知られてはいけない(扉イズ版)
内通
探知班を岩山の上に3人配置して交代で様子を観察させながら屋敷の裏側からの侵入経路を木こりに扮した者に確認させている間に柱間からの返事が届いた。
部屋の中でそれを広げ中身を確認する。
『面白い文に感謝する。扉間が随分と悔しがっておった。イズナに関しては承知している。そのイズナを返せという話だが、マダラが俺と手を組み和睦に応じるなら考えよう。前向きな返答を待っている。』
想定内の内容だ。イズナを手に入れて優位に立ったと思っているのだろう。腹がデカくなってからでは脱出の手間が増える。早期にイズナと連絡を取り扉間の監視を欺いて……ここが一番の難関だ。扉間はイズナと肩を並べる実力者だ。イズナが囚われている今対抗できるとしたら俺だけだ。森に囲まれている事を利用して火遁で焼き払うか。何れにしてもイズナが屋敷のどこにいるのかをまず確かめる必要がある。
表に出て隠密行動に特化した者に声をかけた。
「例の作戦だ。ある程度は道を確保してある。屋敷には近づくな。この口寄せの猫だけを屋敷に向かわせろ。猫が死んだと分かったら連絡をよこす。連絡が来ない限りは猫が戻るのを待て。」
千手側の背後にいる大名の元へ何人か送り込んである。その者達が戻り次第、仕掛けを始める。
夜中でも俺が吐き気を催せばすぐに扉間が口元に洗面器に手拭いを敷いた物を寄せる。吐けば多少はすっきりするから正直扉間の行動力というか鋭敏さには助かっている。
ここまで面倒を見る根拠が尊敬であり俺への好意であるなら案外扉間を落とすのは簡単かもしれない。
感謝の言葉も「助かった」から「ありがとう」に変えて物理的距離も少しずつ近づけている。
つわりで弱っているふり……まあ実際弱ってはいるが、それをしながら少しずつ態度と言葉を変えていけばこいつも俺が気を許し始めたと感じるだろう。
急に近づくのは不自然だ、あくまでもゆっくりと。
表情こそ読めないが最初は俺に触れようともしなかったのに今は吐く時には背中に手を添えるし厠に行くにも手を繋ぐ。肌が触れ合う時間が長くなっている。それは俺との心理的距離でもある。
扉間があのお化けの言う通りにしているだけだとしても、精神は行動に引っ張られる。俺がなびいていると感じさせればその行動は継続されるし徐々に顕著になっていくだろう。冷静に状況を観察して分析出来ていると考えているだろうがそれでいい。それを続けるだけ俺の思い通りになるだけだ。
毎日ぐったりするふりも不自然だろうと比較的体調のいい日は普通に振る舞うように変えた。ずっと臥しているのは心配ではあるだろうが状態が固定されているということでもある。扉間は同じ対応を続ければいい。
動ける日と動けない日を作ったならば扉間は常に俺の状態に変化がないか気にかけなければならない。そうすれば今までにない想定外の事が起こった場合にどうするかまで考え始めるだろう。起伏をつける事で俺の面倒を見なければならないこいつは俺へのリソースを多くせざるを得なくなる。
この状態を固定出来たら次の手だ。
体調は日々変化するらしい。比較的元気そうに振る舞っていても突然吐く事がある。吐く前の気分の悪そうな顔ですぐに吐けるように洗面器を差し出すのが身体に染み付いてしまいそうだった。
ただ、水分は意識して飲ませているから脱水にもなっていない。芋餅だけだが一応食べることも出来ている。必要最低限の栄養は取れていると思っていいだろう。つわりが終われば普通に食べられるようになるのだからその時に取り戻せばいい。
イズナのつわりの対処もだいぶ慣れてきたとはいえ目が離せないのも事実。それに本を読んだ限りでは「妊娠すると精神的に不安定になりやすい」とも書かれていた。イズナがそうなった場合に俺が精神面を支える事が出来るのか、そういう事は不得手だ、と不安を覚えていたが、イズナもこころを許す程ではないが看護者としての俺を頼ってくれている様子だ。
何ともならなければあの産婆をまた呼んで対処法を学べばいいだろう。
イズナのことも大事だが兄者の送った書簡の返事がなかなか来ないのが気がかりだった。マダラはわざと難解な文を送って何らかの工作のための時間稼ぎをしていると見ていたが、兄者が何と送ったのかはわからないが返事が来ないのも不気味だ。
こうしている内に何らかの手立てを考えている可能性が高いがイズナがこちらにいる以上下手に手出しはできないはずだ。
