知られてはいけない(扉イズ版)
動と静
身なりのいい使者が千手の集落の門に立つ。それを見て男達はスッと建物の中に入った。
こんな時に来てしまったか、と思いながらその使者を出迎える。
「また随分と間がないのう、相手さんはそんなに焦っておるのか。」
使者は折り畳んだ紙を差し出した。
「私は使いの者なので詳しい事情までは……。」
「わかっておる。さて……戦の支度をするとしよう。」
歩きながら紙を開き中を確かめる。いつもの文面。……マダラのところにも向こうの使者が来ているだろう。イズナなしで戦うつもりか、それとも和睦に応じるか。書簡の返事はまだ来ていない。悩んでいるのか何か企んでいるのか。
まあ企んでいるにしても戦の方が重要だ。扉間の影分身も屋敷から出てきた。
「兄者、これはうちはを殲滅する好機だ。イズナの事を公表するべきではないか。」
「いや、まだ機が早い。戦場で確かめさせればいい。しかし扉間、俺はあくまでマダラとは手を組むつもりでいる。……殲滅ではなく兵力を削げ。腕一本ないだけで戦場には立たなくなる。殺す必要はない。……よく考えて軍を動かせ。」
皆鎧を着込み刀を準備し始めている。
次の戦場はどこになるか……まあ、どこでもマダラの相手をすることには変わりない。
「用意ができた者は隊別に並んで待て!」
マダラを相手に鎧など邪魔なだけだが、これを着て見せることで士気が上がる。ひとつの軍としてのまとまりになる。
額に家紋のついた手拭いを巻き、後ろできつく結んだ。
「扉間は今回後方指揮にあたる! もしまたイズナが出張った際には前線まで上げる。前回と同じ戦法だ! あのオメガはまだ発情期に違いない。各々十分な量の抑制剤を飲んで挑め!」
上空を旋回しているカラスがいる。マダラからの連絡だろう。落ちてきたのは石に括り付けられた紙切れ。
『あの河原にて』
……和睦に応じるつもりがあるからその場所を指定したのか、それとも別の思惑があるのかまだ読めない。しかしイズナはこちらにいる。交渉の余地はある。
「戦場は北西、川のある場所だ。行動開始!」
兵に向けて声を張った後、扉間に告げる。
「お前は影分身でいい。イズナから目を離すな。」
「承知した。」
「騒がしいな……戦か。」
「ああ、残念だがお呼びがかかった。」
「……また俺の同胞を殺す訳か。」
怒気を孕ませた声に、扉間が俺の顔を見る。
「兄者からは殺すなと言われている。戦力を削ぐだけだ。」
「……戦えない役立たずを増やす、という事だな。そんなものは殺すも同然だ。」
「極力、一時的な戦闘不能に止める。兄者が望んでいるのは和睦だ。それを阻害するような事はしない。」
「兄さんは和睦など望んでいない……俺を捕らえた事を利用するつもりだな?」
「イズナ、落ち着け。」
肩に置かれた手を振り払った。
「……今までのような戦にはしない。俺は後方指揮だ。全軍を動かせる。単なる殺し合いにはしない。」
「千手の言う事など信用出来ない。」
兄さんから届いた「ま」の文字が書かれた紙の意味を考え続けていた。そしてこのタイミングで戦。それは本当の戦なんだろうか。
猫が来たということは、扉間が神経を尖らせているように兄さん達は千手の集落を特定している。そして兄さんはそれが千手にバレても構わないとも考えている。
忍猫で連絡手段を得たがこの方法は常時扉間が監視している状態では使いづらい。常時監視がついている事は兄さんも分かっているだろう。
ではあの忍猫は何の役割でこの紙を俺に預けた。「ま」とだけ書かれた紙。これは……もしかしたら重要なのは書かれている内容ではなく、俺に渡された事で意味を成す物なのか。例えば、これがこの場所にある事でこの屋敷の中のどこに俺がいるのかという情報になっている? でも紙は扉間が持ち去った。であれば紙を開いた瞬間に何らかの知らせが飛ぶ仕組みになっていた?
