知られてはいけない(扉イズ版)
策略
飲まず食わずは何度か経験があるが緊迫した状況下だったから腹も減りにくかったのだろう。丸一日ほとんど食わずに時々芋餅をつまむ生活が今後も続くとなれば体力の低下をはじめ色々不都合が出てくる。しかし食べようにも食べられないのだからどうにもならない。扉間は俺が食事の匂いで吐き気を催すと知って夕食以後部屋で何かを食べることは無くなった。影分身が代わりに食べているにしても、その影分身を解かないと扉間の身体に栄養は入って来ない。どうするのか眺めていたら、布団を出す前に術を一旦解いたらしい。2つ布団を並べてからまたひとり影分身を作る。夜通し見張らせるつもりなんだろう。それなら今日は素直にさっさと寝てしまおう。
布団に潜り込んで扉間に背を向けたら、肩を引かれた。
「左側が下になるように眠れ。」
……子供を下ろすまでは扉間の方を向いて眠らなければいけないらしい。まあ、すぐに眠ればそんなに気にもならないだろう。と思ったら影分身を解いてあちこちの情報が統合されたらしい扉間が口を開く。
「マダラからの文は、ほとんどがイズナを心配する内容だった。俺達もイズナを悪く扱うことはない。マダラを少しでも安心させるにはどのように返事を書いたらいいと思う。」
「……そんなの決まってるだろ。今すぐイズナを帰すと書けばいい。」
「……それは出来ない。イズナは兄者の話を聞いてどう捉えた。」
「恐ろしい奴って印象しかないな。ただ……何だったか、扉間と仲良くなれみたいなことを言っていたのは覚えている。」
「それについてどう思った。」
「……邪険にし続けるよりはある程度うまくやってく方がストレスは少ないと思う。実際、扉間には色々世話になってるし助かっている。……ただ、前提として妊娠さえしていなければこんな事にはなっていない。改めて聞くが、あの時何故俺を殺さなかった。少なくともその判断をするだけの思考力をあんたは持っていたはずだ。」
「……動揺したというのが一番近い感覚だ。戦場でのイズナの強さは誰よりも認めている。そのイズナがオメガで、それも発情期で本来の力を出せない時に殺すのを躊躇った。躊躇っているうちにフェロモンに呑まれた。……それだけだ。」
「……胎の中の子も気の毒だな。敵同士憎み合っている俺達の間で着床するなんて。」
「俺は憎んではいない。」
「……は?」
「戦場に立つイズナは誇り高きうちはの戦士だった。敵として尊敬こそすれ憎んでなどいない。」
「だから甲斐甲斐しく世話してるわけ。俺はずっと倒すべき敵としか考えてなかったけどな。」
「……だが今は立場が変わった。兄者の言うように出来ればイズナとはもっと近しくなりたい。お前の胎の中にいるが、それは俺の子でもある。きちんと産ませたいし、産まれたら愛を注ぎたい。」
「……扉間の口から"愛"なんて言葉が出てくるとは意外だな。あんたは冷静で冷徹で合理的な人間だと思っていた。」
「半分は合っているが……自らの子を愛さないなど、……父親ではない。」
「……いい加減眠いからお喋りは終わりにしてくれ。……疲れた。」
「昨日もろくに寝ていない、好きなだけ眠れ。」
「……そうさせてもらう。」
……目を閉じると自然に眠気が降りてくる。こいつ、敵なのに俺の事を憎むどころか尊敬って……戦うのが好きなんだろうな。俺には止めなければいけない憎い敵でしかなかった。
だからこいつは俺をここに連れてきてからも冷静なまま……逆の立場ならどうだっただろうか。
間違いなく捕虜にするまでもなくすぐに殺している。
数日前まで命をかけて戦っていたのに、今甲斐甲斐しく面倒見てるのも……元々の感情が尊敬だったから……か。この扉間の「尊敬」をどう利用したら俺に有利に転ぶ……。
目が覚めて、隣をそっと覗くとイズナはまだ寝ていた。布団から出ても目覚めないあたり、熟睡しているようだ。影分身を解いて夜の間の様子を確認するが、一度も目を覚ます事なく寝ていたようで安心する。
……今日も薬の成分の調査とマダラの難解な文の解析だ。なるべく早く終わらせてマダラの真意を確認の上で返事を送らなければならない。
静かに影分身を作って部屋から出した。
俺自身は引き続きイズナの見張りと看護をするために、影分身が持ち帰った妊娠に関する本を読む。
イズナの身体についてもっと理解を深めなければ、何かあったときにまた慌てることになる。
イズナは昼過ぎまで眠り続けた。本によると、妊婦は夜熟睡できるとは限らないから日中も眠りがち、にはなるらしい。昨日一睡もしていないのだから今これだけ眠れているのはいいことだ。
