赤
蜜の味
あるところに、吸血鬼の少年がいた。
彼の住んでいた集落は吸血鬼狩りに遭い、少年は売られ、売られて、最後に辿り着いたのは場末の男娼だった。
「この子はね、吸血鬼ですがまだ子どもですから目も赤くならないし人を襲うこともないんですよ。」
男娼の主人がサスケを売り込むときは決まってこのセリフだ。この男は元を取ることしか考えちゃいない。
(……嘘ばっかり)
目が赤くならないのは本当だ。大人になってからしかこの目は赤く光らない。
でも人を襲わないのはこの主人に鞭で打たれて身体に叩き込まれたからだ。
少しでも粗相をすれば待っているのは手痛い「躾」だった。
本当は喉が飢えて飢えて、誰でもいいから真っ赤な血をお腹いっぱい飲みたかった。
客が付くとサスケは牢を出て接待部屋に行く。接待部屋と言っても一畳ほどしかない、プレイマットが敷かれただけの部屋だ。三つ指ついて客を迎えるが、牙があるからフェラはしない。それが良いのかというと、そうでもなかった。
客の男たちは誰も彼も前戯なしにいきなり挿入する。
ひきつれて痛いばかりで、喘ぎ声のひとつもあげないサスケに苛つき、殴ってくる者もいる。
抵抗しないのが面白くないのか、そういう客は何度も殴ってくる。
痛い。苦しい。つらい。お腹すいた。
与えられるのは固いパンとスープだけ。
なんで吸血鬼ってだけでこんな目に遭うんだ。
なんで人間はこんな事をするんだ。
なんで俺は吸血鬼に生まれたんだ。
なんで、なんで、なんで。
涙はもう枯れ果てた。
牢に戻ると、トイレで中に出されたものを自分で掻き出して、壁にもたれかかる。
「お前今日も酷い目に遭ったのかよ」
同じ牢のナルトがサスケに耳打ちする。
ナルトはバケモノに取り憑かれた一族の末裔だった。
「しょーがねぇよ、俺吸血鬼だから」
「俺もバケモノの子だから変わんねーってばよ」
にひひ、と笑うナルトに、「お前この状況でよく笑えるよな」と顔を背ける。
「だって俺には……」
「夢があるんだろ」
「おう! 今はこんなだけど、いつかこの国の偉い奴になって、こんなクソみたいな現実を変えてやるんだってばよ!」
現実感のない夢だ。
でもその夢がこの毎日に希望を持たせてくれるのなら、バカみたいな夢も悪くないのかもしれない。
だが、現実は思っているほど甘くない。
牢の鍵がガシャンと音を立てて落ちる。
「サスケ、客が付いたぞ」
一日に何度も客が付くのは珍しかった。
まだ前の客の余韻で中がヒリヒリしているが、主人には逆らえない。
重い腰を上げて牢の外に出ると、簡単にシャワーを浴びて中もきれいに洗い、接待部屋に向かう。
いつものように三つ指ついて出迎えた男は、入ってくるなりサスケの顎を掴んでぐいと頭を上げさせる。
そしてサスケの顔を見て、「ふーん、ほんとに目が赤くないんだ」と呟いた。銀髪で左目が隠れた、背の高いひょろりとした男だった。
「口、開けてよ」
客の言うことは絶対だ。
サスケが大きく口を開けると、目に入ってくる四本の牙。
「ほんとに吸血鬼なんだ。」
男は珍しそうにしげしげとサスケの牙を観察する。
その牙に触れて、口の中に指を入れてくるのを「舐めろ」という事だと認識して、サスケはその指に唾液をたっぷりつけて舐めしゃぶる。こうした方が、指を入れられたときに痛くないからだ。
「よく躾けられてるじゃない」
指を舐めさせながら、男は帯をシュル、と落として前をはだける。
その胸板は厚く、ひょろっとして見えたのは着痩せしてたからなんだなとサスケは思う。
指を引き抜かれたのでマットに寝転がり、膝を抱えてそこに入れやすい体勢になると、男も膝をついてさっきの指を後ろの穴に添わせた。
この客は、当たりだ。
いきなりちんこを入れてくる客が多い中、指でほぐそうとする客はサスケにとってありがたかった。
「君、人を襲わないんだって?」
ずぷ、と指を埋めながらサスケに問う。
よく喋る客だな、と思いながら事前に教えられた通りに答える。
「もちろんです。旦那様には傷ひとつつけません。」
棒読みのセリフに苦笑しながら、男はズポズポと指を動かす。
「ゆるいね。もしかして俺の前に別の客の相手した?」
サスケはまた教えられた通りに答える。
「今日は、旦那様がはじめてですよ。」
指を増やされ、圧迫感が増すが、いきなりちんこを入れられるより百倍マシだ。
「ほんとに……よく躾けられてる。」
不意に、男は指を引き抜いた。
いよいよ入れるのか、と身構えるが、男はそのままドスンと腰を下ろす。
「本当は、何考えてるの?」
こんな時の答えは教えられてない。
サスケは黙ったまま、男を見つめる。
「本当は、血が飲みたくてしょうがないんじゃないの?」
ドクン
心臓が震える。
この男は何を聞き出したい?
