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成人向,長編,吸血鬼パロ,完結済み,カカサス小説エロ,シリアス,甘々

決意

 サスケは全裸で抱き合って眠っていたことに気がつくと、途端に恥ずかしくなった。
 目を塞いでいたタオル、ゴミ箱の中のウェットティッシュ、そして朝勃ちしているカカシのそれ。
 嫌でも昨夜のことを思い出す。
(あんなに……気持ちいいのは、はじめてだった。それに……あんなに、幸せだと思ったのも。)
 カカシの腕の中から抜け出してコンタクトを着ける。
 時間はもう朝の十時だった。カカシが起きる気配はない。
 ベッドの下に脱ぎ散らかされた服を持って、サスケは洗面所に向かった。
 
 冷たい水で顔を洗うと、思考もすっきりする。
 カカシのことは……まだ、好きだ。だけど……その気持ちは、確実に薄れていた。
 大切なものを失ったような、こころに穴が空いたような寂しい気持ちと共に、頭の中の霧が晴れていくような、不思議な感覚があった。
 ……これが、依存が解けていく、ということなのか。
 本来の俺に戻っていっている、ということなのか。
 それでも不思議と、カカシのそばを離れたくない気持ちだけは薄れていなかった。
(俺の本当の気持ちって、何なんだろう……)
 迎えにくる日になったらわかると、父さんは言った。あと二日。家族と暮らすのか、このままカカシと暮らすのか、決めなければいけない日。サスケのこころには迷いが生じ始めていた。
 父さんや母さんのもとに戻りたい気持ちはある。
 でも公安の施設には行きたくない。
 カカシと一緒にいたい気持ちもある。
 ……でも、それはきっと依存が作り出した偽りの気持ちで……明日になったらまた、変わっているかもしれない。
 サスケは自分の部屋のクローゼットから服を出すと、それに袖を通した。
 カカシの寝室では、相変わらず起きる気配のないカカシが眠っている。
 サスケはベッドサイドに腰を下ろして、カカシの顔をじっと見つめた。目が合うだけでドキッとした。頭を撫でる手が心地よかった。差し出された手を握ると、ギュッと握り返してくれるのが嬉しかった。
 ……今の俺は、昨日の夜、俺が恐れていた俺になっているんだろうか。カカシのことを何とも思わない自分に変わっているんだろうか。
「んん……」
 カカシが寝返りを打つ。まだ起きる気配がないので、サスケはカカシの肩を掴んでゆする。
「朝だぞ、カカシ」
「……ん、サスケ……? 今何時……」
「十時。朝の十時だ。
「……寝過ぎたな」
 気だるそうに身体を起こす。
 その首筋を見ると、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
 飲みたい、カカシの血を……
 ハッとして我に帰るとカカシはそのサスケの様子をつぶさに観察していた。
「サスケ、気分はどう?」
「……頭が、すっきりした感じがする。」
「そっか……サスケ、悪いけどその辺にある俺の寝間着取ってくれる?」
 サスケが黙って拾って差し出すと、カカシはそれを着込んでから、ベッドを出た。
「時間、中途半端だから朝昼兼用ごはんでもいい?」
「ああ、大丈夫だ。」
 カカシはキッチンに足を向ける。
 サスケもその後を追う。
「今日はトレーニングする時間はないね。」
「……そうだな。」
「ねぇ、サスケ。」
 カカシは振り向かないまま尋ねた。
「昨日のこと、覚えてる?」
「……覚えてる」
「今も同じ気持ち?」
「……昨日とは、違う」
「……そっか。」
 キッチンに着くと、カカシは冷蔵庫を開けて、卵、ウインナー、かぼちゃ、生クリームと次々に食材を出していく。
「なんか、手伝えることあるか?」
「いいよ、俺に任せて。できたら呼ぶから、本でも読んで待ってて。」
「……わかった」
 サスケは二階の自分の部屋に入ると、机の上にある読みかけの紙の束を手に取る。これはカカシが書こうとした本の没原稿だ。短いから読んでみるといい、と言われて渡された。
『うちは一族の歴史(仮)』
