760 View

成人向,長編,吸血鬼パロ,完結済み,カカサス小説エロ,シリアス,甘々

スカウト

 サスケが読んでいるのはカカシが直接取材した様々なケースを元に分析している本で、十五章に分かれている。
 クラスメイトが吸血鬼で、いつしか親友と呼べる程になったケース、精神を病みがちだった女性が吸血鬼に魅了されたのをきっかけに自分を取り戻していくケース、吸血鬼の男性が新卒入社した会社で最初こそ差別されたものの、実力を認められ受け入れられたケース。
 この本で取り上げたケースは普通のヒト同士でもごく普通に起こり得る話だ。それが吸血鬼となるとまるで特殊で特別な事のように扱われるのが現代の状況だが、いずれこういったケースはどんどん増えて、吸血鬼がヒトの社会に自然と受け入れられる時代がやってくるだろう、と締められている。
「吸血鬼差別禁止法という法律が制定されて十年、入社のとき、賃貸住宅を借りるとき、クレジットカードを作るとき、様々な場面で差別されてきた吸血鬼がこの法律の制定・施行によって少しずつ社会に受け入れられてきている。今はまだヒトと吸血鬼の関係は発展途上なんだよ。」
 次にサスケに渡す本を選びながら、カカシが言う。
 
 ……カカシの元に俺がいることによって、その発展の助けになる本が執筆されるのであれば喜んで協力したい。その方が公安の犬になるよりよっぽど吸血鬼のためになる。
 サスケはカカシに本を返すと、改めてカカシに告げた。
「俺はやっぱり、あんたのそばにいたい。あんたの役に立ちたい。家族の……公安の元には行かない。」
 カカシは少し驚いたように目を見開いてから、フッと目を細めた。
「いよいよ、明日だね。決意はもう変わらない? 依存は完全に解けた?」
「大丈夫、だと思う。誰が来ても、何を言われても、この決意は変わらない。」
 カカシがサスケの頭をくしゃっと撫でる。
 大きくて心地良い手。
「……俺今日は、自分の部屋で寝るよ。」
「……もう抱きしめられるのも嫌?」
「そういう訳じゃないけど……。ケジメをつけたいんだ。」
「ふぅん……。ま、サスケの考えはちゃんと尊重するよ。それがお前を騙して依存させてた、俺のケジメだ。……おやすみ、サスケ。」
「……ん、おやすみ。」
 サスケが書斎から出ていく。
 明日誰が来て、どう説得しに来るのか。全く予想がつかない。イタチの線は薄いだろう。彼はサスケを前にすると取り乱しすぎる。説得には不向きだ。だとすると、その上司のシスイか、あるいは父親のフガクか、まだ見たことのない誰かなのか。
 カカシも、明日に備えて早めに寝ることにした。
 寝室に移動すると、普段は鳴らさないアラームを六時にセットする。
 一応、公安の人間は公務員だ。来るとしても早くて九時だろう。午前中に来るのなら、一二時には帰るはずだ。長くて、三時間。
 午後に来るとしたら、一三時から一七時までの四時間。
 その間、サスケの意思さえ揺るがなければ大丈夫だ。
 カカシはベッドに入り、眼を閉じた。
 
 ジリリリリ
 うるさく鳴る目覚まし時計のスイッチを押す。
「……ああ、いよいよ今日か……。」
 ごそっと上半身を起こして、ベッドから降りると、寝間着から普段着に着替えて洗面所に向かう。
 冷たい水で顔を洗っていると、サスケの足音が近づいてきた。
 顔をタオルで拭きながらその方向に目を向ける。
「カカシ、おはよう。今日は早いな。」
「おはよ。一応、万全の体制で挑みたいからね。」
 顔の水分を拭き終わるとサスケに洗面所を譲った。
 
