約束-リライト版-
失敗は成功のもととなり得るか
いかなかった、口から離れた、それはつまり続きが存在するという意味になる。
カカシがしゃがんで何かを取り出そうとした隙に立ち上がって扉に手を伸ばしたところを下半身が掴まれた。
「まだ最後まで終わってないよ?」
「舐めろとは言われたけどそれ以上のことまでするなんてあんたも言ってないだろ、離せ!」
下半身を抱きしめる腕が緩む様子はない。
「ここまでしておいてはい終わりはないでしょ。また気持ちよくさせてあげるって。」
「ならなくて結構だから離せよいい加減に!」
「……キスしたら可愛くなるのに素直じゃないなぁ……。」
するっと腕が抜けて扉に両手をついた。ドアノブを回してやっとあの異常な空間から出られてホッとする。
なんで防音になってんだよ、ていうかあんな部屋があるなら俺の部屋に泊まりにくる必要なかったはずなのになんであの日着いてきて泊まっていったんだ。
何よりもカカシは罪に問えなくたって俺の意思を無視して変態行為をした加害者なのにまた同じ事しようとするなんて頭がどうにかしてる。
デスクに戻ろうとして、本もスマホもカカシに取られたままだと気がついた。
カカシはまだあの部屋の中だ。
……いや、昼休憩が終わったらデスクに戻ってきて俺の物も返ってくる……はずだ。
はずだ、としか言えないのはスマホまで取られていてそれをみすみす俺に返すだろうか、また変な要求に使われるんじゃないかという至極真っ当な疑念があるからだ。
鞄に入れたままの入社説明の資料を出す。
社内でのコンプライアンス違反の窓口……総務部と書いてある。電話番号も。
私物を没収するのは違反になるはずだ。
部署から出て周りに誰もいないことを確認し、その電話番号に……かけるためのスマホがないんだった……!!
馬鹿か、俺は。
いや、でもこうなったら総務部に直接訴えにいくしかない。入社説明の資料を握りしめて総務部の扉をノックすると、中にいる人が俺に注目した。……こんなことでめげるな。
「すみません、この資料にある電話の窓口の方にお話ししたいことがあるんですが、どなたになりますか?」
近くにいた女性社員が資料を覗き込む。
「ああ、すみませんこれなんですが、総務部じゃないんです。」
「……え」
「総務部から社内外注に出していまして、うちはさんの上司にあたるはたけ課長の業務用携帯に繋がるようになっています。」
嘘だろ、この大きさの規模の会社でそんなことあるのか? コンプラ委員会が一人に任せられているなんて冗談だろ。
「なので、総務部ではこういった相談は受けていないので、はたけ課長に直接相談してください。」
女性社員はさっさとデスクに戻って行った。
長居するわけにもいかずに「失礼しました」と総務部から出る。
なんだこの状況、詰みじゃねえか。
自分の部署に戻ると、あの部屋からカカシは出てきていて自分のデスクでパソコン画面を睨んでいる。
「はたけ課長。返してください。本とスマホ。」
「あの部屋の中にあるから終業後に返すよ。」
……仕事モードに入ってる。このカカシをパソコン前から移動させるのは無理だ。一応その部屋の扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。
「部屋の鍵貸してください。」
「俺のプライベートな物置いてるから無理。」
他人のプライベートそっちのけのくせに腹立つ……!
そこで昼休みが終わるチャイムが鳴って、仕方なく自分のデスクに戻った。パソコンにパスワードを打ち込んでスリープモードを解除する。
すぐに途中だった作業画面が映し出された。
深呼吸をして、頭を仕事モードに切り替える。
定時の少し前、チラシの叩き台が出来上がり、カカシにチャットで2つのPDFを送る。
『A案とB案の叩き台です。どちらがいいでしょうか。』
カカシはそれを見ているらしく、作業の手を止めて画面を見つめていた。
その手がまた動いたかと思うと、チャットにメッセージが届く。『B案。キャッチコピーはもう少し大きめに。』
どちらも却下されたら…と思っていたが、努力は実ったらしい。
『承知しました』
A案のデータをゴミ箱に入れる、と、定時を告げる音楽が鳴った。
パソコンから目を離してカカシの方を伺うがまだ仕事モードらしい。
「課長、本とスマホ返して下さい。」
「んー、ちょっと待って。」
何かの作業の途中なんだろうか。ため息をつきながらどうせ暇なら仕事をとキーボードに手を乗せたらカカシが身を乗り出した。
「あー、定時だからパソコン触るのやめて、シャットダウンしといて。」
ああ、そうか、パソコンで勤怠が管理されてるんだった。……となると何もやることがない。本かスマホがあれば時間が潰せるのにこの目の前の張本人のせいで。
苛立ちながらも一応社内だ、あまり顔には出さないように室内を見て回ったりカカシのパソコンの画面を見たりする。黒い画面にカカシはアルファベットや記号を次々に打ち込んでいく。……プログラム……?
