運命なんて
友人
二人だがボックス席に座らせてもらった。常連だから許してもらえたのだろう。ママに礼を言ってウィスキーを頼み、ソファに背を預けて足を組んだ。
対する柱間は焼酎ロックを手に真剣な顔つきで前のめりだ。
「話し合いとは何だ。」
「率直に言う、オレ以外の誰かと関係を結ばないでくれ。」
てっきり一足超えて「付き合ってくれ」が飛んでくると思ったが、そこまで常識知らずではないらしい。
「それは無理だな。」
しかし他の誰ともヤるなというのは実質付き合ってくれと似たようなものだ。柱間とのセックスは確かに良かったが柱間にその気があるのであれば今後は応えるわけにはいかない。
「でもはじめてだったのだろう、今までに経験がなかったなら今後はオレが相手になる。」
「別にしょっちゅう盛っている訳じゃない。それにお前が変な考えを持っている以上お前の要求に応えるつもりもない。」
「変……とは、愛のことか。」
「そうだ。身体を重ねればお前のその思いは重くなるのだろう、どうせ。そういうものは俺は求めていない。」
「あくまで割り切った関係……しか、ということか。」
「そうなるな。」
ウイスキーを煽る。柱間も焼酎に手を伸ばした
「ではオレがそういう言葉を口にしなければ良いか?」
「いや、俺はもうお前の考えを知っちまった。二回目はないしそれ以降もない。」
「ならば、セックスはしないからマダラの隣に居させてくれ。」
「それもお断りだ。仕事上でもし会ったとしても仕事上の付き合いしかせん。俺はお前と恋仲になるつもりは一切ない。」
「恋仲でなくても構わない、マダラの近くに居たい。それでもだめなのか。」
「ああ、お断りだ。」
柱間はがくりと肩を落とし、小さな声でつぶやく。
「……愛しているなどと……言ってしまったから……」
腕を組んでその様子を見る。
きちんと話し合いに応じる柱間が少し意外だった。運命だとか一目惚れだとか愛だとか好きだとか、そういう執着を見せた割にきちんとこちらの話を聞いて、きちんと話し合いが成立している。少なくとも今は。
もっと恋愛脳の馬鹿かと思っていたが現実的な頭も持ち合わせているらしい。
俺の空虚は柱間とのセックスで確かに満ち足りた。そしてこの先相手がいつ見つかるかわからない。
柱間が愛だの何だのを持ち出さなければ相手になってやっても良いような気がするが、柱間が胸に秘めた想いを消さない以上はやはり安易に身体を結ぶべきではない。これは柱間のためでもある。
好きな相手に好きと言えず割り切った関係を続けるなど胸が苦しくなる一方だろう。俺が柱間の立場なら多分そうなる。俺にその気がない以上、互いに距離を取るのが一番だ。
「友人でも良いんだ……それも叶わないか……?」
「俺に愛していると言った奴を友人として傍に置けると思うのか? 諦めろ。」
話し合いは大体、互いの妥協点を探り合うものだが柱間の要求は全て断っている。このまま諦めてくれれば終わりだ。しかし簡単に諦めるかどうかまでは読めない。
重要なのはこちらに少しでも同情なり気があると感じさせる事だ。そうなると諦めきれないと食い下がるのは目に見えている。即ち俺から妥協点を提案することはあり得ない。柱間が諦めるまで断り続ける。
この話し合いは柱間の気持ちを整理するためのもので、現実を知らしめるための場。
「オレは一体どうしたら良い……? どうすればマダラと繋がり続けることができる……?」
「俺は繋がり続けるつもりはない。導き出される答えはもうわかっているだろう。」
とうとう柱間は黙り込んだ。頭を整理しているのか何なのか、ウィスキーを飲みながらその様子を見守る。
その表情を見るに、まだ執着は残っていそうだった。もうひと押し何か言えば諦めるだろうか。さて、何をどう言うか。未練を断ち切るような言葉。
お前が嫌いだ、は、事実ではない。どちらかというとどうでも良い、だろうか。好きの反対は無関心。ならば柱間に興味がないと伝えるのが良いか。いや、これは悪手だな。なら興味を持てるようにすると言い出しかねない。
普通の話し合いであれば「セックスは確かに良かったが」と相手を認めた上で否定するのが基本だが、柱間の場合は妥協せずに否定だけしなければならない。
「お前の事などどうとも思っていないし、オレはお前と今後関わるつもりはない。」
項垂れる柱間の肩がピクと動いた。
こっちは全否定しているんだ、いい加減諦め――
「……話し合いで穏便にと思っていたが通用しないのであれば正攻法は取らないオレはマダラを諦めるつもりはない。」
「……正攻法以外に何をするんだよ。」
「どんなに醜く汚い手段を使ってでもマダラを手に入れる。お前の意思も尊重しようと話し合いに持ち込んだが話し合いにならないならばそれしかオレが出来ることはない。」
柱間はジャケットの内ポケットから小さい紙を取り出した。……名刺?