 朝食を食べながらの作戦会議。
 いくつかシミュレーションして、どう答えるか擦り合わせる。
 フガクにはカカシの血を飲んで依存状態になっていたことはバレている。当然、上にも報告が上がっているだろう。セックスしていることも、バレていると思っておいた方がいい。血を飲むのをやめて四日、依存状態は完全に消えた。それでもやっぱりカカシと一緒に居たいというサスケの意思を再確認して、それをそのまま伝えるだけでいいよと頭を撫でる。
 相手がどれだけ瞳力が強くても負けないように、今日は度数の低いコンタクトレンズを着けて、相手が少しでも眼を使う気配があった時には全力で対抗するんだよと念を押した。
 あるいは、敢えてサスケを挑発させて暴走状態を作り、やはり危険だから拘束し保護する、というやり方をするかもしれない。何を言われても冷静に、感情と眼のコントロールを忘れないこと、油断しないこと。
 サスケはトーストを齧りながらこくりと頷いた。
「カカシと一緒なら、何を言われても大丈夫だ。」
 ……依存状態は解けている。これは、サスケの意思。
「こないだみたいに俺だけ席を外されるかもしれないよ?」
「それでも、近くにカカシがいると思えば、大丈夫だ。」
「……ん、頑張ろうな。二人で。」
 カカシが手を差し出す。その上に、サスケは自分の手を乗せて、お互いにギュッと握り合った。
 
