折れたこころ

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全年齢,長編,原作軸,完結済み,カカサス小説シリアス,平和IF

頓服薬

 カカシの上でうつ伏せになっているサスケは、眠ったり、ウトウトしたり、ぼぅっとしたりを繰り返していた。目が覚めたかなというタイミングで声をかけても返事は返ってこない。
 夜の八時に目が開いたとき、「晩ごはん、食べれそう?」と聞いてみたがやはり返事はなかった。
「ジュースと薬だけでも、飲もうか」
 影分身がサスケの口に小さいパックに入った野菜ジュースのストローを差し出すと、サスケは少し口を開いてストローを口に含んだ。ゆっくりと全て飲み切った後、次は口の中に夕食後と寝る前の薬を入れて、水の入ったコップから伸びるストローを口元に持っていく。少しだけ口を開いてゆっくりと水を飲み込む。
 そのまま影分身には様子を見守らせて、カカシ自身はサスケと一緒に眠ることにした。
 サスケは微動だにせず夜中の二時まで眠り、その後は時折目を開けたり、目を閉じたままウトウトとしていたり、うっすらと目を開けてぼぅっとしたりしながら朝まで過ごした。
 目が開くたびに影分身のカカシは大丈夫、一緒にいる、ずっとお前のそばにいると声をかけながらサスケの手を握る。
 
 目覚まし時計のアラームが鳴ってカカシは目を覚ました。影分身がアラームを止めると、一旦術を解いて夜のサスケの様子を確認する。二時まで眠っていたということは、睡眠薬の効果は六時間ほど、ということだろう。
 アラームの音でサスケも目を覚ましたらしく、うっすらと目を開いてぼぅっとしている。
「おはよう、サスケ。」
 声をかけるが、返事はない。
「ご飯、まだ食べれなさそうだったら、三秒目を閉じて」
 サスケは目を閉じる。
 一、二、三……
 そしてまたうっすらと目を開いた。
「じゃあ、野菜ジュースだけ飲んで、薬飲もうか。」
 カカシは印を結んでもう一度影分身を出した。影分身はキッチンに行き、野菜ジュースと薬、水の入ったコップ、ストローを持ってまた寝室に戻ってくる。
 野菜ジュースのストローを口元に持っていくと、サスケは昨夜と同じようにゆっくりと時間をかけてそれを飲み切った。薬も口の中に入れて、水の入ったコップにストローを差してもう一度口元に持っていく。三回に分けて水を飲み、薬は飲めたようだった。
「食べるのが無理なら、ジュースだけでも大丈夫だからね。今日は食べるのはつらいだろうから、お昼も夕食もジュースにしよう。ジュースを飲んで、薬を飲んで、あとはひたすら横になってればいい。な?」
 サスケからの返事はない。その代わりにまた目を閉じた。
 朝、昼、夜にジュースと薬を飲んで、トイレに連れて行き身体を清拭して髪を洗い、傷の手当てをして、それ以外はカカシの上でうつ伏せになりながら過ごす。
 そんな生活が三日間続いて、いつまでこれが続くんだろうと思い始めたとき、サスケは小さな声で「つらい……」とこぼした。三日ぶりに聞くサスケの声。
「何がつらい?」
 カカシが尋ねると、
「……動けない、……情け、ない」
 と続ける。
「でもさ、話すことが出来るようになったろ?」
 カカシは内心ほっとしていた。一番重い状態からは抜け出せた。
「大丈夫だよ、どん底から今、少しずつ良くなっていってるってことだから。大丈夫。もうしばらくは起きれないかもしれないけど、必ず良くなる。だから今はこのまま動けなくてもいい。それだけサスケには休息が必要だったってことだから。」
 サスケは目を伏せて小さく身じろいだ。
「……ありがとう、カカシ……」
「ご飯はまだ無理そうか?」
「……まだ……」
「ん、わかった。じゃあ今日もジュース、頑張って飲もうな。俺はサスケが今苦しんでて、それでも良くなろうと頑張ってジュース飲んでるのわかってるから。」
 サスケの目からポロ、と涙がこぼれる。カカシはサスケの頭を撫でながら、「大丈夫、俺も一緒にいる。」と優しく話しかけた。
 サスケはふう、ふう、と乱れだ呼吸を落ち着かせようと息をする。
「サスケは頑張ってるよ。動けなくても、出来ることをしようと頑張ってる。俺はずっとお前を見てるからわかる。だから、良くなるまで一緒に頑張ろうな。無理はしなくていいから。」
 こみ上げる涙を堪えていたサスケが、その言葉を聞いてまたポロ、と涙をこぼす。
「我慢しなくていいんだよ。泣きたくなったら泣いていい。泣いてもお前のことを弱い奴だなんて思わないから。泣けてくるのは病気と戦ってるって証拠だから。」
 ぽろ、ぽろ、溢れる涙がカカシの胸元を濡らす。
 