チラシ作り、社内システム、コンプラ委員……なら法的知識もあるんだろう。この部署、というかカカシは本当になんでもやるんだな……。
早く戦力になりたいと思ってこっちは勉強してるってのに頭おかしい理由で邪魔されたのを思い出してまたムカムカしてくる。
ちょっとって一体どれだけ待てばいいんだ。
でも画面に集中しているカカシに対しては文句は言えない。少なくとも仕事中のカカシはきっと有能で、だからいろんな部署から仕事が来る何でも屋になっている。
私生活は頭おかしいのに仕事はできるなんて狡いだろ。
カカシが背もたれに背を付けて腕を伸ばしたのは2時間後のことだった。待ち疲れてデスクにもたれかかっていた俺はやっと動いたと頭を上げる。
「終わりですか?」
「厳密には終わりじゃないけど、一息つけたから……何だっけ、本? 鍵開けてあげるよ。」
立ち上がってカカシがポケットから鍵を取り出したのを見ながらその部屋の前に行く。
鍵穴に差し込まれた鍵が回りカチャ、と音がして、その瞬間に扉を開けた。薄暗い、そうだ灯りをつけないと。電気のスイッチをパチ、と押してほんとスマホがどこにあるのか探していると、扉が閉まる音がした。
嫌な予感がして振り向いたらその顔をそのまま手で包み込まれて唇が合わさる。やばいやつだこれ!
「んんっ!!」
手をどけようにも身体を押そうにもびくともしない。細身に見えるこの身体が筋肉に包まれた均整の取れた身体だと知っている。
そしてこのキスが俺にとって地雷だということも。
「っん……」
だってキスが気持ちいいなんて思わないだろ、なのに舌が絡むたびに身体から抵抗の力が抜けていく。気がつけばそれに夢中になっている。
唇が離れても頭がぼーっとしてベッドの上に横になっている状況にも気が付かず、その上に覆い被さったカカシがまたキスをし始めてまたその感覚に夢中になる。
気持ちいい……。
と思いながらベルトが外されてスラックスが脱がされたことが情報として頭に入ってきてやばいと一斉に警笛が鳴った。
「や、んっ! んんっ!!」
露出した臀部のど真ん中にぬるついた指が押し当てられて中に入ってくるのを暴れて抵抗するも上から押さえつけられて指がどんどん中に入りあの場所をぐにぐにと押し始めた。
「っ……!!」
その感覚はすぐに快感に変換されて顔に熱が集まる。同時に前も扱かれて二重の快感とキスの気持ちよさにどうしたらいいのかわからなくなっていた。
気持ちいい、けど突然襲われたのと同義……でいいんだよな? ぼーっとしたままの頭で状況を理解しようとしては指があの一点を撫で続けて快感が頭にのぼりつめる。
「んっ、……は、んっ」
気持ちいい、何だこの状況、わからないけど気持ちいい、もっと、もっと……。
唇が離れて、あ、と思って薄く目を開けるとカカシが淫越な目を細めて口角を上げている、それが優しい笑顔に見えてなぜかホッとした。その瞬間に中の動きが激しくなって強い快感の連続に完全に身体が持っていかれる。
「あっ!あ、っあ! やっ、あ゛! あっ! あああっ!」
ビクッと下半身が緊張して、びゅく、びゅく、と精液が吐き出されるのを感じながら、その余韻に浸る間もなくもっと大きいものがゆっくりと入ってきてビクビクと痙攣しながら背が弓形になる。
「……おお、き、ひ、ぅあ、あ、」
ゆっくりと入ってきたそれは奥まで届いたあとしばらくゆっくりと出入りを繰り返して、そしてだんだんその動きは早くなっていった。
奥にあたるたびに、あそこを抉られるたびに目がチカチカするような快感の衝撃で訳がわからないまま声を上げた。
今ここがどこでどんな状況で何が起きているのか何で考える頭はなく、ひたすら翻弄されてたまにキスされるのが嬉しいと感じて、その動きが止まると同時にまたいって中でとくんとくんと脈動しているのを感じながらキスがしたいと思ったら唇が降ってくる。
ああ……しあわせだ……。