少なくとも忍猫は俺の場所を把握して姿を消している。仲間の元に無事戻れていれば俺の居場所は知らされる。
ただ、戦が起きてしまった。この屋敷の見張りや侵入経路の確認に人を割いている状態で真正面からぶつかるだろうか。
この部屋には武器の類はない。しかし俺はチャクラという武器を持っている。扉間がチャクラを硬く練って俺の刃を受け止めたように、その形状も性質も自由に変化させることができる。……刃のように尖らせて硬くして腹に刺す。他の内臓に影響しないよう子宮に狙いを定めて。
胎の中で成長しているのを感じる。この胎児が持つチャクラはいい目印だ。戦が始まる頃にそれを実行したら扉間は俺にリソースを割かざるを得ない。確実に殺せるかはさておき、全力で暴れながら腹にそれを刺す。今の俺では恐らく扉間に止められて未遂に終わるが、影分身を解かざるを得なくなるように仕向ければ。
戦でうちはが不利になる可能性は減る。
戦が起きればイズナがこうなる事も予想はできていた。今の所は暴れる気配はないが、兄者が留守の今何をするか分からない。兄者の言う通り、イズナから目を離してはいけない。何かしようとしたらすぐに止められるように片足を畳につくように座り直した。
イズナは神経を逆撫でながらも落ち着いているように見える。戦場の方は兄者がうまく立ち回るだろう。何だかんだ言ってもこと戦いにおいて兄者は野生の勘と言うべきか、考えている様子はないのに最良の手を取り続けることが出来る。
マダラがどう動こうが大きな問題にはならない。あとは俺が雑兵の管理を徹底するだけで。
マダラが指定した戦場に現れたのと同時に数百は超える矢の雨が千手の軍を襲った。この河原の両岸は森になっている。和睦の話のためにここを選んだのであれば良かったが、この様子では逆のようだ。
「毒矢の可能性がある、食らった者は一旦後方へ下がれ!」
扉間の指示を後ろに聞きながら、マダラ本人が現れるのを待った。あの巨大なチャクラを向こう岸の森の中から感じるが動く気配がない。
隠れたまま戦うつもりなのか? ……マダラらしくもない。それともイズナがいない不利を補うための作戦か。しかし森の中ならば俺の方が優位だ。
「マダラ、いつまで隠れておるつもりぞ!」
木遁を森に仕込んで様子を見るが、その森が黒い炎で燃え始めた。
……これは何だ。
その炎は川を渡ってこちらの陣営にも周り木々を燃やし始めた。……この炎、消えない……? 新しい術か。
このまま見守るわけにはいかないらしい。先陣を切って森の中にいるマダラの元へ向かった。
扉間が何かに反応して臨戦体制をとった。少し遅れて、俺も周囲の異常に気がつく。……この場所、囲まれている。相当な人数。千手相手にそんな事をするのはうちは以外にいない。という事は戦そのものが兄さんが仕掛けた罠、か。
扉間が俺の手を引いて立ち上がり、どこに隠していたのか小さめのクナイを首に添えた。……俺は人質という訳か。包囲網は焼けこげた匂いと共に狭まってくる。扉間は大声を張った。
「それ以上近づくとイズナの命はないぞ!」
首に当てられたクナイが小さな傷を作る。やはりこいつ、戦においては合理的で冷酷で非情だ。この事態で胎の子など気にしてはいられまい。このままでは本当に殺されかねないが、俺は腹に当てていた手にチャクラを練り始めた。
「イズナやめろ。」
「あんたに殺される位なら自ら死ぬ。であれば人質として使えなくなるだろう。」
準備は出来た、あとは手を腹に押し当てるだけで。というところで扉間にその手を掴まれる。しかし扉間の手はクナイと俺の腕で塞がった。印も組めまい。
それを見計らったかのように部屋が上から潰される。見たことのない青いチャクラに巨大な化け物のような半透明の足はすぐに消えて代わりに現れた兄さんが瞬時に扉間に刀を突き刺した。
やったか、と思ったがその扉間の気配が後ろにない。クナイはまだ首に突きつけられたまま……どうなっている?
「木遁分身か」
刀を引き抜く時間もなかったのか兄さんはそのまま視界の向こう側に消えてどこからか現れた巨大なチャクラとぶつかり合う。
木遁分身が使えるのは柱間だけだ。という事は兄さんが向かった方には柱間がいる。
「よくあの使者が偽物だと見分けたな、うまくやったつもりだったが。」
「見分けはつかんかったが勘は良い方でな。しかしここでやり合うのは都合が悪い。」
木遁分身の扉間をすり抜けて手にチャクラを込めたまま俺も臨戦体制を取る。扉間はどこへ消えた。あいつを抑えておかなければ……!
兄さんと柱間は牽制し合いながらぽっかりと開いた屋根の上に移動して行った。他の仲間も焼けた木々の間から現れて俺の周りを包囲しようとする。
「やめろ、命を無駄にするだけだ。お前らでは扉間の相手は、……っ」
こんな時に吐き気なんてやめろくそ空気読めない身体め……!