『はじまりは、うちはマダラという人物が親類を集めてひとつの集落で暮らすことから始まった。
 マダラは決してヒトの血は飲まなかった。だからこそ強い瞳力を持つことができた……という説もある。
 マダラ自身の子孫と、他の親類たちの子孫とでは、圧倒的にマダラの子孫の方が強い瞳力を持っていた。』
 ……家系図とともに説明がある。
 その家系図の一番下に記されているのはフガク……父さんだ。
『子どもをたくさんもうけたマダラは、その子ども達を大切に育てて、自分と同じようにヒトの血を飲まないよう、自身の血を飲ませていた。それがそのままうちは一族の風習となって、今でも守られている。
 うちは一族は他の吸血鬼よりも瞳力の平均値が1.5レベル高いが、マダラの子孫に限ると2.5レベル高いという二十年前の統計データがある。
 しかしそれも、他のうちは一族との婚姻によってマダラの血は薄り、他の一族と同程度の瞳力になっている者も多い。しかし、時折突出して瞳力が高い者も現れる。
 その代表例が、うちはシスイ、うちはイタチだ。』
(……兄さんと、兄さんの上司……)
『現在の詳細な情報は秘匿されているが、共に一二歳の時点ですでにレベル7の瞳力を持っていたというデータがある。成人したときにどれ程まで強くなっているのかは未知数だ。ただ、ヒトにとってその力の強さは脅威でしかない。吸血鬼の子どもは全員十二歳になると特定健診という名のもと、公安で瞳力の計測が行われるが、ここで平均値以上の力を持つことがわかった時点で公安の暗部部隊の監視下に入り、数年間思想や言動などを観察された上で、ヒトの脅威たり得ないと判断された者は開眼した時に公安からスカウトされる。そうして集められたのが現吸血鬼部隊で、その面々はマダラの子孫が圧倒的に多いと言われている。つまり、親族が同じ部隊に所属している場合が多いため、その結束力も強い。』
 じゃあ、なんで吸血鬼狩りを止められなかったんだ……?
『スカウトを断った者は引き続き監視下に入る。本人の知らぬところで生活、交友関係、思想などを調査報告され、問題があると判断された者は公安に拘束される。
 ここまで公安が吸血鬼、特にうちは一族に注目するのは、それだけヒトの社会に与える影響が強い存在だからだ。ひとたび一族が結託すれば国をひとつ滅ぼすのも容易だと言われている。
 事実、大戦下では多数の吸血鬼が動員されたが、マダラの子孫だけは傷ひとつなく戦場から帰ってきているという。
 大戦時には英雄だった吸血鬼も、平和が訪れればヒトにとっては脅威でしかない。そこで公安は吸血鬼の子どもを保護対象として保護施設に隔離する政策を始めた。
 子どもを大切に育てる風習のあるうちは一族の総領はこれに反対したため、特例的にうちは一族の子どもに限っては保護対象と見做さない措置が取られている。
 だが、世間には吸血鬼に対する根深い恐怖心がある。そして公安以外にもその力を利用しようとする者がいる。
 その結果として起こったのが、うちは一族の集落を狙った奇襲、いわゆる吸血鬼狩り事件だった。
 開眼した成人男性はその瞳力を利用され、女性は血族以外の吸血鬼の血を飲んだ際の副作用を利用されて娼館や妾として売られた。吸血鬼に対する恐怖心を持つヒトだからこそ、その吸血鬼を屈服させられるというのは魅力的なものだ。開眼していない子どもたちもまた、屈服の対象として様々な所に売られ散り散りとなった。
 一連の事件の首謀者は有名なマフィアとしてその名が知られている志村ダンゾウだ。一族は散り散りになったが、その中には公安の者も多くいたため、二年にわたる内部調査の結果、人身売買のルートを全て特定し、一斉検挙を行った。その中で保護されたうちは一族は、公安の保護施設内で生活を始めている。』
 保護、された……。だから公安の施設に……。
 力が強い者に監視をつける公安。問題がある吸血鬼を拘束する公安。吸血鬼を保護する公安。……彼らは、俺たちにとって味方なのか? ……それとも、脅威としてしか見ていない敵なのか?
 でも父さんも兄さんも公安にいて……でもカカシは公安のことを好きじゃなさそうだった。
 そもそも公安ってどんな組織なんだ?
