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成人向,長編,吸血鬼パロ,完結済み,カカサス小説エロ,シリアス,甘々

偽りの気持ち

 カカシが麦茶と茶菓子を持ってサスケの部屋をノックすると、フガクが「どうぞ」と招き入れる。
 中に入ってテーブルの上にお盆ごと載せると、「時間的にはどれくらいかかりますか?」とカカシが尋ねる。
 フガクは少し考えた後、
「久しぶりの再会で積もる話もある……四時間ほどいいですか。」
 と話した。
 ……長いな。
 でもフガクの言う通り、二年ぶりの再会だ、何かと話すこともあるだろう。
「……わかりました」
 カカシはにこ、と笑顔を作ると、「では失礼します」とサスケの部屋を出る。
 大丈夫だ、今のサスケならたとえ実父から何を吹き込まれようと、俺のそばから離れられないはずだ。
 
 サスケの部屋では、サスケがベッドに腰掛けてフガクがテーブル前の椅子に座っていた。
「この二年サスケがどうしていたか記録を読んだ……辛かっただろう。早く迎えに行けず悪かったな。」
 フガクがサスケの手をぎゅっと握る。
「父さんも兄さんと同じ……公安の人間なのか?」
「……そうだ。それより……聞かせてくれ。お前はなぜそんなにもこの家……はたけさんにこだわる? 公安の保護施設には母さんもいる。イタチは一人暮らしだが会おうと思えばすぐ会える。お前にとってはたけさんは家族よりも大切なのか?」
「……俺を、大金叩いて助けてくれた。見ての通り、部屋も用意してくれてるし美味しい食事も作ってくれる。必要なものも全て揃えてくれてる。なのに、俺はカカシにまだ何も返せてない……少なくとも、この恩を返すまでは一緒にいたい。それに……俺は、カカシのことが……好き、なんだ。」
 フガクの眉がぴく、と動く。
「わかった。家族の元に帰るかどうかはまたいずれ話そう。……それより、サスケはここにきたばかりのとき、はたけさんの血を飲んだというのは本当か?」
 ……兄さんも、シスイも、父さんも、同じことを聞いてくる。カカシの血に何か……あるんだろうか。
「……飲んだ。兄さんにも伝えたけど、何ともなかったよ。」
「本当に?」
「本当だ」
「……血族以外の血を飲むとどうなるかはわかっているか。」
「サイインサヨウのこと?」
「そうだ、血族以外の吸血鬼の血を飲むと、……男娼にいたからわかるな? セックスをしたくなる。子どもの身体にはより強くその効果が出る。はたけさんはハーフだが、その効果が全くなかったとは思えない。
 もう一度聞くぞ、サスケ。本当に何もなかったのか。」
『このことは、二人だけの秘密』
 カカシの言葉を思い出し、サスケはフガクの目をまっすぐ見る。
「身体が少しほてった感じはしたけど、それだけだった。」
 フガクはさらに続ける。
「血族以外の血を飲んだ時にあらわれるのは、催淫作用だけではない。強い依存感情もだ。……はたけさんのことが好きだと言ったな。それは依存ではなく本当にお前の気持ちか。」
「依存……?」
「本当に、はたけさんの血を飲んだのは初日だけか。」
 ……毎日、飲んでる。 けど、これは言っちゃいけないとカカシと約束した。
「初日だけで、兄さんが来てからは兄さんの血しか飲んでないよ。」
 でも、依存……? …って、何だ?
 確かにカカシの血を飲むと、頭も身体もおかしくなる。でも依存の効果があるなんて、カカシは一言も言ってなかった。
 フガクは更に畳み掛ける。
「……本当は、毎日飲んでいるんじゃないのか、サスケ。だとしたら、お前のはたけさんに対する好きという気持ちは依存心から作られたものだ。毎日飲めば飲むほど、依存心は強くなっていく。心当たりがあるんじゃないのか。」
 毎日、依存心、好き、作られた………
 サスケの目が泳ぐのをフガクは見逃さない。
「……毎日、飲んでいるんだな?」
「……ちょっと待ってよ、父さん。毎日カカシの血を飲んだら、カカシの血が足りなくなって身体が持たないだろ。それに、依存って何なんだ。」
「……俺は元々諜報部隊の出身だ。家に入った瞬間、人間の血の残り香があった。……はたけさんは人間の血を飲んでいる、それは間違いない。」
 心臓がドキドキする。
 これも、言っちゃいけない。
「カカシは人間の血は飲んでない。そんなところ見たことない。」
「だとしたら、サスケが見ていないところで飲んでいる。……サスケ、はたけさんはお前に血を飲ませるために人間の血を飲んでいるんだ。……依存するとその人のそばから離れられなくなる。その人なしには生きていけないと思うようになる。そしてもっとその人の血を飲みたくなる。それを「好き」だと勘違いしていないか。」
 勘違い……? カカシへのこの気持ちが、勘違い?
 そんな……そんな嘘だ。
 どう答えればいいのかわからない……どうしたらいい、どう、したら。
「……毎日、飲んでいるんだな。その後はどうしてる。セックスをしたくなるだろ。はたけさんと、しているな?」
 緊張で表情筋がピクッと動くのを感じた。
 心臓がバクバクする。
 これも答えちゃダメだ。
「セックスなんて、してない。本当だ。カカシは俺を大事にしてくれてる。」
「……なら別の質問をしよう。はたけさんの血を飲んだ後、好きだという気持ちがより強くなっていないか。」
 ……確かに、どんどんカカシを好きになっていった。
 俺を好きだと言って買ってくれて、同じ時を重ねて、肌を合わせていたのだから、それは自然な感情なんだと思っていた。
 血を飲みたいと思うのも俺が吸血鬼だから……だと、しか。
「血を、飲んだかどうかなんて関係ない。俺を助けてくれて、大事にしてくれて、欲しいものをくれる、だから好きになったんだ。……依存、なんかじゃ……ない。」
 フガクが眉間を押さえてふー、と息を吐く。
「サスケ、お前は自覚がないだけではたけさんに依存している。冷静に判断できない状態だ。嘘だと思うなら四日後に迎えに来るまで血を飲むのをやめなさい。飲み続ければ依存は強くなっていくが、飲むのをやめればその効果が薄れるのも早い。」
「父さん俺は依存なんか……」
「ひとつだけでいい。約束しなさい。はたけさんの血は、四日後まで飲まない。これだけでいい。」
「……は、い」
 有無を言わさないフガクにサスケはそう答えるしかなかった。
「じゃあ、授業を始める。まずはコンタクトを外して、眼を意図的に使うことからだ。」

