きりになるような演習を増やしたり。
その意図がわからず、サスケは戸惑っていた。自然と、サスケもカカシのことが気になってしまう。
その一挙一動が。
言葉の端々が。
喋るときに動く隠された口元が。
肩に手を置かれたときの手の温度が。
ふと目があった時に細まるその目が。
……そしてそれを意識したときにギュッと痛む自分の胸が。
なんで俺にだけ?
なんで俺までカカシが気になる?
意味がわからないまま、カカシの言動に、態度に、そして自分自身の反応に、サスケの頭の中は振り回されていた。
一度だけ、聞いてみたことがある。
なんで俺だけ特別扱いみたいな事をするんだと。
カカシはニコッといつもの顔で笑いながら
「別に?」
と答えただけだった。
……はぐらかされている。きっと何か狙いがあるはずだ。それは何だ?
……考えても考えても、その意図がわからない。
これがサスケを上の空にしている原因だった。
もちろん任務や演習には真剣に取り組む。
だけどふとした瞬間に交差する視線に、重なる肌に、何か特別な意図を感じずにはいられない。困惑する。そして考える。しかし答えが出ない。
(………苛々する。)
わけのわからない事は嫌いだ。
全ての物事は理路整然と説明できるのが当たり前だった。
でも一連のカカシとのこのおかしなやり取りは、わけがわからない。不愉快だった。
背後の扉をノックする音が聞こえる。続いて、サスケに呼びかけるカカシの声。
「人混みが嫌なら、屋根の上からでも見ようよ。ここからなら、小さいけど見えるからさ。」
どうしてもサスケと一緒に花火が見たいらしい。
なんで俺なんだ?
なんでそうまでして一緒に花火を見たがる?
「見ねえよ。花火なんか興味ない。帰れよ。」
扉の向こうの気配は動かない。帰る気はなさそうだった。
「それならせめて、一緒に花火の音だけでも聞こう?」
「なんであんたと一緒に聞かなきゃいけないんだよ。」
「……別に? なんとなく。」
またはぐらかす。
また困惑させる。
また悩みの種を蒔かれる。
サスケは玄関を振り向くと、つかつかと歩み寄り、バン! と音を立てて扉を開けた。
そこには目を丸くしているカカシがいる。
「いい加減にしろ」
サスケはカカシを見上げて睨む。
「あんたは一体何がしたいんだ」
カカシはいつもの笑顔に戻って答える。
「サスケと一緒にいたいだけだよ?」
裸足のまま、玄関に出た。
「だから、なんで一緒にいたいと思うんだって聞いてんだよ」
「なんとなく?」
「答えになってねえ。これ以上俺を苛つかせるな。」
「……怒ってる?」
「ああ、苛ついてる。あんたのせいでな。」
「ごめん」
「答えになってねえ。その場しのぎではぐらかすのもいい加減にしろ。」
……遠くで、ドン、と花火が上がる音がした。
「……俺がちゃんと答えたら、サスケも答えてくれるの?」
「あんたの答えによる。」
「……なら、言わない。」
ドン、ドン、と次々に花火が上がる音が響いてくる。
胸がズキズキと痛んだ。それが何故なのかわからない。
……苛々する。
「……帰れ。」
サスケはまた扉を閉めて、鍵をかけた。
冷蔵庫の中を漁り、安売りしていた豚肉と適当な野菜を包丁で切ってフライパンに火をかけ、塩胡椒を振る。
扉の向こう側には、まだカカシの気配があるが、もう相手にしないことに決めた。
