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成人向,長編,吸血鬼パロ,完結済み,カカサス小説エロ,シリアス,甘々

来たる日に向けて

 カカシの血を飲みたい。
 ……とは、もう思わなくなった。
 カカシが肌を晒すのを控えているせいもあるだろう。目の前にその薄い皮膚を差し出されたなら話は別だけど、人肌に牙を突き刺し溢れる血を啜りたいというあの原始的な衝動はもう感じなくなっていた。
 甘く蕩けるようなあの味も、ああ、美味しかったな、とは思うけれど、また飲みたいという強烈な衝動は完全に消えていた。
 それらが全部カカシの血に依存していたからなんだと思うと複雑な気持ちになる。
 血を飲んだ後のセックスの快感も、繋がった時の幸せな気持ちも、カカシのことが好きだったことも、全て、全て依存が作り出した幻だったなんて、知りたくなかった。
 今日、カカシの腕の中で目が覚めて、頭の靄が晴れていくのがわかった。その腕の中からそっと抜け出して窓から差し込む朝日を浴びていると、カカシと過ごした日々が夢か幻のように感じる。
 俺はカカシに意図的に依存させられていた。
 父さんの言葉が今なら理解できる。
 俺は冷静に判断できる状態じゃなかった。
 冷静に判断できる今だからこそ思う。絶対に家族の――公安の元には行かない、と。
 たとえ父さんに言われるまで騙されていたことに気づいていなかったとしても、俺はカカシを選ぶ。カカシと一緒に時を刻んでいくんだと。
 だからと言って、また自ら依存の海に飛び込みたいとは思わなかった。依存していたときの幸福感、満足感はまだ憶えてる。またあの幸せな時間を過ごせるのなら、カカシの言うように依存の全てが悪だとは思えなかった。
 今が幸せならそれでいい、そういう考えもあってもいいと思う。でもサスケは、きちんと自分の意思でカカシの家にとどまりたいと思うのだと、兄さんに、父さんに伝えたかった。
「カカシ、朝だ。」
 腕の中から大切なものがすり抜けたことに気づいていないカカシは、「ん……」と眠そうに声を漏らして眼を擦る。
「今何時……?」
「八時、そろそろ起きろよ。」
「八時……八時か」
 むくりと起き上がったカカシは、コンタクトを着けたサスケの目を見ると、「……また少し……いや、だいぶ……目が覚めたんだね」と寂しげに笑った。
 
 バターが塗られたトーストを差し出される。
 それを受け取って、大口で齧り付いた。
 二年間血を飲んでいなかった身体は同年代の平均よりも小さく、軽い。少しでも早く成長したくて、トーストをもう一枚食べる。
「サスケって、そんな感じだったんだね。」
 朝日を背負ったカカシがふわりと笑う。作り笑いばかりのカカシが時々見せる、その本当の笑顔がサスケは好きだった。
「トレーニングは……」
「する。直ぐ準備する。」
「……張り切ってるねぇ。怪我しないようにね。」
 もう、カカシの好みの身体になりたいわけじゃない。小さくて細くて弱い自分が嫌だった。
 ラジオ体操で息が上がることも少なくなって、スクワットで動きが止まることも少なくなってきた。
 腕立て伏せだけは出来ず、代わりに提案されたのが壁腕立て伏せ。運動強度はだいぶ低くなるけど、百回も真面目にやればそれなりに疲れる。
 そうやってサスケが懸命に取り組む姿を見ながら、カカシはいつも何かを考えているようだった。物書きだからだろうか。それとも考えにふけるのが好きなんだろうか。……どっちでもいい。サスケにも、サスケなりの目標ができたのだからなりふり構っていられなかった。
 
