約束-リライト版-
変な上司
俺の部署に何故か新入社員が3人、1ヶ月の研修に来た。
総務部長に確認するが、総合職採用だから全ての部署を一通り経験させる、と言われて頭を抱える。
何せ俺でないとわからない内容ばかりを扱う一人だけの部署だ。新人に任せられる仕事なんかない。せいぜい、お茶出しくらいのものだ。
しかし新人は3人ともやる気に満ち溢れており、部屋に入って早々やる事はありませんかと聞いてくる。
俺はめんどくさくなって3人を集め、俺の部屋から持ってきた本の山を会議室の卓上に置き、
「俺の仕事は俺にしかわかんないから、仕事しなくていいから勉強でもしてなさい」
これだけ伝えて自部署に戻った。
持ってきた本も初心者向けのものはほとんどなく応用レベルのものばかりだ、開いたところでほとんど知識がない新人が理解するのは難しいだろう。
1ヶ月先まで会議室を予約して、3人をそこにまとめて放り投げれば俺の仕事の邪魔にもならない。
厄介払いができたと思いながらパソコンの前に座り、作業を再開した。
会議室に残された3人。
一人は本の分類から始めた。
「これは……画像処理関係ね、でこっちは……データベース……」
本の山は彼女の手によって4つに分類されたものの、それからどうしたものかと考える。
「あのさ、あのさ、こんな難しそうな本読めるわけねーじゃん。上司もいないことだしサボっちまおうぜ。」
「何言ってんのよ、勉強も大事な仕事よ? ……確かに難しそうだけど、やれるだけのことはやりましょうよ。」
2人が言い合う中、俺は4つに分類されたうちのひとつの山の一冊を手に取り、「課長にこれ持ち帰っていいか聞いてみる」と会議室を出ていった。
コン、コン、
滅多に鳴らないノックの音に、「まためんどくさい案件?」とぼやきながら「どうぞ」と声をかける。
入ってきたのは新人のうちの1人……確か名前は……忘れた。どうでもいいことは徹底的に記憶から排除しているから1ヶ月しかいない新入社員なんて顔も名前もろくに覚えていない。
「えーと、なんか用?」
めんどくさそうな顔を隠すことなく尋ねると、「本を家に持って帰っても良いですか」と言われて面食らう。
「読むの? それ。」
「はい。会議室にはパソコンがないので、家で勉強したいんです。」
まあ、確かにパソコン関連の本ばかりだ。
途方に暮れるかと思ったら、やる気のある奴が一人だけいたらしい。
「別にいいけど……その本が解説してるソフト、パソコンにインストールするのに10万くらいかかるよ。」
「10万……ですか」
「まあ……体験版なら確か一週間くらいは無料で使えるけど……一週間でその本理解できるの?」
手に持っている本は厚みが6センチくらいある。読むだけでも大変そうだ。
「……それでも会議室よりはマシです。」
「まあ、いいよ。あそこにある本は好きにしな。用事それだけならさっさと出てって。」
名前はわからないが黒髪の新入社員は「ありがとうございます」と頭を下げて静かに出て行った。
……ま、やる気に免じて顔だけは覚えておくか。二枚目の黒髪ツンツン頭。
カカシはパソコン画面に目を戻した。
会議室に戻ってくると、二人はまだあーだこーだ言っている。俺が戻ってきたことに気がつくと、「ナルトの奴ほんっとやる気ないの、どう思う? サスケ君!」と詰め寄ってくる。
俺は他の二人がどうだろうがあまり興味はなかった。
「やる気がないならその分社内での評価が落ちるだけだし、放っておけばいいんじゃねえの」
と言いながら、今持っている本と同じソフトの解説をしている本がないか探す。が、ない。
だったら……この本のソフトは、中身をさらっと見た感じサーバーに関するものだ。サーバー関係の本は……と、また山の中の本を探す。
サクラは真面目に取り組もうとしている俺に感心すると共に、勉強だけなら誰にも負けないという自負があるんだろう、一番とっつきやすそうな本を探しめた。
