運命なんて
愛
隣で寝ている柱間を起こしてシャワーを浴び、パンで軽い朝食をとって10分の間を置いて出勤、昼にはランチを共に食べ、帰ったら食事を作り共に食べて落ち着いたらセックスして隣り合って眠る。
そんな生活に身体が慣れてきて朝起きた時に柱間の足と腕が俺の上に乗っかっていても気にならない程度に柱間との生活はほとんど困難もなく順調に滑り出していた。
相変わらず愛しているとうるさいが俺にはやはり理解できない。でも俺が何も言葉を返さなくても柱間は構わないらしかった。
俺は愛していると言われるたびに柱間を観察してどういう心境なのか探ろうとしては結局わからないまま唇だけ無意味に守り続ける。
守らなければいけないと思った本能は何だ。何故口を守った。空虚を満たしているものは何だ。柱間といると空虚が満ちるどころか溢れ出るほどだ。これの正体は何なんだ。
疑問はひとつも解消されないまま、でも柱間と暮らす生活は落ち着くし満たされる。愛はわからないが、この生活自体は嫌いじゃなかった。
読む本が実用書よりも小説の方が多くなっていった。かつて読み漁った時にはわからなかった恋愛感情や愛がもしかしたら今ならわかるんじゃないかと読んでみてもやっぱりわからない。わからないまま柱間に抱かれて愛してると言われながらこんなに俺に愛していると言い続ける柱間に何も返してやれないことに負い目すら感じる。
愛という誰もがわかる共通言語を俺だけが理解できずにいる。散々柱間をおかしいと思いながらそれが理解できない俺の方がどこか欠落しているのだと思い知らされる。
何故理解できないのか、多分両親から受け取ってこなかったから。でも今は柱間から受け取っている。あの熱い視線を感じながら、それでもこれが愛かと理解まではできない。
それでも構わないと俺を愛する柱間の隣に、俺は居続けても良いのだろうか。
居心地が良いのに居心地が悪い。応えてやれない事がもどかしい。柱間が愛していると言えば言うほど居心地は悪くなって行く。
そんな日々を重ねていたある日、料理を作ろうとしたらスマホが振動した。柱間は今日飲み会に付き合わされるらしく食事はいいという内容。冷凍庫から米を出して温めて卵かけご飯を一人で食べる。……帰り、遅くなるんだろうな。先に寝ていた方が良いのだろうか。帰りを待った方が良いのだろうか。今日は柱間とのセックスはないだろうな。
食べ終えて食器を洗いながら、正体のわからない衝動が胸に生じていた。その衝動に突き動かされるように鍵を開けて外に出る。エントランスから出た俺は走り出していた。
叫びたい気持ちを堪えながらひたすら走りに走って公園に着く。酸素を求める肺に乱暴に空気を入れながら座り込んで喉の奥まで出かかっている叫びを何とか堪え続ける。これは何だ、何がしたい、何かをしないといけない、何をしたらいい、わからない。叫びたいのは一体なんだ。恥も何もかも捨てて叫ぼうとしたが喉に引っかかったまま言葉は出てこない。
この気持ちは何だ。何が地面に落ちている? 汗か、いや、違う。目から何かが溢れている。涙……?
何故涙が? この衝動は? 叫びたいのは何を?
何もわからないのにただ衝動だけが俺を突き動かす。
「ああああああっ!!!」
叫んでみても何も変わらない。
腰を上げてまた走り出した。何もしないでいられる事ができない。走って走って走って、また立ち止まって肺に酸素を送り込んで、こんな事をしても何も満たされないとわかって、柱間のマンションに歩いて戻って行く。
……どうやら、随分遠くまで行ってしまったらしい。
ただ、まっすぐに走ったからまた戻れば良いだけだ。
……鍵、……開けたままだった。
持ってきたか。
……ポケットにない。
柱間が、帰るまで待つか……。
帰り道とは反対側から、マンションに向かう。体力には自信があるのに、何故だか酷く疲弊していた。
……マンションの前に誰かがいる?
住民だったら俺は不審者になるな……いや、あれは……柱間……?