あとは戦が起きたらどうするかだ。いつその命令が来るかは全く読めない。
うちはにイズナがいないのであれば俺は後方からの指示でも十分戦えるだろう。イズナの不在はうちはにとってダメージが大きい。千手の戦略的優位は揺るがない。兄者とマダラにしても、兄者が『俺を殺せばイズナの命もない』と一言口にするだけでもしかしたらマダラに勝てるかもしれない。……が、あのうちはマダラだ。甘く見ない方がいい。それに兄者がそんな内容を口にするかどうかもわからない。
比較的体調が良く、身体が鈍るから筋トレをしたいと言ってみたが今は駄目だと突っぱねられた。
ろくに食えず身体もほとんど動かしていない今、うちはに戻れたとしてもすぐには元通りに復帰する事はできなさそうだ。机に肘をつき本を読む扉間を眺めていたら窓の方でガサゴソと小動物が動く音が聞こえた。
窓の方を見てみるが障子が閉まっている。ガサガサという音は近づいてきているようだ。
「鼬か何かだろう、たまにある事だ。」
「鼬が出るのか、ここは。鼬は見た事がないから見てみたい。」
兄さんからの連絡の可能性がある。確かめなければ。
「障子を開けるのは構わないが、目に見える場所までは来ないぞ。」
「俺は眼が良いから見れるかもしれない。」
開けて良いと許可は取れた。障子を開けるとちょっとした庭がある。確かに野生動物は見れなさそうだが、それ以外ならば。
ガサガサと葉っぱが揺れて顔を出したのは猫だった。これは……!
「おい扉間、猫だ。猫もいるのかここは。」
「俺の部屋ではあまり見かけないが、野良猫ならその辺にいる。」
「なあ、あの猫こっちに来るから触ってもいいか?」
扉間は本を置いて猫の様子を見に来た。いかにも野良猫らしい少し痩せた猫だ。
「構わないが……あまり野良猫は触らない方がいい。何か菌を持っているかもしれん。……猫が好きなのか。」
「あんなに可愛いのに扉間は猫を触りたいと思わないのか?」
身を乗り出したらその猫はこちらに向かって軽い足取りで向かってくる。
「芋餅しかないからなぁ……鰹節でもあれば良いのに。ほら、こっちおいで。」
ちちち、と音を出すと縁側のすぐ下まで来たその猫に手を伸ばした。……間違いない、うちはと契約している忍猫だ。
扉間も後ろからその様子を見ている。
この猫が何のために来たのか、何かを伝えに来たのか確かめたいが、猫は鳴かない。……鳴かない、という事は口の中に何かある。
「何だ、ずいぶん大人しいなお前。この辺の猫か? 痩せててかわいそうに。抱いても嫌がらないなんて野良にしては珍しいな。」
抱き上げて胸に寄せる。扉間はずっと見ている。どうする。
「扉間、猫がいるならもっと早く教えろよな。しかし懐っこいなあ、何で鳴かないんだろ。」
隣に扉間が座った。
「そんなに……猫が好きだったのか。だが猫は障子も畳もボロボロにする、飼う事は出来んぞ。」
「ならこの出会いを邪魔しないでくれ。可愛いなぁ、お、ゴロゴロ言い始めた。」
猫好きをアピールしておけばこの先また猫が現れても自然に触るところまでは出来る。しかし監視のある中で口の中を確かめる方法は……。と思っていたら、猫は浴衣の合わせの隙間に入り込んだ。
「おっ、と。浴衣の中はさすがに困る。出てきてくれ、ほれ。」
合わせに手を入れて猫をつまみ出した。やはりこいつは鳴かない。抱いていたのを解放してやると、庭を少しうろうろとしてから縁の下に入って行った。
「怪我はないか?」
「ああ、大人しいやつだった。鳴かないのは不思議だけど。」
「浴衣に猫の毛が入り込んでいたらいかん。着替えろ。」
「細かいなぁ……全く。わかったよ。」
浴衣の帯のところに猫が残していった何かがある。扉間にバレないように着替えるにはどうしたら良い。
「ああ、その前に厠に行ってもいいか。猫に気を取られて忘れていた。」
「……構わない。」
扉間から出された手。今はもう俺からも握り返している。厠の前の廊下は狭い、二人並ぶ事は出来ない。扉間はいつものように尿量を見て、全部出たところで顔が引っ込んでいく。
服を整えるふりをしてその何かを袖の中に移す。手洗い場まで歩いて袖をまくり、水を出したら扉間が水の勢いを強めた。
「野良猫を触った後だ、石鹸でよく洗え。」
「はいはい……旦那さまはほんとに細かいなぁ……。」
