折れたこころ

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全年齢,長編,原作軸,完結済み,カカサス小説シリアス,平和IF

三日間

 報告書
 
 経過
 14時34分
 サスケの呼吸が乱れ始めた為手を握り「大丈夫、俺がいる」と声をかける。それでも呼吸は乱れ続けた為腹の上に乗せて抱きしめ、「一緒にゆっくり息をしよう、できるか?」と声をかけるが反応なく、過呼吸発作に発展する。背中をゆっくりとトン、トン、とたたきなだめるが「うう」と声を出し泣き始め、乱れる呼吸の合間合間に「ごめん」と繰り返す。
 14時42分
 状況が良くならないため「薬、飲むか」と声をかけるとパッと起き上がりベッドを駆け下りて勢いよく寝室を出ていく。瞬身してリビングにいるサスケを後ろから拘束するが、その時既に薬七錠が入ったシートを手にしていた。
 うずくまりながら手のひらに薬を出した事に気がつき「サスケ、ダメだ」と大声で制し腕を掴むが手のひらは口を覆っており既に口内に薬を入れた後だった。それを嚥下したのを確認すると、影分身に多量の水を持ってこさせてサスケに飲ませ、喉に指を差し込み吐かせようとするがえずくだけで薬を吐くには至らず。
 14時53分
 ぐったりするサスケを抱えて木の葉病院に向かう。
 15時24分
 木の葉病院に到着、状況説明、胃洗浄の処置が行われる。以降病院の報告書を参照のこと。
 
 問題点の抽出
 環境の問題
 ダイニングテーブルに頓服薬を置いたままにしていたこと。
 人的問題
 サスケがそこに薬があることを知ったことに看護者が気付いていなかったこと。
 病状の問題
 不安定な状態のサスケは薬を多量に飲むことで楽になれると考えたと思われる。
 
 再発防止策
 薬は全て鍵付きの収納に保管する。
 鍵はサスケの手の届かないところに保管する。
 サスケの状態を見極め必要性があると認めた場合すぐに頓服薬を一錠飲ませる。
 寝室、リビング、洗面所に常に影分身を配置し不測の事態に備える。
 
 以上
 
 報告書を書き終えて、カカシはふう、と息を吐いた。
 隣のベッドで横たわるサスケはまだ人口呼吸器と心電図、そして点滴のルートが取り付けられたままだ。
 服薬した薬に筋弛緩作用があるため、胃洗浄は行ったが念のため取り付けているのだと医師は話した。必要だから、ではなく念のため、だ。思っていたほど状況は悪くはない。三日程で退院できるだろうという見立てだったが、丸一日経ってもまだピクリとも動かないサスケを見ていると嫌でも不安になる。
 医師を疑うわけではないが、この状態で本当に三日で退院できるのか、退院したとしてその後のケアをどうする、と考えると、額を覆いたくなった。
 自殺リスクに関してはあんなに気を付けていたのに、意識していたのに。
 いや、サスケはきっと自殺しようとしたわけじゃない。楽になりたかっただけなんだ。薬を飲めば楽になれると思って飲み込んだんだ。
 ……一度多量服薬未遂をしていたのに、飲みすぎても駄目だと一度諭したことで安心していたのかもしれない。気が動転したサスケが何をする可能性があるのか、もっとシミュレーションをしておくべきだった。そして薬の管理も甘かった。サスケがダイニングテーブルで食事を取れるようになるのが、こんなに早いとは思っていなかった。だからテーブルに置きっぱなしにしてしまっていたんだ。もっと環境調整を徹底すべきだった。
 ……もう絶対に、こんな失敗はしない。危険な要素は全て排除する。
 キッチンにある包丁も新聞紙で包んでサスケの手の届かないところに隠し、必要なときだけ取り出す。
 薬を出し入れするところはサスケに見せない。
 玄関は鍵だけでなくチェーンロックもかけて簡単には開かないようにする。
 そして監視体制を徹底する。
 不安定なときはサスケが動けないように抱きしめて絶対に離さない。薬は影分身に用意させる。常に薬が飲めるように水は必ずサイドテーブルに用意しておく。
 あとはサスケが目を覚ました後のケアだ。どんな状態で目を覚ますのかわからない。幸いにもここは病院だ、また取り乱すようであれば必要な処置はして貰えるだろう。落ち着いていたとしても自分のした事に対して後悔や罪悪感を抱くかもしれない。病気のせいだ、サスケのせいじゃない。そう、声をかけるんだ。励ますんだ。生きるために取った行動が、結果的に悪い方へ行ってしまっただけで、サスケは悪くないと。
 