 どんな想いがこもった涙なんだろう。
 つらい気持ちなのか、苦しいからなのか。何にしても、この涙にはサスケの声にならない強い気持ちがこもっている。だからそれを流すのを否定したくなかったし、我慢して欲しくなかった。全部吐き出して欲しかった。そうすることで、少しでも気持ちが楽になるのなら。
 腕をサスケの背中に回してとん、とん、とゆっくり撫でる。サスケの呼吸が落ち着いていく。
「……カシ、迷惑、かけ、……ごめ……」
 涙をこぼしながらサスケは顔を伏せる。
「迷惑なんかじゃないよ。何回でも同じこと言うけど、迷惑でも面倒でもない。俺はサスケが生きてここにいてくれるだけでいい。それだけでいい。」
 
 それからは、少しずつ、少しずつ、サスケが言葉を紡ぐ時間が増えていった。
 動けなくなっても強い希死念慮を感じてること、理由もないのにとにかくつらいと感じてること。いつもカカシが一緒にいて、目が覚めたときに手を握ってくれるのが嬉しいこと。
 ぽつり、ぽつりとサスケが口を開くたびに、カカシはサスケの言葉を聴きながら背中を撫でる。
 次の日には、腹が減ったと言葉にして、小さいおにぎりが食べられるようになった。
 また翌る日には、トイレに行きたいと言えるようになった。
 まだ動くのはつらそうだけど、身じろぐことが出来るようになった。
 その様子を見て、カカシはサスケが快方に向かっていると感じるとともに、医師から聞いた「よくなってきたときが一番自殺のリスクが高まる」という言葉を思い出して身を引き締める。
 これからだ。サスケが自分で動けるようになったときが一番目を離しちゃいけないときだ。
 
 小さいおにぎりが食べられるようになって、二日目。玄関のチャイムが鳴る。影分身が扉を開けると、白衣を着た医師の姿がそこにあった。往診だ。もう前回から一週間が経ったのか。
 サスケの様子と症状の経緯を話し、寝室に案内する。
「こんにちは、サスケくん。」
 サスケは目線を上げて入ってきた医師を見る。起き上がろうと腕に力を込めるが、医師はしゃがんでサスケの視線に合わせた。
「今はどんな気持ちかな?」
「……つら、い、です。しんどくて、……だるくて……。」
「身体がつらい? それともこころもつらい?」
「身体も、こころも……」
「今こころがつらい気持ちは、1から100で言うとどのくらい?」
「8……90、くらい。」
「そっか、10くらいはつらくない気持ちもあるんだね?」
「カカシが、いてくれる、から……」
 医師はカカシにチラ、と目を向けて、すぐにサスケに目線を戻す。
「死にたい気持ちもある?」
「あり、ます……」
「それは1から100で言うとどのくらい?」
「100…………」
「そうか……100もあるんだね。つらいね。」
「つらい、です。つら、い……」
「そういう時は、どうしてる?」
「カカシに言って……抱きしめてくれるから、一緒に、つらいね、って、それで……」
「ちゃんとカカシ先生に言えてるんだね? えらいね。」
「何でも話してって、カカシが……」
「一日中そのつらい気持ちは変わらない? それとも波がある?」
「波、……あり、ます」
「じゃあ、すごくつらくてたまらないときに飲む頓服を出そうか。楽になりたいでしょ?」
「はい……」
「ちょっと待っててね、カカシ先生ともお話ししたいから。」
 医師は立ち上がると、影分身のカカシと一緒に寝室を出て、ダイニングテーブルに着く。
「頓服で短時間型の抗不安薬を出しますが、強い薬なので様子を見てなるべく一日一錠くらいを目安にお願いします。気持ちをフラットにするのと、眠気が出るので飲んだ後はぼんやりとして反応が弱くなると思ってください。そういう薬です。」
「わかりました。」
「あと、ずっとあのまま過ごしているんですね? カカシ先生自身は大丈夫ですか。このままああやってサスケ君を身体の上に乗せていて、カカシ先生はしんどくはないですか。」
「ハハ……実のところ、夜もずっと影分身に見張らせてるので、ちょっと疲れが出始めてますね。」
「カカシ先生、あなたも無理は禁物ですよ。回復するまでまだかかります。介護者自身が健康でないと、続きません。そうなると、サスケくんへの影響も大きい。」
「承知しています。サスケには疲れているところは見せません。」
「そういうところですよ。二十四時間気を張っていたら持ちません。カカシ先生にも休息が必要です。くれぐれも無理はしないでください。」
「……肝に銘じておきます。」
「では、睡眠薬は頓服ではなく内服に変えましょう。それ以外は先週と同じ薬で様子を見ます。サスケ君が眠っている間はカカシ先生もしっかり休んでください。」
 医師は穏やかに話すが、眼鏡の奥の目は真剣だ。
「……サスケは、あとどれくらいで動けるようになりますか。」
「それは明確な返答ができません。人にもよるし、症状の強さにもよるし、介護者にもよる。ただ、お話を聞く限りでは何ヶ月もかかることはなさそうです。」
 カカシは少しだけほっとする。短くて数週間、その内の一週間が経った。急性期症状は回復に向かっている。
「では、薬は一包化してまた薬剤師に持って来させます。また一週間後、往診に来ますので。」
 医師が立ち上がり、玄関に向かうのをカカシが追いかけて頭を下げる。
「ありがとう、ございます。」
 医師は靴を履くと、「では」と言って玄関の扉を開けて去って行った。
 
