惰性
知ってしまった
「サスケって、俺のこと好きだって、付き合ってとか、一緒に住みたいとか、言ってた割に俺に好きとか何とかって言わないよね。」
「あ……んた、そういうっ、っぁ、ことも、こういうっ、ときに……!」
中の指の動きを激しくする、サスケは目を閉じて枕を掴んだ。
「こういう時だから、本音漏れやすいでしょ。で、なんで?」
「あ、あっ! そんっ、かか、しがっ、どうでも、いい、って、んっく、あ、っ!」
確かにそんなようなことを言った気がする。俺がサスケに興味がないから、好きだと言っても仕方がない、そういう道理なのか。
……そもそもサスケと一緒に住むことに関して、承諾したのは何でだったか。
他人が家にいるなんて普通に考えたら嫌だけど、サスケならまあいいかと思った。……何でそう思ったんだっけ。いつでも抱けて都合がいいから?
よく思い出せない。
「試しに本当は言いたい俺への気持ちをこのセックスの中で全部曝け出してよ。ウザがったりしないからさ。」
サスケは閉じていた目を開けて俺を見た。俺の顔を見て、顔を隠すように両腕を顔に載せた。
「っきだ、好きだ、好きだ……っ、ふ、カカシ、が、好きで、好きでっ、隣に居るだけでも、嬉しい、っん、カカシ、っかし、好きだ、ずっと、変わらない、好きだ……好きだ、カカシ……っ」
……まさかこんなに、連呼されるとは、思わなかった。サスケはこの気持ちを抱え続けたまま口には出さずにこの一年間一緒に暮らしてたのか?
キスをしたくなって顔の上の腕をどけると、その目は液体で揺れている。瞬きをしたら涙がこぼれ落ちそうなその目を舐めて、そして唇を合わせた。
想われる、という経験はある。だけど特定のひとりを作る気はないと言ったら誰もが身を引いた。サスケだけがそれでもいいとくっついてきた。そして今、一年間見せる事がなかった俺への想いを涙目で吐露したサスケはどう思っているんだろうか。……いや、俺自身はどうだ。この告白を受けてキスをしたいと思ったのは何故? 涙を舐めたのは? 俺は今、何をしてる。何を思ってる。何を感じてる。何を……?
愛おしい
何だそれ。どういう意味だ。よくわからない。
暗部の仮面をかぶるようになってから、俺は俺の感情を殺してきた。下忍を受け持つようになってからも変わらない。かりそめの笑顔に誰もが納得した。こころの底にある自分の感情の存在すら忘れて求められるはたけカカシを演じてきた。サスケの前以外では。
そのこころの底から何かが湧き上がってくる。得体の知れないそれをいつものように感じないようにしようとして立ち止まる。
サスケはこころの内を俺に解き放った。それに俺は応えなくても良いのか。
でも今はただ、キスをしたい。……愛おしい、から?
ごちゃごちゃ考えるのは後でいい、したいようにしたいことをする、いつものように。
キスをしながら後ろの穴に押しつけて割り入っていく。ぬるりといつものようにそこは受け入れて、奥にぐっと押し込んでいく。キスをしながらサスケが息を漏らす。
愛おしい
抽送を始めながらサスケの顔を見る。変わっていく表情、漏れる声、そのすべてが――。
「あっ、あ、かかっ、し、んっ! すきっ、好きだ、あっ! っかしが、すき、っ、すきで、すき、で、っあ!」
一瞬、壊れたカセットレコーダー……を、思い浮かべた。けれど無機質なあの繰り返し方とは違う。溢れ出る想いを言葉にのせているだけ。その想いの乗ったひとことひとことが、腹の底の何かに触れる。これはなんだ?
「っあ、あ、かっ、ぁあっ! ぅ、あっ! へ、んっ、なに、あっ、だ、っぁ、あっ! っぁぁあ!!」
ぎゅっと締まって、あれイッた、と思ったけど射精はしていなかった。……あー、と、あれか、確か、ドライオーガズム?
「……なんでイッちゃったの? いつもと何か違った?」
ビク、ビク、と痙攣がなかなか止まらない。て事はイキ続けてる?
奥をぐりぐりと刺激するとその度に身体が跳ねる。
「は、……あっ、くち、に……っ! 出したかっ、たずっと、好きだ、ってけど、っ、あんたの、枷に、は、なりたく、なかっ……!」
サスケの目から、ぽろぽろ、涙がこぼれていた。
そんなに言いたかったの、好きって。
それが俺の枷になるって思ったのは何で……ああ、俺が特定の相手を作らないって言ったから?
