もういちど
そこまでして
誤解を解きたくて来たのだろうか、と思わせるほど、その後あの時の戦いについて言及することは無くなった。
ただ共に食事をとり、ガキの頃の思い出話を少しして、黙ったまま過ごす時間の方が長かった。
そういえば、と。
泊めるにしても、布団は一式しかない。
掛け布団は冬用のものが一応あるが、敷布団はどうにもならない。どうするか考えるが、すぐに布団を一式用意するには村を離れて街まで買いに行く他ない。しかし、もう夕食もとり終えて今から買いに行くわけにもいかない。
ひとつの布団でふたり寝るか、片方は畳の上のどちらかしかなさそうだ。
「……柱間、気付くのが遅れたが客用の布団の用意がない。」
「……おお、それもそうだの、箸すらなかったのだから。気が付かずすまない。急に押しかけたのだ、俺は適当に寝るから気にせんでくれ。」
手ぶらで来たように見えるが、そういえばここに来るまで柱間はどのように夜を過ごしていたのだろうか。
「……野宿と比べたら、畳は上等ぞ。」
……こんな所まで、手ぶらで、俺を探して何ヶ月も旅をして来た割に身なりはきれいに見える。
「……ならせめて風呂には入ってくれ、風呂も久々なんだろう。」
「……それは嬉しいな、ありがたい。ただマダラが先に入ってくれ。俺は旅の汚れがある。湯を汚してしまう。」
「身体を洗ってから浸かれば同じだろう。俺は後で入りたい。先に行け。」
部屋に戻ろうとした俺の服の袖を柱間が握った。
「共に入る……のは駄目か。先に浸からせて貰うならばしっかりと洗えているかマダラに確認して欲しいのだが……。」
そう言いながら、本心は俺に未練があるから裸の付き合いに持ち込みたいんじゃないのか、こいつ。
……記憶の中の柱間は嘘をつくような人間ではないが、あれから年月も経っている。嘘も上手くなっているのかもしれない。
「や、やましい事は考えとらん! それは俺の裸を見れば分かるだろう。……それを、証明したいのだ。本当に、ただの同居人になりたいということを……。」
……確かに身体は嘘をつけないだろう。俺の裸を見てこいつが勃たなければ、少しは信用できる。少しだが、こいつにとってその少しは大きいのだろう。
「……狭苦しいから今日だけだ。」
パッと表情が明るくなって、ああ、柱間だと思う。
脱衣所に連れ立って入り、湯加減を確認して裸になり、男二人には狭い洗い場で石鹸を泡立てる。
ガシガシと身体を洗い始めた柱間から落ちる泡の中に、二週間ほどの垢が見える。擦りすぎて肌が赤くなってはスッと赤みが引いていく。
……そういえば柱間はおかしな体質があった。傷がすぐ癒える。赤くなってはスッと戻る肌を観察しながら自分の長い髪を洗う。何とも不思議なものだ。
長い時間をかけて洗い終えた柱間が振り返る。
「マダラ、洗い残しがないか見てくれ。」
背中の髪を避けて、腕を持ち上げて脇の下から腹を確認し、立ち上がらせて下半身を触りながら確かめる。その股間は宣言通り、下を向いたままだ。尻の分け目まで確認して、「問題ない」と告げたら手首を引かれた。
「せーので入ろう、湯がどれだけ溢れ出るか見てみたい!」
ガキっぽいところも変わらねえな。……まあ、今夜だけだ。付き合ってやるか。
足だけ湯船に入って向かい合わせになる。期待で目を光らせながら、柱間が「せーの!」と言ったのを合図に浴槽に尻をつけた。ざぶんと溢れ出たお湯は排水口からなかなか流れ出ず洗面器が湯に浮かぶ。
「やはりふたり分はすごいの!」
それを面白そうに見る柱間が、俺に同意を求めるようにこちらを見て、俺も少しだけ笑った。
「いい年してこんな事ではしゃぐお前の方がすごいと思うぞ。」
「男子たるもの童心は忘れてはならんと俺は決めておるんぞ! 童のような気持ちでいれば、どんな風景でも美しく見えるものだ。」
……それが夢を叶える事につながったのだから柱間にとってのその童心はさぞかし大切なんだろう。
しかし笑い声がデカい……村の者が驚きそうだ。あの訪問者は何なんだと。いや、柱間のことだから村人全員に挨拶を済ませてこの家に来たって事もあり得る。
……人騒がせなのも変わらんな。
俺の寝衣と下着を貸してやって、ちゃぶ台を置いていた部屋を好きに使えと言って自分は寝室に入った。
押し入れから布団を出して敷き、座布団が奥にあるのを見つけて枕代わりになるだろうかと柱間のいる部屋の襖を叩く。