ナルトはそんな二人を見つつ椅子に座ってぐるぐる回りながら「どーせ読んでもわかんねえよ……」とぼやいた。
定時になり、3人それぞれ帰路に着く。
俺は途中の本屋に寄って、パソコン関連の棚の前で少しでも借りた本の足がかりになるような本がないか探した。
『初心者のためのサーバー基本書』を手に取るが、書かれている内容はさっぱりわからない。まあそれも当然だ。俺の家にサーバーがあるわけもなく、触ったこともなければ見たこともない。あるのは少し古いWindowsノート一台だけだ。
もっと基本的なところから勉強しなければ。
と、そこに隣の棚に資格に関する本がたくさんあることに気がつく。
「ITパスポート」……「基本・応用情報技術者資格」……「情報処理安全確保支援士」……資格取得のための本なら、とっつきやすそうだ。それに、俺の知識レベルだとこのあたりから始めるのがちょうど良さそうだった。
とりあえず資格取得に関する参考書を5冊抱えてレジに持っていく。
………この5冊だけで1万円以上かかってしまったが、やむを得ない。
家に帰ると、さっそくITパスポート試験の本から読み始めた。
俺もサクラと同じく勉強は得意な方だ。本は一回読めば大体頭に入る。特に今読んでいる資格の本は初心者向けの解説書なだけあって、するすると頭に入ってくる。次々と読破して、基本を頭に叩き込んでいく。
とはいえ、分厚い本ばかりだったため、5冊全て読み終わったのは、夜の11時過ぎだった。
……しまった、熱中しすぎて晩飯食ってねえ。
勉強した時は糖分を取らなければいけない。
冷蔵庫を開けると、納豆が1パックだけぽつんと入っている。
仕方ない、コンビニ行くか。
着たままだったスーツを脱いで、部屋着に着替えると、サンダルを履いて最寄りのコンビニに向かった。
来た時間帯が悪かったのか、コンビニの棚はスカスカだった。おにぎりの棚にひとつだけおかかおにぎりがあるのを見つけて、手を伸ばす……と、横から別の誰かも手を伸ばす。
意図せず重なった手に、うわ、と思い慌てて引っ込めて横を見ると、そこにいたのはスーツ姿の課長だった。
「………課長、今帰りなんですか?」
カカシは「課長」と呼ばれて、ん? と思いながらおにぎりのライバルに目を向けると、昼間見た二枚目黒髪そ、ツンツン頭がそこにいる。
「まあ、そうだけど…………おにぎり、貰っていい?」
好物を前に一瞬悩むが、今の時間まで残業していたのであろう課長を相手に俺のおにぎりだとはとても言えなかった。
「大丈夫です、どうぞ。」
「ん、ありがとね」
カカシは買い物カゴに最後のおにぎりを入れる。
「……えーと、……ごめん名前なんだっけ」
「うちはサスケです」
「そうそう、うちはサスケ君ね、社外では敬語なんて使わなくていいよ。聞いてるこっちが疲れる。」
「え……でも」
「あと社外で課長って呼ぶのもやめて。うんざりする。」
「……では……じゃなくて、じゃあ、何て呼べば良いんだ?」
「カカシでいいよ。堅苦しいの嫌だから俺もお前のことサスケって呼ぶけど、いいよね?」
「俺は別にどんな呼び方でもいい」
「ん、じゃ、そういうことで。」
カカシは買い物カゴを片手に、買い物に戻って行った。
スカスカの棚に残された商品を手に取っては、「今日はこの気分じゃないなぁ……」と呟いている。
そういえば。
自分も食料調達のために来たんだと思い出して、カカシと並んでスカスカの棚を物色し始めた。
……すると、目的が同じだからか、肘同士がぶつかったり、同じ商品に手を出したりして、どうしても行動が被ってしまい気まずい空気が流れる。
「……俺、今日はラーメンにする。悪い、邪魔したな。」
顔を伏せてカップ麺の棚に移動しようとすると、「え……俺もラーメンにしようと思ったところだったんだけど」とカカシが呟く。
……気まずい。
それもこれも、弁当の棚がスカスカなせいだ……!