模範解答は何だ?
考えろ、考えろ。
「……ご安心ください、旦那様には傷ひとつつけません」
壊れたロボットみたいに、同じセリフを繰り返す。そんなサスケを見て、男はやはり苦笑する。
「俺の血、飲んで良いよ。って言ったらどうする?」
トン、トン、と己の首元を指でノックする。
ドクン、ドクン
全身の血が熱くなっていく。
飲みたい。
血が飲みたい。
でもだめだ、そんなことしたら主人に鞭で打たれる。
「……だんな、さまには、傷ひとつ……」
「つけていいよ、傷。ほら、飲みなよ。」
挑発するように、サスケの上にのしかかり、口のすぐそばに首を寄せる。
「……っ旦那様には、」
「それはもういいから、ほら。」
ドクン、ドクン、ドクン
飲みたい
飲みたい
飲みたい
全身の血が沸騰したように熱い。
サスケは無意識に口を開け、男の首筋に牙を立てた。
(……っダメだ! )
慌てて口を離し、男の胸板を押すが、ピクリとも動かない。
「旦那、様、おたわむれは、おやめ、ください……っ」
横を向いて、口を手で覆うと、男は身体を起こし、その左目にかかる銀髪をかき上げた。
その左目は、赤く光っている。
「……え………」
「健気だねぇ……それとも躾の賜物かな?」
「その、目……」
兄さんと同じ。
父さんと同じ。
母さんと同じ。
「俺も、吸血鬼だよ。ハーフだけどね。」
チリンチリン、と鐘の音が鳴る。
終わりの合図だ。
「せっかちな店だね。……また会いにくるよ。」
男は着物の前を合わせ、シュル、と帯を締めた。
何が起きたのか混乱しながら、サスケも起き上がる。
「じゃ、またね」
男は暖簾をくぐり、外に出ていった。
「ハァッ……ハァッ……」
まだ身体中の血が熱い。のぼせたようにぼんやりする視界の中、主人に急かされて牢に入る。
「……っ、は……」
ナルトはいなかった。多分客がついたんだろう。
壁にもたれかかりながら、身体の熱が下がるよう深呼吸する。
(血を飲んでいたら……)
甘美な味、トロッとした喉ごしを想像すると、また身体中が熱くなる。
(だめだ、だめだ! )
荒い息を落ち着かせようと何度も深呼吸するが、もう喉の渇きしか感じない。
そこへ、ナルトが牢に戻ってくる。
「……っおい、大丈夫かサスケ!」
すぐさまサスケに駆け寄ると、肩を掴んで揺らした。
「何があった? 発作か? 俺の血飲めってばよ!」
服を脱ごうとするナルトを、サスケが制する。
「大丈夫、だ、少し、のぼせただけ……」
「でもよ、なんか変だぞサスケ……」
「少し休めば、よくなる……それに、お前の身体に傷つけたら、価値が下がるだろ……」
「んな事言ってる場合かよ……!」
ナルトが腕をサスケの口元に押し付ける。
「やっぱり飲めよ、俺ってばこんぐれー何ともねーからさ!」
「大丈夫だって、言ってんだろ……‼」
サスケはナルトの手を払い退けて、床にゴロンと寝転んだ。
「何だよ、人がせっかく心配してんのに……! お前ってばいっつも……っ!」
ナルトも、サスケから顔を背け、固い床に座り込んだ。
(全部、あいつのせいだ……あの、銀髪……)
その日は、客はもう来なかった。
次の日の朝、早い時間にサスケたちの牢に主人がやってきた。
「サスケ、来なさい」
いつもと違う呼びかけに、不穏な予感がよぎる。
また別のところに売られるんだろうか。
ガシャンと音を立てて落ちる牢の鍵。
「ナルト、行ってくる」
振り向かずに、そのまま牢を出た。
