赤
誓い
どっぷりと俺に依存するサスケが欲しがる言葉を囁く内に、情が移ったのかもしれない。でも今のサスケは依存状態からは完全に抜けている……はずだ。バイタルを測っても、数値は安定している。
それなのに、何故俺はサスケの気持ちに応えようとしたんだろう。……本当に、気の迷い?
冷静さを取り戻したサスケから「好きだ」と言われて嬉しかったのは事実だけど、好意を寄せられて嬉しいのは当然のことだ。それがいつ俺も好きだという感情に変わったんだろう。
サスケの言う通り、俺はサスケを実験用として買った。観察対象としてそばに置いておきたかった。それだけだ。好きだの何だの囁いてやったのは、あくまで依存状態のサスケの気持ちを落ち着かせるためだった。
でも……血を飲まないとサスケが決めたあの日に、キスだけにとどまらずセックスをしたいと思ったのは俺だ。サスケに触れていたくて抱きしめて寝たいと思ったのも俺だ。
できるなら毎日抱きしめて眠りたい。キスもセックスもしたい。これでサスケのことが好きじゃない、なんてことはありえない。
俺は、気の迷いなんかじゃなく、本当に……?
トマトを湯剥きするための鍋が沸騰している。
十字に切り込みを入れたトマトを二つ入れて、二十秒。シンクに置いてあるザルにお湯ごと流し入れて、水でさっと熱を取るとトマトの皮を剥いていく。
サスケはスーツケースの中を開いて、蓋に書いてある日付順にペットボトルを並べていた。全部で、十日分。
明日の朝の分を冷蔵庫に入れて、残りは壁に寄せておく。
さっきのやりとりを思い出して、顔が熱くなるのを感じた。俺が好きだと言ったら、カカシは俺にキスをした。
キスは好きだっていう証だと、カカシは以前言っていた。
本当に? 気の迷いじゃなくて? ……わからない。
明日になったらまた気が変わっているかもしれない。
依存しているときに何度も何度も俺のことを好きだと囁いたあの優しい声が頭に残っている。……でもそれはきっと俺をより強く依存させるためで本心じゃなかった。
今も、そうなのか? ……でも自分からカカシの元を離れないと決意した今の俺に、わざわざ嘘をつくメリットはカカシにはない。
……俺に都合よく解釈しても、いいんだろうか。信じたい気持ちを、肯定してもいいんだろうか。カカシは俺のことを、本当に好きでいてくれているんだろうか。
ダイニングテーブルにふたつの皿を持ったカカシがやってくる。テーブルに置かれたのはカレーライス。
「俺風インドカレー。」
「何だよ、俺風、って。」
「昔見たレシピをどうしても思い出せなくてね。適当に作った。味見はちゃんとしてるから大丈夫。」
「ふーん……いただきます。」
「いただきます。」
鼻腔を通り抜けるスパイスの香り。ごはんと一緒にスプーンですくって口に入れる。
「……うまい」
「でしょ? 二合炊いたからおかわり分もあるよ、たくさん食べな。」
サスケは早々に食べ終えて、皿を手にキッチンに行く。フライパンに残っているカレーの量を確かめてから、ご飯をよそって、その皿に残っているカレーをかけた。
キッチンから戻ってきたサスケが椅子に座り、またカレーを食べ始める。
「気に入った?」
「ああ、うまい。気に入った。」
「よかった。」
そう言いながら、ふわりと笑うカカシに目を奪われた。ああ、この瞬間だ。俺がカカシを好きなのは。作りものじゃないこの本当の笑顔、もっと見ていたい。ずっと見ていたい……。
「どうした? サスケ」
「……いや、好きだな、と思って」
「そんなにカレー気に入った?」
「カレーじゃなくて……カカシだ。」
カカシは目を見開いてから、フッと笑った。
「それじゃまるで餌付けしてるみたいじゃない」
「もう、されてる。あんたの作る食事は全部美味しい。」
「っはは、そっか。もう手遅れか。」
カカシは笑いながらカレーを口に運んだ。
昼食の片付けが終わると、カカシは書斎に向かった。サスケもその後をついていく。
「また本読みたい?」
「本も読みたいけど……セックスもしたい。」
「……え?」
「だから、セックスがしたいって言ったんだよ。」
「……気の迷いじゃなくて?」
「本気だ。……迷惑か?」
「後悔しない?」