 信用できるのか? できないのか? まだ判断がつかない。
 俺の瞳力はレベル6で、もう開眼している……なら、今外にいる監視の人は俺を見張って、観察して、「問題がないか」確認しているんだろう。
 もしかしたら、俺にもスカウトが来るのかもしれない。断ったら、一生監視付きの人生になる。そう思うと、やっぱり受け入れられない。なんでそんなのを甘んじて受け入れなきゃいけないんだ。
 一階から声がかかる。
「サスケ? 準備できたよ」
 紙の束をトン、トン、とまとめて、テーブルの上に置いたまま、一階に向かう。
「かぼちゃサラダと、ポトフ、あと魚介のピラフ。おいしいよ。さ、座って。」
 促されてダイニングテーブルにつく。
「いただきます」
 ポトフのスープを一口飲む。玉ねぎとキャベツの甘みがおいしい。
 かぼちゃサラダも、塩味が絶妙でかぼちゃ本来の味が引き立っている。
 エビと一緒に食べるピラフも、エビがプリッとしていてご飯はパラパラでしっかり味がついていておいしい。
「カカシって、料理うまいよな」
「そう? あんまり人に食べさせたことないから、よくわかんないけど。」
「今まで食べた料理、全部美味かった。」
「へぇ、そりゃ嬉しいな。」
 カカシが笑顔になる。
 ……あ、この瞬間だ。
 この瞬間が嬉しくて、好きで、もっと見たくて。だからカカシが好きなんだ。幸せなんだ。
 サスケの口元も綻ぶ。
 あっという間に全部平らげて、二人でキッチンにお皿を運んだ。
 カカシが洗ってすすいだ皿を、サスケがタオルで拭いていく。
「二人だとすぐ片付くね。ありがと、サスケ。」
 ふわっとした笑顔に、こころがキュッとなる。
「……?」
 何だろう、この感覚は。
 食器を全て拭き終えると、カカシが食器棚にそれを戻していく。
 それが全部終わったのを見届けてから、サスケはカカシに尋ねた。
「公安って、どういう組織なんだ。敵なのか? 味方なのか?」
 カカシは少し考えてから、話す。
「ん~、俺の偏見も混じっちゃうけど……いい?」
 再びダイニングテーブルについた。
「読んで字の如し……公の安全を守るための組織、だよ。
 警察とはまた違う権限を持っていて……例えば危険思想の持ち主を捕まえたり、そのための情報収集をしたり、必要なら拷問とか、暗殺とか、ま、色んなことをやってる組織だ。」
「暗殺……」
「危険人物と見做されたら、ね。」
「で、敵か味方か、だけど……一般市民にとっては、味方かな。吸血鬼にとっては、味方とは言い切れない。渡した没原稿、全部読んだ?」
「読んだ」
「公安は吸血鬼を……どちらかというと、敵視している。だから子どものうちに保護をして、ヒトに危害を加えないよう徹底的に教育をしている。大人の吸血鬼は、健診とかの結果、力が強いと判断された者は全員監視がつく。
 今もサスケには二四時間の監視がついてるけど、それが一生続く感じ。ただ、丸一日中見られてるわけじゃなくて、あちらさんも昼飯食ったり寝たりするわけだから、そのパターンさえ掴めれば監視の目を潜り抜けて色々やったりもできるよ。例えば、闇市に血を買いに行ったりとかね。」
「カカシには監視はついてないんだろ?」
「まあ、俺はハーフだし、戸籍上はヒトだからね。」
「……もし俺が、公安の施設にいる家族のところに行くってなったら、どうなるんだ?」
「まずはいろんな検査を受けると思うよ。こないだの病院の受診結果も恐らく公安は把握してる。大人……お父さんとかに説得されて、公安直下の教育施設に入れられるかもしれない。そうすると、君のお兄さんみたいなエージェントの出来上がりだ。公安に心酔して、全幅の信頼をおいて、公安のためなら何でもする……まさに犬だな。」
「洗脳されるってことか?」
「そう。何年もかけてね。だから俺はサスケを公安に連れて行かれたくない。俺から離れないでいてほしい。手放したくない。」
「……そのために、血を飲ませてたのか? 依存させてたのか?」
「正直に言うとね、最初は俗説で言われている現象をこの目で確かめたかった。そしたら公安のお兄さんが来たじゃない? で、ああ、公安には奪われたくないなって思ってさ。そこからは依存させるためにも飲ませてた。」