主人について行くと、まず入らされたのは風呂だった。いつものシャワー室ではなく、浴槽に湯が張られたちゃんとした風呂だ。そこでピカピカに磨かれ、風呂に浸かるよう指示されたのでサスケはおとなしく湯船に身体を沈める。
こういうことは前にもあった。
売られる時はいつもそうだ。頭から爪先までピカピカに洗われて風呂で血色が良くなった肌に、真っ白なシャツと蝶ネクタイに半ズボン、サスペンダーを着けて、そうして商品価値を少しでも上げようとするのだ。
(次はどんなところだろう)
風呂から上がった後も言われるがまま、されるがままにしていると、仕上がったのはやっぱり同じ、白いシャツに半ズボン、白い靴下、サスペンダーに蝶ネクタイの血色のいい美少年だ。
(……この服、ここに来た時のじゃねーか)
いかにもケチな主人がやりそうなことだ。
「お前なんかを身請けしてくださる旦那様が現れたんだ、シャキッとしろ。「返品」されるようなヘマはするんじゃねえぞ。その時は……牙を残らず引っこ抜くからな。わかってるな? ……さあ、行け。」
朝の光が溢れる暖簾の向こう側へ、足を踏み出す。
サスケは深々とお辞儀をして、教えられたセリフを言う。
「この度は身請けしてくださり、誠に――ー」
その目に映った見覚えのある足元。
顔を上げると、朝日にキラキラと輝く銀髪。
目がクラクラして、慌てて顔を下げる。
「……誠に、ありがとうございます、旦那様。」
なんであいつがここに?
なんで俺を買った?
また会いにくるって、こういうことだったのか?
いつまでたっても顔を上げないサスケに、男は近づく。
「旦那様も良いけど、名前で呼んでよ。俺、はたけカカシ。カカシでいいよ。」
「――カカシ、様」
「カカシ。様はいらない。」
「カカ、シ……」
後ろに控える主人の顔を伺う。
機嫌は悪くない。大丈夫だ。
「で、この子いくらだっけ?」
ニコニコしながら主人が手を揉む。
「今どき珍しい吸血鬼の子です。この通り見栄えも良い。躾も出来ております。百万は下りませんよ。」
(……俺を買った時は四十万だったくせに)
大金をふっかける主人にサスケは呆れる。
が、カカシも主人に噛み付いていく。
「昨日この子買ったんだけど、背中の傷、何ですかあれ。それに細くてガリガリ。顔だけ良くても……ねぇ? 五十万でも高いくらいじゃない?」
いつの間に鞭の痕を見られたんだろう。いや、見られていないはずだ。この男もまた、適当なこと言ってふっかけるつもりらしい。
「確かに傷は多少ついておりますが、躾の跡ですよ。すぐに消えますからご安心を。五十万はさすがに、はは、ご冗談でしょう。」
「おたくがまともに食べさせてないのはわかってんのよ。じゃなきゃこんな痩せっぽっちにはならないよ。どうせ血も飲ませてあげてないんでしょ。」
「旦那様がご存知かはわかりませんが、吸血鬼でも血を飲まなくても普通に生きていくことはできるんですよ。」
「子どもの頃に栄養たっぷりの血を飲まないと、身体が成長しないのはご主人、あなたも知ってるでしょ。幼い方が売れるから、わざと飲ませなかったんじゃないの?」
「お言葉ですが……………」
二人のやりとりはしばらく続いたが、最終的には主人が折れて、俺は四十ち万で買われることになった。
カカシがまだ頭を下げたままのサスケに歩み寄る。
「……さ、顔上げて? 名前は?」
「うちは……サスケ」
「サスケ、ね」
恐る恐る顔を上げると、そこには優しい笑顔があった。
もしかして、もう、酷い目に、合わない……?