何でかはわからない、けどこの小さな身体を抱きしめたい。何かはわからない、けど何かが込み上げてくる。
俺はこんなの知らない。……いや、どこかで……似たものを感じたことがあるような……。
抱きしめた小さな身体から小さな腕が恐る恐る伸びてきて俺の背中に回る。
「好き、だ、カカシが、好きだ、好き、だ。」
言葉にできる幸せを噛み締めるような、はじめて受け止めたサスケの中の熱い気持ちに今までの俺ならこう言っただろう。
「まあ、でもお前は大勢いるうちの一人だけどね。」
でもきっとサスケはそんなことは分かりきっている。だから今まで好きだと口にしなかったんだろうから。
でも実際のところサスケと一年一緒に過ごして、その間他の女を抱いたことなんてあっただろうか。
少なくとも、サスケは今「大勢いるうちの一人」ではない。むしろ唯一の、とも言える一人だ。
俺のことを、ずっと好きで居続けた一人。
抱きしめあって落ち着いたのか、締め付けが緩んでいく。少しだけ考えて、律動を再開する事にした。
サスケはまたすぐにイッた。突くたびにイッてるんじゃないかってくらい。喉を震わせながら俺の名と共に好きだと言い続ける。
セックスが終わったらまた元のサスケに戻るのだろうか?
……これだけの熱量で好きだと言われ続けて、セックスが終わった瞬間にいつものサスケに戻るのはなんだか気分が悪いような気がした。
今のこの声が、訴えが嘘だったんじゃないかと疑うかもしれない。そこまで考えて、サスケの好きだという言葉を今俺は好意的に受け止めている事に気がついた。そしてそれに対する心身の反応が、この込み上げる何かだと。だからそれが嘘だったとしたら気分が悪くなる。
この感覚は知らない、いや、知っている?
どこかで、どこで。
『おかえり』
この声は
『ただいま、カカシ』
俺と、父さん
木の葉の白い牙と呼ばれた父さんはいつも危険な任務の最前線に向かって行った。
だから父さんが家に帰ってくるということは、幼かった俺にとってとてつもなく大きなことだった。
おかえり、という言葉はあの時の俺にとって、生きて家に帰ってきてくれてありがとう、という意味だった。
おかえり、と言えることが、すごく嬉しかった。
嬉しかった、嬉しい、嬉しいと、いう感情を俺も持っていた。でもそれは仮面と共に封印した。それが今、込み上げて……?
「……、く……」
気がついたら中に出していた。相変わらずぎゅうぎゅう締め付けたまま、震えるサスケが、口を開いた。
「……セックスの……間だけ、だったよな。最後に、もう一度だけ、言わせてくれ……俺はカカシが、好きだ……好きだ……っ」
サスケを抱きしめたまま、サスケから抱きしめられたまま、その首に唇を寄せた。
「……ちょっと驚いたけど、気持ちは受け取った。それで何か変わるのか変わらないのかはさておき。サスケの気持ちはよくわかったよ。」
「……つた、わっ、……っ」
溢れそうだった涙がとうとうポロポロとこぼれ落ちはじめた。幼な子をあやすように背中をぽん、ぽん、とタップしながらやっぱりまた何かが込み上げてくる。
あの時浮かんだあの言葉は、この何かの答えなんだろうか。
「……〝愛おしい〟……。」
口に出してみたら一層込み上げてくるものが増えて溢れ出しそうになる。
「……愛おしい、俺はサスケを……愛して、」
……愛? って、何、だ。
『おかえり、父さん』
何があってもこの家に戻ってきて欲しい。無事でいて欲しい。その顔が見たい。――ああ、今日も帰ってきてくれた。頭に載せられる大きな手、ただいまのやさしい響き。
愛おしい
その言葉が、欠けたピースが埋まったように頭の中で定義される。それは父に感じていたそれで、そして今サスケに感じているそれで。
俺の言葉に、サスケは泣くのをやめた。ただじっとしたまま動かない。
「……なんていう言葉、期待した?」
特定の一人を作らない、この信念は曲げた、曲げざるを得なかった。でももう大切な人は作らない。これだけは曲げない、守らなければいけない。そうでないと俺は。
「誤魔化し……、取り繕い……、嘘……、カカシの、ほんとうのことはずっとわからない、まま……。また、取り繕い……。」
ぼそぼそと口にするサスケのその言葉に久しぶりにイラついた。でも一応まだ中に挿れたままで、セックスが終わったとは言い切れない。自分で言ったからにはウザがるわけにはいかない。これ以上余計な事を口にする前に姿勢を変えてそれを抜き、俺は黙って浴室に向かった。
