約束-リライト版-
やっぱり変だった
スマホのアラームで目が覚める。ハッとしてベッドを見るが、カカシはいない。
ローテーブルの上を見ると、「ベッドありがとね」とチラシの裏に走り書きがあった。意外と綺麗な字なんだな……。どうやらその本人はもう出ていったらしい。玄関の鍵が開いたままになっている。
こんな早い時間に出勤? ……いや、もしかしたら着替え何ために一度家に戻ったのかもしれない。
しかしよくわからない人だった……会社で直接顔を合わせる事は多分あまりないと思うが、出来るだけ避けたいな……と思う。
朝食を食べてスーツを着込み、昨日買った5冊を鞄に入れて会社に向かった。
社屋の前にはナルトとサクラが先に待っていた。
「悪い、待ったか?」
「私たちが先に着いちゃっただけよ! ね、ナルト。」
「でもまたあの本の山の部屋に閉じ込められると思うとこの先の一ヶ月気が重いよな~。」
ぼやくナルトと連れ立って、3人で社屋に入っていった。
コン、コン
カカシの部屋にノックの音が響く。
ああ、始業の時間か。
「どうぞ」
扉が開くと、3人のリクルートスーツが「おはようございます、今日もよろしくお願いします!」と声を合わせる。
「そういうのいらないから、明日から会議室に直行直帰にしてくれる?」
パソコンの画面から目を離さず手をひらひらと動かす。
「……失礼しました。」
俺は一言かけると、ポカンとする2人を扉の外に追いやって、会議室に向かった。
「あれぜってえ自分が面倒くさいだけだよなー」
ナルトが椅子に座ってクルクル回りながらぼやく。
「でもまぁ……ああいう人ならあの人の部下につくことはないだろうし、一ヶ月だけ我慢すれば良いだけじゃない?」
「それもそうだな! ……っても、こんな本読んでも訳わかんねぇよ……。」
ナルトが一冊手に取り、ため息をつく。
「ああ、そういえば」
サスケがバッグの中から昨日買った本を取り出す。
「これ、お前らも読めよ。初心者向けだからとっつきやすいぞ。」
本の山をチラリと見る。
「こっちの本は……とりあえず置いといて、基本から覚えた方がいい。」
5冊の参考書をどさ、と置く。
「いいの? さすがサスケくんね! じゃあこれ一冊、とりあえず借りるわね」
と早速サクラがITパスポートの本を手に取る。
「これ買ったのかよ……本気でやる気かぁ?」
ナルトは基本情報技術者の本を手に取る。
サスケは本の山から、とっつきやすい本がないか改めて探し始めた。
本を読み込んでいたら、あっという間に昼になった。サクラは弁当を持参したから、と会議室で食べ始める。
ナルトと俺は近くの飲食店に入ることにした。
会議室から出てエレベーターに乗ると、カカシと鉢合わせる。
「……お疲れ様です。」
「ん……お前らどっか食いにいくの?」
「はい、弁当持ってきてないので! 近くの店に行こうと思っています!」
ナルトが元気よく答える。元気だけが取り柄みたいな奴だ、こんな変人にもハキハキと受け答えする。
「……じゃ、サスケ、お前俺と一緒に来い」
「……はい……?」
「えっ!?」
ナルトと一緒に顔を合わせる。
「何で俺だけなんですか?」
「俺の行く店昼時は混むからさ……もう1人の方もその内連れてってやるよ。」
かたや、下の名前を呼び捨て、かたや、もう1人扱い。ナルトはんんん? と首を傾げた。
エレベーターが1階に着いて、カカシが腕を掴んで引っ張っていく。
その姿を、ナルトはぽかんとしながら見送った。
社外に出ると、カカシに話しかける。
「はたけ課長、どういうつもりですか。」
「何が?」
「社内で俺を下の名前で呼ばないでください。」
「ああ、ごめんね。次回から気をつけるわ。」
「あと、何で俺だけ連れていくんですか。」
「俺がいつも行く店、ネカフェだもん。」
「………は?」
「広くてもカップルシートしかないからさ、もう1人の子は無理。」
言いながら、カカシは本当にネットカフェに入っていく。
「カップルのフラットシート1時間で日替わりランチ2つ」
無愛想な店員がスーツの男二人組に怪訝な顔をしつつ、席番号が書かれたレシートを差し出す。