この男なら、大丈夫、か……?
それとも、期待だけさせて、また別のところに売られる?
人間は嫌いだ。
人間は酷い奴らばかりだ。
でもこの人は、吸血鬼の血も入ってる。
でももう半分は人間の血だ。
少しだけの期待と、大きな不安を抱えながら、サスケは差し出された手を取る。
「さ、うちに帰ろうか」
こういうときに何て言ったらいいのか教わってない。
黙ってこくりと頷くサスケに苦笑しながら、カカシは家路についた。
そこは、こじんまりとした少し古い一軒家だった。
キョロキョロと見回しながら、サスケが玄関に入ると、カカシは「ただいま。ほらサスケも」
と促す。
サスケは蚊の鳴くような声で「た、だいま……」と呟いた。
カカシに次いでサスケもエナメルシューズを脱ぎ、室内に入ると、すぐリビングだ。
「お腹すいてるでしょ、朝ごはんにしよ。」
カカシは台所でゴソゴソと食パンを取り出し、トースターに入れてスイッチを押す。
リビングの入り口でどうしたらいいか分からず固まっていたサスケは、カカシに手を引かれてダイニングテーブルに腰を落ち着かせた。
「その席、今日からサスケの席な」
カカシはまた台所に行き、冷蔵庫から何か取り出して作業している。次第にパンの焼ける美味しそうな匂いが広がりはじめ、チン! という音とともにこんがり焼けたパンが二枚トースターから飛び出した。
カカシは皮を剥いたりんごの載った皿を片手に、サスケの向かい側に腰を落ち着ける。
「バター塗る? ジャムがいい?」
小皿にりんご四つと、小さいフォークを置いてサスケに差し出す。
「旦那様……カカ、シが好きな方でいいです」
「じゃ、バターね」
木の箱を取り出し、蓋をスライドさせると中にバターが入っていた。テーブル横の引き出しからバターナイフを取ると、熱々のトーストにバターを乗せる。
じわっと溶け始めたバターの載ったトーストが、サスケに差し出された。
どうしたらいいか迷っていると、カカシが「食べな」と促す。
そっと手に取ったトーストをかじると、柔らかくて、表面はカリッとしていて、それがバターで柔らかくなって、何よりも美味しかった。
ガツガツと食べ始めたサスケを見て、カカシは笑う。
「もう一枚焼いとく?」
サスケは首をブンブン振って、「カカシを差し置いて、俺だけ二枚も食べるなんて、出来ません」と言った。
粗相をしたら返品される。絶対に嫌だ。
カカシはりんごをかじりながら、頬杖をついてサスケを見る。
「そのさ、敬語もやめてくんない? ここにはもうあの主人はいないよ? 何がそんな怖いの?」
……何が、だって……?
これからどうなるのか怖い。
返品されるのが怖い。
サスケは黙り込む。
「……じゃ、命令ね。敬語は禁止。普通に喋ること。」
顔を上げると、カカシはふわりと優しく笑っていた。
「わかりまし……わかった。」
「ん、いい子」
吸血鬼狩りに遭ってから褒められたことがないサスケは、なんとももどかしい気分になる。
「ほら、りんごも食べなさい」
顔を隠すようにうつむき、フォークにりんごを刺す。
「……カカシは、なんで俺を身請けしたんで……したんだ?」
シャク、シャク、一口かじるたびに爽やかな音が響く。
「んー、秘密。」
カカシもりんごをひとつ取り、かじる。
シャク、シャク、シャク
甘い果汁が口いっぱいに広がる。
ナルトにもこれ、食べさせてやりたいな。
サスケはりんごをかじりながらぼんやりと考える。
カカシはりんごを食べ終えると、バターが溶けきったトーストに手を出し、食べ始めた。
トーストもりんごも綺麗に平らげたサスケは、カカシが食べるのを見ながら待つことにする。
左目は相変わらず長い銀髪に隠れて見えない。
口に牙はなさそうだ。
本当に、この男は吸血鬼の血が入っているんだろうか?
