もういちど
やり直し
増築分の金はお前が出せと言ってあとは任せたから結局いくらかかったのかは知らないが、100万単位の金は少なくとも飛んだだろう。ただその代わり、診察所として空き家になっていた家を使わせてもらい、使わせてもらう代わりに村人に対しては安く診察をすると話をつけたらしい。それも現金だけでなく現物交換でもいい……つまり対価は畑の野菜や鶏なんかの肉でもいい、と。
柱間らしいといえばらしい。
薬棚もその家に置いてあるようで、この村で必要になりそうな薬はひと通り揃ったとか。
そして病は予防が大切なんだと熱弁して回り、「診察」ではなく「健康相談」を一食分の野菜やら米やらで受けていると話す。
その成果は確実に出ていて、病を早期に発見したり、肩が凝らない柔軟の方法を教えたりとそれなりに有り難がられている。
ただ常にその診療所にいるわけではなく普段は俺の家に共に住んで会話をしたりしなかったり、時折報酬として受け取ったもので手料理を振る舞ったりしながら同居人という立場を崩さないように生活をしている。
日差しの強い夏になって、畑の隅に少しだけ育てていた西瓜が食べ頃だと、村の者が集まった。
井戸水でよく冷やしてあるその西瓜はなかなかの大きさで、大きい包丁でも苦労するほどだった。村の者全員に西瓜が行き渡ってかじりつき、夏の味を楽しみながら普段はあまり話さない者とも会話が弾む。
特にこの村に来たばかりの柱間は質問攻めに遭っていた。俺との関係やら出身地やら何故ここに来たのかやら、容赦ない質問にのらりくらりと交わしながら肝心なことは喋らないまま俺と同じ「変わり者」のレッテルを貼られたようだ。
「西瓜があのような社交の場を作るとは思わなんだ、今日はまたひとつ新しい経験ができた!」
帰り道、上機嫌な柱間が畑に実る野菜を見ながら家路を歩く。
「マダラの言う通り土壌がいいのだな、あのような立派な西瓜……それに今実っている野菜、みずみずしくぷっくりと膨れて実に美味そうだ!」
「夏野菜は次から次に実るからな、しばらくは肉や魚ではなく野菜が多く食卓に並ぶ。秋になると川で取れる魚に脂が乗り始める。山菜や茸と蒸し焼きにするものが美味くてな。」
「食事くらいしか楽しみがないような事を言っておったが、俺はそれだけでも十分ぞ。」
「……それは何よりだ。」
時には鍛錬を共にし、時には星を見て、時にはイモリが出たと騒ぎ、時には縁側で少しだけ調理酒を飲む。
いま、このときを共にしながらゆっくりと流れる時間を見つめ、木の葉にいた頃とまるで別人のような柱間から見たら、俺もまた別人のように変わっているのだろうかと考えることも増えた。確実に言えるのは俺の顔が変わったことだろう。柱間と共に過ごしている中で、つい笑ってしまうことが多々ある。今までひとりで「ふむ」と思っていただけのことを柱間と共有するようになって、そのように見聞きしたものを誰かと分かち合うだけのことがこれほどまでに生活を彩るものなのかと驚いたものだ。
それが実感としてわかってからは俺から柱間に話題を振ることも増えた。
そのやり合いを聞いた使用人が「お二人は本当に仲の良いご友人なんですね」と笑いながら言うのを二人揃って「同居人だ」と声を合わせた時もまた笑った。
イズナの前以外でこんなにも笑う日が来るとは想像もしていなかったが柱間はいつも俺の想像の斜め上を行く男だ。
同居人がいる生活も悪くない。
それは相手が柱間だからだろう、木の葉の頃とは変わったこいつだからこそ。
「お前がやりたかったやり直しは出来ているのか。」
「もちろんぞ! 再び青春を味わっているようだ。マダラはどうだ。」
「青春か……青春なんてものはなかった。戦がひたすら続くばかりだった。その戦を終わらせたお前は大した奴だ。」
「だが代わりにマダラという大切な存在を……だからこの村では何よりもマダラの考えを尊重し、マダラのことを考え、マダラの望む生活の隣に居たいと思う。」