 トレーニングが終わってシャワーで汗を流した後、カカシから差し出されたスポーツドリンクをごくごくと飲み干す。
「ほんと、変わったよね。この家に来たばかりの頃は、何をするにも怯えてたのに。今のサスケが、本当のサスケなんだね。」
 にこ、と笑う、この笑顔は作り物だ。
 昨日から何となくそれがわかるようになってきた。
 眼の使い方を教わっているからだろうか、今まで見えなかったものが見えるようになっていた。
「あんた、いつもそうやって笑うよな。」
「まあ……処世術……ってやつ? 笑っとけば、大体のことはいい方向に進むんだよ。」
 カカシもサスケがこの顔が作り物だとわかっているのは知っている。それでもやめないのは、癖みたいなものだ。
「またあれが食べたい」
 と言われて作ったオムレツを、パクパクと美味しそうに食べるサスケを見るのは好きだった。カカシが作ったもので、サスケが構築されていく。それが実感できる瞬間だからだ。
 文字も、知識も、貪欲に覚えようとするサスケはきっともともと真面目で優等生なタイプなんだろう。
「ヒトと吸血鬼の共存」という本を開いているときに、玄関のチャイムが鳴った。時計を見たら十三時だ。確か今日はテストで、合格したら家庭教師は卒業、そんな話だったはず。
 この調子で学んでいるのなら、さぞ吸収も早いんだろう。カカシはサスケの合格を疑っていなかった。
 階段から駆け降りて、玄関に向かうサスケの後ろ姿を見守る。
 サスケが扉を開けると、フガクがいつもの無表情で「お邪魔します」と入ってくる。
 二人でいるときには、この人も笑顔を見せるのだろうか。それともいつもこんな顔なんだろうか。
 いつものように麦茶と茶菓子を運ぶカカシに軽く会釈をして、カカシも作り笑いで応えてから部屋を出て直ぐ隣の書斎に入ると、カカシは長いため息をついた。
 引き出しの中から日誌を取り出し、ペンを滑らせる。
『血を飲まなくなって四日目、依存心はほとんど抜けたように見える。代わりに、本来の性格が顔を覗かせる。真面目で、勤勉で、努力家で、何か目指しているものがある様子だ。』
 サスケが目指しているもの……なんだろう。
 本来のサスケのことをカカシはほとんど何も知らない。
 いつか話すと言ってくれたけど、その時はまだ依存心が抜けていなかったから、今のサスケが話してくれるかどうかはわからない。
 サスケの読みかけの本を手に取る。
「ヒトと吸血鬼の共存」
 うちは一族のように、完全にヒト社会と断絶していれば共存は可能だろう。
 だけどヒト社会の中で吸血鬼が共存するのは、まだまだ難しいとカカシは感じている。
 吸血鬼が何か事件を起こせばセンセーショナルに報道される。有名人が実は吸血鬼だったと分かればスポンサーが次々と降りていく。吸血鬼を好んでいるヒトや会社ももちろんいる。少数派だからこそ取り込もうとするヒト、シンプルに吸血鬼をターゲットにしたビジネスを展開する会社、そして吸血鬼の持つ瞳の力に心酔して、溺れて、倒錯していくヒトも山ほど見てきた。
 サスケは何を目指すのだろう。何者になりたいんだろう。何をしたいんだろう。
 椅子を揺らしながら、あの力強い意志のこもった眼を思い浮かべる。
 今日のサスケの目を見れば、フガクも依存から抜け出したのだとわかるはずだ。それでもなおここにとどまると、サスケが告げたらどんな顔をするのだろうか。あの無表情を崩さず、「そうか」とだけ言って立ち去るだろうか。それともあの眼を見てもなお説得を試みるだろうか。
 どのみち落胆して帰っていくのは確実だろう。いかに表情を隠すのがうまくても、悔しさというのは身体のどこかに現れるものだ。
 カカシは日誌を引き出しにしまうと、今夜の献立を考えながらキッチンに向かう。冷蔵庫の中身をざっと確認して、出かける準備をすると、いつもの商店街に足を向けた。
 
 サスケたちが階段を降りてきたのは、買い物から帰って十分もしないうちだった。今日は少し長引くと言っていた気がするけど……?
 カカシは笑顔を作って、
「どうだった? サスケ」
 と声をかける。
 サスケは少し誇らしげに「一発合格」とはにかんだ。
「今日で、家庭教師は終わりです。次はエージェントとして会う日が……来るかも、しれませんが。サスケ、次会う時まで元気でな。」
 そう言って、玄関から出ていくフガクの拳がきつく握られていたのをカカシは見逃さなかった。
 フッと笑って、サスケに「本の続き、読む?」と声をかける。
「……あんた今、『勝った』って思っただろ。」
「……参ったな、何でわかった?」
「笑い方見れば、わかる」
「……その眼は、何でもお見通しだな。じゃあ、今日の夕食も当てられる?」
 サスケはくんくんと匂いを嗅ぐ。
「トマトソースの……パスタ」
「……すごいね、でもあと一品あるよ。」
 今度はカカシの目をじいっと見つめる。
「魚介の……ペペロンチーノ?」
「惜しい、きのこのペペロンチーノ。」
「チィッ」
「いや、十分すごいと思うよ。さ、書斎に行こう。」
 カカシが手を差し出す。
 サスケは少し考えてから、カカシの大きな手に自分の小さなそれを乗せる。
 カカシはぎゅっと手を握るとゆっくり階段を上がって行った。

