もういちど
現実
朝起きたら柱間が自信満々に言ってきた。
「おはようマダラ、どうにか片付けたぞ!」
まさか夜中にごちゃごちゃやってたのではあるまいな……。早く見てくれと言わんばかりに部屋の襖を開けてどうだと見せつけられた部屋は……どう見ても片付けたとは形容し難い、ごちゃごちゃと物だらけの部屋だった。
「お前……これは片付けた、ではない。布団を敷く場所を確保した、だ。……とはいえ収納がないからな……箪笥か何かがあった方がよさそうだが……。」
そこまで言って、自分で決めた一週間のことを思い出した。
「……まあ一週間経つまではこのままで許してやる。」
「むむ、マダラは手厳しいの……パズルのように上手くやったつもりだったが……。」
柱間がここに住むとして、一週間経ったらすぐに村人に相談しに行こう。箪笥を作って欲しい事と、部屋の増築について。
幸いにもこの家を建ててくれた職人は爺さんだがまだ現役だ。上手く作ってくれるだろう。
問題は一週間経って俺が却下の判断を下した時だ。
この大荷物を柱間に持って帰れと言うのも難しいだろう。村人に譲って回るか。布団や着替えくらいは……また柱間がひょっこり来る可能性がゼロではない以上、とっておいてもいいかもしれんが。
しかしいったい何がこんなにあるんだ。部屋の中をじっと見る。衣類はいい、わかる。洗濯を考えれば2〜3組欲しいと思うのは仕方がない。枕と布団も嵩張るから置いておいて。……時計。こんなデカくなくても良かっただろ。何だこの小さい机。増築部分の設計図を書くため? ……部屋にあるちゃぶ台を使えよ。書き物一式……は、聞いてはいたが、紙多くないか。何で巻物がある。何の巻物だ。座椅子と座布団など何のために買った。あと何の本だ、これは。
いちいち追求するには多すぎて頭を抱えた。
「これでお前……一週間経って帰れとなったらどうするつもりだ……。」
「……そのときはきちんと……綺麗にして帰るから安心してくれ。」
「出来るのか? 車を借りて載せるにしても木の葉まで持ち帰らせるわけにはいかんぞ。どうするつもりだ。」
柱間は部屋の中に入った。
「……すべて、燃やして去る。それならば、いいだろう?」
……表情が見えない。
すべて燃やす、ということは、俺への執着もすべて精算する覚悟も持っているのか。一応。
燃やすというのはそういうことだ、形あるものがなくなり灰となって風に飛ばされて消えていく。
やり直すことが叶わなければ、そのつもりでいる。
「……そうしてくれ。お前なら火遁も扱えるのだろう。」
柱間は、答えなかった。
朝食を共にして、川を見に行ってみたいと言い出した柱間と共に木々が茂る先を進むと空が開けていく。俺自身ここへ来たのは数回しかなかった。やはり向こう岸まで石は絶対に届かない距離がある。
村の者が釣りなのか罠なのかわからないが、魚をとっているのは確かもう少し上流だったはずだ。
あの河原と同じように、岸には小石がたくさん敷き詰められている。ただ、その形は角が削れていてあの河原の石よりも丸みがある。
柱間はそのうちのひとつを選び取って、ひゅっと投げた。
ぽちゃ、ぽちゃ、と水面を歩く石は5歩目で川の流れの中に沈む。
「……確かに石切りで向こう岸まで、はこの川では無理だの。俺はマダラがこの川で"向こう岸まで届いたら"と言わなかった事に安心した! もし言われていたら……遠回しな断りだったな。」
「……そんな回りくどい断り方はしねえよ。」
「ではマダラも真面目に考えてくれておる、ということでいいか?」
「……そうだな。」
「ならば、俺はマダラのこころに、きっと石を届かせてみせよう。」
振り返りながら柱間が笑う。
妻と子を置いて、少なくとも数ヶ月以上はかけて俺の住処を見つけて、……そして俺のこころが動かなければ全て燃やして帰る覚悟を持って来た柱間の本気を、半分はもう認めている。
ただ本当に「友でも恋仲でもなく、同居人として」ということができるのか、その見定めはしなければならない。
あれだけ俺に執着していた柱間が、同居人という関係に落ち着くことが本当にできるのか。柱間が変わったのはわかる。妻がいて子も作って育ててきたのだから、それは変わるだろう。
でも変わらない部分もある。