カカシはそれを受け取ると、サスケの手首を掴んだまま、席番号を見ながら狭い通路を歩いていき、たどり着いたそのスペースに、革靴を脱いで上がっていった。
「サスケも早く入りな」
促されて、仕方なくサスケも革靴を脱ぐ。
「あー、広いの最高」
カカシはフラットシートにごろっと寝そべると、隣をぽん、ぽんとたたいた。
……何だこの状況……。
「ほらサスケもおいで」
「遠慮します。」
「敬語やめてよ。ここなら誰も聞いてないからさ。」
「遠慮します。」
サスケは入り口の横にもたれかかりながら座る。
まもなくランチが運び込まれ、……他にテーブルはないから、パソコンの前のテーブルに置いて2人で並んで食べ始めた。
ときどき肘がぶつかるが、サスケは無視してさっさと平らげる。食べ終えた食器を入り口に置くと、またその隣に腰を落ち着かせた。
カカシも食べ終えて入り口に食器を並べる。
「おいでよ、サスケ」
「遠慮します。」
「だから敬語やめてってば」
「遠慮します。」
「聞き分けがないなぁ……ま、そういう子嫌いじゃないけど。」
『そういう子』と言われてゾワっとする。頭にポンと置かれた手、「おいで」とまるで親が子に言うような言い方、昼食の場所が密室になるネットカフェ。
昨晩のことも併せて考えるとカカシは変な人という認識は間違いではなさそうだった。
「……食い終わったんで俺は出ます。課長はカップルシートでくつろいでいてください。」
入口の食器を避けて革靴を履こうとすると、その手を掴まれてその手を見る。次は何だ、何か企んでるのか?
「……離してください」
「そんな警戒しないでよ」
そう言いながらも手首はあっさりと解放された。
受付で自分のランチ代だけ支払って外に出ると、吉野家で食事を済ませたらしいナルトと鉢合わせて、一緒に社屋に入っていく。
「いつも行くからって、うまい店とは限らねえんだなぁ」
入った店がネカフェだったのは黙って、食べたものだけ伝えていた。まずかったわけではないが、うまかったわけでもない。
「もしお前次誘われても、断った方がいいぜ。吉野家の方がよっぽどマシだ。」
「サスケがそこまで言うなんてよっぽどだなー。」
エレベーターで会議室のある階に着くと、2人で会議室に入っていく。そこには、参考書を熱心に読むサクラの姿があった。
「あ、お帰りふたりとも。近くにいいお店あった?」
「よくわかんねえからさ、俺は無難な吉野家に入った。サスケは課長と一緒に行ったみたいだけど、飯はあんまうまくなったらしいぜ」
「あの課長と? 一緒に……? 何だか、よくわからない人ね。」
ナルトもうんうんと頷く。
「さて……また読むか」
俺は本の山に目をやった。
定時になると、サクラはすでに3冊読破していた。ナルトは1冊にまだ苦戦している。俺は今日は画像処理関係の本を持ち帰ることにした。これなら他部署でも使える機会があるかもしれないと思ったからだ。
本屋に寄ってソフトの使い方の本から基本書、逆引き辞典を買って家路に着く。
当然俺の家のパソコンに画像処理ソフトなんてインストールされていないが、同じような機能のあるフリーソフトがあることが検索でわかったので、すぐにそのフリーソフトをノートパソコンにインストールした。
そこで、冷蔵庫に納豆しかないのを思い出す。
スーパーに行くには遠いし時間も遅い。今日もあのコンビニに行くことにした。
時間が早かったからか、店員が例のおばちゃんだからなのか、陳列棚は充実のラインナップだった。
とりあえず昨日食べられなかったおかかおにぎりを買い物カゴに入れると、弁当類を眺める。種類が多いと、逆に悩むものだ。悩んだ挙句、最終的にはざるそばを手に取って、買い物かごに入れた。
ざる蕎麦を食べながらソフトの使い方の本をめくる。本当に何もわからない初心者向けの本でわかりやすい。
食べ終わった後ソフトを開いてまず画面の見方から頭に叩き込んでいく。次は、ネットで拾った適当な画像に文字を入れる。これはちょっと苦労したが、1時間ほどでそれも完璧にこなせるようになった。
時間は22時、そろそろ寝る支度を始めないと。
床に置いたままだった羽毛布団をクローゼットに押しこんでベッドに入ると、枕から嗅ぎ慣れないにおいがする。
……もしかして、カカシのにおいか。
