惰性
どうかしていた
はじめて……だと思う会話から一週間、それまでと変わらない生活を俺たちは続けていた。どうせバーに行ってもその気にはならないと散々通って思い知らされてからはもう最初からサスケを抱くことにした。
特定の一人は作らない主義はどこへ行ったんだか、でも特定の一人が家にいるのも悪くないかもしれないと思いながら。
サスケが自分からしたい、とは絶対に口にしない。というよりもサスケは自分はこうしたい、という意見を自ら言うことがほとんどない。いつからか夕食を作るのがサスケの当番になっていたり、いつの間にか風呂掃除がされていたり、そんな風に俺の家にサスケがいるのが自然で当たり前になりつつあった。
そんな折にナルトの我儘がきっかけで長期任務に行くハメになって、下忍の世話なんて気楽なもんだろうと思っていたけど里の外に出るからにはそれなりの準備をしなければいけない。念には念を入れて。まあ、大戦経験者なら誰でもそうだろう。いつ奇襲があっても対応できるようにするのは里の外へ行く任務では上忍の常識だった。
同じ家で、何を持っていくべきか悩んでいるサスケをそのままにして自分のバックパックに携行食、忍具や札、巻物を入れていく。
ただ里外任務とはいえランクは低い、大事にはならないだろうと思いたかった。依頼者も見たところそんなに重要人物には見えない。
という想定は甘かった。まさか忍を雇って命を狙っている輩がいる依頼者だったなんて。
久々に写輪眼を使ってその副作用に倒れるという失態。また現れるかもしれない嫌な予感は的中、鬼人再不斬の相手は俺がするしかないとして、ナルトの馬鹿がいないせいで仮面の子どもはサスケに任せるしかない。
雷切を確実に当てる、そのために集中していた。繰り出した技は仮面の少年の胸を貫き再不斬には届かなかった。
それと同時にサスケのチャクラが感じられないことに気がついた。戦闘中にそれはあり得ない、あるとしたら、それは死んだ、ということになる。
仮面の少年は最後の最後に俺の腕をがしりと掴んでいて引き抜くには数秒かかる、その数秒を再不斬が待つわけがない。最悪な状況になった、と思ったところで敵方が再不斬を切り捨てて事態が一変した。
“できることならお前と同じところへ行きてぇな……"
わかるよ。何百人と殺してきた俺だってそうだ。そんな相手がいる再不斬が少し羨ましかった。俺は死ぬとしたら一人で死ぬだろうから。この二人みたいに寄り添いながら最期を迎えられたら……オビトも、リンも、ミナト先生も、皆俺を置いて行った。そして、きっとサスケも。
だから特定の一人は作らない主義だったはずだろ。後悔することになるとわかってなんで俺はサスケとの生活を辞めなかった。
骸とあの家に帰っても、もうサスケが「おかえり」と言う事はない。
見たくない現実を見なければいけない。死んだ二人の瞼を閉じると大声で泣くサクラの声が止まった。
まさか、
向けたくなかった視線の先には、確かに生きていて起き上がるサスケの姿があった。
身体中に刺さる千本が痛々しいが……生きている。サスケは死んでいない。
――心底、ほっとしていた。
仲間が全員死んでからも分隊長として部下を任されていた俺は、一番強い俺が早く敵を一掃することが仲間を守ることにつながると信じて先陣を走り続けた。でも部下は死んでいく。先に進み過ぎて部下に敵の手が及んでいるのに気付くのに遅れて。
仲間殺しの異名がつくようになったのはその時期からだったと思う。オビトも、リンも、部下も、俺は見殺しにしたも同然だ。そんな俺の下につきたいなんて奴は現れなくなっていった。そんな俺を見て火影様は暗部に俺の籍を移した。
その命を受けた帰り道、とぼとぼと歩いていたところに背後から何者かが走ってきて、臨戦体制も間に合わないその速さで俺は振り向いた状態で頬をぶん殴られた。
手加減くらいしろ、と文句を言いたくなりながら地面に転がって、殴られた頬と反対の目でそいつを見る。まあ、こんなことをするのはガイくらいしかいない。
「腑抜けた顔のカカシに俺は勝負を挑む気はない!」
じゃあなんで殴ってんだよ。
「仲間を守ると言っておいて守れなかった事を叱咤しに来たんじゃないぞ、カカシ。人は失敗する、うまくいかないことなんていくらでもある、そこからどう学び次に活かすかだろう!」
……ガイは、ほとんど忍術を使えない。うまくいかないことだらけだったんだろう。つまり、俺を落ち込んでいるだろうと思って励ましにきたのか。