舌を絡めながら俺は確かにそう感じていた。
カカシが服を着始めて頭がすうっとする冷静になってきた時俺は恥ずかしさと情けなさで手で顔を覆った。スマホと本を返してもらうと意気込んで入ってきてキスをされたあとのことまで客観的に見られる程度に思い出して何でこんなことになってしまったのかもうわからない。
何より今回俺はやめろの類のことを何も言えなかった、むしろ望んでいる部分すらあった、それが恥ずかしくてどうにかなりそうだった。
「……あれ、良さそうにしてたけど……恥ずかしがることじゃないよ、反応としては至極真っ当だからサスケも服着な?」
妙に淡々としているカカシの言葉が逆にありがたく思えてくる。最中のことをひとつひとつ「こうだったよね?」と確認される方がダメージが大きい。……こんなの夢か何かだ、じゃないとおかしい、全てカカシのキスが気持ちいいせいで……俺は悪くない、カカシが不意打ちでキスをしたせいで俺に落ち度はないはずだ。男にこんなことされるなんて望んでない。
「やっぱりさぁ、なんか心配になるよねぇ。脇が甘いっていうか。ネコちゃんなら女の子並みに用心した方がいんじゃない?」
……俺が油断したからとでも言いたいのか? 自分でやっておいて。また猫の話かよ……一体何なんだ……。
「……本と、スマホ……」
「ああ、はい。ここ置いとくね。先戻ってるから。」
カカシが出ていってひとり薄暗い部屋に残される。俺はしばらく動けなかった。涙が出そうになるのは何とか堪えた。こんなことをされて拒否の言葉すら出てこなかったことがショックだった。俺はゲイなんかじゃない、俺は被害者だ、そう考えようとしても「本当にそうなのか?」と疑問を呈する俺がいる。
少なくとも言えるのは、何が起きてもこの部屋にはもう絶対に入らないこと、カカシのキスは全力で回避すること。でないとまた同じことが繰り返されるもしれない。冷静になった今の俺はそんなこと望んでない。この冷静な俺の判断を支持する。
しばらくして起き上がり、足元にスラックスと下着があるのを見て静かに履き始める、二回くらいイっていた痕跡は綺麗にされていた。それが余計に悪い夢だだったんじゃないかと思わせる。
でもこの股関節の痛みは誤魔化せない。俺はカカシに掘られてあまつさえ自ら望んでいた、という事実は事実として残る。
服を着込んでどんな顔でこの部屋を出たらいいのかわからなかった。本とスマホは戻ってきた。けどその代わりに自尊心が大きく傷つく事になった。
脇が甘いという言葉を思い出して、どうすれば回避できていたのか考えても考えても正解が見えないのはカカシ自身が読めない相手だからだ。
こんなリスクがあるのなら明日から昼休みはネカフェで過ごそう。カカシに連れられていった場所に自ら行く事になるなんてそれもまた気持ち的には納得いかないけど、普通のお店でランチタイムに1時間居座るわけにはいかない。
どんな顔をしたらいいのかわからないままその部屋を出ると、カカシはまだ仕事をしていた。もうすぐ21時……この人はいつまで仕事をしているんだろう。
キリがつくまで……のキリの単位が多分大きいんだろう。そこまでしてるのに残業がつかないのも管理職って大変だな。まあ、いくら貰ってるのかは知らないけど。
「……先帰ります」
「うんそうして。また明日。」
画面から目を離さないまま手をひらひらさせる。完全に仕事モードらしい。仕事をしているところは素直に出来る人間と感じられて尊敬できそうなのに、プライベートは頭がおかしすぎて……俺まで、おかしくなってしまいそうだった。
カカシと接するのは、仕事モードの時だけ。これを徹底したらいい。対策はこれだけを守れば……もう同じ事にはならない。
何だったか、何かの本で読んだ。確か、「プロアクティブ・アプローチ」だったか。リスクマネジメントの本がこんな形で役に立つとは思わなかった……けど勉強しておいてよかった。

