秘密の関係
理科室の情事
高校に入ってから「うちは部室にさえいれば何しててもいいよ」と言われた科学部を選んだが、いざ入ってみると部員はサスケ一人だけだった。正確にはあと三人いるらしいが三人とも二年生で幽霊部員らしい。サスケは毎日部室に来ては勉強をして過ごした。一年の化学の教科書はひと通り頭に入ったから兄さんから借りた二年の教科書を読みながら適時ノートにメモを取る。
顧問のはたけ先生は準備室にこもっていたりサスケの様子を眺めて時折「わからないとこない?」と聞いてくるだけで静かで穏やかな時間が流れていた。
一ヶ月もそうして過ごしていると二年の教科書も読み終わり、次は数学にでも手をつけようか、と思っていたところに先生が話しかけてくる。
「随分早く進めるのね。三年まで読み尽くしたら何する予定?」
サスケははたけ先生の方を向いて少し考えた後、
「赤本をやろうと思っています。」
と答えた。
兄イタチは東大の工学部に進学していて、サスケもまた兄の後を追いたいと思っていたのだ。
「何かやりたい研究とか職業でもあるの?」
「いや……特には。ただ兄と同じ道を進みたいなと。」
「ふぅん……。」
はたけ先生はそれ以上何も言わなかった。
数IIの教科書を開いて頭に入れていく。練習問題、応用問題を解いて、発展問題に差し掛かるとシャープペンシルが止まった。これは……多分数Ⅰの教科書に載っていた公式との組み合わせと……。ノートに少し書いては消しゴムで消す。何だっけ、確かにこのパターンは見た覚えがある。問題文は三段階の解法を解く必要があった。ひとつ目はわかる。ふたつ目が思い出せない。それが解ければ3つ目は解けるのに。
右手で頬杖をつきながら考えていると、はたけ先生が隣にやって来た。
「苦労してる?」
サスケは悔しそうに眉間に皺を寄せる。
「少しだけです。」
トン、トン、と問題文をシャープペンシルで叩く。
「教えようか?」
「物理の先生ですよね?」
はたけ先生は教科書とノートを見比べる。
「高校の数学程度ならわかるよ。ま、なんだ。数Ⅰの教科書出してみな。」
「自力で解きます。」
「時間の無駄。思い出せないならさっさと解法見た方が良い。」
先生はサスケのバッグから教科書を漁って数Ⅰの教科書のページをめくる。
「ほら、このページ。」
しぶしぶ示されたページを見ると、何だこんな事か、というくらい簡単なことだった。それを思い出せないなんて、もう一度数Ⅰを復習し直した方が良いかもしれない。
ノートに書きこんでいって答え合わせをするとちゃんと合っていた。
「……ありがとうございます。あとは大丈夫です。」
「ん、またわかんないとこあったら教えて。」
先生は教壇に戻って行ってプリントを眺め始めた。
サスケも教科書に目線を戻して再び勉強に集中し始める。部活でのふたりの会話はこの程度だった。この距離感の居心地が心地よくて、勉強にも集中できるしサスケは学校の中で科学部で過ごす時間が一番好きになっていった。
ここのところはたけ先生は、サスケが勉強をしている最中ずっとプリントを睨みながら何かを考えている風だった。先生にも悩みとかあるんだろうか。問題をひとつ解き終わって先生の方を見上げる。
「いつも何のプリント見てるんですか?」
「あー……、いや、科学大会のね。まあ要するに、科学部が集まって研究成果を発表して順位を競うってやつ。今までは幽霊部員しかいなかったけど、今うちはがいるからさ、上が出ろってうるさいんだよねぇ。」
「科学大会……。」
「でも部室にさえいれば何しててもいいよって言った手前うちはにやらせるのもなーと思って。」
「……科学大会。出ますよ。で一位取ってやりますから、それ見せてください。」
サスケが立ち上がって教壇に向かう。ピラ、と渡されたプリントには大会の要項と審査基準が書かれている。新規性。研究方法の妥当性。結果から導き出される結論。大会は9月。それまでに研究対象を決めて研究をしてまとめて発表、か。
「でもこれやると、うちはの勉強時間減っちゃうよ。」
「こういう成果も、ゆくゆくは役に立ちます。就活とか。やるんで申し込んでおいてください。」