 ……落ち着かない。
 キッチンでビーフストロガノフを作りながら、カカシの指はトン、トンとワークトップを叩き続けている。
 四時間も、何を話しているのだろうか。それとも諭すのだろうか。あるいは、惑わすのだろうか。
 時計は十六時四十五分を指している。もうすぐ出てくるはずだ。
 トン、トン、トン
 ぐつぐつと煮こまれる鍋の音と共に一定間隔で刻まれるリズム。
 すると、二階から物音がし始めた。足音が一人分。……フガクの方は、……イタチと同じく、足音を消すのに慣れているんだろう。
 カカシはキッチンから出て、降りてくる二人を出迎える。
「サスケ、はじめての授業はどうだった?」
「筋がいいって、兄さんには勝てないけど、この調子ならすぐ覚えられるって。」
「そうか、よかったな。……フガクさん、今日は長い時間ありがとうございました。」
「いえ、久々にサスケの元気そうな顔も見れて、よかったです。じゃあ、サスケ、また明日。」
「……また、明日」
 フガクを玄関の外まで送り出すと、カカシはサスケに「今日はビーフストロガノフだよ」と声をかけるが、サスケの顔は明るくない。
「カカシ……」
 袖を引っ張る。
「父さんが、俺がカカシを好きなのは依存だって……。だから四日後に迎えにくるまで飲むなって……。本当、なのか? 血を飲むと、依存して、好きだって勘違いするって……。」
カカシは目を細める。
 ……やられた。そこを突いてきたか。
「落ち着いて、サスケ。まず椅子に座って話そう。」
 二人でダイニングテーブルに着く。
 サスケは今にも泣きそうな顔で俯いていた。
「その話を聞いて、サスケはどう思ったの。」
「……嘘だって、こんなに強い気持ちが偽物なわけないって。」
「……うん」
「でも父さんは、今の俺は冷静な判断ができないって……」
「……そっか」
「カカシ、本当なのか? カカシの血を飲むと、依存になるのか?」
「………本当、だよ。」
 サスケが目を見開く。その目から、ポロッと涙が零れ落ちる。
「じゃあ……、じゃあ、俺は、俺は、……依存して勘違いして好きって……っ!? カカシはずっと俺を、騙してたのかっ!?」
「……騙してたわけじゃないよ、サスケを手放したくないのは本当。サスケが俺を好きって言ってくれて嬉しかったのも本当だ。」
「俺を依存させて何がしたかったんだよ、なんで黙ってたんだ!」
「じゃあ聞くけど、依存って、そんなに悪いことか?」
「っえ、」
「理由はどうであれ、人を好きになるのはそんなにいけないこと? サスケは幸せだと思わなかった? このままがいいって、思わなかった?」
「思った……けど、それは偽物の気持ちで……。」
「偽物じゃ、だめなの? 好きでいちゃだめなの?」
 そんな、
 そんなこと急に言われても、わかんねぇっ……
 でも父さんの言う通り、カカシは俺を依存させて好きだと勘違いさせていて……
 ……その後は?
「……依存させて、俺をどうするつもりだったんだ、カカシッ」
「手放したくないって、言ったでしょ。サスケとずっと一緒に暮らしたい。それだけだ。どうこうしようってつもりはないよ。」
「依存、させてでも……?」
「そう、依存させてでもサスケとずっと一緒にいたい。それだけ。」
「……まだ、ちゃんと聞いてなかったな。カカシが俺を買ったのは何のためなんだ。」
「サスケのことが気に入ったからだよ。お前は宝石の原石だ。俺が磨いて綺麗な宝石にしたかった。」
「その後は、どうするつもりで……」
「執筆の参考に、ね。サスケの成長の記録を書いて、吸血鬼の生態をもっと詳しく知りたかった。」
「それ、だけ……?」
「だからサスケが俺を好きって言ってくれたとき、俺は嬉しかった。」
「……計画通りに事が運んだから、か?」
「……それもあるけど、好きって言われて嬉しくない人なんている? もう一度聞くけど、人を好きになるってそんなにいけないことなの?」
「……っ、依存はっ、駄目だっ! そんなの、騙してるのと同じだ。そんなの本当の好きじゃない。俺はもう、騙されないし依存もしないっ……!」
「もう、俺の血は飲まないってこと? それでいいの?」
 ――飲みたい、飲みたい、けど、この気持ちも……
「……父さんと、約束したんだ。四日後に迎えに来るまで飲まないって。」
「……セックスもしないの?」
 ……深く、繋がったまま抱きしめあった時の多幸感……それすら、依存のせいだと思えてくる。
「……しない」
 依存は悪いことだ、依存はしちゃいけない。
「……サスケ、俺のことが嫌いになった……?」
「……っ!」
 嫌いな、わけがない。好きだ。大好きだ。
 でもこの気持ちは、依存心が作った偽物で……っ!
 そんなの信じたくない、未だに信じられない。
 こんなにもカカシのことが好きなのに、ずっと一緒にいたいのに、離れたくないのに、この気持ちが全部依存心が作った偽物だなんてっ……‼
 目からポロポロと涙が溢れてくる。
「もう、何が俺の本当の気持ちなのか、わかんねぇ……っ! 好きなのに、本当は好きじゃないとかっ、離れたくないのに、それも偽物だとかっ……!」
 カカシがサスケの頭にポン、と手をのせる。
「依存がどうとか、一旦考えるのやめにしない? 俺たちが過ごした数日間は、本物だっただろ。本当に、あったことだろ……。」
「好きだ……っ、好きなんだ……っ! どうしたらいいのか、わかんねぇっ……依存でもいい、このまま好きでいたい、セックスもしたい、離れたくない、でもっ、駄目なんだ、今のままじゃ……っ!」
(……言いくるめるのは、失敗か……)
 カカシはサスケの頭を撫でながら、どうしていくべきか考えていた。
(……どうにかして血を飲ませるよう仕向けるか……いや、父親と約束したと言っていたから、きっともう血は飲まない。……手放すのは惜しいが、こうなるともうやむを得ない、か。)
「サスケ、いったん落ち着こう。お腹すいてるだろ。一緒に食べよ。」
 サスケは目をこすりながら頷く。
 カカシはガーリックトーストをオーブンに入れて、鍋に火をつけた。
 