でも、昨日見た左目は確かに吸血鬼のそれだった。
同族のよしみで身請けしたんだろうか。
それとも他に何か考えてるんだろうか。
そんなことを考えながら、サスケがじいっと見つめていると、カカシは「何?」とサスケに問うたが、サスケは首をブンブン振って「何でもない」とだけ答えた。
この男が何を考えているかわからない以上、これからどう扱われるのかわからない。油断はできない。
カカシが最後の一口を食べて、指についたバターをペロリと舐める。
やっぱり牙は見当たらない。
この男は血を飲まなくても平気なんだろうか。
俺はこんなに喉が渇いているのに。
「……っ」
昨日の出来事が思い出される。差し出された首。その美味しそうな首に牙を立てる俺。
そのまま飲んでいたら、一体どうなっていたんだろう。
「やっぱトーストはバターだな、うん。」
カカシが立ち上がって、皿を片付け、台所に向かう。
そして皿の代わりに持ってきたのは、パック詰めされた赤い液体だった。
この匂い、人間の、血、だ……。
「気になる? 気になるよねぇ。これ、闇市で売ってる血だよ。本物。もちろん人間の。って言わなくてもわかるか。」
肌がザワザワする。喉がカラカラだ。全身の血が熱くなってきた。
身体中が「血を飲みたい」と叫んでる。
無意識に手を伸ばしかけていることに気付いて、慌てて引っ込める。粗相は駄目だ、絶対駄目だ。
カカシはそんなサスケを尻目に、パックの蓋にストローを刺してゴクゴクとそれを飲み始める。
サスケの喉がごくりと動いた。
「……欲しい?」
カカシが話しかける。
サスケが欲しいと言いかけたところで、カカシは「あげないけどね」と続けた。まるでサスケを挑発しているように。
カカシはそのまま血を全て飲みきって、「やっぱ本物は美味しいなぁ」と独り言。
空になったパックをゴミ箱に放り投げて、「さて」とサスケに向き合った。
「とりあえず、ベッド行こうか」
爽やかな笑顔で放つ言葉は、ああ、やっぱりそうだよな、俺の価値はそのためだけにあるんだと暗い気持ちになる。
それでも。
それでも、他の人間と違って昨日みたいに前戯してくれるなら、ずいぶんマシじゃないか。
少なくとも、あの男娼に居続けるよりは、ずっといい。
サスケはこくりと頷くと、立ち上がり歩きだしたカカシの後に続いた。
寝室に入ると、カカシは昨日のようにシュル、と帯を外した。サスケも服を脱ごうとするが、慣れない服を着ているせいで脱ぎ方がわからない。
サスペンダーの外し方に悪戦苦闘していると、カカシの大きな手が伸びてきてパチンと留め具を外し、あっさりと取り払った。
蝶ネクタイも外そうとするが、それはカカシに止められる。
「せっかく可愛い服着てるんだから、そのままでいいよ。」
その笑顔は、どこか妖艶で、感じたことのない感覚にサスケはぞわりとした。
カカシはベッドに上がると、ひとつしかない枕に頭を埋めて、「サスケもおいで」と誘う。
おずおずとベッドに上がり、カカシの横に座ると、「こっちだよ」と抱き寄せられる。
仰向けのカカシの上に、サスケがうつ伏せで乗っかる形になり、サスケははじめての体験に心臓がバクバクと鼓動を早める。
「もうちょっと上……そう、そのあたり。」
サスケの目の前にあるのは、カカシの肩。思わず喉をごくりと鳴らした。
目の前で美味しそうに血を飲まれた後だ。嫌でも本能が揺れ動く。
「飲みたいでしょ」
図星をつかれて、サスケはカカシの胸に顔をうずめた。
粗相は駄目、粗相は駄目、粗相は……。
「ここは娼館じゃないよ。誰も怒らない。ましてや俺はサスケの同族だ。飲みたいんでしょ。わかるよ。」
サスケの意志を揺るがす、まるで悪魔の囁き。
「……嫌だ、飲まない……」
自分に言い聞かせるように呟く。
「躾が過ぎるのも考えものだね……。じゃあこうしよう。俺の血を飲まなかったらお前を返品する。飲みな。これ、命令ね。」
返品。
あそこに?