サスケがプリントを先生に返すと、また席に戻って別のノートを取り出し、さっそくさらさらと何やら書き始めた。やる気満々だ。
「ありがとう、助かるよ。俺も手伝うから、何でも言って。」
サスケは思いつく限り研究テーマを書き連ねていく。科学ということは化学でも物理でも地学でも何でもいいということだろう。一番とっつきやすいのは地学だがその分新規性に欠ける。審査員は科学全般に詳しい人だろうから新規性……他にライバルが少なさそうなのは物理だ。幸いなことに、先生は物理を教えているからわからないことは何でも聞ける。テーマ決めが一番の鍵になりそうだった。サスケがノートに書き連ねているのを、先生が隣に座って眺める。
「これ、とこれと、これは過去の大会でもう出てる。これとこれは誰でも思いつく。」
指摘されたものを線で打ち消していく。ざっと思いつく限り書き出してみたが、線が引かれなかったのは5つだけだった。しかし、これらも大会に出すにはパンチに欠ける。
「今日中に決めなきゃいけない訳じゃないし、兄さんとも相談して明日また持ってきます。」
「そっか、お兄さんも物理系強そうだね。」
部活の時間が終わるチャイムが鳴って、ノートを閉じた。カバンに筆記具と一緒にしまうと、部室である理科室から先生と一緒に出る。鍵を閉めるのを見守ってから、昇降口まで歩いた。靴箱に手を伸ばすと、靴の上に手紙が置いてある。
サスケはため息をついて手紙を避けて靴を取り出した。はたけ先生がそれを覗き込む。
「何? ラブレター?」
「さぁ。」
「読まないの?」
興味津々な様子の先生に、その手紙を渡す。
「読みたいなら、読んでいいですよ。」
先生は遠慮なくハートのシールを外して中の便せんを取り出した。
「えーと? うちは君が好きです。もしよかったら、体育館裏に来てください。」
……もしかしてこの子、ずっと待ってるんだろうか。
「たった一ヶ月で、俺の何が好きになるってんだ。もう三通目だ。バカバカしい。」
サスケは吐き捨てるように言って、上靴を靴箱に入れるとまっすぐ校門に向かって行った。
カカシはその手紙を手に、体育館裏に行ってみると女子がひとり俯きながら佇んでいる。その女子に向かって声をかけた。
「うちはなら帰ったよ。」
「……なんで先生が知ってるんですか。」
「あいつのどこが好きになったの?」
「先生には関係ないです。」
「どうせ顔なんでしょ。」
その女子は少し不快そうな顔をして、校門の方向へ走って行った。あ、今行ったらサスケと校門で鉢合わせるな。サスケはどう対応するんだろう。
気になりつつ、職員室に戻ってゴミ箱に手紙を捨てると、カカシは過去の大会の情報を調べ始めた。
「昨日どうだった?」
部室に入ってカバンを下ろすと、はたけ先生がサスケに話しかける。
「別に……興味ないって言ってそのまま帰りました。」
「その子何か言ってた?」
「色んな事に一生懸命なうちは君が好きですってさ。」
「へぇ……。」
珍しく、先生がサスケの向かい側に座る。
「なんで興味ないの?」
「興味ないもんはないだろ。恋愛にかまけてるほど暇じゃない。それに」
「それに?」
「うちのクラスに、付き合ってる奴らいるけど、一緒に弁当食ったり、喋ったり、手繋いだり、それの何がそんなに楽しいんだか。」
先生が頬杖をついた。
「青春って感じじゃん。」
「青春なんて興味ない。」
「じゃあ、何。うちはは青春通り越して、いきなり大人の恋愛したいの?」
サスケは意味が分からないという顔で先生を見る。
「青春とか、大人とかどうでもいい。恋愛自体に興味がないだけです。」
「……恋愛、したこともないのにそんなこと言うんだ。」
鼻で笑われて、馬鹿にされてると思ったサスケは、先生を睨んだ。
「何か言いたげですね、はたけ先生。興味ないもんはない。……で、昨日の続きですけど。」
サスケは机の上にノートを広げた。見開き一面にびっしりと様々な研究テーマ案が書かれている。
「兄さんにも確認して、既存の研究にないものでかつ、身近なものが題材のテーマを考えてみました。見てみてください。」