コンビニの在庫管理の甘さに腹を立てつつ、「じゃあ、あんたが先に選べよ。俺がいたら邪魔になるだろ。」とカカシに道を譲る。
「そ、ありがとね。」
カップ麺の棚に向かって行ったカカシを見届けると、俺は飲み物の棚に移動して乳酸菌系飲料を物色しはじめた。すると、背後からサスケの買い物カゴに何か入れられる。
「……?」
カゴの中に入れられていたのは「煮干粉末入り魚介豚骨ラーメン」
振り返ると、カカシがそのラーメンを指差し、「それ、俺のおすすめ。食べてみ。」と言って酎ハイの棚に向かって行った。
……どうも読めない人だ。
ビックルを手に取ってカゴに入れ、レジに向かう。が、レジに誰もいない。
「すみませーん」
声をかけると、バックヤードから店員がのんびりとやってきて、バーコードを読み始めた。
「ポイントカードは?」
「ありません、袋と箸はください」
「ハイ、586円ね」
財布からお金を取り出し、600円を渡す。
お釣りを数えるのにもたつく店員に少しイラついていると、後ろにカカシが並んだ。
「14円のお釣りと、レシートです」
ようやくレジが終わってラーメンとビックルの入った袋を受け取ると、「じゃあ、また明日」と後ろに並ぶカカシに声をかけてからコンビニを後にする。
無駄に気を使う買い物だった……。
思わずため息をつく。
と、そこに背後から声がかかった。
「ねえ、サスケんちってこっから近いの?」
振り返ると、買い物袋をぶら下げたカカシがいる。
「5分くらいだけど……なんでそんなこと聞くんだ?」
「俺終電もうないからさ、泊めてくんない?」
「…………え?」
「ネカフェ行こうと思ってたけど、ネカフェって明るくてあんま寝れないんだよね。」
そんな事を言われても、一人暮らしのサスケの家にはベッドがひとつあるだけで、ソファも1人掛けのものしかない。
「うち客用の布団なんかないし、2人寝られるスペースねえぞ」
「でも冬用の布団とかあるでしょ?」
「あるけど……」
「それ貸してくれたら、俺床でいいから。」
「……本気で言ってんのか?」
「ん、じゃ、よろしく」
……どうしてこうなった?
急すぎる展開に頭がついていかないが、カカシは一応今は上司だし、無碍にすることもできない。
しばらく並んで歩いてアパートに着くと、カカシは「お邪魔します」と革靴を脱いで遠慮なく室内に入っていく。
そして電気コンロがひとつあるだけの台所で勝手にヤカンに水を入れると、コンロのスイッチをつけてからサスケのワンルームの部屋に入って、ベッドを背に腰を下ろした。
……もしかしてこの人……ちょっと? だいぶ? 変な人なのか?
呆然としながら自分も室内に入り、……自分だけソファに座るのは気が引けたのでベッドに腰を下ろした。
袋からビックルを取り出してごく、ごく、と飲み下す。
カカシは部屋を見渡して今日俺が買った本を見つけると、手に取って眺め始める。
「へぇ、勉強してんだ。ま、この辺から始めるのがいいんじゃない? 他の部署行ったら何の役にも立たない知識だろうけど。」
……褒めてるのか嫌味なのか、やっぱり読めない人だ。
食事のスペースを作るためにローテーブルの上に置かれた本を部屋の端に積んでいく。
カカシの身長は180以上? とにかく背が高い。床で寝るにしても結構なスペースを開けておかないといけない。
「……本当にここで寝るのか?」
「少なくとも、ネカフェよりは広いよ」
それは確かにそうかもしれないが……。
そうこうしているうちに、ヤカンがピー! とけたたましい音を鳴らし始めた。カップ麺を手に台所に駆け寄り、コンロのスイッチを切る。
フィルムを剥がして小袋を出していると、カカシもサスケのとは別のラーメンを手に台所までやってきた。
「お湯2人分あるかわかんねえから、あんた先に入れろよ。」
カカシに台所を譲ると、
「いいの? じゃ遠慮なくもらうよ」
とカップ麺に湯を注いで部屋の方に戻っていく。
俺の分、あるかな……。
ヤカンを持ち上げると、案外残っていたからそのまま自分のラーメンにもお湯を注いだ。ギリギリだったがセーフだ。
カップ麺をローテーブルに運んでコンビニの袋の中を探る。ん? ……ない。……は?
俺「袋と箸」って言ったよな? 何でねえんだよ箸!!