骨にヒビが入っていそうな頬に手を添えながら「ありがとう」とその肩に手を置いて、俺はまた家に向けて歩き出した。
次は、失敗しない。
暗部だろうが何だろうが、仲間は殺させない、俺が守る。
想いだけでは何も成し遂げることなんて出来やしない……事実暗部になってからも仲間の死に直面して、そして今サスケも死んでいた、仮面の少年の手心がなければ。
俺はまた守れなかった、殺させやしないと言っておきながら。敵が強かった、なんて関係ない。残るのは事実だけ。
何事も……なかったように里外任務を終えて二人で家に帰ってきた。骸と俺、ではなく、サスケと俺が。
「……おかえり。」
一緒に帰ってきたのに、サスケは少しだけ振り向いて俺にそう言う。
違う、帰ってきたのは、死から帰ってきたのはサスケの方だ。その小さな背中を抱きしめていた。
「おかえり……よく生きて帰ってきた。」
サスケが少し身じろぐ。お構いなしに抱きしめる腕に力を込める。
もう絶対に死なせない、俺が見ているうちは危険な目 には遭わせない。俺が全部何とかする。仮面の子も再不斬も、俺が引き受けるべきだった。
「……ただいま。」
「おかえり、……おかえり。」
俺の様子がいつもと違うことに戸惑っているのか、サスケはそれから何も言わずそのまま俺の腕の中にいた。
もう、失いたくない。
腕の中の体温の温かさに安心する。また間違いを犯した俺には温かすぎるその体温をもっと感じたくてそのまま抱き上げてベッドに降ろした。
守れなかった命がまたひとつ増えた、けど生きている。サスケは、生きて帰ってきた。それがいかに大きいことなのか誰にも理解できないだろう。
服をはだけて、自分も脱いで、肌と肌を合わせる。温かい。この温かさが、尊い。
口布を下ろしてその唇にしゃぶりついた。熱い口内、小さな歯列、そっと差し出された舌に自分のそれを絡める。サスケは、ちゃんと生きている。
その小さな身体を抱きしめながら、壊れ物を扱うようにやさしく手を触れてなぞり下半身に手を伸ばす。
特定の相手なんて作る気はなかった。
サスケのことも何とも思っちゃいなかった。
失ったと思ったものが失われずに済んだ。
それは俺の及ばないところで起きた奇跡のようなもの。
生きているサスケの存在は俺にとって奇跡で、そしてこれからは何としてでも守らなければいけないものに変わった。
「っん、ぅ、……カカシ、っぁ」
「……ごめん、約束、守れなかった。」
「やく……?あ、っぁ、んっ……!」
「俺のせいだ」
「あっ……!あ、う、なに、いっ……!」
この体温の温かさを、絶対に守り抜く。
「あ、っあ、はいっ、て、っぁ、あっ!」
全部挿れてまたキスをする。キスをしながら、ゆっくりと動かし始める。大切な、俺の大切な……?大切な、何だ。
部下のひとりに過ぎない、俺に好意を寄せるひとりに過ぎない、けれど俺の帰る場所にはいつもサスケがいる。おかえりと俺を迎え入れる。こころのどこかで求めていた帰ってもいい場所、俺が帰ってくるのを待っていてくれる人。
それがたとえ12歳の子どもだとしても、何だって構わない。この帰る場所を……今度は絶対に、守る。
セックスが終わっても抱きしめたまま離そうとしない俺の背中に、サスケの手が回る。
その手がとん、とん、と俺の背中をタップして、まるで子どもをあやすかのように。でも俺はそれを受け入れていた。サスケの首元に顔を埋めて、その匂いを嗅いで、体温を感じて、こころの底から安堵していた。
この感覚は何なんだろう。
でも酷く心地良い。
このまままどろんで眠りたい。
サスケの存在を感じながら。
翌朝、昨日の自分は頭がどうかしていたと思い直す。
部下を見殺しにし続けたせいでサスケが生きていた事にこころが乱れていたとしか思えない。
12歳の子どもに甘えるように眠るなんて、どうかしていた、としか表現できない。
サスケはいつもと変わらない様子で朝食を作っていた。ダイニングテーブルに腰を落ち着かせて、カウンター越しにキッチンにいるサスケに話しかける。
「昨日のことは忘れて。」
サスケはフライパンに目を落としたまま、「わかってる」と呟いた。
特定のひとり、なんて作らない方がいい。
今夜からはまた一夜限りの女を探しに行こう。
サスケだけを特別扱いするのは間違ってる。
こんな子どもに対して帰る場所だと考えるのも。
俺はどうかしていた、元の俺に戻らなければ。
……元の俺に……元の俺はどんな風だった?
