約束-リライト版-
確かめたい
帰り道、スマホで「ネコ」と検索していた。でも猫画像しか出てこない。
……男同士……。
少し考えてから、「ゲイ ネコ」と検索すると、出てくる出てくる……
『【ネコ】セックスにおいて挿入される側』
……ストレートすぎる説明だが、ネコネコ言われる理由はよくわかった。
じゃあ、最初にカカシが言っていた「タチ」は……?
『【タチ】プレイにおいて能動的に攻める(リードする)方、またはアナルセックスで挿入する方。』
思わず頭を抱える。これ完全にカカシと俺じゃねえか……。あのときタチネコどっちと、聞いてきた時点で俺はその言葉の定義をしっかり確認するべきだったんだ。それだったら「どっちでもない、そもそもゲイじゃない」と言えた。それならさすがにカカシも手を出さなかった……かもしれない。
ただ、もう2回やられていて2回目は完全に抵抗しようという考えさえ欠落していた。もしかしたら俺は本当にゲイで、ネコなのかもしれない。そして自分はゲイでネコなんだという認識を持ってしまうと、今まで築いてきた自分というものが揺らいでいくような、複雑な気持ちになる。
……考えてみれば、今まで女性と交際したことは何度かあった。けど、せいぜい触れるだけのキスをする程度でそれ以上のことをしたいとは思ったこともなかった。
だから俺は今も童貞だ。自分がゲイだから、女性とのセックスに興味がなかったんだと思うと妙に納得できてしまう。
とは言え、男性を好きになることは今までなかった。当然だがカカシに対しても恋愛感情などの類の思いは微塵も感じていない。そこがなんとも腑に落ちない。
付き合いたいのは女性だけど、セックスの相手は男性がいい、なんてこともあるのだろうか。……だとしたら、俺は伴侶を持って子どもを作り人並みに幸せな生活をすることが一生できないのではないかと思うとやはり複雑だ。
今にして思えば、エロ動画は何度か見たことがあるが、どれもいまいちピンとこなかった。本物の女性のそれを前にして果たして勃つだろうかと思うと自信がなかった。正直女性の局部はグロいなとすら思ってしまう。
そんな自分が、男であるカカシにアナルセックスをされて気持ちいいと感じてしまった。そこに何かの意味を見出そうとするのは間違っていると思いたい。けど今日のあれは……俺がそうされることを望んでいたとカカシに受け取られていても反論できない状況だった。
コンビニに寄ってから家に着くと、すぐにスーツを脱いで家着を着込んだ。スマホの画面でゲイについて調べる。自覚を持ったとき、生き方、LGBTQ、曖昧な場合……。
『アナルセックスで気持ちいいと感じたからといって、ゲイであると考える必要はありません……重要なのは誰に惹かれるかで……』
惹かれるか……今まで付き合った人は告白されたから別に良いけど……というスタンスで自分からこの人に惹かれる、ということはなかった。
惹かれる人が誰かによるのであれば俺の性的指向はまだ確定していない。
性的指向……という事はセックスにおいて男と女どっちに惹かれるかって話だよな。……エロ動画話をノーマルとゲイ系で見て比較してみるか。
無料動画投稿サイトで適当な動画を見てみることにした。まず一般的なやつから。
……昔見た時と同じだ、ピンとこない。ただ女性との体験がないからそう思うのかもしれない。まだ結論を出すには早い。
ゲイのアダルトビデオは……嗜好がはっきりしているというか、ノンケを開発とか屈強なラガーマンが……のようなものが多くてこれが普通っぽいというものを探すのに手間取った。普通と言ってもやっぱりノンケ開発モノなんだけど道具とかのいらない嗜好は入ってない。
カカシがしていたようにキスから始まって、お互いのそれを舐め合う、その後ベッドで指から始まる。女性と違って乳房や脂肪の乗った尻がない分、直接的な描写になるんだろう、多分。
最初は反応を見せなかったネコの方が次第に声を漏らし始める。エロ動画らしくちょっとした言葉責めを交えながらかなり長い尺をとって指だけの描写が続き、いよいよ挿れる時もかなり焦らしてゆっくり挿入していた。まどろっこしいところもあるけど言葉でコミュニケーションをとりながらだからそこまで焦ったさはない。