カカシも過去の大会で扱われたテーマの書かれた紙を取り出して照合作業に入る。
「これは研究が簡単すぎる。これはありがちだ。あくまで高校生らしいテーマが良いからこれはちょっと難しすぎる。」
どんどん書かれたテーマに横線が引かれていく。最終的に残ったのは10個だ。
「うん、この中から決めよう。どれでもいいと思う。うちははどれを研究したい?」
サスケは手を顎に添えて考える。10個の中から絞り込むのか。意外と残ったな。考え込んでいると、はたけ先生はサスケの隣に席を移した。一緒にノートを眺める。
「……すぐには、決めれないな。」
「じゃあ、一晩考えて明日教えてよ。」
「わかっ……」
先生の方を振り向くと、すぐ近くにその顔があった。いや距離近いだろ。何考えてんだ。
「……はたけ先生、近いです。」
「嫌?」
「嫌っていうか、人にはパーソナルスペースというものがあってですね。」
「うちはさぁ、大人の恋愛、味わってみたくない?」
「はぁ?」
怪訝そうな顔のサスケの後頭部にはたけ先生の手が添えられる。
「何のつも」
最後まで言い切る前に、先生の唇がサスケのそれに合わさっていた。更に食むように口を少し開いてサスケの上唇を吸ってそのまま舌が中に入ってくる。
何が起きている? 先生は何をしている?
思考も抵抗もストップしているとその舌はサスケの口内をじっとりと舐めながら歯列をなぞり舌を絡めた。チュ、チュ、とついばむようにキスをしながらその度に絡み合う舌。少しだけ甘い先生の唾液が味蕾を刺激して頭がぼうっとする。
唇が離れたとき、サスケは顔が真っ赤に染まっていた。先生はそれを見てにっと笑う。
「……これが大人のキス。これでも興味ない?」
「な……に、して……」
「だから、大人のキス。……俺サスケのこと好きになっちゃった。……だからもっとキスしたい。」
「っちょっと待てよはたけ先生!」
抗議の声を上げた唇に、先生の人差し指が添えられた。
「カカシって呼んでよ。」
「カカシ……先生、いきなり何を……!」
「先生はいらない。カカシ。今のお前と俺は、ただのサスケとカカシ。」
また顔が迫ってくる。唇が合わさる。舌が入ってくる。少しだけ甘い味が、絡み合う舌が、頭のリソースを削いでいく。キス? キスを、してる? はたけ先生……いや、カカシと? なんで? キスってこんなに気持ちいいものなのか? それとも大人のキスだから? ……相手が、カカシ、だから? いや、それはおかしいだろ。俺は……カカシ、に、恋愛感情なんて抱いていない。ただの部活の顧問の先生で、そりゃあ嫌いではないけど、決して恋愛的な意味で好きなわけじゃない。っていうかそもそも男だし。……やっぱり、こんなのおかしい。
「っやめ! んっ……!『はたけ先生!!』」
カカシの唇が離れていく。不満そうにサスケを見つめる。
「カカシって呼んで。」
「嫌です、はたけ先生。」
「サスケともっとキスしたい。」
「嫌です、はたけ先生。」
「キス以上のこともしたい。」
「だから、嫌ですって言って……!!」
「サスケ。」
真剣なカカシの視線とぶつかり合った。
「恋愛、してみない? 俺と。」
「俺は先生をそんな風に見れません。」
「サスケは必ず俺を好きになる。」
「そんなのありえません。」
「でももう、意識し始めたでしょ?」
「……っ!」
……口の中に、あのキスの余韻が残っている。甘酸っぱい青春のそれではなく、粘膜が絡み合う甘いキス。
「またキスしたくなってるんじゃない?」
「そんなこと……!」
「試せばわかるよ。」
後頭部に添えられた手が、再びサスケを引き寄せる。サスケが抵抗する間もなく、その唇が合わさった。さっきのようなついばむようなキスではなく、長く深いキス。大人のキスがこんなにも気持ちいいなんて。気がつくとサスケも舌を動かしていた。カカシの動きに合わせて絡め合っていた。
唇が離れると、サスケはやっぱり真っ赤な顔で、戸惑いの色を隠せずにいた。もっとキスをしていたかった。そう思ってしまった自分に戸惑っていた。
「ほら、したいでしょ。キス。」
サスケはされるがままに唇を重ねる。