「なあ、カカシの両親の馴れ初めとか、聞いていいか。」
 本に目を落としながら、サスケが背後のカカシに話しかける。
「詳しいことは俺もあんまり知らないけど……初恋の人がたまたま吸血鬼だったって、母さんは言ってたよ。」
「吸血鬼だとわかってて好きになったのか?」
「いや……当時はまだ今ほど吸血鬼は受け入れられてなかったから、父さんは牙を削る手術も受けて、コンタクトもつけて、ヒトに擬態してた。だから最初から、ではなかったみたいよ。」
「牙を……ってことは、あんたの父さんは、一滴も血を飲まなかったのか。」
「うん。完全に純愛。」
「ふーん……」
「……サスケのことも聞いていい?」
「……何だよ、取材か?」
「んー、まあ、そうかな。」
 サスケが右手で眼に触れる。
「……わかった。何でも聞けよ。もう、取り乱したりしないから目を塞ぐ必要はない。」
「……そっか。じゃあ、聞くね。サスケの家族は……両親と、お兄さんの四人暮らしだった?」
「そうだな。でも近所のおばちゃんとか、いつも道に水撒いてるじいちゃんとか、俺のこと『サスケちゃん』って呼んで、親しくしてくれた人もたくさんいた。」
「二年前まではどんな子だったの?」
「兄さんが……優秀すぎてさ、追いつきたい、追い抜きたい、ってずっと思ってた。だから勉強も自分からしてたし、今はこんなだけど、運動も得意だった。負けず嫌い……だったな。」
「……それは今も変わってないね。」
「……るせぇ」
「事件で攫われてからは、どんな感じだったの?」
「……まず金持ちの家に売られた。まだ血気盛んだったから、チンコに思いっきり噛みついてやったら、直ぐ返品された。で、次に売られたのがちょっと格上の奴らが使う娼館。そこで初めて殴られたり、蹴られたりして、『躾』された。奴ら、あざになりにくいところとか、よく知ってるみたいで。毎日殴られながら客取ってた。常連客がついて、『その生意気な目が気に入った』とか言われて、まあ、いろんなことさせられたよ。痛いばっかだったけど、喘ぐ練習までさせられて、殴られるのも嫌だったから、痛くても無理矢理喘いでた。だんだん俺が生意気やらなくなってから、その客も引いたし、客がつかなくなっていった。多分、生意気な吸血鬼を屈服させて楽しむ奴らがくるところだったんだろうな。それで最後が、カカシと会った男娼。あそこが一番酷かった。入った日にいきなり鞭で背中叩きつけられて、オレが主人だ、俺の命令は絶対だ、逆らったらこうなる、って。めちゃくちゃ痛かった。寝食の場所も檻の中で……ナルトとは、そこで出会った。同室だった。あいつバカでさ、そんな所にいるのに『いつか偉い奴になって、こんなクソみたいな現状変えてやる』って息巻いて。……でも、そんなバカなナルトに少し救われてた。こいつならいつか出来るかもしれないって気がして。でも、そこでは少しでも粗相をしたら鞭で打たれるから、ずっと怯えてた。」
「……だからうちに来た時も、あんないい子ちゃんだったわけね」
「返品されるのだけは嫌だったから。あんた指で前戯してくれたろ。他の客はみんないきなりちんこ突っ込むから、そんな客と比べたらあんたは随分マシだった。だから返品だけはされたくなかったんだ。」
「うちに来てからは、どう?」
「もしかしてまともな生活が出来るのか、って期待と、返品されたらって、恐怖で……ガチガチに緊張してたよ。最初にあんたの血を飲んでセックスした時は衝撃だった。今まで苦しくて痛いだけだったのに……すごく、気持ちよかったから。……催淫作用のせいだとしても、同じことしてるのに何でこんなに違うんだって、ひたすら頭が追いつかなかった。」
「ふぅん……そっか。サスケは、俺に買われてよかったと思う? それとも家族と一緒に何も知らないまま公安に保護された方が良かった?」
「……何も知らずに、なんて二度と御免だ。俺は何も知らなさすぎた。もっと知りたい。吸血鬼のことも、公安のことも、ヒトのことも。この部屋には、俺が求める答えがあるんだろ?」
「答え……になるかはわからないけど、ヒントになることなら沢山あると思うよ。それを読んで、どう考えてどう判断するのかは、サスケ次第。」
「……何だよ、それ」
「答えはいつでもお前の中にある、ってこと。」
「……余計わかんねえ」
「ま、そのうちわかるさ。」

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