柱間は俺の姿を見つけると走ってきた。もしかしたら帰ったら俺がいなくて心配した、のだろうか。
「マダラ!!」
走ってきたままの勢いで抱きつかれて後ろによろめく。
「どこへ行っていた何故何も言わずに行ったどれだけオレが……!!」
まだ腹の中に渦巻いていた衝動が、柱間を抱きしめ返していた。
「――――――」
衝動のままに口にした言葉に、柱間は俺の顔を見る。
「ともかく、家に帰ろう……マダラ。いいな?」
返事を出来ないまま、柱間が握った手を見て、また歩き出した。
……柱間の声を聞いて、少しずつ落ち着きが戻ってくるのがわかる。
あの衝動は何だったんだ。
俺は柱間に何を言った。
鍵が開いたままの玄関を入ったすぐそこに、柱間の鞄が落ちていた。
それを無視して柱間の手はソファに座るように誘導し、腰を下ろすと柱間はまた俺を抱きしめた。
「……マダラ、どこに行っていた」
「……どこでもない、……ただ走りたかった」
「……そんな顔でか」
顔……今俺はどんな顔をしている……?
「お前、ずっと空虚だったと……言っていたな?」
「……ああ、お前が現れるまでずっと……」
「それは……愛に飢えていたのではないのか」
……何言ってんだ、こいつ。
「それは……ないな。俺は愛なんて」
「ならさっきの言葉は何だったのだ」
さっき……俺は何を言った。
「どんな言葉を……?」
「……覚えていないのか。」
「……衝動的に出た……からよくわからない……。俺はお前に何を言った?」
柱間は、ふう、と息を吐いて、少し間を置いてから言った。
「オレを愛していると、マダラ、お前そう言ったんぞ」
柱間を愛している? まさか、俺には愛なんて理解出来ないのに。
「走りたかったと言ったな? 今もそうか。」
「いや、今は……落ち着いた。」
「走った以外に何かしたか」
「……叫んだ、何かを叫びたかったが、言葉にならなかった、だからただ叫んで」
「その叫びたかった言葉が、オレに言った事じゃなかったか。」
もう、……衝動は落ち着いている。証明しようがない。あのとき何を叫びたかったかなんて。あの時ですら、わからなかったのに。
「落ち着いている今、どうだ。オレに対してどう思う。」
「どうとも……」
「オレの顔を見て言え。」
肩を掴まれて、柱間の真剣な顔がそこにある。いつもと同じだ、柱間は満たしてくれるが俺は柱間に対して何の感情も……と思っていたのに。
「ど、う……と、も……」
その真摯な眼差しにこころが揺さぶられる。こんなことは今までになかった。本当にどうとも思っていないのか。目から溢れてくるこの温かいものは何だ。
「オレはマダラを愛している。今のマダラの気持ちを聞かせてくれ。」
「…………」
まただ、喉の奥に引っかかって、言葉が出てこない。
俺は何を叫びたかった、俺は何を言おうとしている、何故引っかかって出てこない。
「……言葉が、……出て、こない。」
「……わかった、別の質問に変えよう。……キスをしても良いか。」
キス……口に? 柱間と、キスをしても、……。
柱間の顔が迫ってくる。いつものように手で、と思ったのに、手が動かない。そのまま柱間の柔らかい唇が触れて、手が後頭部を支えて、唇を割って柱間の舌が入ってくる。口、の中に、舌が。歯列をなぞって俺の舌に絡まって、少し離れてはまた舌を絡ませる。
それだけの事がまた胸を満たしていく。
自分からその動きに応じて夢中になって舌を絡めていた。後頭部に添えられた柱間の手の熱さと、口の粘膜のやり取りが、こんなにも満たされるものだったなんて。
どれだけそうし続けていたのかわからない。柱間は名残り惜しむように唇を離した。
「もう一度聞くぞ、マダラはオレに対してどう感じている。」
「…………、して…………」
……そんな言葉を、俺が口にしてもいいのか……? 俺は本当にその言葉の意味をわかっているのか……?