 ピンポン
 九時ちょうどに玄関のチャイムが鳴る。
 ……さて、誰が来たかな。
 玄関の鍵を開けて扉を開くと、そこにはシスイともう一人、見知らぬ男がいた。二人ともサングラスをかけているが、すでに圧を感じる。
「……お早い時間に、どうも。」
「こちらこそ、お邪魔します。」
 カカシは二人を家に招き入れると、ダイニングテーブルに座るよう促し、すでに座っているサスケの隣に腰を下ろした。髪をかき上げて左眼を開く。
「そんなに警戒しないでください。危害を加えるつもりはありません。」
 シスイがテーブルの上に肘を乗せて手を組む。
「隣のこいつは……スカウト部隊の者です。率直に言います。サスケ君、君を公安にスカウトしたい。」
「嫌です、と言ったら?」
 サスケはすでに眼に力をこめている。
「まあ、まずは話を聞いてください。判断するのは、それからでも遅くない。」
 シスイが隣の男に目配せする。
「申し遅れました、私はうちはオビトと言います。シスイの言った通り、スカウト部隊の者です。お手柔らかに。」
 オビトの方はあまり瞳力は強くないようだ、少なくとも、今は。
「公安という組織についてまず説明します。公安は治安を守るために存在します。事件が起こった後動くのが警察であれば、事件が起こる前にそれを防ぐのが公安の役割です。サスケ君の親類の中でも多くの人が公安に所属しています。すでに知っている通り、お兄さんとお父さんもそうです。皆、平和を守るために日々任務にあたっています。」
「……ヒトの平和を守るため、の間違いじゃないのか」
「ヒトも吸血鬼も、分け隔てなく考えていますよ。その証拠に、吸血鬼の子どもの保護も任務に含まれています。吸血鬼の子どもはマフィアに狙われやすい。保護政策が始まるまでは、年間二百人以上の誘拐事件が発生していましたが、今は限りなくゼロに近づいています。本来なら、サスケ君も保護の対象です。」
「うちは一族は特例で保護の対象外じゃないのか。」
「……さすが、よくご存知ですね。その通り、今の君の状態は特例状態です。」
「……保護した子どもはどうしてるんだ。」
「ヒトの多い社会の中で生きていくための知識や道徳、教養、それと普通のヒトと同じ学業を学ぶために保護施設内の学校に通っています。」
 オビトはゆっくりと穏やかに、諭すような口ぶりでサスケに話しかける。
「俺も保護してその学校とやらに通わせたいのか。」
「いえ、サスケ君は特別です。先日の受診データを見させて頂きました。サスケ君は……今でも十分強いですが、もっと強くなる素養がある。なので、公安に入る意思があるのならエージェント候補専門の教育を受けることになります。」
(……カカシの言ってた洗脳教育か)
「俺には公安に入るメリットがない。断る。」
「……最後まで聞いてからでも判断は遅くない。メリットを挙げましょう。まず、眼の扱いについてはエキスパート級になれる。次に、教育期間中も毎月給与がしっかり出る。そして、家族と一緒に暮らせる。あと、ご家族にも協力金としてお金をお渡しします。サスケ君の場合は、はたけさんに、なりますね。面会も自由なのでいつでもはたけさんには会えますよ。」
「……どれも興味ないな。」
「そうですか……それは残念です。」
 やけにあっさり引いたオビトに違和感を覚える。
 わざわざスカウト部隊を連れてきたんだ、もっと押してくるかと思ったが……。
「じゃあ、こういうのはどうでしょう。サスケ君がどうしてもはたけさんと一緒に暮らしたいと言うのなら、はたけさんは私が始末します。」
「……!?」
「ちょっと、待ってください。今何て言いました?」
 オビトはあくまで穏やかに話す。
「はたけカカシさんを始末する、と言いました。そうなれば、サスケ君の帰る場所はなくなりますね?」
 サスケがカカシの手をギュッと握る。
 これは挑発だ、応じてはいけない。それをちゃんとサスケはわかっている。
「カカシを殺したとして、カカシを殺した公安に俺が入ると思うのか? 見当違いだな。憎みこそすれ、そんな組織に身を置くわけがないだろ……!」
「はたけさんは君を意図的に操って支配しようとした人ですよ? いずれ私たちに感謝する日が来るはずです。こんなクソ野郎から解放してくれてありがとう、と。」
「残念だがそれは和解済みだ。その上で俺はカカシと一緒に暮らすことを選んだ。そのカカシを殺されて、俺がどうなるかは想像できるだろ……?」
「サスケ君が暴走しても、うちには暴走した君以上に強い力を持っている者も沢山います。シスイもその一人だ。君が考えを改めるまで拘束して拷問をすることもできる。……どちらが良いですか? 自ら来るか、無理矢理連れて来られるか。」
「どちらも、お断りだ。カカシを始末すると言うのなら、俺も自分で首を掻き切って死んでやる。」
「……それなら、今試してみましょうか。」
 オビトは懐から拳銃を取り出すと、カカシに照準を合わせる。サスケは立ち上がってキッチンに向かうと、包丁を手に取った。
「……いいのか? 殺し損になるぞ。」
 首に包丁をあてる。
「………そうですか。あくまで公安には来ない、と。」
「……カカシを失うのなら、死んだ方がマシだ。」