「うちは一級建築士事務所……常に名刺を持ち歩くのは殊勝だが墓穴を掘ったな?」
「……ストーカーにでもなるつもりか? お前の社会的地位が落ちるだけだぞ。」
「名刺だけだと思うか。」
ポケットから出てきたスマホ、何やら操作してその画面を向けられる。それは俺の運転免許証の写真だった。
「家の場所もおさえてある。もう一度だけ聞くが友人としてでもいい、マダラとの繋がりを断ちたくない。返事をくれ。」
こいつ、……やばい奴だ。変な奴じゃなく。事務所はいい、今はほとんど現場にいるから施錠している。
家は引っ越そうにも時間がかかるし引越しのトラックを追いかけられては無駄だ。こいつ、そのぐらいの事はやりかねない。
友人になるにも反吐が出そうだが、友人という名の関係でおとなしくしてくれるのであればその線で妥協した方がいい。
勝手にジャケットや財布の中を確かめるような奴だ、ここでまた拒否したら更にどんな手段を使ってくるか想像も出来ない。
「……わかった。友人として、なら受入れる。その代わりに運転免許証のデータを今すぐ消せ。」
柱間の顔に笑顔が戻る。スマホを操作して画面をこちらに向けた。「この画像を削除しますか?」のポップアップ。親指が「はい」をタップする。
「最近削除した項目に残っているだろ、それも消せ。」
「ああ、そうだったな。」
柱間がスマホを操作してまた画面をこちらに向ける。「この画像を完全に削除しますか?」親指が「はい」をタップした。これでデータは消えたはずだ。柱間が住所を暗記でもしていない限り。
「これからはオレとマダラは友人関係、でいいな?」
「ああ、それでいい。話し合いは終わりだな?」
柱間は出会った時と同じ笑顔で「そうだな」と答えた。
しかし友人とは言っても生まれてこの方そういう存在はいなかった。勉強や部活に精を出していたし部活の仲間も友人と呼べるほど親しい仲にはなった事がない。
子どもの頃なら友人というと一緒に遊んだりする仲だとわかるがいい年した大人になってからの友人と言われてもいまいちピンと来ない。
電車に揺られた後の帰り道、柱間が友人として俺に求めるとしたら何だ、と考えながらオートロックを解除して自分の部屋に向かう。誰かの足音が後ろにあることに気がついた。こんな深夜に帰る人が他にもいるのか、と思ったが嫌な予感がして振り向いた。そこにはオカマバーで別れたはずの柱間がいる。爽やかな笑顔で片手を上げた柱間は早足で俺の隣に来ると「早く部屋に入ろう」と急かす。
「待て、友人とはいえ後をつけてくるのは異常だろう。何をしに来た。」
「つけてきてなどおらんぞ、帰りは待っておったが。」
つまり……俺の住所を暗記していたのか、こいつやっぱりおかしい。
「待ち伏せも十分異常だ。家に上げる気はない。明日も仕事だ。さっさと寝たい。帰れ。」
「随分と冷たいの。友人なら泊めてくれても良いのではないか?」
「友人になりましたその日に泊まります、は普通じゃねえよ。友人にしたって普通段階を踏むだろう。まずは一緒に飯でも食うところからだ。」
柱間は不満そうに唇を尖らせる。
「せっかく友人になれたのだ、もっと相手を知りたいと思うのも普通ではないか?」
「お前だけだ、俺は帰って寝る。邪魔をするな。警備を呼ぶぞ。」
マンション全体に警備会社がついている。勝手にオートロックを潜り抜けてきたこいつは排除対象だろう。
「……わかった、今日は引き下がるが……では明日は夕食を共にしてくれ。それならば良いだろう。」
「そうしてくれ。連絡先は名刺にあっただろう。」
「わかった。」
柱間が帰っていく後ろ姿を見守る。待ち伏せするのは異常だが少なくとも話を聞く耳はあるらしい。エレベーターが下に降りていくのを確認して、ほっとして家に帰った。