誤魔化し、取り繕い、嘘、全部そうだ、その全てが今の俺だ。俺はそれを見抜かれてイラついたのだろうか。でも今更だ、一年も一緒に過ごせばどれだけ馬鹿でもわかることだろう。それを言葉に出されて改めて突きつけられたことへの苛立ちだろうか。それともあの込み上げる不可解な何かの正体がわからないことへの苛立ちだろうか。いや、きっと口から出た言葉があの不可解な何かの答えだ。だとしたら、サスケに感じたそれを父の記憶と結びつけてしまった自分自身に、だろうか。
思わず口から出た「愛おしい」という言葉がこんなにも精神を乱すなんて。
……そんなものは必要ない、忍に必要なのは冷静さと的確に敵を仕留める技量、情報を逃さない目。
それ以外のものは、……何もいらない。
そうだろ。そうだっただろ。
シャワーを止めて、浴室から出る。棚に置いてあるバスタオルを取って、これを洗濯しているのはサスケだったなと思い出す。
食事も掃除も洗濯も、この家の機能を保つのはいつからかサスケの役目になっていた。
シャンプーの中身を入れ替えているのも洗濯物を畳んで収納しているのも古くなった歯ブラシの替えを用意しているのも全てサスケが。
俺のことを、好きだから。
「……どうかしてる。」
こんな俺のどこがそんなに好きなんだ。サスケの言う通り誤魔化し取り繕い嘘で塗り固めた俺のどこがそんなに。
寝室に戻るとそこにはいつものサスケがいた。サスケは俺とあまり目を合わせようとしない。ふいと自然にどこかを向いて俺の意識に留まらないように静かに動く。
サスケもまた本心を誤魔化し取り繕い嘘の仮面をつけているのだろうか。
俺を好きだと思っちゃいないと俺に思わせるために。
その恋心を悟られないように、ただ静かに俺の家のあちこちにサスケの痕跡を残していくだけで何も言わないし何も求めては来ない。
女とは大違いだなと思いながら、その静かな好意を嫌じゃないと思っている自分がいる。
思わず抱きしめてしまった小さな身体を大切にしたいと感じてしまったのは事実。
ティッシュで拭き取ったゴミを手に握りしめてサスケは寝室から出て行った。シャワーを浴びるんだろう。
俺はクローゼットから取り出した服を着込みながら頭はまだ冷静でいられないでいた。
サスケはいつの間にか俺の帰る場所になっていて、そしてそれは俺が好きだからどんなに帰りが遅くても「おかえり」の一言を欠かさない。
……幼少期の自分と重ねるのはやめろ。
父さんは結局俺を置いて行った。サスケもいずれは出ていくだろう。これだけ家中に自分の痕跡を残しながらそれでもいつかは訪れる。
だから大切な人なんて作りたくないんだ。なのにあれだけ好きだと言ったサスケはセックスが終わるといつものサスケに戻っていた。それがなんだか妙にむかむかして胃が気持ち悪い。
愛おしい、俺は確かにそう口にしてそう感じた。それは感じてはいけないものだ。特別で大切な誰かはもう作らない、その主義に反する。そんな奴とこの先も一緒に暮らし続けることなんてできない。
居心地が良かったのは確かだ。でもこうなったからには、もうこの生活は終わりだ。もうサスケと一緒には暮らせない。
シャワーを浴び終えたサスケに声をかけた。
「お前と一緒に住むのは今日までね。明日までに荷物まとめて出てってくれる?」
サスケは目を見開いてから俯き、小さく「わかった」とだけ言った。
あんなにも俺のことを好きだと連呼していたのに、何で素直に従うんだ。お前は俺が好きで一緒にいられるだけで幸せだと言っていたのに。
そう苛ついている自分がいることに気がついてハッとする。
「ごめん、カカシ。今まで、ありがとう。」
顔を伏せたままサスケは横を通り過ぎて寝室に向かった。
俺はリビングのソファに腰を落ち着かせながら、指でトン、トンと膝を叩く。
今、俺は苛ついている。何に対して。サスケの態度に? それとも愛おしい存在を敢えて遠ざけようとしている自分自身に? 一年間共に過ごしてきて、また独りになることに? それともサスケの言葉に?
仮面を被れ。取り繕え。何でもないことだと考えろ。
サスケは荷物をまとめ終えて、静かに玄関へ向かっていく。その荷物を見て、あれ、こんなに少なかったんだと思った。サスケはいつ追い出されてもいいように、自分のものをあまり持ち込まないようにしていたのかもしれない。奇跡的に一年間も続いた同居生活が終わる。
玄関の扉の取手に手を伸ばしたサスケのその手の上に、俺は自分の手を重ねていた。