「カカシ先生、もう休まれては?」
 夜二十一時を回ってもサスケの傍らに座り見守るカカシを見かねて看護師が声をかける。
「目が覚めた時に、一緒にいてやりたいんです。一緒に治そうと、約束したので。」
 影分身に見守らせても結局は一人は起きているんだからその分のチャクラが惜しかった。家に帰ってからは今までより監視体制を強化する分、チャクラも消費するし疲労も増えるだろう。常に最善を尽くしてケアをする。もうこんなことはごめんだ。そのためには、三日寝ないくらい何てことない。
 看護師はバイタルチェックをしてから、「無理はなさらないでくださいね」とだけ言って静かに出ていった。サスケのためならどんな無理でもしてやる。サスケが回復するまで。安定するまで。元の生活に戻れるまで。
 
 昏睡し続けたサスケが意識を取り戻したのは、入院して二日目の夕方だった。
 ゆっくりと開く目を見て、カカシはサスケの手を握る。
「俺がわかるか、サスケ。」
 サスケは視線を動かさず、唇も動かさない。ただぼうっと天井を見つめていた。カカシはナースコールを押した。
「サスケが、目を開きました。」
 看護師が駆け付け、サスケの肩を片方ずつ叩き声をかける。サスケはその両方に瞬きで反応した。
「まだ意識ははっきりとはしていませんが、声は聞こえているはずです。話しかけてあげてください。」
 カカシは頷き、サスケの手をぎゅっと握りしめる。
「なあ、サスケ。……気分は、どうだ? つらくないか?」
 サスケが瞬きをする。
「俺はね、サスケが目を覚ましてほっとしてる。心配もしてる。びっくりしたろ、こんな管に繋がれててさ。でも大丈夫だ、明日には良くなるって医者の先生も言ってたよ。だから、大丈夫だ。俺もいる。」
 ゆっくりと閉じた瞼がもう一度開いたとき、その瞳はカカシを捉えていた。
「……サスケ? ……俺の言葉が聞こえるか?」
 唇が微かに動くが、動きが小さすぎて何が言いたいのかは読み取れない。
「無理、しなくていいからね。今はもう少し休みな。次に目が覚めたら、きっともっと動けるようになってる。」
 カカシがサスケの頭を撫でると、また瞼が閉じて、そして朝まで開くことはなかった。
 筋弛緩作用がある、と先生は言っていた。心肺機能には影響がなかったようだけど、きっと身体は動かせないんだろう。それでも、先生は三日程で退院できると言っていた。明日には、退院できるくらいになっているはずだ。そうだろ。
 消灯された暗い病室で、それでもカカシはサスケから目を離さない。いつ目が覚めてもいいように。サスケをひとりぼっちにしないために。サスケを励ますために。
 サスケが目を覚ます朝までの十時間が、果てしなく長く感じた。
 