また柱間が俺を抱きしめた。
「マダラ、……愛は感じるものだ。考える事でも理解する事でもない。感じたままに口にしてくれ。」
「……あ、」
喉のつっかえが
「あい、して」
どこかへ消えた
「愛、している……柱間が、好き……だ」
目から溢れて溢れて、柱間の服に落ちる。
空虚を満たしていたのは……セックスの快感でも肌の温もりでもなく、柱間の、愛……。
「オレもマダラが好きだ、愛している……。」
そのまま尻を支えられて身体が浮いた。柱間にぎゅっと掴まって、降ろされたベッドの上。乱暴に服を脱ぎ散らかした柱間はオレの上に覆い被さって、またキスをしながら胸の突起を触り始める。
「っん、」
キスをしながらのそれはいつもよりも胸に何かが込み上げる。……何か、じゃない……柱間の、愛が。
「ちゃんと愛したいが……っ、我慢できそうにない……すまん……」
後ろに指が沿わされてぬるっと入ってくる。中をぐるりと確認するように動いて、すぐ抜けた。毎日やってるのだからもう慣らす必要もない。熱くて硬い感触がそこに触れてぐちゅ、と中に入ってくる。
「はぁ、あ、はしっ、ぅあ、あっ……!」
「マダラ……っ」
名前を呼ばれるだけで、溢れてくる。抱きしめられて、肌を感じて、中で繋がって、次々に溢れ出るこれは……。
「あ、い、……して、」
「っああ、何度でも言うぞ。マダラ、愛しているっ!」
「っあ、あ、はしっ」
抱きしめられながら律動が始まる。柱間の大きな背中を抱きしめながら、溢れるままに言葉にした。その度に柱間も応える。激しくなる動きに喉を震わせながら、もう愛とは何だという疑問さえ浮かばなかった。ただひたすらに、溢れるままに、言い続けた。こんなにも満たされるものなのか。愛とは、こんなにも溢れ出るものなのか。俺がわかっていなかっただけで。
イッた後も柱間はそのまま抱きしめ続けた。離さないとばかりに。俺は何を言えばいいのかわからずに抱きしめ返すだけ。
……ずっと俺は求めていたのか、愛を。得られなかったから空虚だけを感じていたのか。柱間が俺をあの日見つけなければ、恐らくずっと得られることはなかった。きっと。あのレイプ男のように、少し満たされたとしてもすぐにまた空虚になる。
柱間も中学のときからこんな想いを持ち続けて俺の代わりを探し続けていた。互いにその空虚を埋めるために別の誰かで補おうとしていた訳か。まあ、俺は相手に恵まれなかったが。
あの日柱間が口にした運命という言葉は、柱間がずっと探し続けてきたからこそ出たもので、俺はずっと想ってきたと告白されてもヤバい奴としか思わなかったが柱間もようやく俺を見つけて必死だったのだろう。
愛がこんなにも全身を突き動かすような激しいものだなんて知らなかった。柱間からの愛を受け止め続けて俺もおかしくなったのだろうか。
でも読んできた本の登場人物は柱間のように愛を伝えようと必死で愛が通じると幸せになり愛が揺らげば動揺して何も手につかなくなる。
やっと俺は柱間と同じ場所に立てた。同じ言葉を言えるようになった。
ただその喜びを……どう表現したらいいのかわからない。
「……もどかしい……」
「何がだ、愛は感じる事ができるようになったのだろう? 現に何度も」
「そうじゃない……もっと伝えたい事はあるのに、……適当な言葉が出てこない……」
「それも……いずれわかるようになる。オレは覚えたぞ、マダラにものを教えるには繰り返ししつこく言い続けるのが肝要だとな。」
「……そうだな、どうやら……そのようだ。」
目が覚めると、裸のまま抱き合っていた。……そのまま寝たのか。身じろぐと柱間も目を覚まして、抱きしめられてキスをされる。
「おはよう、マダラ」
「……おはよう。」
朝食のパンにマーガリンを塗って渡す。
柱間は新聞を片手に「ありがとう」と受け取って、食べながら新聞を開く。その顔を見ながらパンをかじっていたら、柱間の目が俺の方を見た。
「そんなに見られると集中出来んのだが……。」
俺は悪びれずに答えた。
「愛する人が目の前にいたら見ていたくもなるだろう。」
「……マダラお前……そんなに変わるものなのか?」
「何がだ」
「いや……今はいい、仕事モードに切り替えんとまともに働ける気がせん。」
柱間は新聞で顔を隠してしまった。……つまらん。
パンを食べ終えてソファに身を移した。読みかけの小説に手を伸ばす。いくつも読んできた恋愛小説。今読めば違った読後感になるだろう。運命、という文字を手でなぞる。
運命なんて恋愛脳の馬鹿が作り出した幻想だと思っていた。だが俺を探し続けた柱間が口にしたそれは、幻想なんかではない。執着と、執念の末に俺を見つけた喜びの証。柱間との出会いは俺にとっても運命的だった。ずっと探してきた、求めてきたものを、その答えを見つけることが出来たのだから。
「マダラ、先に出る。またランチでな。」
「ああ、車に轢かれるなよ。」
「いつまでそれを引っ張る。では行ってくる!」
時間を見て、俺も腰を上げる。
鞄の中にある木製のストラップを探して、鍵穴に差し込んだ。浅草で買った「柱」の文字が刻印された小さな木の板と連なる鍵をポケットに入れると、職場へ向かった。