屋根に寝転びながら、柱間の言葉を静かに聞く。こいつは多分、まだ俺のことが好きなんだろう。黙しているだけで。隣に居るだけでいいと。
俺もまたこの生活の中で柱間が隣に居ることを望むようになっていた。だがこいつはいつか妻子の元に帰るだろう。隠れて手紙を書いているのは知っている。向こうは柱間の場所を知らない、一方通行だがこいつは妻子を完全に置き去りにして忘れているわけではない。
子が成人を迎える日には祝いに行きたいと考えるだろう。この先何年もこうして暮らすとしても、金が尽きれば取りに戻るだろうしたまには木の葉に帰りたいとも思うだろう。そうなった時に捨て置かれるのは妻子ではなく俺の方になる。
それはそれで構わない、あれは柱間の夢の里だ。だからこそいま、このときを1秒1秒大切に過ごさなければならない。
自身のあり方を変えてでも共に居たいと行動で示してきた柱間の思いに答えてやることによって、俺もまたあの頃の記憶を上塗りしているのがわかる。
最初から柱間とこういう和解の仕方をしていたならば、多分俺が木の葉を離れることはなかっただろう。
柱間が変わったからこそそう思うだけで、木の葉にいたままではそんな事は考えもしなかった。自分を押し付けてくる柱間になんとも思わなかった。こいつはこういう奴で、変わることなどあり得ないと思っていたし、実際変わることはなかっただろう。
互いに歳を重ねて平穏に隠居しているからこそこうなっているだけで。
「今にしてみれば、俺は何も見えておらず何も聞けていなかった。こうすれば良いはずだとこうであれば喜ぶはずだと何も見えとらんまま周りを巻き込んで突っ走っておっただけだ。」
「……全くその通りだ。やっと自覚したか。」
「妻に散々言われて少しはわかったつもりでおったが、それでもまだまだ甘かったとマダラから教えられた。マダラの胸に石が届いて良かったと、こころから思う。手に取る用意がなければ、いくら石を投げたとて受け取ってはくれんかっただろう。」
「受け取る気が一切なければ追い払って終わりだった。受け取る用意をしようと思えたのはお前が変わろうとしている努力を見せたからだ。……お前が俺の考えを変えてこころを引き寄せた。」
「……いや、この村での生活でマダラは変わった。だからこそ俺を門前払いにしなかった。受けとめる気になるにも心構えがいる。」
東の空を星が流れた。
誰が流れ星に願えば叶うなどと言い出したのか……こんな一瞬で願えることなど知れている。
相当に考えて絞らねばなるまい、猶予は1秒程度だ。願うとしても4〜5文字くらいだろう。
暗に願いなど届かないと言いたかったのだろうか。それとも選びに選んだ5文字程度ならば叶えてやろうということなのか。
俺の願いは5文字ではとても足りない。
イズナを返してくれというこの願いは。
「……間に合ったかのう。」
ぽつりと柱間が呟いた。こいつも東の星が流れるのを見たのだろうか。
「何を間に合わせたかったんだ。」
「……いや、きっと間に合ったと考える方が良い。それを叶えるのはどのみち己だ。」
「そうか。」
願いは自分で叶えるか、柱間らしい。
俺には願うことなど他にはない。柱間は今何を願っているのか。望み通りに同居人として生活している今では物足りないのだろうか。それともこの暮らしを続けてもっとあれこれしたいと強欲になったのだろうか。
俺の静かな暮らしを邪魔しない限りは見守っておこう。
戦もなく人が死なない世界の答えのひとつがこの村だ。というのは柱間もわかっただろう。柱間は柱間のやり方で、俺は俺のやり方でその夢を叶えた。
ただそのふたつの夢は交わることはない。
柱間はいつか決めなければならない。村で生涯を生きるのか、里に戻るのか。
立場を考えれば帰るべきだ。ただその意思決定は柱間がするべきだ。
そのいつかがいつになるのかを待ちながら、柱間が出す答えを見届けるのが俺の役割だろう。
屋根に寝転ぶ俺の手の上に柱間の手が重なった。……熱い手だ。どういうつもりなのか知らないが、柱間は喋らない。手はしっとりと汗ばみ始める。……緊張、か?