自宅のソファに身を沈めて深いため息をつく。
修学旅行で少し話しただけの俺を初恋だったと想い続けて偶然出会い運命だと感じるところまでは分からなくもない。
問題は好きだ愛してるに直結した思考とオレの持ち物を勝手に物色する異常性。せっかく免許の写真を消させたのにそれも意味がなかった。
……まあ、友人の名で落ち着いてくれたし話が全く通用しないわけでもない。
適当にあしらい続ければ恋心とやらもそのうち冷めるだろう。それまではハッテンバに行くのもやめておくか。また柱間と出会いかねない。そうするとまた運命だと騒ぎ始めるだけだ。
シャワーはもう浴びたことだし……寝るか。明日も朝早い。
ベッドに倒れ込むように沈む。いつもと違う充足感があるのは……念願だったセックスをしたからだろうか。動画で見るだけだったその体験自体は、俺の空虚を満たした。予想の何倍も気持ち良くて、柱間が相手でなければ……またしたいのに。柱間とだけはもうするわけにはいかない。あいつの執着はおかしい。
そのまま電気も消さずにまどろんで、気がついたらスマホのアラームが鳴っていた。
新しい電波塔建設での俺の役割は主に構造計算だった。図面を作りながら下からてっぺんまでの構造を考えつつ用いる素材の厚み形状から強度を出しつつ、他の建築士と共に新しいランドマークに相応しい美しさを設計する。正直難易度は高い。まずもって電波塔自体が高い。周辺の土地も考慮しなければいけない。大型重機が入れる場所も有限だ。
その分やりがいは大きかった。
ひたすら頭を使って昼休みに入り、どこか店に入るか、と背筋を伸ばしたところ、右肩に誰かの手が乗る。振り向くとそこには笑顔の柱間がいた。……やっぱりこの建設に関わっていたか。
「一緒に昼飯を食わないか?」
至って普通の会話だが有無を言わせぬ圧がある。
「……どんな物が好きなんだ。」
「きのこが好きだが、何でも食うぞ。近くの丼物屋にするか。」
全く気は進まないが適当に返事をして連れ立って現場の外に出た。すぐの場所に丼物屋がある。まだ人が並ぶ前らしく、カウンターに座ってそれぞれ注文した。
「ところで、お前はあの現場の何に携わってるんだ。」
「ああ、オレの名刺は渡していなかったな。ほれ。」
渡されたそれは大手ゼネコンの名前。課長の肩書き。……俺と同い年でゼネコンの課長?
「随分とお偉い様だな。」
「上からの圧力と下請の管理に悩む中間管理職って奴だ、実際はそうでもない。」
「……まあ、ゼネコン様は下請に発注するのが仕事だからな。」
「嫌味な言い方だな、オレとて現場に立ちたいところをせっかく内定貰ったのだからと親から言われて仕方なく入ったのだ。ただ、想像していたよりは面白いぞ。」
カウンターにカツ丼と天丼が差し出される。割り箸を割って手を合わせた。
……こうしているとまるで、本当に友人のようだ。元々、共に建築に興味を寄せていたのだから話は合うのだろう。
店の外に列が出来ているのを見て、早々にカツ丼を食べ終えて勘定を済ませた。
職場に戻ろうとした俺の腕を柱間が掴む。
「まだ昼休みは十分あるだろう、公園にでも行こう。」
腕を引いて行かれたのは少し広めの公園だった。ベンチにでも座るのかと思ったら公園の中を進んでいく。その先にトイレがあるのを見つけて、嫌な予感が走った。
「おいおかしな事を考えてないだろうな」
「何もおかしくなんかないぞ?」
腕を握る手を解こうとするがこいつ、どんな握力をしているんだ。多目的トイレの中まで引っ張られてカタンと鍵が閉められる。こんな場所に連れてきてやる事なんて……ひとつしか思いつかない。
「友人じゃなかったのか。」
「セフレも立派な友人ぞ?」
あっさり友人の名で引き下がったのはそのためか……!
ネクタイを緩めた柱間は、俺の股間を鷲掴みにした。