 夕食後、書斎に向かうカカシの後をサスケがついてくる。
「どうした?」
「俺……カカシが書いた本、読んでみたい。」
 執筆の参考にすると言ったからだろうか。
「いいけど、漢字、読める?」
「少しなら……」
「……なら、絵本からにしようか。絵本も何冊か出してるから。」
「わかった。それ全部読ませてくれ。」
 書斎に入ると、カカシは壁一面の本棚の一番奥から、三冊の絵本を取り出してサスケに渡す。
「吸血鬼のことを知ってもらいたくて書いた絵本だよ。挿絵は俺じゃないけど。読んでみな。」
「……わかった。」
 サスケは書斎を出て、すぐ左の自分の部屋のテーブルに三冊の絵本を置く。
 最初の一冊は……「こわくないよ」
 吸血鬼の少年とヒトの子どもたちが一緒に遊んでいる場面から始まる。
 ある日、ヒトの少女が「なんで君の歯はそんなにとがってるの?」と聞いて、吸血鬼の少年が「吸血鬼だからだよ」と答える。
 少女が家に帰って家族にその話をすると、今後は絶対にその子とは遊んじゃいけないよと言われ、それが他の子どもたちにも広まって、吸血鬼の少年はひとりぼっちになってしまう。
「ぼくはこわくないよ」
「友だちがいなくなるくらいなら血なんていらない」
「だからまた、いっしょに遊ぼう」
 必死の訴えかけに、ヒトの子どもたちの心が揺れ動く。
「でもパパもママも吸血鬼は危ないって言ってたよ」
「ぼくを見て。今まで一緒に遊んだことを思い出して。それでもぼくは危ないと思う? こわいと思う?」
 ヒトの子どもたちは考える。
 今まで一緒に遊んできたその子は、ただ歯が尖っているだけで、普通のヒトの子どもと変わらなかった。
 少女は吸血鬼の少年の手を取り、「ごめんね」と謝り、そしてまた一緒に遊ぶようになる……。
 本を閉じた。
 一族の集落で過ごしていたサスケには、吸血鬼に対して人間がどう思っているのかなんて知ろうともしなかった。
 この本には、吸血鬼に対する差別や偏見が存在することが示唆されていた。
 実際に、サスケ自身も暴走したときにその眼でヒトを操っている。普通のヒトからすればそんな力を持つ吸血鬼は恐ろしい存在なんだろう。
 サスケは次の本に手を伸ばした。
 