隣を見ると、どうやらカカシも同じらしかった。
仕方なく腰を上げて食器棚の引き出しから箸を二膳取り出す。
「くそ、あんの店員……」
「おばちゃんの時は商品もちゃんとあるし、レジも早いんだけどねぇ……」
「とんだハズレ店員だな……」
「ま、今日は運が悪かったな、俺たち。」
2人で愚痴っているうちにサスケのラーメンが出来上がる。
「あ、俺の5分だから先食べてていいよ」
「なら遠慮なく、いただきます。」
蓋を開けて後入れスープと煮干粉末を入れる。
おすすめなだけあっておいしそうだ。
よく混ぜて汁を一口ずずっと啜ってから、ラーメンを食べ始める。カップ麺にあまりクオリティは期待していなかったけれど、麺はもちもちだし、出汁もよく効いていてうまい。
「俺も食ーべよっと」
カカシも蓋を剥がして、スープを入れてかき混ぜる。
味噌と……バターの香りが漂ってきた。
……男2人で、狭い部屋で、食ってるのはカップ麺。そりゃあ思ってたよりおいしいはおいしいけど、なんとも虚しい構図だなとサスケは思う。
食べ終わった容器をゴミ箱に捨てると、あとは寝るだけ……と思ったが、そういえばカカシはシャワー浴びてないよな、とカカシを見る。
「……シャワー、浴びるか?」
「シャンプー何使ってる?」
「Doveだけど……」
「ん~~、ま、いっか。メリットじゃなくてよかった。じゃ、風呂場借りるね。」
ネクタイを外してワイシャツを脱ぎ始めるカカシにギョッとした、
「ちょっと待て、ここで脱ぐのか?」
「だってどうせユニットパスでしょ? 服置く場所ないじゃん」
「それは……まあ、そうだけど。」
「てわけだから、ここで脱ぐよ。いいでしょ、男同士なんだし。」
言われてみると、その通りだが、何というか本当に無遠慮だなこの人。
「いや、でもパンツだけは中で脱いでくれ。替えのは俺のやつ貸すから。」
「ん、りょーかい。」
サスケはタンスからトランクスを一枚出して、バスタオルと一緒に渡す。
「ありがとね」
頭にぽん、と手を乗せられた。
「………は?」
「ああ、ごめんごめん、サスケ小さいからつい」
カカシは手を引っ込めて風呂場に入って行った。
……つい?
確かに俺はカカシより背は低いが、平均身長はあるぞ……。やっぱ、読めない人だな。
俺はローテーブルを端に寄せて、カカシが寝るスペースを作り始めた。
カカシが風呂場から出てきたのは10分後だった。
髪の毛を拭きながら「サスケ、ドライヤーどこ?」とキョロキョロ探す。
タンスの上に置いてあったドライヤーをカカシに渡すと、カカシは台所のコンセントに刺して髪を乾かし始める。
「風量よわ~」
「悪かったな、安物で」
「いや、あるだけありがたいよ。男の部屋って大抵ドライヤーないからさ」
……まるで色んな男の家に泊まったことがあるかのように言う。いや、俺の家に泊めてと言ってきたあの感じからすると、本当に色んな人の部屋に上がり込んでいそうだ。………でも、何のために?
やっぱりこの人のことはよくわからない。
カカシは乾かし終わったらしく、コンセントを抜いてドライヤーにコードをくるくる巻き付けて俺に手渡す。
部屋は綺麗に整頓されていて、カカシが寝られるスペースが十分に確保されていた。その端に、冬用の羽毛布団が畳んで置いてある。
「一応、用意はしたが……本当に床で寝るのか?」
「そりゃ出来たらベッドの方がいいよ?」
カカシがちら、と俺のシングルベッドを見る。
男二人寝るにはどう見ても狭い。
「……あんたあんな時間まで残業して疲れてるだろ? 俺が床で寝るからカカシがベッド使えよ。」
「……んー、泊めてもらう身でベッドまで借りちゃうのはさすがの俺でも気が引けるよ……。何なら、一緒にベッドで寝る?」
「は?」
「ちょっと狭いだろうけど、寝れないことはないよ」
「いやあんたは寝れるかもしれねえけど、俺は落ち着いて寝れねえよ。」
「大丈夫俺寝相いいから」
「そういう問題じゃ……」
「うん、一緒に寝ようか、それがいい」
「人の話を聞けよ」
「ん? 何か言った?」
「あんたが寝れても俺が寝れねえって言ってんだよ。床の方がマシだ。」
「物は試しだって。仕事でも何でもトライアンドエラーの繰り返しだよ。」
カカシが俺のいるベッド横に歩いてきて、俺の肩を押した。俺がとさ、とベッドに座ると、「ほらほら」と更に壁際に追いやられる。
「俺が壁側?」
「細かいこと気にするなって。ほら、寝るよ。」
カカシがベッドに上がり、寝そべる。枕を半分使って空いている方をぽんぽんと叩いた。
「一緒の枕で? 寝れねえって、やっぱり俺床で……」
「いいからいいから、物は試し、ね。」
会社では絶対に見せない笑顔でそう言われると、無碍にも出来ない。
「……寝れなかったら床行くからな」
「わかってるって。電気消して?」
納得いかない気持ちを抱えつつ、俺はカカシの隣に横になり、壁側を向いて布団をかぶってから電気を消した。