肉野菜炒めが出来上がると、昨日炊いて保温してあったご飯をよそって一人で食べ始める。
遠くからは相変わらず、花火が上がる音が小さく響いていた。
「ねえ、サスケ」
扉の向こう側から声がかかる。
知るか。
答えてなんかやらねえ。
無視を決め込むサスケにお構いなく、カカシは続ける。
「俺がサスケのことを特別に想ってるって言ったら、答えてくれる?」
だから、なんで特別に思ってるんだよ。
全然答えになってねえじゃねえか。
やっぱり何が言いたいのかさっぱりわからない。
扉を背に座り込むカカシのことを考えると胸がズキンと痛んだ。その痛みが、またサスケを不愉快にさせる。
肉野菜炒めをさっさと平らげると、そのお皿をシンクに運んで洗い始めた。
洗ったお皿の水気をタオルで拭き取って食器棚に戻すと、あとはもう寝るだけだ。
相変わらずカカシの気配は動かない。
まさか朝まで居座るつもりなのか、こいつ。
……知るか。一人で花火の音でも聞いてろ。
カカシはまた扉越しに喋る。
「……俺が、サスケのこと…………………いや、何でもない。……今日はもう帰るね。また明日。」
……言えよ。
そこを言えよ。
何でもないじゃねぇよ。
はぐらかすなよ。
サスケは鍵のかかった玄関扉を思い切り蹴った。
ガン! と大きな音が響く。
「……いい加減にしろって、言ってんだろ。はぐらかすんじゃねえよ。言う気がないならおかしな態度や言動はもうやめろ。これ以上――ー」
ドン、ドン、と花火の音は途切れず響いている。
「……なら、扉開けて。サスケ。」
「そのままそこで言え」
「開けてくれないなら、言わない。」
「…………」
答えを聞けるのなら。
この不愉快さを、痛む胸を、すっきりさせる答えがあるのなら。
サスケは鍵を開ける。
ドアノブを握ると、右に回して扉を押した。
カカシは顔を伏せていてその表情が見えない。
一歩、二歩、ゆっくりと歩み寄り、しゃがんで膝を床に着くと、その長い手を広げてサスケを包み、抱きしめた。
「……っ!?」
「これが俺の答え。俺の気持ち。俺の想い。――ねぇ、サスケ。これでわかってくれる? 答えてくれる?」
ぎゅっと抱きしめる腕が強まる。
これが答え? 気持ち? 思い?
俺を抱きしめるこの手が?
「っわかんねえよ! 言葉ではっきり言えよ!」
カカシの肩をグイッと押すが、サスケの力では動かない。
抱きしめられたまま、カカシの顔が見えないまま、胸だけがズキズキと痛む。
「わかんない? ……サスケが、好きって事だよ。だから一緒にいたい。肌に触れたい。声を聞きたい。視線を合わせたい。……これが、俺の答え。わかってくれた? 答えてくれる? ねえ、サスケ……」
跳ね上がる心臓の鼓動に驚いた。
答える?
カカシはどんな返事を求めてる?
俺はなんて言うべきだ?
「意味、わかんねえ。俺は男だぞ。まだガキだぞ。何が……どこにそんな事を思う要素があるんだ。理屈がわからねぇ。何でだよ。何で俺なんだよ。何が………」
「好きって気持ちに、理屈なんて、ないよ。サスケが近くにいるだけで胸がドキドキする。声を聞くたびに、もっと聞きたくなる。触れればずっと触れていたくなる。理屈なんかで説明できることじゃ、ない。サスケが好きだ。ただそれだけだ。」
サスケは何も言えなかった。
カカシの言葉にどう応えたらいいのかわからなかった。
好き、だって?
理屈がない、だって?