「座布団があった。使うか?」
すぐに襖が開いた。ちゃぶ台が壁に立てかけられて寝るだけの場所を確保したらしい柱間が嬉しそうに座布団に手を伸ばす。
「ありがたい! 枕があるだけで寝心地が百倍変わる! 心遣い感謝する。……マダラは昔からそうだの、情が深く……。」
「大袈裟な話にせんでいい、あったから持って来ただけだ。寝るぞ。」
座布団を渡して寝室に戻る。
……柱間は変わらないのか、変わったのか……よくわからない。里を作ってからの柱間とは、変わった。俺への愛とやらも消えたか、勘違いだと分かったのか、諦めたのか。ただ根本のところは変わっていないのだろう。童心とかいう部分は。
布団に入り、灯りを吹き消して、昼聞いた話が頭に蘇る。
あれは互角の戦いだった。俺を死なせないために、夢のために、何とか立っていた……のなら時間が経てばあいつも背に土をつけていたということか。
ただやはり俺が柱間の執念に負けたのは間違いない。あの戦は……俺の負けだった。
……本当に負け……で合っていたのだろうか。そこまで力を尽くした柱間が自害する覚悟でクナイを握っていたならば、間違いなくあいつは喉を掻っ切り死んでいた。柱間のあの覚悟は本物だったのかもしれない。その柱間の死を止めたのは俺だ。
柱間は俺の死を止めるために立ち続け、俺は柱間の死を止めるために力を振り絞り腕を掴んだ。
あれは、本当に、俺の負けで合っている?
柱間の言うように互角で結局勝負はついていなかった……可能性はないか。……そう、捉える事も一応、出来る。ただ「誤解」が解けた今だからこそその可能性を考えられるだけで、当時は完全な敗北としか思えなかったのは事実としてある。
お互いにまだ若かった、俺は本心を柱間に打ち明ける事なく、柱間もその事実を口にしなかった。
俺が自分の気持ちを素直に話していれば、この誤解ももっと早くに解消していたんじゃないのか。いや……当時は本心なんて……言う気にもなれなかった。はしゃぐ柱間を見ては勝った奴はいい身分だなと思い続けていた。
もしあの時俺も童心とやらを少しでも思い出してあの河原で語り合ったように本心を打ち明けていたら、木の葉での生活は全く違う景色になっていたのかもしれない。
柱間は夢に執着し、俺は勝ち負けに執着し続けた。……互いに執着していたのは、同じだ。俺が招いた事だった。誤解も、思い込みも、嘘も、何もかもが。
……柱間がやり直したいと言った理由が少し分かった気がする。あの時は取り戻せない。戻ろうではなくやり直したいと柱間は言った。またはじめから、というわけにはいかなくとも、これから先はやり直したいと。
それは悪い提案ではない気がしてくる。……まだよくわからない。気持ちの整理をする時間が必要だ。ともかく今日は……寝よう。
翌日、車を借りて街に向かった。柱間も共に。隣街と言うには少し距離があるが、夜には帰って来れるだろう。
食事処はあるだろうか、たまにはいいだろう。ついでに俺の食器も買いたい。服もいつまでも借りているわけにはいかん。
一週間の猶予期間、と言ったが確かにその間全て俺のものを貸すのもどうかとは思う。柱間としてはその後も共に暮らしたいと考えているのだから当然の発想だろう。好きにしろと言いながら、整備されていない道を布団を乗せるための車を柱間に引かせて歩く。
はしゃぐ柱間を見ながら、変わらないと思うと共に、あの時のはしゃぎ方とはまた違うとも思う。
こいつも年をとった分、変わっている。では俺は変わっているだろうか。
……変わっていない。少なくとも昨日柱間が訪れるまで、俺は何ひとつ変わっていなかった。変わったのは暮らしぶりだけだ。
かと言ってやはり今更童心には帰れない。
帰れないが、柱間の言うようにやり直そうとする事は出来るかもしれない。
朝早く家を出て、予定通り昼過ぎに街に着いた。布団を確保して、それから柱間は車を引いてあちこちの店を回り、小さな食事処の前にそれを置いて定食を頼む。
うどんに添えられた稲荷寿司に手を伸ばして、柱間は「好きなものは変わらんものだな」と笑う。
「昨日も言ったがたまに食うからいいんだ、好きなもんは。」
帰り道も長い。
名残惜しいが早々に食べ終えて、また来た道を戻る。
「いったい何をどれだけ買ったらそんな山になる。」
「む? 必要なものしか買っておらんぞ」