嫌だ。
それだけは嫌だ。
(命令だ、従わないと、これは命令だから)
サスケはカカシの右肩を見つめて、逡巡した後、口を大きく開けて、その牙を肩に突き刺した。
「ん、いい子……ベッド汚さないように、綺麗に飲むんだよ。」
溢れ出る血。渇望し続けたそれが口の中いっぱいに広がる。なんて甘美な味なんだろう。一滴も逃さないように、じゅる、と音を立てながら嚥下する。ああ、このとろりとした喉越し。たまらない。
サスケは無心になって飲み続けた。カカシはその間、よしよしとサスケの頭を撫でる。そんなことにも気がつかないくらい、サスケはカカシの血に夢中だった。
胃の中がカカシの血でいっぱいになって、ようやくその肌から牙を引き抜く。
口の周りに着いた血も残さず舌で舐め、ほぅ……とその余韻に浸った。
そしてカカシがそんなサスケを見つめていることに気がついたとき、ハッと意識が現実に戻る。
慌ててカカシから離れようとするが、カカシはしっかりサスケを抱きしめていてそれは叶わない。
「いっぱい飲めたね、美味しかった?」
罪悪感と背徳感がサスケにのしかかる。が、それ以上に何年も飲めていなかった血の味は美味しかった。
サスケはこくりと頷く。
その唇に、カカシの指が触れる。
「昨日みたいに舐めてごらん」
サスケは口を開けると、唾液をいっぱい含ませてカカシの指を舐めしゃぶった。
カカシのもう一方の手は、サスケのズボンの中に入り、お尻を揉みしだいている。ときおりくにくにと穴を刺激して、まるでこれからここに入るんだよと言われているようだった。
ドクン
心臓が拍動する音が聞こえる。
ドクン、ドクン
身体中の血液が熱い。
ドクン、ドクン、ドクン
呼吸が浅くなっていく。
何かおかしい。何か変だ。
カカシが触れているところが疼く。
「……そろそろかな」
カカシがお尻から手を離して身体を起こし、サスケも一緒に膝立ちになる。
「ズボン、自分で脱げるね?」
指をしゃぶりながらサスケはこくりと頷く。
しかし、半ズボンとパンツを下ろし右足を抜こうとすると、身体がぐらっと傾いた。
「っと……」
カカシはサスケの身体を受け止め、「効果抜群だね」と呟く。
顔が熱い、身体が熱い、なんで、どうしてー
カカシがサスケの口から指を抜く。
「戸惑ってる? ちょっとだけお話をしようか。」
ズボンとパンツはまだ片足しか脱げていない。しかしカカシにはそれで十分だった。
「うちは一族は高潔で、人間の血を決して飲まなかったらしい。」
俺の、一族。
「母親が母乳を赤子にあげるように、子どもたちには自分たちの血液を与えて育てていた。」
記憶の中にある、コップに入った赤い液体。
「けれど血のつながりのないものに血液を飲ませるのは、夫婦以外では禁忌だった。」
父さんと、母さん。
「何故かというと、血縁者以外の血を飲むと、強烈な催淫作用が働くから。」
サイインサヨウ……?