 コン、コン
 書斎の扉がノックされる。
「入っていいよ」
 声をかけると、サスケは神妙な顔で三冊の絵本を抱えていた。
「吸血鬼って、人間と暮らすのは難しいのか……?」
「……そんなことないよ、血を飲まなくても生きていく分には問題ない。コンタクトやサングラスで眼の力を封じて、中には牙を削る手術を受けて人間社会で生きている人もたくさんいる。」
「でもそれって、結局俺たちは人間に受け入れられてないってことじゃないのか? カカシが前髪で左眼を隠してるのも、吸血鬼だとバレないためだろ?」
「……ま、そうなるかな。でもこの家で暮らす分には、何の問題もないよ。ヒトと接触する機会はほとんどないから。それに俺みたいな存在もいる。母はヒトで、父は吸血鬼だった。今は二人ともこの世にいないけど……俺は種族が違っても、お互いをよく知ればわかり合えると思ってるよ。その架け橋になりたくて本を書いてる面もある。」
「俺も、そのカカシの書く本の、助けになるのか?」
「……なるよ。もちろん。」
「それが、俺を買った理由なのか?」
「そうだね、それも理由のひとつ。」
「そう、か……」
 サスケはカカシに三冊の絵本を差し出すと、カカシはまた本棚にその本を戻した。
 ――カカシの助けになりたい。
 そう思うのも、依存心が思わせている幻なんだろうか。
「そろそろ、寝るか。サスケ、俺の部屋で一緒に寝ない?」
「いい、けど……なんで?」
「明日からセックスできないから、少しでもサスケに触れていたいの。」
 カカシは椅子から立ち上がると、グッと背筋を伸ばして、サスケに手を差し出す。
 サスケは手をその上に重ねると、カカシはぎゅっと握りしめた。
「じゃ、寝室、行こうか。」
「……ああ。」
 この手の温かさに幸せを感じるのも、一緒に寝ようと言われて嬉しい気持ちも、全部嘘なんだろうか。
 ……血を、飲まなくなったら答えがわかるんだろう。
 そうわかっていても、サスケにはこの今の想いを全て切り捨てるのは嫌だった。全部嘘だっただなんて思いたくなかった。
 布団に入ると、カカシがサスケを抱き締める。
 すぐ近くで聞こえる呼吸、心臓の拍動、温かさ。
「……このまま寝てもいい?」
「このままが、いい」
 カカシは寝室の電気を消した。

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