「……同居人では我慢出来なくなったか? 何をしているのか理解した上でのそれか。」
「……マダラにもうひとつ石を投げてもいいか。受け取るかどうかは任せる。投げるだけだ。」
「妻はどうした。」
「今はマダラとのやり直しのためにここにおる……木の葉とは違う。」
「何をやり直したい。」
「マダラの気持ちを知りたい。」
「確認してどうする。」
「まず知りたいだけぞ。……手を重ねた事についてどう感じたか教えてくれ。」
「もう言っただろう……同居人では我慢ならなくなったのだなと。」
「違う、そうじゃない……手を重ねた事は嫌だったか、嫌ではないのか。知りたいのはそこぞ。」
「嫌ではないが、共に住む条件は同居人だった筈だが。」
「……それは守る、同居人としてマダラと共にやり直したい。……ただやり直すという言葉の意味……を、少し考えてくれないか。」
同居人という立場を守りながら、投げた石をどうするつもりなのか。俺が受け取る気はないと言えばこいつのやり直しは終わるのだろうか。
「手ごときどうでもいいが、やり直すも何もない。知っての通りお前に対してそういう情は持っていなかったのだから、やり直す意味もない。」
「……身体を許したのは本当に……俺がマダラに勝ったから、それだけだったのか。」
勝者以外にあんな事を許す事はない。
唇を受け入れたのも柱間を受け入れたのも、俺が敗者だったからだ。それ以上の特別な何かなんて存在しない。
「……確認するだけ無駄だ。」
「……それでも確認させてくれ。思い知れば潔く諦める。」
いくら石を投げても届かないと知れば諦めるのなら、好きにさせようか。
諦めるという言葉を口にした、これも以前の柱間なら出て来なかった言葉だ。
やり直すために変わり、共に住むために変わり、村での生活や価値観を学び、その原動力が俺と共に居たいとという気持ちならば早々に諦めて同居人の立場に落ち着いて共に過ごす方を選ぶだろう。
「好きにすればいい、その結果どうなるかはよく考える事だ。」
柱間はその後も変わりなく過ごした。
石を投げると言いながら、投げようとする様子は見られない。ただ何もせず諦めるとも思えない。
おはようと声を掛け合って、洗面所を交代で使って、食事を共にして、少し散歩に出たり診療所に向かったり、四六時中共にいるわけでもなく、ただ同じ家に帰ってして、少し会話をして、そして風呂に入り、それぞれの部屋で眠る。
押し入れがふたつ間にある部屋の向こうで柱間が何をしているのかも知ろうとはしなかった。
知ったところで俺には関係ない事だ。
ただ同居人でいる限りこの家から追い出す事はないし、胸に何を秘めていようがどうだっていい。
柱間が自分の感情に切りをつけるために必要な時間もあるだろう。
変化は好まない。
変わらない毎日を、小さなことに憂い小さなことに喜ぶ毎日をただ続けることができればそれで構わない。
柱間が住むようになってから少しは生活は変わったが、悪い変化ではなかった。少なくとも、今は。
またここから変化が現れるのか、このまま変わりなく時間が過ぎるのかはまだわからないが、柱間のやり直しを見届けてやっても良いと思う。それに柱間との生活は俺にとってのやり直しでもある。
木の葉でのあの日々は、誤解と思い込みで苦しかっただけで、本当に柱間のはらわたが見えていたならばそんな苦しさを感じる事はなかった。
あの記憶を上塗りするための今の穏やかな平和。俺だけでなく柱間も同じ思いを抱えている。方向性の違いこそあれど、俺たちが目指しているのは同じもののはずだ。
もう誤解も取り間違いも思い込みもしない、そのために必要なのは互いに腹を割って話をすること。
だから柱間がどう思っているのか知ること自体は何も問題はなかった。そこを伏せたままではまた同じように誤解を繰り返すだろう。
誤解を繰り返す、そんな事は望んでいない。
互いに互いを知って誤解をほどきながらこの先どうしていくのが良いのかを探ってやり直す。そのためには俺も……柱間に思っていること、感じていることをありのまま包み隠さず伝えなければならない。