思わず膝をついた瞬間、目の前に二人現れてそれぞれ俺の肩を掴んだ。
「「大丈夫かイズナ!」」
視線を上げるといつもの洗面器を片手に持った扉間と兄さんが至近距離で殺気を込めて睨み合っている。俺は扉間から洗面器をぶん取り胃の中のものを吐き出した。
どうしてこうなったのかはさて置きどうなるのか先が全く読めない事態となった。
ほぼ全員の千手の男が戦場にいて、俺たちはうちはの者に取り囲まれている。丸い机に4人腰を下ろしているがマダラとイズナは殺気立っているままだ。
イズナが吐くのを見守り口をゆすがせている時に兄者がマダラの背後に立ち、とりあえず茶でも飲もうと応接間までマダラを引っ張ってきて今この状態だ。
「イズナをきちんと大事にしておるのは分かっただろうマダラ。」
「てめえらがイズナを攫わなければ俺が面倒を見ていた。イズナはこのまま連れ返らせてもらう。」
「和睦に応じるならば無条件でそうしよう。せっかくこのような機会が作れたのだ。戦のふりを続けられる時間も限られておるぞ。」
「知った事か。イズナはこのまま連れ帰る。」
「だが扉間がしかと看病しているのも分かっただろう。イズナと扉間は今手を取り合って子を産むために距離を縮めておるところだ。」
「イズナに千手の子など産ませると思うか、そんな事は必ず阻止する。イズナもそんな事は望んでいない!」
「俺は産ませたい。両家の子は互いに手を取り合う良い機会だ。和睦もせず産ませもしないと言うならばイズナは渡すわけにはいかん。」
「この俺がこの場まで来て何の収穫もなしに帰ると思っているのか。」
「そうだの、だがマダラがそのつもりであれば俺はイズナを人質として扱うしかなくなる。暴れようものならお前の弟とて殺す。俺の屋敷の中で無事に身重のイズナと共に逃れられると思うな。」
和睦と言いつつ平気で殺すとも言う……兄者らしいがそんな物言いではマダラの怒りを買うだけではないか。
それにその殺すという役割は俺に押し付けるつもりなのが透けて見える。いざとならばやむを得ないが出来れば今の状態のイズナは手にかけたくない。
「ふん、ここがどこであろうが門から堂々と外に出てやる。途中で千手の者どもを見つけたら皆殺しにする。柱間、お前らの居所はもう俺たちには分かっている。それがどういう意味かもまたわかるだろう。」
「それは確かに不都合だ。だがイズナを連れ帰るならば俺達はイズナを殺すぞ。千手の集落を襲っても殺す。イズナを堕胎させようとしても殺す。それでも良いならば好きにすると良い。」
「……和睦が聞いて呆れるな。やはりお前らの本性はそれだ。そんな脅しを素直に受け入れると思うか。」
兄者の視線が一瞬俺に向いて、またマダラに戻す。その間にイズナの背後を取り腕を拘束して首にクナイを当てた。
「出来ればこんな事はしたくない。が、貴様の出方次第では」
言い終わる前に後ろに気配が移動していた。同じように俺の首に突きつけられるクナイ。
「出方次第では……何だ。言ってみろ。」
「……っ、」
「まあ落ち着け、互いに弟を失うのはもう終わりにしたい。停戦協定はどうだ。うちはは千手を襲わない。千手も戦は断る。平和、というものがどういうことか、一度経験してみて欲しい。」
「……停戦協定の期間は。」
「半年にしよう。その間イズナは預かるが、扉間がしっかりと着いているから安心してくれ。停戦協定の期間が終わったらイズナを帰す事も約束しよう。これでどうだ。」
首にクナイを突きつけられたまま、マダラの様子を伺うが変わった様子は見られない。この交渉も決裂するならもう腹を括る他ないだろう。
「半年は戦をしない、イズナは半年後にうちはに帰す……それが確かであると書面で取り交わすならば受けてやる。」
「もちろんぞ、2枚同じ内容を書き血判を。1枚ずつ各々が持ち帰る。……それで良いな?」
首からクナイが離れていき、俺もまたイズナの首からクナイを離した。
マダラは相変わらず不機嫌そうではあるが、イズナが帰ってくることが約束されたのだから少しは溜飲を下げるだろう。
しかし半年後……もう腹も出ているだろう。そのタイミングでうちはに返せばマダラは確実に堕胎させようとする。
兄者は産ませるつもりのようだったがそれを諦めてでも停戦を取ったのか、それとも産ませるための策が別にあるのか。
兄者が書いた書面を確かめてマダラは己の名前を記し、親指を噛んで血を滲ませて2枚の紙に押し付ける。
その署名の筆跡を見て、あの長ったらしい10枚の文はやはりわざと読みにくく書いたのだと確信した。マダラのその署名は教本の字のように繊細で美しい字だった。
悔しい気持ちが蘇りつつ、この先半年は安全と安心が確保できることに内心ほっとする。
イズナも半年後に帰れると思えば下手な事はしないだろう。