「……依存するなって言いながら、父さんたちは子どもを洗脳してる……のか……?」
「ま、そんなところ。ただ最初にも言ったけど、俺の偏見もあるから鵜呑みにはしないで良いよ。自分の目で見て、耳で聞いて、頭でしっかり判断しな。今日もフガクさん、来るんでしょ。」
「ああ、十三時から来る予定だ。」
「……もうすぐだね。聞いてみな。サスケのことどこまで把握してるのか、公安の施設とやらがどんな場所なのか、子どもたちはどう過ごしているのか、瞳力の強いサスケが施設に入ったらどうなるのか。」
「……わかった。」

 ピンポン
 玄関のチャイムが鳴る。サスケが駆け寄って、扉を開けた。
「父さん」
「今日も、頑張ろうな。はたけさん、お邪魔します。」
 カカシは作り笑顔で「どうぞ」と言う。
 靴を脱いでサスケの部屋に上がっていくのを見届けると、二人分の麦茶と茶菓子の準備をする。
 わざとらしくとん、とん、と足音を立ててサスケの部屋まで運ぶと、扉をノックした。
「どうぞ」
 フガクがカカシを招き入れる。
「いつもありがとうございます」
「いえ、サスケのためなので」
 静かな緊張感が漂う。
 カカシはサスケに目を向けて、「じゃ、頑張ってね」と部屋から出ていった。
 フガクはサスケに向き直る。
「もう、血は飲んでないみたいだな」
「わかるの……?」
「はたけさんが人間の血を飲んでないのが何よりの証拠だ。」
「父さん、俺がもし母さんたちと暮らしたいって言ったら、どうなるんだ?」
「……他の子どもたちと同じだ、学校に通う。」
「でもみんなで暮らしてた時は学校なんて行ってなかった。全部兄さんが教えてくれた。」
「イタチももう大人だ、知っての通り、公安で働いている身で忙しい。いつまでも兄さん、兄さんと甘えるわけにはいかない。」
「じゃあ、母さんが教えてくれれば良いんじゃ? 学校なんて、行きたくない」
「郷に入りては郷に従え、だ。公安の施設で暮らす以上は、そこのルールに従わなければいけない。」
「……また、集落に戻って、元の暮らしをすることは出来ないのか……?」
「サスケ、身をもって知っただろう。またいつ第二、第三の襲撃者が現れるとも限らない。公安の保護下で暮らすのが一番安全なんだ。わかるか……?」
「………わかった。それで、今日の授業は……?」
 
 足音が二階から聞こえてくる。相変わらずサスケ一人分。降りてきたのは二人だ。
「父さん、今日もありがとう」
「明日は少し長めに時間を取って、テストをして、合格ならそれで終わりだ。今日は眼をたくさん使ったからしっかり休みなさい。……では、はたけさん。」
「……明日もよろしくお願いします。」
 フガクが静かに扉を閉める。カカシは鍵をかけると、ふぅ、と息をついて、サスケの頭をくしゃっと撫でた。
「……で、どうだった?」
「学校に通うんだって。施設に入ったらそこのルールに従えって。保護施設に入るのが一番安全だから、って。」
「それを聞いて、どう思った……?」
「誰が正しいのか、何が正しいのか、わかんねぇ……。父さんの言った通りカカシは俺に黙って依存させる血を飲ませてた。父さんは保護施設が安全だって言って学校に行かせようとする。」
「……うん」
「でも、公安の施設には、行きたくない。それなら、カカシと一緒の方がいい。公安に保護される前に俺を買ってくれたカカシと一緒にいたい。」
「それは依存心からそう思ってるのかもしれないよ?」
「それでも……公安に行くくらいなら……。」
「……そっか。わかった。」
 カカシはもう一度サスケの頭をくしゃっと撫でる。
「――安心、した。明日にはまた考えが変わってるかもしれないけど。今のサスケはそう思うんだね?」
「ああ、俺はカカシと暮らす方を選ぶ。」
「誰が迎えにきても、そう言える?」
「……‥…………言える、と、思う。」
「ん、俺もいるから、一緒に頑張ろう、な。」

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