「きっと吸血鬼達が子孫を残すためにプログラムされた作用だったんだね。」
今、俺が飲んだ血……
「俺みたいな半端者の血でも、十分だったみたい。」
サスケの小さなそれをつん、とつつく。
「っぁ……?」
カカシがシャツの裾からスス、と手を入れると、サスケの身体がピクンと動いた。
「まっ、身体が、変……っ、おかしいっ……!」
「おかしくていーの。ほら、昨日みたいに足広げて。」
言われた通り足を開くと、そこに濡れそぼった指があてがわれる。
「今日は、ちゃんと気持ち良くするからね。」
ぬぷ
指が中に入っていく。
その指が内側をつつつ、となぞると、「っぅあ!」と声が出る。
サスケは自分の声にびっくりすると同時に、痺れるような快感を感じていた。
「今日はキツキツじゃない。昨日はやっぱり俺の前に客取ってたんでしょ。」
サスケが声を上げた箇所を何度もノックする。
「あっ、は、ぅあ、変、俺、っぁ、こんなのっ、ぁあっ」
「可愛い声」
指が二本に増える。
その圧迫感にすら感じてしまう。
サスケはハッハッと荒い息をしながら、身体に力が入らなくなり、カカシにクタッともたれかかる。
「んんっ、は、んぁっ、やめ、カカ、あぅっ!」
「そうそう、力抜いて。もう一本いっとこうか。」
指が増える。
「ぁっ、あ、あっ、あぅっ、あぁっ」
グチュ、グチュ、と湿った音とサスケの嬌声が響く。
感じたことのない快感に、戸惑うばかりだった。
ぬるっとその指が引き抜かれると、あてがわれたのはカカシの大きなそれ。
指だけで、こんなになってるのに?
それを入れられたら……
「挿れるよ。」
ぬぷぷ……
それは大した抵抗もなしにサスケの中に入っていく。
「んんんっ、あ、あ、あ、」
ぬぷっ
「あああっ!」
「全部入った」
浅い呼吸を繰り返しながらカカシの上でくったりしているサスケの頭を撫でる。
「おーい、サスケ、大丈夫? ……じゃ、なさそうだね」
カカシはサスケを抱いたまま姿勢を入れ替え、正常位になると、ゆっくりとしたピストンを始めた。
「あぁっ、はぁっ、あ……、…あっ、あっ、」
カカシの律動に合わせてサスケがわけもわからず喘ぐ。
考える余裕なんてない。ただ、今はカカシだけが欲しかった。
「……っと、んっ、もっ、と、カカ、シ、あっ」
カカシの首に手を回して懇願すると、カカシは笑う。
「っはは、おねだり、上手。サスケん中、すごくいいよ。」
おでこに軽くキスをして、サスケの腰に手を回す。
パンッパンッパンッ
「あっ! ぁあっ、は、んんっ! あっ!」
肌がぶつかり合う乾いた音と嬌声、ベッドの軋む音が響く。
「そんなに俺のちんこが欲しいの?」
「んっ、はぁっ! あっ、ほしいっ、ほし、いっ! あぅっ!」
「じゃ、もっと深くいくよ」
カカシは姿勢を変えると、サスケの最奥に勢いよく自身を叩きつけた。
「っ~~あ゛ぁっ‼」
「っああ、奥に届いてる」
「あっ、あ゛っ、ぅあっ! や、あ゛ぁっ!」
サスケは悲鳴に近い声を上げながらカカシにしがみつく。ビリビリと腰の奥に感じる快感が背中を突き抜けて脳をぐちゃぐちゃにしていく。
「なんっ、あ゛っ、なんかっ、ぅぁ、なんかっ、くるっ……‼」
「あー、いきそ?」
「あ゛ぁっ、は、こわいっ、こわ、ぁあっ!」
「……はは、怖くないよ。思いっきりイきなっ!」
カカシが一際奥に突き上げる。
「あああっ! あっ、――ー‼」
ビクン、ビクンッ
サスケの身体が痙攣したかのように踊ると、皮をかぶった小さなそれからピュ、ピュ、と薄い白濁液が飛び出した。
「……ぁ、」
ハァッ、ハァッ、と肩で息をするサスケが瞬きをすると、徐々にその目が赤く染まっていく。