「今まで散々やってきて、何だよそれ。」
「だって、……正気、なんでしょ。今。」
「言っただろ、あんたのことが好きだって。……カカシは、やっぱり気の迷いだったのか?」
「いや、俺も好きだし、したい、けど。昨夜は抱かれず寝たいって……」
「……試しに、一人で寝てみたかっただけだ。自分の気持ちを確かめたかったんだ。」
「じゃあ……」
「ローション、書斎にあるんだろ。それ取ったら、ベッド行こうぜ。」
「声、聞かれるかもよ」
「それでもいい。ベッドがいい。」
「……わかった。」
書斎の机の上に置いてあるローションを手に取ると、二人はカカシの寝室に入る。
サスケはすぐに服を脱ぐと、カカシにも促した。
スル、と落ちる帯紐。着物が肩から滑り落ちていく。
ボクサーパンツも脱いで生まれたままの姿になったふたりは、そのまま抱きしめ合った。
「……あったかい」
「血、飲む?」
「いらない、このままがいい。」
「目隠しを……」
「大丈夫だ、もう必要ない。」
「ん……わかった。」
カカシがサスケの手を引いてベッドに横になると、サスケもその隣に横たわる。
カカシはサスケを抱き寄せてその唇を合わせると、サスケの方から舌を差し込んできた。カカシもそれに応えて舌を絡める。それからは、貪るように求め合った。
次第に、サスケの足に熱くて硬いものが当たり始める。
唇を離してサスケがそこを握ると、上下に扱き始めた。
カカシもローションに手を伸ばし、トロリと手のひらに落とすと、サスケの後ろの穴にぬる、と挿し込む。
「っん……」
血を飲んでいないそこはやっぱりキュウキュウと狭く、前立腺をマッサージしながらゆっくりと押し広げていった。
「っはぁ、……っん、」
サスケがピクンと反応するのを楽しみながら、指を増やす。
異物感と圧迫感はすぐに快感に変わっていった。
「はっ……あ、……んぅっ、」
指の動きが早くなっていく。
「あっ、はぁっ、んっ、ぅあっ、は、」
また指が増えた。ぬちゅ、ぬちゅ、と音を出しながら三本の指が出入りする。
「ん、んっ、あっ、はぁっ、っあ、は……っ」
ピンク色に染まった頬、蕩けた顔。半開きの唇にちゅ、ちゅ、とキスをする。
「サスケ……我慢できない……いい?」
「……俺も……」
ぐる、と身を起こしてサスケに覆い被さった。
はぁ、はぁ、と浅い呼吸を繰り返すカカシが、手についたローションをそれに塗りつけて後ろの穴にピタとくっつける。
ぬぷ、と埋まっていくカカシの大きなそれ。あまりの圧迫感にサスケの眉間に皺が寄る。
奥に奥にと進んでいくにつれて、異物感と圧迫感も増していく。
カカシの血を飲んでいた時はそれすら快感だった。でも今は違う。
「はぁっ、あ、っ、んっ」
じわりと汗が滲む額にカカシがキスをする。
「つらい……?」
「大、丈夫……」
「動いていい……?」
「ゆっくり、なら……」
「ん……」
奥まで入ったそれが動き始める。前立腺の裏をなぞってゆっくりと抽送する。
「っあ、……っ、んっ! ……はぁっ、……んぁっ!」
圧迫感の中に、快感の芽が覗き始めた。徐々にそれが大きくなっていく。
「あっ、は、っあ、っん! は、あっ、ぅあっ!」
苦しそうな表情がだんだん蕩けていく。
カカシは少しずつ、少しずつ腰の動きを早めていった。
「ぁ、あっ! んっ、は、あ、あっ、っぁ、あっ!」
「はぁっ、サスケ、気持ちいい? まだ、つらい?」
「きもち、いっ、あっ、は、っあ、はぁっ、あっ! んんっ」
「……っ俺も、……もっと早くして、いい?」
「んっ、はっ、いいっ、もっと、んぁっ! あ、あっ、あっ!」
パンッパンッパンッパンッ
「あっ! あ、うっ、っあ、んっ! あ、っ! あっ、はっ、ぁあっ!」
グチュ、グチュ、グチュ、グチュ
皮膚がぶつかり合う乾いた音、嬌声、ローションが摩擦する音が寝室に響く。
「ッサスケ、俺も、気持ちいいっ、」
ポタ、とカカシの汗がサスケのお腹に落ちた。
「っあ、カカッ、カカシッ、はぁっ、あ、あっ、ぁあっ! きも、ち、あっ、いいっ! んぁっ!」
名前を呼ばれると、余計に興奮する。腰に、そこに、ずくんと響く。
「っく、サスケ、出そうっ、いい?」
「んっ、あ、いいっ、あっ、ナカっ、ナカにっ! あっ、ぅあっ!」