それからふたりは毎日、部室に入ると必ずキスをするようになった。
テーマを決めて研究を始めると、カカシはサスケの隣に座って、目が合う度にキスをする。キスを重ねる度に、サスケはカカシを見る目が変わっていることに気がついていなかった。その目は熱くカカシを求めていた。もっとカカシが欲しいという目に変わっていった。それはカカシに恋をしている目だった。
その証拠とでもいうように、キスをしながらカカシが触れたサスケの股間は硬く勃ち上がっていた。カカシはズボンの上からそれを撫でて、サスケもカカシの股間に触れると同じように勃っていて、キスをしながらそこをまさぐり合った。チャックを下ろして直接触れ合うのも時間の問題だった。お互いに扱き合いながら、キスをしながら、時折ピクンと反応するのを感じて深くキスをする。
「……ズボン、下ろして。下着も。」
薄暗い準備室の中で、真っ赤な顔で、はぁ、はぁ、と興奮しながらサスケは言われた通りにズボンを下ろした。机に手をついてカカシに尻を向けるように言われて、後ろから抱きしめられながらぬる、と中に指が入れられた。
「な、に……?」
ゆっくりと奥に入ってくる指の異物感に顔をしかめていると、背中にカカシの熱いものが当たっていて胸がドキドキする。
「カカ……っぁ」
前立腺の裏を刺激されたサスケがピクンと震える。カカシはそこを集中的にマッサージしながら指を出し入れしてスムーズに動かせるようになると指を増やす。
「あ、っぁ、んっ、カカ、」
そこを撫でられる度にむず痒いような快感が走り、背中に当たっているカカシのものが動く度に興奮で息が荒くなる。サスケはこれからカカシが何をしようとしているのか察していた。高校生だ、それくらいの知識はある。つまりカカシは、俺と、……セックスを、しようとしている。3本の指が抜けて代わりにその熱いものがあてがわれたとき、息を呑んだ。ぬぷ、と入ってくるそれの圧迫感に震えながら耐えていると、すぐにそこを何度も何度も浅く抽送して刺激する。そうしながらその大きさに慣れてきたところで、カカシは腰を進めてサスケの奥までそれを挿れた。
「は、あ、あっ、っあ、」
ぐっ、ぐっ、と奥を刺激されて、たまらず声が漏れる。
「気持ちい……動いていい?」
カカシはゆっくりとした抽送から少しずつ動きを早めていく。
「あっ、あ、んっ! ぅあっ! あ、んぅっ!」
セックス、してる、俺、今、カカシと。
はじめてキスをしてから一ヶ月も経っていなかった。今はただ中にあるカカシが愛おしい。カカシの言ったとおりにサスケはカカシに恋をして、大人の恋愛というやつを経験して、その虜になっていた。
奥を突かれる度に堪らない快感が背筋を駆け上がって頭がそれでいっぱいになる。
「あっ、もっと、っあ! おくっ、あぁっ!」
「はぁっ、ごめ、もう出るっ……!」
サスケとの初めてのセックスに、カカシもまた興奮していた。まだ十分にサスケを気持ちよくさせられていないのに我慢できなかった。腰の動きを一層早くしてググっと奥に精を放つと、サスケもまた震えながら精液を吐き出していた。
「はぁっ、あっ、あ、はぁっ、カカ、シ……」
「サスケ、好き……大好き。大好きだ……。」
し ばらく繋がったまま荒い息を吐いて、抱きしめられながらサスケは、あ、俺もカカシのこと、好きなんだとはじめて自覚した。
その日からは毎日準備室でセックスをした。扉を閉めてしまえば声は理科室の外まで漏れない。一度だけ女性の教師が「はたけ先生?」と理科室に入って来たときは正にガンガン腰を振っている最中で、サスケは口を手で覆ってカカシは「今手が離せないんでプリントなら教壇に置いといてください」と声を張り上げた。教壇にプリントを置いた女性教師が「置いておきますよ」と言ったときサスケははじめて中イキしていた。スリルと興奮で感度が急激に上がったのだ。
理科室を出て行く音がしてから、サスケははぁっ、はぁっと荒く息をしながらまだ奥に入っているカカシのそれに「っあ、……あっ」と震えながら感じていた。
それからは、理科室の準備室だけだった情事はどんどんエスカレートしていった。