うわ入ってる、と思いながら見ていたら次第にネコの方が喘ぎ始めた。女性のそれとはまた違った感じだけどノンケを開発がコンセプトだからこのままボルテージを上げていくんだろう。
冷静に分析しながら2つの動画を見終えて、2本目の動画で自分の身体に起きた異変を信じたくなくてもう一度普通のアダルトビデオを見る。けど異変はむしろなくなっていて、スマホを机に置いて深くため息をついた。
身体の異変……つまり勃っていた、ゲイのアダルトビデオでだけ。それも、いわゆるネコの方の反応で。
……でもこの結果だけで判断するのは早い、俺には女性との経験がない。ただこのモヤモヤを抱えたまま過ごしたくはないから……プロに頼るか。
スマホで近所にソープがないか検索して、駅の近くにひとつあるのを確認すると財布の中身を確かめて立ち上がった。
「素直に話します、性的指向の確認のため、女性との経験もするべきだと判断して来ました。なので一般的なセックスの再現でいいです。」
小さな部屋に入って担当してくれる「姫」に打ち明けるとニコ、と笑う。
「こういう所に来るタイプに見えなかったけど、そういう事情だったのね。ただお互いのためにシャワータイムはどうしても必要だから、そこは目を瞑ってね。」
決められた手順を踏んで、やっぱりなかなか反応しないそれをフェラチオで勃たせて貰って、エロ動画の手順通り指を入れると中なぬるぬるでうわっと思ってしまった。それでも本番までやればどうにか、と思ったのに、制限時間までに射精することができないまま終わった。
いくつかの発見はある。まず女性が反応する事に対して俺は性的興奮は覚えない。次に、女性の身体に対してやっぱり男としての本能というか、魅力があると感じない。更に言うなら、普通は挿入してからどんどん盛り上がっていくのに、逆に萎えていた。これは先に挙げた2点の結果として妥当。
つまりこの検証で分かったのは……俺の性的指向は女性でない可能性が高い。でもだからゲイだと判断するのはまだ早い……はずだ。
男の裸を見て性的興奮を感じてしまったならばその時はもう、白旗を上げるしかない。
とはいえ男の場合はソープみたいに気軽にそういうことを試せる場所がない。代替手段としてハッテンバという場所……けどそこは裸を見せてくださいというよりもセックスをするために出会う場所……俺の解釈が正しければそうなる。もっと気軽に相談できる場所とか相手がいたらいいのに。
と考えた瞬間にカカシの顔が思い浮かんで、あいつだけは違う! と首を振った。あいつは最初から俺のことをそういう目でしか見てないんだから相談も何もない。
スマホでまた調べる。
性的指向、確認方法、相談……。
『アダルトコンテンツを見て同性にしか興奮できないと知ったとき……』
『異性とお付き合いしたときの違和感……』
……もう試したやつがそのまま性的指向のものさしになっている。……本当にゲイなのか、俺は。いや、こう書かれているのも実際に女性を前にして感じた違和感も俺がゲイだと示していた。
ただ仮に俺がゲイでネコだからと言ってカカシとそういうことをするつもりはもうない。1回目は無理矢理で、2回目も俺から望んでした訳じゃなくて、あのキス……のせいで冷静さを失っていたんだから。
そもそもカカシのキスは何であんなにも気持ちいいと感じてしまうんだろう。巷ではそんなこと聞いたことがない。俺が知らなかっただけなのか、カカシが上手いだけなのか、それとも他に何か要因があるんだろうか。
またスマホで検索する。
キス 気持ちいい……
『唇は第2の性器』『ドーパミン、コルチゾール、オキシトシン』『相性が合う』『本気で愛している』
……後半はともかくキスをすることで気持ちよくなるのはメカニズム的にそうなっていて、俺が何か間違っているという話ではなさそうだ。
あの慣れてそうな行動からしてカカシはやりまくってるからキスが上手いと、そういう事だ。きっと。
ならそれをされるような隙を作らなければその先に進むこともないはずだ。