俺と共にいたいと言うお前は変わった方の柱間なのか。変わっていない方の柱間なのか。
「しかと見ただろう、帰るぞ。」
「ああ、しかしマダラがこの地を選んだのも分かった気がする。この川は渡れまい。山も村人の通り道があるにしても多勢の軍は進みづらい。この2つを背後にしたマダラの家は攻めにくい場所であり、村を見守りやすい場所にある。」
……俺を襲おうなどと考える者はいないだろうとは思っている。ただこの村に世話になるからには万が一があってはならない。
それだけ殺して来た。軍勢でなくとも俺への復讐心に燃える者がいつ現れてもいいようにと選んだ場所。
柱間も一族を率いて戦をしてきたのだから、物の見方は俺と同じように戦術家のそれになったのだろう。
元来た道……ではないが、木々の隙間を通りながら柱間はどのように俺に石を届かせるつもりなのかと考える。
愛していると言いながら肌を重ねたときの思いは今はないと、昨日風呂場で確かめた。
では次は友ではないという証明だ。好きだの愛だのと比べるとこれを俺に思い知らしめるのは難しいのではないか。
そもそもただの同居人、とはどのようなものを想定しているのだろうか。友人との違いは何だ。
「お前にとって友とはどんな存在だ。」
がさがさと草を分けながら進む柱間の背中に問いかける。
「……友か……。……。」
……何か言いかけたような息遣いだったが、口を閉じたらしい。言葉で形容し難いのか、俺には言えんような事なのか。
「友でもないただの同居人になりたいと言ったのはお前だ。どのように友ではないと俺に示すつもりでいる。」
「……それがな、……これぞという方法がまだ思い浮かばん。ただ、約束の日までには示そう。待っていてくれ。」
本気で斬り合っていた時でさえ俺を友と呼んでいたこいつが、その考えを捨てることなど出来るのか。それとも胸に秘めて俺の前では出さんようにするつもりなのか。
俺が木の葉を去ってから無為に過ごしていたわけではないのだから考えも少しは変わっているかもしれないが、俺を友と呼ばずに居続けることなどこいつに出来るのだろうか。
……まあ、まだ5日と半分残っている。
こいつの本気を見させてもらおう。
「しかし……マダラは戦で一体どれだけ稼いだのだ。ひとりで戦っていたと聞く。一族で分配するだけの金をひとりで蓄えてきたのだろう。」
「ああ、そうだな。……この村でなら200年は生活が出来そうだ。」
「俺という食い扶持が増えてもか?」
「……たかる気か? 元火影様ともあろう者が。自分の食い扶持は自分で作れ。」
「聞いてみただけぞ、俺も旅の資金と合わせてそれなりに用意はある。……同居人になるならばあの使用人の給金も俺が半分は持つ。……家事の分担はなさそうだからな、それぐらいはさせてくれ。」
使用人の給金の負担など当たり前だが、それだけでいいと思っているお花畑に笑ってしまう。
「……お坊ちゃんは世間知らずだな。人の家を借りて住む、というのは家賃ってのが発生する。俺の家に住み続けるつもりならば家賃もきっちりと払ってもらうぞ。」
家賃、という言葉をはじめて聞いたような間抜け面をして、そして真剣な目になった。
「……いくらだ、どのくらい出せばいい。」
「……土地を買った金に……建築にかかった金……更にお前のために増築だろ。……そうだなぁ、40年生きると考えて年間にして……」
柱間の喉仏が動く。
「……5万もあれば十分だろう。」
「……ちょい待ち、そんなに……安いものなのか。」
「全部建て替えたいと言われればもっと高くなるぞ。台風なんぞで修理しようものならその金も折半だ。風呂場が狭いと言い出すならその増改築にかかる金は全てお前が持て。」
「つまりそれは、金さえ出せばこの家、俺の好きに作り変えても構わんということか?」
「家主は俺だ、どう作り変えることでどのように暮らしぶりが良くなるのかを考えて俺を説き伏せてみせたら好きにさせてやる。ただ言っておくが、俺は質素な暮らしのほうが好きだ。部屋も狭いほうが落ち着く。あまり変なことは考えんほうがいい。」
……兄弟がいなくなり父も死にイズナも亡くし、広い屋敷に一人取り残されたあの時を少し思い出す。
兄弟で雑魚寝をしたあの広い部屋の真ん中でイズナは息を引き取った。