「何故そこまではたけさんを?」
「教えてやる義理はない」
「………」
 しばらく睨み合いが続いたが、オビトは折れたのか、拳銃を下ろし、また懐にしまった。
「……そこまで言われたら仕方がない、今回のスカウトは断念しましょう。」
 サスケが緊張を解かないまま包丁を首から離す。
 一部始終を見ていたシスイが口を開いた。
「感情のコントロールができている。眼の扱いも。この数日のうちに、ずいぶん成長したみたいですね。……改めて聞きますが、何故そこまではたけさんに肩入れするんですか? 彼は君を騙して洗脳した人ですよ。」
「それは和解済みだと言っただろ。何と言われようと俺はカカシと暮らすことを選ぶ。公安には行かない。」
「家族と暮らしたいとは思わないんですか?」
「俺は家族よりも、カカシを選んだ。」
「……意思は、固いようですね。わかりました。」
 シスイが立ち上がる。
「……はたけさん、先程は失礼しました。本気ではありませんのでご安心ください。あなた達に危害は加えません。二十四時間の監視はもう少し続けさせてもらいますが、今日のサスケ君の様子なら、そんなに長くはならないでしょう。あ、そうそう。」
 シスイが机の上にメモを差し出す。
「ナルト君の、新しい住所です。置いておきますね。」
 オビトもシスイに続いて立ち上がった。
「今回は断念しますが、また来ます。気が変わったらいつでも連絡してくださいね。」
「では、私達は失礼します。……お元気で。」
 玄関に揃えられた靴を履き、扉を開けて二人の男が出ていく。カカシは立ち上がって扉の鍵を閉めに行った。
「……無事、終わったな……サスケ、よく頑張った。」
 サスケに目をやると、机に突っ伏している。
「大丈夫? サスケ?」
「………疲れた」
 頭を撫でる。
「本当に、よく頑張ったよ。ベッドで休む?」
「いや、いい……もう少しこのまま……撫でてくれ」
 カカシはフッと笑って、サスケの隣に座って頭を撫でる。
「お疲れさま、サスケ。」
「うん………」
「しかしまさかあんな手を使ってくるとはな……」
「……頭が、沸騰しそうだった……」
「公安のやり口がよくわかったろ」
「ああ、最低だ……」
「下手なマフィアよりタチが悪いよ」
「……もし、引き金を引かれたら、俺本当に死ぬつもりだった」
「……そんなに公安に行きたくなかった?」
「行きたくないし、あんたがいない生活なんて考えらんねえ」
「…それって……どういう意味……?」
「……言わせんなよ……」
「ちゃんとした言葉で聞きたい。」
「……………きだ」
「……ん? 聞こえなかった。もう一回言って。」
「……あんたが好きだ」
 サスケの頭を撫でる手が止まる。
「……もしかして、まだ依存が解けてない?」
「自由に解釈してくれ……得意だろ、そういうの。」
「……本気だと思っていいの?」
「……どう受け取るかは、任せる」
「……どうしよう、嬉しい。本当に?」
「……気の迷い、かもな。」
「サスケ、顔上げて……」
 だるそうにサスケが上半身を起こす。頬がピンク色に染まっていた。カカシはその唇に、触れるだけのキスをする。
「……これが俺の答え。」
「……本当に?」
「うん、本当」
「俺はただの観察対象で、実験用に買ったんだろ?」
「……最初はね。……俺も気の迷いかもしれない。」
「……なんだそれ」
 サスケがクスクス笑った。
 つられてカカシも笑う。
 そこに、ドンドンドン、と扉を叩く音が響いた。
 今度は何だ?
 カカシが扉の鍵を開けると、バン! と勢いよく扉が開く。
「サスケェー‼ 兄さんが迎えに来たぞ‼」
 カカシは心底うんざりした顔をした。
「さっきシスイさんにも話した通り、サスケは今後もこの家で暮らしますから、お帰りください。」
「なっ、シスイが……!? 何があったサスケ、兄さんと一緒に来るよな……!?」
「悪いけど、兄さん。カカシの言った通りだよ。」
 イタチは膝を折って床に手をつく。
「何故だ……何故なんだサスケ……」
「兄さんのことが嫌いになったわけじゃないよ。ただ俺はカカシと一緒にいたいんだ。」
 イタチは「くっ……!」と漏らしながら外に置いてあったスーツケースを玄関に入れる。
「サスケ、もう血がなくなっただろ……また持ってきたから、毎日飲むんだ……間違ってもこの半端者の血は飲むんじゃないぞ……!」
「え、兄さんまた……? そんなに血を抜いて大丈夫なのか……?」
「俺は、大丈夫だ……心配するな。……詳細はシスイから聞く……が、また来るからな、いいかサスケ。兄さんはいつでもお前の味方だからな……! 何かあったら遠慮なく俺を頼るんだぞ、この半端者ではなく、俺を!」
「わかった、わかったから……」
「休暇中の身で、監視を巻いて来たから長居はできない……だが俺はいつでもお前を待ってるからな……愛してるぞ、サスケ。……また来る!」
 バタン!
 勢いよく扉が閉められた。鍵をかけると、残されたのはスーツケース。
「本当に君の兄さんは……嵐のような人だな……」
 ずっしりと重い。中にはきっと血の入ったペットボトルが詰まっているんだろう。
「まあ、ありがたいっちゃありがたいけど、ねぇ。」
 サスケは苦笑した。

5