ただこころが乱されるくらいなら、長年続けた生活を取り戻す方がいいように思えた。
カウンター越しに伸びて来た手、皿の上にはフレンチトーストとトマト。
フォークが置かれて、手に取った。
サスケの料理は美味いと思う。
いつも朝食にトマトが添えられているのはよくわからないけど、悪くない。
そう、サスケとの生活は悪くない。だから元の生活に戻る必要なんてあるのかもよくわからない。
サスケがそばにいるのが自然で当たり前になっていた。
夜の相手としても悪いわけじゃない。
悪くないのなら元に戻る必要はあるのだろうか?
俺が大事にしてたものって何だったっけ。
この生活に慣れきって、忘れてしまった。
だからこのまま変える必要なんて多分ない。
思考があちこちに飛んでいる。
何が正しくて何が正しくないのか、よくわからない。
ただ一緒に同じものを食べている今は、悪くないと思う。そのこころの赴くままに自然に身を任せてしまって良いんじゃないだろうか。
それからも里外任務以前と同じ生活が続いた。
その生活で支障はなかったし不便も何もなく、むしろサスケがいることで都合のいいことは増えたし、何より毎日おかえりと出迎えてくれる。
その心地よさは沼に足を踏み入れているかの如く、少しずつ、少しずつ、深みにはまっていった。
それを自覚しながら俺は、この生活を手放そうとは思わなかった。
ただ何故手放そうと思わなかったのかまでは考えなかった。考えても無駄な時間になるだけだろうと決めてかかって深く考えることを避け続けた。
思えばサスケのことを考えるのに時間を割いたことは一度もない。俺にとってサスケはその程度の存在、なのに一体何が心地いいのだろうか。
アカデミーから何か手紙が来たらしい、その封を開けてサスケが中身を確かめ、眉をひそめた。
そういえばもう卒業して1年か。今年は中忍試験に合格したらいいんだけどどうなるか。サスケの実力がそのまま出せれば問題はない、けど去年のようなことがあると台無しもいいところだ。
怪訝な顔のまま手紙を手に、珍しくサスケが俺に歩み寄る。
「……アルミ缶の上にあるみかん、と、布団が吹っ飛んだ、の二択だとしたら、カカシはどっちを選ぶ?」
「……は?」
突然何を言い出すのか、あの手紙が犯人に違いない。その紙切れを奪い取って内容を見る。
『皆元気にやってるか?つまらん任務も、きつい任務も、色々あると思うが忘れちゃいけないものがある。それはユーモアだ。冗談で言ってる訳じゃないぞ、場を和ませるのも立派な技術だ。というわけで、ギャグをひとつ考えて返信して欲しい。期限はこの手紙が届いた翌日の昼までだ。面白いギャグを待っているぞ。』
……最近のアカデミーは平和ボケしているんだろうか、それともこの教師の独断なんだろうか。海野イルカと書かれている。……心底くだらない奴だということは覚えておこう。
「そういう事なら……ま、俺だったらみかんの方かな。」
「日常で起こりうる、そして誰もが知っている布団の方がいいかと思ったんだが……そうか。」
「布団はね、普遍的すぎる。みかんの方がマシ。ていうか、そのふたつしか浮かばなかったの?」
「……あんた俺に、ユーモアがあると思うのか。」
まあ、確かに、ないな。
「……参考になった、ありがとう。」
サスケはもう一枚添えられていた白い紙に、『アルミ缶……』と書き始めた。
この家に来て二回目のまともな会話がこれ?
何だかなぁ、と思いつつ、ただ同居人としてというよりは先生である俺に尋ねた風だったからノーカンで良いだろう。
さっさと用件を済ませたいらしいサスケは書いた紙を封筒に入れると「ちょっと出る」と言って走っていった。郵便箱はすぐそこだからすぐに帰ってくるだろう。
案の定一分も経たないうちに帰ってきたサスケに、何気なく「おかえり」と言った。
サスケからの返事がなくて目をやってみたら、口を結んで俺をじっと見ている。
「……?何」
「……あ、いや、……ただいま。」
サスケのその言葉を聞いて、そういえばいつも俺が後から帰るからサスケにおかえりなんて言った事なかったなと思った。だからサスケも戸惑ったのかもしれない。
あるいは、俺が感じているようにサスケも「おかえり」と迎え入れられる帰る場所があることを実感して嬉しいのだろうか。
その日から、サスケのことを考える事が増えていった。