「っ! やば……」
それを見て、カカシは右目を閉じ、髪をかきあげ、赤い左目を露わにした。
赤い瞳同士が見つめ合う。
「くっくっ……そっか、はは、サスケ、お前今、大人になったのな。セックスして大人になる、か。面白いな。」
サスケには何故カカシが笑っているのかわからなかった。ナカはキュウキュウとカカシのものを締め付けている。その質量を改めて感じて、また小さなそれがピクンと反応し始める。
「大人になったら目が赤くなるって教わってきたろ。何をもって大人なのか? 二十歳になったら? 十八歳? それとも大人になるための特別な儀式がある? 諸説あるけどセックス、か。ま、特別な儀式には違いないけど……うん、面白い。」
カカシは饒舌に話しながら腰の動きを再開する。
「っぁ、」
「なぁ、サスケのお兄さんはもう目が赤かったか? 他の親戚はどうだ? いつから目が赤かった?」
「んっ、あっ、にいさ、あかっ、あぅっ、他はっ、しらなっ、あ゛っ、知らないっ!」
「ふーん、お兄さんはもう赤かったの。くくっ、お兄さんもセックスしたのかな?」
「兄さんがっ、こんな、ことっ、あっ、するわけっ、……!」
「……ま、いいや。俺もイこ。」
抽送が激しくなる。
パンッパンッパンッパンッ
「あ゛っ! あぁっ、あぅっ! んぁっ! あ゛ぁっ‼」
「……は、わかる? きゅーって、締め付けてんの、っ」
「わかん、あ゛ぁっ、わか、ないっ、あっ、あ゛っあっ、あ゛あ゛っ‼」
「っはぁ、出すよ、ナカに、いいよね?」
「んぁっ! あっ、あ、あ゛、ああっ!」
喘ぎながらこくこくと頷くサスケを認めた後、更に抽送が早くなり、そしてサスケの奥にググッと押し込む。
「っ――‼」
ビューッビューッと勢いよく精液がほとばしった。
ビクン、ビクンと中のそれが精液を送り出す感覚にさえ、サスケは快楽を感じていた。
最後の一滴まで出し切ると、カカシはサスケの横にどさっと横になる。
「はーっ、さすがうちはの子だ、瞳力が強いな」
そしてまたサスケには意味のわからないことを言う。
サスケはまた肩で息をしていて、喋る余裕はない。
「どう、気持ちよかったでしょ。」
こくり。
「これがホントのセックス 。今までお前がしてきたのはただの便所だよ。」
「べん、……?」
「わかんないか、ま、いいや。」
サスケの身体の熱はいつの間にかおさまっていた。
セックス ……を、したからだろうか。
「っあんた、なんで、そんなに、詳しい……」
まだ荒い息をしながら、サスケはカカシを見るが、カカシは天井を向いたまま答える。
「俺ね、吸血鬼専門の物書きなの。研究書から郷土史、解説書、小説、なんでも書くよ。だから吸血鬼に関してはちょっとだけ詳しい。そんだけ。」
「どうりょくってのは、なんのことだ……?」
サスケが起き上がって、カカシの顔を見るが、カカシはその左目も閉じてしまう。
「吸血鬼の眼には人を惑わす力があるのよ。それを俺が瞳力って呼んでるだけ。サスケがその赤い目で『もっとセックスしたい』って思いながら見ると、その相手は腰がぶっ壊れるまでセックスせざるを得なくなる。」
「っ俺、そんなこと……!」
「吸血鬼同士なら力がぶつかり合って惑わされることもないんだけどね、ほら、俺は半端者だからさ。サスケに対抗しようとして瞳力使ったら、疲れちゃった。」
それだけ言うと、カカシはスゥスゥと寝息を立て始めた。
もっと聞きたいことがあるのに。
もっと知りたいことがあるのに。
つつ……
太ももに沿って落ちる情事のしるし。
(っ布団を汚しちゃだめだ……! )
サスケは慌ててベッドを降り、トイレを探して中に入り、いつものようにそれを掻き出した。