心臓の鼓動は早いまま、カカシの言葉が頭を埋め尽くす。それなのに、言葉が出てこない。
「……ほら、答えられない。だから言いたくなかったの。困らせたくなかったの。でも、もしかしたら、なんて期待したくなかったの。わかってる。その沈黙が、サスケの答えだって。……ごめんね。変なこと言って。明日からはちゃんと……先生に、なるから。上司に、なるから。もう、期待しないから。」
抱きしめる腕がまた強くなる。
サスケはその腕を握りしめる。
「勝手に……話進めんなよ。ドキドキする? 俺もそうだよ! 今も心臓が痛いくらいバクバクしてる。煮え切らない態度のあんたにいつも苛々してた。はぐらかされるたびに胸が痛くなった。理屈じゃ説明できねえ、この俺の気持ちが、身体の反応が、全然理解できなかった。あんたと一緒だ。理屈で説明できねえ。……これが、俺の答えだ!」
「つまり……どういう意味? 期待してもいいの? はっきり言ってよ。俺はお前が好きだ。サスケは俺のことを、どう思ってるの。」
花火の、ひときわ大きい音がした。
続いて、小さな音が断続的に響く。
花火大会もそろそろフィナーレなんだろうか。わからない。そう、わからない。どういう意味かなんて、わからない。カカシのことを好きかどうなんて、俺には。
「少なくとも、嫌いではない。どうでもいいとも思ってない。俺だってあんたのことが気になる。気がつくと視線で追ってる。口元を見てる。どこを見てるのか知りたい。喋ってると、時々胸が痛む。……こんな俺を、あんたはどう思う。どう解釈する。俺には、……よくわかんねえ。ただあんたの話を聞いたら、ああ俺も同じだ、と思った。
なあ、カカシ。あんたはどう思う。どう解釈するかは、あんたに任せる。」
カカシはサスケを離さないまま押し黙った。
断続的に響いていた花火の音が聞こえなくなる。
きっと花火大会は終わったんだろう。
ナルトは結局サクラとデートが出来たんだろうか。
それとも女子同士で盛り上がっているのを後ろから見つめて過ごしたのだろうか。
ナルトがサクラを好きなのは、一体どんな気持ちなんだろう。そばにいたい? 抱きしめたい? キスがしたい?
カカシの頭がもぞ、と動く。
「それが、サスケの答えでいいの? 本当に? 本当、だったら……、俺は、期待してもいいってことになるけど、それでいいの?」
「……解釈は任せるって言っただろ。俺は……家族以外で、好きとかどうとか、そういうことを思ったことがない。だからよくわかんねえ。あんたは大人なんだから、わかるだろ。」
抱きしめていた腕が緩んで、真正面にカカシの顔が来る。まっすぐに俺を見る目。
「キス、してもいい?」
「……嫌だとは思わない。」
口布越しに、そっと触れる柔らかい唇。
コツンと額当て同士が合わさった。額当てを通して、カカシの体温が伝わってくるような気がする。
「嬉しい、どうしよう。」
「……そこはあんたがリードしろよ。大人だろ。」
「毎日サスケの家に来てもいい?」
「勝手にしろ」
「それ、いいって意味で合ってる?」
「解釈は任せる」
「……サスケ語の翻訳が出来るようにならなきゃいけないね。」
「なんだよ、それ……」
カカシが笑った。いつも見せる笑顔とは違う、優しい顔で。
ドキッとした。こいつ、こんな顔、するんだ。
胸が高鳴るのを感じる。
今まで感じていたズキンとした痛みじゃなくて、身体中に血液を送り出しているその鼓動が早くなったような。
「サスケ、顔、赤い……」
そう言われると、余計に顔が熱くなる。
カカシは優しく笑いながら続けた。
「今日さ、サスケんち泊まっていい?」
「布団ひとつしかねえよ。」
「いいじゃん、一緒に寝よう?」
「……別に、いいけど……いや、狭いだろ。」
「その方がくっつけるじゃない」
「……そういうことか」
「嫌?」
「嫌、ではない。」
「ありがと、サスケ。」
また、触れるだけのキス。
サスケも口元が緩む。
それを自覚して、少ししてから、ああ、俺今嬉しいのか、と思った。
「とりあえず……中、入れよ。」
開けっぱなしの玄関を閉める。
カカシが靴を脱いでサスケの部屋の中に入ってくる。
……俺の家に、カカシがいる。
それだけで、笑えてきた。
「何がそんなにおかしいの?」
「わかんねえよ。あんたがこの家の中にいるのが面白いと思っただけだ。」
「……サスケ語は難しいなぁ」
「せいぜい頑張って翻訳するんだな。」
「そうするよ。俺に都合よく解釈するけど、いいよね?」
「任せるよ、そこんとこは。」
十分後、サスケの部屋の明かりは消えた。
カカシの腕に抱かれながら、ああこれ、寝つけないやつだと思いながらその体温を確かめるようにサスケの手がカカシの背に回った。
幸せってきっと、こういうときに感じるものなんだよな、と心の中で確かめる。
幸せなんて、俺が感じても許されるんだろうか。そう思いながら目を閉じた。