じっと見られている中石鹸を手首までしっかり泡立てて洗っていると、納得したらしい。少し離れて見守り始めた。手を洗いながら肘の部分にあるこれをどうするか……脱いだ後に回収は危険だ。脱いだそばから扉間がチェックを始めるかもしれない。ならば脱ぎ方を考えるしかない。袖を抜いた時にそれを落とす、裾で落とすところは隠す、足で踏んで隠す。
泡を綺麗に水で洗い流して、扉間に向けて手を見せつけた。
「納得?」
「ああ、十分だ。」
手拭いで手を拭いてまた手を繋ぎ部屋に戻る。平静を装いながら頭の中でシミュレーションする。
部屋の中に入って、いつも座っている場所まで歩いた。
「で、着替えだっけ? 新しいやつ出してよ。」
扉間が押し入れを開いて浴衣を一枚取り出す。その間に帯はほどいて床まで裾が垂れている状態にした。
片手で新しい浴衣を受け取って床に置き、いつものように肩から脱いで袖から腕を抜く。それが畳に落ちた。脱ぎながら足を踏み出してそれを踏み、新しい浴衣に手を伸ばすとその腕を掴まれる。緊張が高まるが呼吸と心拍は制御できている。
「……何?」
「腹を見せろ、引っ掻かれていないか見る。」
新しい浴衣を持つ前に、腹を見せつけてやった。傷ひとつない。……しかしやはり筋肉は落ちている。
「大丈夫そうだな。」
改めて浴衣を拾って着込み始めた。スッと足を引いて帯を緩めに締めると、扉間は脱いだ方の浴衣を確認して部屋の隅に置く。
俺はその場に座ってそれを浴衣で完全に隠した。あとはどうやって見るか。……俺から目を離さないように仕向けてきたのが裏目に出たな。
中を確かめられるとしたら布団に入ってから。それまでこれの存在を隠し続けなければならない。
……いや、待て。兄さんとて俺が監視下にいると予想はしているはずだ。バレたとしても構わない内容のはず。もしくは扉間を撹乱する内容を敢えて書いている可能性すらある。だったらバレてはいけないのは猫を使っていることの方だ。別の方法でこれが俺の手元に来たように装うには、バラすのは今じゃない。
浴衣の中に何気なく隠した。
明日、いや明後日だ。これを見つけるように仕向けるのは。障子に挟むように隠す。扉間はその小さな異変を見つけるだろう。見つけなかったら俺が見つけたふりをする。
それまでは浴衣の中に隠し通す。
猫が余程好きなのか、手放した後もイズナは機嫌が良さそうだった。だが野良猫はどんな菌を持っているかわからない。なるべく接触はさせたくないが、今日の様子を見るとイズナが少しでも気を抜けるならたまになら問題ないと思うことにした。
きちんと手も洗ったし夜の湯浴みでも身体はきれいに洗ったから今のところは大丈夫だろう。
また猫が来たら見せてやった方が喜ぶだろうか。しかし、俺の部屋に猫が来るなど珍しい。マダラからの内通かと思ったがイズナにも猫にも不自然な点は見られなかった。鳴かなかった事だけは引っかかったが、野良猫だ。元々そんなに鳴くものではない。念のため監視を強めたがイズナはいつもと変わらない様子で布団に入り眠った。その後も何かを確かめるような様子は見られない。
警戒しすぎるに越した事はないが、あの猫は恐らくただの野良猫だろう。……と、監視を強めて二日、問題はなさそうだと判断した。
しかし厠から帰ってきたとき、縁側の異変に気がつく。障子に僅かに隙間があった。
開けて確かめるとそこには小さく折り畳まれた紙がある。……これは何だ。誰が。俺の探知能力を出し抜いてこれを置いて立ち去った……?
ともかくイズナに関係するものの可能性が高い。机の上でその紙を広げる。
「何それ。」
イズナが興味を持って寄ってきた。
小さな紙には「ま」とだけ書かれている。裏表を確かめて、炙ったり水に漬けたりしてもそれ以外何も書かれていない。
「ま? って、何これ。 ……もし兄さんから……にしてもさすがに意味がわからない。」
「……念の為解析班に引き渡す。これがうちはから来た物であれば、奴等は俺たちの集落の場所を把握していることになる。」
十中八九マダラからのものだろう。これでいつうちはが襲って来るかわからなくなった。警戒を強めなければならない。いつでも戦闘出来るように周知させなければ。
しかしあのマダラがこんな間抜けなやり方をするだろうか。また何か罠の可能性も捨てきれない。
あらゆる可能性を考慮の上で厳戒態勢を敷くべきだ。
マダラの思い通りにはさせない。