 目を開くと、視界がぼんやりしている。焦点がなかなか合わない。天井が白いことは分かる。傍らに点滴の袋が見えた。口に何かが着いていて、シュー、と音を立てながら肺に空気を送っている。その白い視界に、影が入り込んだ。
「サスケ? 目が覚めた?」
 カカシの声だ。……この影は、カカシか。
 目を細めて焦点を合わせると、心配そうに覗き込むカカシの顔が目に映った。
「……ここは……」
 喉がひりつく。まるで久しぶりに喋ったときみたいだ。ぼうっとする頭を何とか動かそうとするけれど、うまくはたらかない。身体が重たくて動かすのがひどく億劫だった。顔だけカカシの方を向けると、カカシはほっとしたような顔をする。
「……ここは病院だよ。覚えてないか?」
 唾を飲み込んで喉を潤そうとするが、口が渇いて唾もあまり出ない。
「なんで、……病院?」
 自分の身に何が起きたのか、思い出せない。
 ただ薄暗い意識の中で、カカシの声が聞こえていたのは覚えている。
「落ち着いて、聞くんだよ。サスケは凄く落ち込んで不安定になって、薬を、飲みすぎたんだ。」
 薬? ……何の薬……?
 でも今のこの感じは……頓服の薬を飲んだ後によく似てる。ということは……。
「テーブルの、あの薬……?」
「そう、あの薬。……よっぽど、つらかったんだよな、サスケ。」
 覚えてない……。
 最後の記憶を手繰り寄せようとするけれど、頭に濃い靄がかかっていてなにも分からない。
「どんな薬も飲みすぎたら毒になるって、言ったろ? ……今が、その状態だよ。」
 はたらかない頭を総動員させる。
 つまり俺は、調子を崩して……薬をたくさん飲んで、病院に運ばれた。飲みすぎたから、頭がはたらかないし、身体も重くて動かせない。
「それ、いつの話だ? ……昨日?」
「三日前だ。」
「……え……?」
「三日間、サスケは起きなかった。……一度だけ目を開いたけど、またすぐ眠った。」
 三日間、三日間も?
 ああ、だから点滴……。
「看護師さん、呼ぶよ。」
 カカシがナースコールを手に取る。電子音の後に、『どうしました?』と女性の声が聞こえてくる。
「サスケが、目を覚ましました。意識もあります。」
『少しお待ちください』
 カカシがナースコールをベッドに置いて、サスケの手を握る。
「目が覚めて、よかった。今はそれだけだ。……よかった。」
 カカシは心なしか疲れた顔で、それでも優しく微笑んだ。
 三日間も眠っていたんだ、きっと心配してくれたんだろう。いつ目を覚ますのかと、ずっと待っていてくれたのかもしれない。もしかして、ずっとこうしてそばに?
「ずっと、ついてくれてたのか?」
「前にそう約束したろ?」
「三日間、ずっと?」
「……そんなことは、気にしなくていいの。」
「気に、なるだろ……。」
「ごめんは禁止な。……サスケは何も悪くない。」
「けど……」
 話していると、病室の扉が開いた。誰かが二人入ってくる。
「おはよう、サスケ君。喋れるみたいだね?」
 医者の先生の声だ。もう一人は、看護師さん?
「先生、頭が……ぼうっとして。」
「うん、そういう薬を飲んだからね。身体は動くかな? 手を上げてみて?」
 サスケは重い右腕を持ち上げる。少ししか動かせない。持ち上げた手が震えて、パタッとベッドに落ちた。
「まだあまり抜けてないみたいだね。もう少し下剤を増やそうか。」
 先生が看護師さんに何か指示を出して、看護師さんは部屋の外に出ていく。
「先生、サスケはいつ……」
「明日には退院できますよ。ただ身体の調子は、薬を飲む前に戻るまで少しかかるかな?」
 こんな動かない身体で、退院? 出来るのか?
 サスケの疑問は、すぐに先生が晴らしてくれた。
「退院できる、イコール動けるようになる、ではないからね? 点滴や人工呼吸器が必要じゃなくなるってだけだから。」
 つまり、退院してもしばらくは……また動けない日々が待ってるのか。
「ちょっとは懲りたでしょ? 薬はね、一度にたくさん飲んではいけないよ。じゃないとまたこうなるからね?」
 また三日間も……カカシに心配をかけるのは嫌だった。
「もう絶対にしない。」
「うん、いい返事だ。」
 先生はサスケに近づいてじっと観察してから、「うん、うん」と頷いて、部屋から出ていった。入れ替わりになるように看護師さんが入ってきて点滴のパックを変え始める。
「サスケ。」
 カカシが点滴の入っていない方の手を握る。
「大丈夫だ、また元気に動けるようになる。一緒に頑張ろう、な?」
「……ああ、一度できるようになったんだ、またやれる。」
 サスケもカカシの手を握り返した。
 看護師さんがサスケの口から人工呼吸器を取り外し、心電図から伸びる紐もひとつずつ外していく。それだけで、少し身体が自由になった気がした。サスケは手をグー、パー、と動かす。足を上げるのは重くてまだ無理だった。
「カカシ、退院のとき……」
「ん、俺がおぶってくから、大丈夫だよ。」
 
 ……カカシがいてくれたら、きっと大丈夫だ。ちゃんとうまくいく。
 根拠はないけど、そう感じた。
 もう、薬は、薬だけは一気に飲まない。何があっても。きちんとカカシに頼る。そうすれば、カカシが何とかしてくれる。今までだってそうしてきたんだ。薬に頼るのは、カカシが必要と判断したときだけだ。カカシが飲むかと尋ねてきたときだけだ。
「カカシ、……ありがとう。家に帰ったら、なんでこうなったのか、教えてくれるか?」
「うん、きちんと話すよ。じゃないとまたこうならないか不安でしょ?」
「ああ、……覚えてないから、なおさら。」
「話すけど、さっきも言ったけど、『ごめん』は禁止だからね?」
「……それって、俺が悪いってことだよな……?」
「いや、サスケは悪くない。ほんとだよ。それに俺も悪かったところがある。ま、お互い様だ。」
「……わかった。『ごめん』は言わない。」
「うん、ちゃんと話し合おう。……サスケが今どういう段階で、どんなリスクがあって、それにどう対策していけばいいのか。二人で一緒に考えよう。」
 そう話すカカシが見せた真剣な目に、ピリッと緊張感が漂う。サスケが息を呑んだのに気づいて、カカシは慌てて笑顔を作った。
「まぁ、そんな構えなくていいよ。これからも二人で一緒に頑張ろうなって話だ。」
 もう二度と、こんな事にはしない。その深い決意を隠すように、サスケの肩に手を置いた。もう片方の手を、ギュッと握り締めながら。