「見た通りデカい家じゃねえ。それ全部綺麗に片付けられるのか?」
「そうだのー、出来たら押し入れ付きの部屋を借りたいところだが。昨日のあの部屋は居間みたいなものであろ? 寝室の他にもう一室あったあの部屋は空いておらんか?」
「残念だがあの部屋は戦に必要なものが置いてある。寝る隙間などない。」
「……それは困ったな。……一週間経って見極めてくれたら、部屋を増築してもいいか?」
……確かにずっと住むのであれば、いつまでもあの部屋を寝床にしてもらっても困る。
「……だが木遁は使うな。村人に金を払って建ててもらう。」
それを聞いた柱間は、一層嬉しそうに笑った。
「では設計図を用意せねばならんな! 巻き尺と紙と筆を買っておいて良かった!」
……それは、はじめからそのつもりでいなければ買っていないものだろう。
妙な計画性というか、ちゃっかりそのまま住み続ける気でいるところはやはり柱間らしく変わっていない。
「今日は帰ったらすぐに休ませてくれ。丸一日歩くことなぞ疲れはしないが、お前といると変に疲れる。」
あれだけ笑っていたのが今度は落ち込んだ顔でこちらをじとっと見つめる。
「……すまぬ……俺と過ごすのは……マダラには……負担だったか……?」
「……落ち込み癖はちっとも変わらんな鬱陶しい。普段使わん頭や筋肉を使うから疲れるだけだ。二週間も経てば慣れるだろう。」
またパッと花が咲いたような笑顔に戻った。相変わらず切り替えの早い奴だ。
「それはマダラが俺のことを考えてくれていると思っていいのか?」
「……これだけ話しかけられて何も考えん方がどうかしている。ほれ、さっさと帰るぞ。そんな車重くも何と「」もないだろう。」
「では少し急ぐとするか、マダラも早く家に帰りたかろう!」
……今、何と言った?
俺が早く家に帰りたいだろうから急ぐと、こいつはそう言ったのか。
以前の柱間なら「自分が早く帰りたい」だったのに、自然とそんな言葉がこいつの口から出るとは。
柱間は変わっている。
俺は変わっていない。
だけど柱間と話せば話すほど、接すれば接するほど、俺もまた変わるべきだと考えさせられる。
だが変わらなかった期間が長かった分、簡単に変わるなどというとは出来ない。
それに変わるとして、それは一体何のために。
柱間のため……違う。俺のため……? これも違う。
……やり直すため……?
日が暮れる前に帰り、荷物を下ろして車を返しに行った。
村の人は「変わったお客さんと思ったら、ご友人ですか」と控えめながら興味がある様子だった。
「……そうですね、……友人です。」
頭を下げて、あの大荷物をどうするのか。とりあえず柱間にあてがった部屋に全て突っ込んだが、まだ全然整理はできそうになさそうだった。
「お、マダラおかえり。これがな、俺の食器一式だ。台所に持って行ってくれんか。」
「……多くないか。」
「これからは俺も料理を振る舞いたい! 鍋も買いたかったがそこはさすがに遠慮したんぞ。だが増築が終わったら改めて買いたいところだ!」
柱間が料理……出来るのか? まるで想像が出来ない。酒の目利きは出来る、だがつまみは手作りなど一度もなかった。馬鹿舌ではないから変な物は出て来ないとは思うが……。
「気持ちは嬉しいが、使用人の仕事はあまり奪ってくれるな。この村の者は現金を得る機会は多くない。」
「ああ、もちろんぞ。そこは心得ておる。あの者がマダラに仕える事で生活しておるのも理解している。それでも時にはマダラに手料理を振る舞いたい。」
「仮にも千手の長で……火影だったんだろう。どこで料理の心得を覚えた。」
物を片付けながら話す柱間の表情は見えない。
「……妻が作るのを、見ておった。」
妻、という言葉が、一瞬理解出来なかった。そういえば扉間が来た時に何か言っていたが……。こいつ、妻がいたのか。……なのに今一人でここへ?
「妻子はどこに置いてきたんだ、愛の千手一族が。」
「いや何とも勝気な妻でな、説得するのは大変だったぞ! 古い友との誤解を解きたいと何度も訴えて、俺が諦めん奴だと分かってくれたらしい。……子は立派に元気に育っておったから、何も心配はしておらん。俺の背を見て育った子だからの。それに最後に背を押したのはその子だった。"母さま、行かせてあげて"とな! ……妻子に、恵まれたと思う。……やさしい、妻と子だ。」
……そこまでしてこいつは、俺を探してここまで来たのか。