カカシの腰が一層早く動いたかと思うと、奥で止まり――更に奥にぬるっと入り、ビュウッビュウッと精液を吐き出した。
「……っぁ゛あ! は、はあっ、あ、」
奥の奥に入れたまま、カカシはサスケを抱き締める。
「……好き、サスケ。好きだよ。」
「俺も、カカシが……好きだ。」
サスケの手がカカシの背に回る。お互いにしっとりと汗をかいた肌。しわの寄ったシーツ、荒い呼吸。
ああ、今俺、幸せだ。
偽りじゃない、依存じゃない、本当の幸せ。
どちらともなく、キスが始まる。深く繋がったまま、お互いに舌を絡めて。長い、長いキス。
唇を離すと、カカシがそれをサスケの中からぬる、と抜く。一緒に溢れて来る白濁液。
「シャワー……行こっか」
「……ん、わかった」
カカシがサスケに手を差し出す。サスケがその大きな手の上に自分の手を乗せると、カカシはぎゅっと握った。
立ち上がると、コポ、とナカの液体が太ももを伝って落ちていく。
一緒にシャワーを浴びながら、カカシは一部始終を聞いていたであろう監視役の男が、どう上に報告するのか気になっていた。……いや、どっちみちセックスをしていることはもうバレているだろう。さっきシスイにそのことには触れられなかったということは、無罪放免として扱われていると思ってもいいんじゃないだろうか。
シャワーを終えて体を拭き、寝室に脱ぎ捨てられている服を着込むと、布団のシーツを剥がして新しいシーツに張り替える。
「もう、誤魔化す必要もなくなったから言うけど、サスケにはこれからいろんな実験に付き合ってもらうよ。」
書斎でカカシから借りた本に目を落としながらサスケが答える。
「わかってる。何でもやる。」
「もう一度依存状態にもなってもらうけど、いいね?」
「ずっと続くわけじゃないんだろ」
「ひと通りやりたい実験が終わったら、もう血は飲ませない。」
「わかった。大丈夫だ。」
「……嫌だと思ったら、断ってもいいからね」
「あんたの書く本の……助けになるんだろ。嫌なんて言わねえよ。その代わり……」
「ん? なに?」
「実験が全部終わっても、ずっとここにいさせてくれ。」
「……もちろん、そのつもりだよ。言ったでしょ、お前が好きだって。」
「心変わり、するかもしれねえだろ。いつまでも子どものままじゃない。何年かしたら、俺も大人になる。その時にまだ、あんたの好きな俺でいるとは限らない。」
「俺のこと、ショタコンだとでも言いたいの?」
「実際……俺はまだ十二歳のガキじゃねえか。」
カカシはサスケの頭をくしゃっと撫でる。
「そんな心配、しなくていいよ。サスケが不安なら毎日好きって言い続ける。サスケがどう成長して、どんな大人になるかも楽しみだし、一緒に時を重ねていきたい。この気持ちは、変わらないよ。」
「ずっと変わらないものなんて……ねえよ。」
「なら、あるって俺が証明してみせるよ。サスケをずっと好きでい続けるし、何があっても離さない。どこにもやらない。約束する。」
「……その約束、破ったら俺が『はたけカカシはこんなに変態です』って本書いて出版するからな。」
「……それは、困るなぁ……」
カカシは困ったように笑った。
その顔を横目でチラッと見て、サスケはまた本に目を落とす。
「……なら、守れよ。約束。」
カカシがサスケの前に来てしゃがんだ。
髪をかきあげて左眼を開くと、サスケの目を見つめる。
『この約束は、必ず守る』
赤い眼を通して伝わってくる。カカシの強い気持ち。
カカシは左眼を閉じた。
「これでもまだ不安なら、俺に暗示をかけな。サスケのその眼で。」
「今は必要ない。……けど、あんたのその眼の決意が揺らぐようなら……いや、やっぱりやらない。あんたを、信じるよ。」
カカシはもう一度サスケの頭をくしゃっと撫でる。
「ありがとう、サスケ。これからもよろしくね。」
カカシがふわりと笑う。サスケの好きなその顔で、カカシはいつもサスケの欲しい言葉をかけてくれる。
「俺も……、これから、よろし……」
言い終わる前に、カカシはサスケを抱きしめた。
「好きだよ、サスケ。一生離さない。」
「……俺も好きだ。……絶対に、離すなよ。」
埃臭い部屋の中で顔を見合わせ、触れるだけのキスをすると、ふたりは抱きしめあった。