俺が子を作り、またガキどもでぎゅうぎゅう詰めの屋敷を作ることも出来たかもしれない。ただイズナが死んだあの部屋で我が子を寝かすのは嫌だった。
親も兄弟もいなくなり俺は独りを選んだ。柱間はそんな俺に構いたがったが、俺の胸の中の虚無は他の誰かが埋めてくれるようなものではない。ただ守れなかった悔しさと、託された力を使っても敗北した事実だけでも俺には耐え難かった。だから柱間が何も考えず誘い続けるのも歓迎はしなかった。消えてなくなりたかった。柱間の夢のために同盟を築いてその後は、ひっそりと静かに過ごしたかった。
イズナを守れなかった俺に価値はないし柱間に負けた俺もまた価値はないと、苦しいばかりだった。
木の葉で過ごした日々は思い出したくもないものばかりだ。
「……共に、夢を語り合うのが……友という存在ではないかと思う。」
黙った俺に柱間が口を開いた。……何か答えへの取っ掛かりが掴めたらしい。
「……マダラには夢がないという話だったな。俺もまた、夢など見ないことにしよう。」
「……童心はどうした。」
「童心と夢は別ぞ? マダラと共に歳を重ねたいが、……これは夢だな。実際にはいつ終わるかもわからん。……夢よりも現実を見ることにする。」
「……お前の目には現実がどう映っている。」
「いつ無くなるかわからん……儚いものだ。」
柱間の答えは合格点だった。
同じ現実をあいつも俺も見ている。
平和はいつ訪れるかわからず人はいつ死ぬかわからない。その狭間で斬り合ってきたのだから見えていた景色も同じだったのだろう。扉間が残っているとは言え柱間も兄弟を4人亡くしている。命ほど儚いものはないと、数えきれない人数を殺してきて実感した。敵ではなく味方がいつ死ぬのかもまたわからない。事実イズナは死んだ。
夢ではなく現実を見る、柱間にそれが出来るのであれば共に暮らす資格を与えよう。
しかし夢ばかり見てきたこいつにそんなことができるのか、言うだけなら簡単だ。
家に帰ると料理の匂いがした。もう昼飯の用意をしているらしい。服についた葉を払って、玄関に二つの下駄が並ぶ。
「マダラさま、今朝やまにいが猪を捕ったんです。まだ新鮮だから、刺身もできます。どうしますか?」
まな板と包丁に目を向けたままだったその若い男が二人分の足音に気がついたらしく、振り返った。
「あ、ええと、お客様はいつまで滞在の予定でしたか?」
柱間はその者に笑いかける。ただ木の葉で見せた火影としての笑顔とは少し違って見えた。
「5日後の朝までは、少なくとも泊まる予定だ。猪は食べたことがないから楽しみぞ。いつも食事をありがとう。」
「……刺身よりは少し炙って食うほうが好みだな。せっかくだ、完全に火を通すではなく中の方は赤くてもいい。」
「あ、ありがとう、ございます。5日後までは、ちゃんと食材も用意しますので。出来上がったら呼びますから、もう少しお待ちください。」
「頼んだ。」
……しかし、居間は柱間の物で溢れかえっている。武具がある部屋には入れたくない。となると寝室しかないが……まあ、布団はしまってあるから問題はないか。
俺が足を向けた方向に、柱間も斜め横をついて歩く。
「マダラ、聞いてもいいか。料理もする使用人であれば女子の方がよかったのではないか。なぜあの者を選んだのだ。」
若い男が使用人、は確かに柱間の常識の中では珍しいのかもしれない。
「彼奴は両親がおらんが、下に兄弟が3人いる。面倒を見ている分、家事もよくできる。」
「この村では現金を得る機会はあまりないと……マダラはあの者を……?」
「助けてやっているつもりはない。俺も金を渡している分助けられている。特に洗濯は手間がかかる。お互い様だ。」
「……お互い様……そうか、……成程……。」
小さな村に住むというのは、そういうことだ。必要以上に親しくなるつもりはないが、助け合うのも時に必要だ。車を快く貸してくれたのも日頃の付き合いがあってのことで、俺が何らかの対価をきちんと渡すことも知っているからこそ。
柱間が何を考えているのかは知らんが、柱間もここに住むつもりならばこの村でどのように振る舞うのがいいのか学ぶべきだろう。
一方的な施しではなく、協力し合うことが重要なのだと。そしてそのために、忍術などというものは不要だということも。