 寝室では、サスケが乱れた呼吸を整えようとしていた。気持ちを言葉に出すのがつらかったようだった。
 カカシには言えるのに、医師の前だと喉につっかえたように言葉にするのに抵抗があった。
「ちゃんと言えたね、頑張ったな。」
 カカシがサスケの背中を撫でる。
 死にたい気持ちが100。
 そんなにも高いのかと驚いた。まだサスケはあまり喋れない。だからそんなにも希死念慮が強いだなんてわからなかった。
「頓服、飲みたくなったら言うんだよ。つらくてたまらなくなったら、我慢しないでね。」
「届いたら、……すぐ、飲みたい。」
「……うん、そうしよう。」
 サスケは、はぁ、はぁ、と息をしながら顔をカカシの胸に埋めている。その背中に腕を回し、カカシはサスケをぎゅっと抱きしめる。
 そうしている内にまた玄関のチャイムが鳴って、訪れた薬剤師からカカシの影分身が薬を受け取る。
「この頓服薬は、作用がとても強く、常用すると依存しやすいものです。くれぐれも飲みすぎないようにしてください。」
 薬を受け取ったカカシの影分身が頭を下げる。
「ありがとうございます」
 これで少しでもサスケの気持ちが落ち着くのなら。薬を受け取ってそのままコップに水を入れて寝室に向かった。
 カカシは影分身から薬を受け取ると、サスケの肩をトン、トンと優しく叩き、「薬、届いたよ」とサスケに伝える。胸に顔を埋めていたサスケがサイドテーブルの方を向くと、カカシは薬を一錠取り出してサスケの口に入れ、水の入ったコップのストローをサスケの口に向けた。
「これ飲んだら、きっと楽になるから。薬が効き始めるまでは、俺がずっと抱きしめてるから。」
 サスケは小さく頷いてストローを咥える。
 薬を飲んでから三十分ほど経って、サスケは頭の中の靄が一層深くなった感じがし始めた。どんどん靄が広がっていく。考えがまとまらない。何を考えてたんだっけ……。ぐるぐると渦巻いていた頭の中の声がぼんやりと輪郭を失っていく。
「サスケ? 大丈夫?」
 カカシの声が遠くに聞こえる。ぼんやりとしたまま、サスケは目を閉じた。何を考えるのも億劫だ。何をそんなに考えていたんだっけ……。
 反応がなくなり、目を閉じて、そのまま眠りに落ちて行ったサスケの様子を見て、カカシは確かにこの薬は怖いくらいよく効くなと感じた。まるで鎮静剤を打たれたかのようだ。1シート分処方されたが、一日に何度も使うのは躊躇われる。いや、それでもサスケが少しでも楽になるのなら……。そう思うが、徐々に反応がなくなっていき昏睡したかのように眠る姿を見ると、薬に頼りすぎるのも良くないと感じる。
 サスケの声を聴いて、抱きしめて、それでもどうしても気持ちがおさまらない時にだけ使おう。
 そうは思うものの、涙をこぼしながらつらい、死にたいと言うサスケにカカシがしてやれることはあまりない。
 サスケの目が覚めてから、本人にも聞いてみよう。薬を飲んでどうだったのか。こころはちゃんと落ち着いたのか。楽になれたのか。
「……サスケ……」
 髪をさらっと撫でる。
 こんな薬なんて要らなくなるくらい、早く元気になって欲しい。でも焦ったらだめだ。元のサスケに戻るまで、短くても、数週間。まだ一週間しか経ってない。まだ先は長い。
 影分身を消して、カカシも少し休むことにした。
 目を瞑ると、思っていた以上に疲れている自分に気がつく。チャクラの消耗はあまりないが、二十四時間サスケを見守るのはそれなりに負担が大きかったようだ。
 カカシもすぐに眠りに落ちて行った。