ただし、俺がゲイでネコかもしれないのはまた別の問題で、それは客観的に見てもそうなのか、そうだった場合これからどうしたらいいのかはまた別で考えないといけない。
ノーマルだと思っていたのにゲイかもしれないとわかってしまった以上はそれが俺のただの思い込みなのか本当にそうなのかは確かめたい。
本当だとして。お互いに恋愛感情を持って身体の相性も良く生涯の伴侶となれるようなパートナーと出会えるのは稀なパターンらしい。だからハッテン場で出会いを探す人が多くいること、そしていわゆるオカマバーと呼ばれる類の店に、ゲイの人が多く集まるらしい事はわかった。
オカマバー、……相談とかできる雰囲気なんだろうか。ただ本物のゲイの人が集まる場所なら、自分の疑念は晴れるような気がした。その上で今後どうしたらいいのかも、相談できる人がいるかもしれない。正直、そういう店には一度も行ったことがなかったけれど、行かなければいけない気がした。
週末、足を運んでみよう。
布団をかぶって、灯りを消した。
ネカフェで過ごす作戦は功を奏している。カカシが何かしようとする動きは見られない。仕事中はずっとパソコン画面から目を離さないし、毎日結構な時間まで残業しているらしい。一度だけ、出勤したら仮眠室から出てくるところも見た。そういうところを見る度に早く戦力になりたい気持ちもあるが、俺も目の前の仕事で精一杯だ。仕事してる姿だけなら普通にかっこいいのに、何でこの人はプライベートになるとあんなめちゃくちゃになるんだろうか。
仕様書のチラシ化は何度か修正指示があったものの、4日で合格判定が出された。あのチラシを持ってナルトが営業に行くのか、と思うと少し嬉しいし、次の案件も頑張ろうと思える。
次にカカシから降って来た指示は、ユーザーインターフェイスデザインの制作だった。恐らくは簡単な方なのだろうが俺にとってははじめてのオンパレードだ。20ページに及ぶ仕様書を読み込みながら、おそらくカカシがこれから作るのであろうアプリケーションのユーザーインターフェイスをデザインしていく。これは、使う人のことを考えながらやらなければいけない。カカシ曰く、「小学生でもパッと見ただけでわかるもの」だ。誰が使うのか、何のためか、どんな処理をするのか、そのために見やすくてわかりやすいユーザーインターフェイス。ちゃんと考えて作らないとカカシがせっかく中身を作っているのにそのアプリケーションの力を発揮できない。カカシ自身で作ることも出来るだろうし中身の設計をしている人がユーザーインターフェイスも作る方が理にかなっている。のに俺に仕事として渡したのはある意味能力を信頼されていると感じてしっかり作ろうと仕様書を読み込む。
あっという間に定時になって、データを保存し、ソフトを閉じてパソコンの電源を落とす。
すると、珍しくカカシも席を立って身体を伸ばした。
「課長も帰るんですか?」
カバンに飲みかけのペットボトルを入れて席を立つ。
「金曜の夜まで働いてらんないよ。帰る。」
「そうですか、お疲れさまです。」
2人連れ立って部屋を出ると、カカシが部屋に鍵をかける。
「うちは、どっか飲みにでも行く?」
「遠慮します。先約もあるので。」
「先約? 誰?」
「プライベートなんで。」
一緒にエレベーターに乗りながらカカシは気になって仕方がないようだった。
「同期の子? それとも大学の友達とか?」
「プライベートなんで。」
「いいじゃない、教えてよ。」
「嫌です。」
これからオカマバーに行くだなんて口が裂けても言えない。
普段は使わない電車に乗ると、新宿歌舞伎町に向かう。
帰る方向が同じらしいカカシは相変わらず先約の相手を気にしている。
「まさか恋人……ではないよねえ、あの部屋だと。」
「どういう意味ですか」
「もう外なんだから敬語やめてよね」
そうこうしているうちに新宿駅に着いた。
「……じゃあな。俺はここで降りる。」
ざあっと電車の出口に向かっていく人の波の中に俺も混じる。
「新宿……ねぇ。」
カカシは人波を見ながらポツリと呟いた。