枕と枕カバーは明日洗うことにして、今日は枕をひっくり返して寝た。
カカシはあの昼食以来3人と接触することなく3週間が経っていた。俺は画像処理に関してはカカシの本が理解できるくらいにはなっていた。その分他の本を買うのにだいぶお金を使ってしまっていたが、やむを得ない出費だ。
残りの数日、パソコンを会議室に持ち込んでひたすら本の読み込みと画像処理の練習をして過ごしていた。
そして最終日、3人揃ってカカシの部屋をノックして入り、「一ヶ月お世話になりました」と頭を下げる。
カカシはパソコン画面から目を離し、3人を見た。
「……で、勉強はどの程度できたの?」
ナルトはギクっとしていた。結局カカシの本はさっぱりわからず俺が買ってきた本ばかり読んでいたからだろう。正直に言うしかない。
「わからないことが多いことがわかりました!!」
サクラはスラスラと読んだ本について話す。
俺も「画像処理に関しては実務レベルで扱える程度の理解を得ました」と答えた。
「……ふぅん、画像処理を選んだの。」
「他部署でも活用できる知識だと考えましたので。」
「他部署で、ねぇ。ま、他でもがんばんな」
「はい、ありがとうございました!」
3人でカカシの部屋から出ると、はああ、とため息をつく。部屋から少し離れたところでナルトが髪をかきむしった。
「どの程度勉強できたって……不意打ちにも程があんだろー……!!」
「何とか答えられたけど、1ヶ月放置しておいてあの質問はきついわよね……」
「ともかく、ここはもう終わりだ。もうあの課長に会うこともないだろ。明日からの部署のこと考えようぜ」
そう、明日からはまた1ヶ月別の部署だ。確か営業だったはず。
「っしゃ! 営業なら俺の得意分野だ!」
「私はちょっと苦手かも……でも頑張ろっ!」
営業部署が終われば、研修は終わりだ。それぞれ辞令が出て3人とも別の部署に行くことになるだろう。
「同期3人でいられるのもあと少しだな。」
「たまには飲みにでも行こうぜ!」
「そうね、せっかくの同期なんだし」
社屋を出ると、3人はそれぞれ帰路についていった。
本を読まない日は久しぶりだった。簡単なチャーハンを作ってソファでくつろぎながら口に運ぶ。
と、玄関のチャイムが鳴った。……19時、こんな時間に誰だ?
チャーハンをローテーブルに置いて立ち上がると、ドアスコープを覗く。スーツを着た男だ。
チェマーンロックをかけたまま扉を開けると、そこにはカカシがいた。
「……何の用だ?」
チェーン越しに尋ねると、カカシは小さな紙袋を持ち上げる。
「これ、返そうと思ってさ。」
「ああ、トランクスか。」
サスケはチェーンを外して紙袋を受け取る、と、カカシは何故か部屋の中に入ってくる。
「っちょ、おい!」
部屋をぐるりと見渡して、「あ、やっぱりここにあった」と部屋の片隅に置いてある本を手に取った。
サスケが後を追って室内に入ると、カカシの手には借りたまま返すのを忘れていた本がある。
「あ、悪い、返すの忘れてた。」
「いや、別に良いけど。でもサスケって警戒心薄いよねー。こんなに簡単に他人を自分の部屋に入れちゃうなんて、ちょっと危なっかしいと思ったほうがいいよ。」
強引に入ってきておいてどの口が言う……とも言えないまま「ご忠告どうも」と精一杯の嫌味を返すがカカシは本を鞄に入れて、その本を床に置いたままサスケの目の前に立った。
本当に背が高いな……180はあるだろうか。
「サスケってタチネコで言えばネコだよね、絶対。」
飛び出した単語の意味がわからずカカシの顔を見上げて眉をひそめる。
「ああ、つまり抱きたい方か抱かれたい方かで言うと、後者でしょって。」
確かに、自分から抱きしめたいと思った事はないし、兄さんから抱きしめられることの方が多い。ただそれをタチネコと呼ぶのははじめて聞いた。
「それなら、後者だと思う……けど何で今そんなことを?」
カカシの手が背後に回って引き寄せる。抱きしめられている格好になった。
「なら一度俺に抱かれてみない?」
ん? 今の状況、既に抱かれているのにどういう意味……
サスケの返事を待たずに、カカシはその手をスルッと滑らせてスラックスの中に移動させた。