今日のつわりは酷くないといいが……。
追跡させていた探知部隊が全員戻ってきて地図を広げた。飛脚はひとりにつき走る区間が決まっている。目的地まで何人かの飛脚が引き継いで走る。当然、途中で枝分かれして行くが今回飛脚に持たせた薬の袋が目立っていたお陰で難なく千手の者どもの棲家まで辿り着いたようだ。その後、どのルートで攻め入るのが適当かを確認しながら戻ったために時間がかかったが、しっかりと情報は得てきている。
忍一族の暮らす集落は基本的に隠れ住むようにわかりにくい場所にある。鬱蒼と茂った森の奥だったり平原のど真ん中でも幻覚を常に張ってカモフラージュしていたりする。千手の奴らは木遁を使うだけのことはあって森の中にその拠点を置いていた。木々が立ち並び蔦も絡まってとてもこの奥には行けない、という場所がカモフラージュされた飛脚達の出入り口で、どうやら商人なんかも同じルートで千手の拠点を行き来しているようだ。
入口はどうでもいい。場所だ。
森の中だ、行軍はしにくい。ただし、千手の棲家に程近い場所に岩山が連なっている。探知部隊によると、岩山から遠眼鏡で見れば千手の奴らの様子が見えるらしい。森のど真ん中ではあるが誰も登らないような岩山からは畑を耕す様子も家に配置も一目瞭然と。その遠眼鏡で見た千手の拠点の配置も絵図に書かせた。飛脚達が入っていけるのは門の前まで。門を入ったすぐの場所は畑が続き、あとは家々が連なっている。ふたつ大きめの建物がありひとつは中心部でもうひとつは門から一番奥にある。察するにこの一番奥が柱間の住む屋敷だろう。中央の建物は鍛錬場、あるいは会議の場と想定しておこう。一番奥の屋敷の前はひとつ小さい建物があるが開けている。恐らくここも鍛錬の場だ。柱間が見やすい配置になっているんだろう。
……イズナがいるとしたら間違いなくこの一番奥の屋敷だ。扉間も共に住んでいるに違いない。
攻め入る前にイズナと連絡を取れたらいいが、なにしろこの屋敷はデカそうだ。
探知部隊も岩山からイズナのチャクラまではわからなかった。もっと接近する必要がある。飛脚の出入り口ではなくこの屋敷の裏側から侵入……森の中では奴等の方が有利だ、特に扉間は聡い。イズナを見張っているのは柱間ではなく扉間だろう。奴に気づかれないようにあの屋敷の裏側からイズナの場所を探るには何が良いか……。
俺が直接行くのが手っ取り早いが、大将が自ら敵陣に単騎で近づくのは賢くはない。
近くまで行って口寄せで何かを向かわせるのがいいか。イズナのことがわかる口寄せ動物……イズナが可愛がっていた猫だな。
しかし扉間の監視がある中でうまく連絡が取れるかどうか。首や腕に紙をくくりつける方法は使えない。ならば口の中か。
……よし、算段はついた。
柱間からの返事次第で動けるように用意しておこう。わざと崩字を使って文章も乱し10枚に渡ってしつこく同じ事を表現を変えて繰り返し書いた。扉間ならばその乱れたおかしな文章に意図があると勘違いして真意を読み解こうと必死になるだろう。その策に引っ掛かっていれば返事が来るまで数日の猶予はあるはずだ。
準備期間としては充分。
崩字と古文書の関連を調べたが、見つけたその古文書は太古の昔に朝廷と呼ばれる国の中枢で出された食事を紹介するだけの本でこの文とどこかが関連していないかしらみ潰しに調べたが結局古文書は関係ないと結論づけるしかなかった。こんな事に丸一日時間を費やしてしまった……! 俺の考えすぎなのか、それともマダラが意図してこちらを撹乱しようとしたのかもわからない。文章も読んでみると所々おかしい、それを解析班が頭を捻って規則性がないか隠された意味がないか確認したがどう考えてもそこに何らかの意図や意味は見出せなかった。ここまでわからないとまともに読んでいたら頭がおかしくなりそうなバカみたいな文章をあのマダラが何も考えずに書くわけがない、という先入観こそが罠だった可能性が高い。解析を始めて三日目で俺は白旗を上げた。この長ったらしい一見重要で意味がありそうな文章の中身はたったのこれだけだ。
「イズナに毎日薬を飲ませろ。最近体調が悪いから丁重に扱え。イズナを返せ、条件をつけるならそれを示せ。」
その結果を聞いて兄者は呆れるどころか大笑いした。
「俺が読み取ったのとそう変わらんの、扉間が出し抜かれるとはやはりマダラは大した男だ!」
笑いながら机に向かい、兄者は返事をどうするか悩み始めた。丁重に扱え、まではわかったで良い。返せに対してどう返すか。兄者は返す気など毛頭ない。突拍子のないことを書かないよう祈るしかない。
解析班を解散させて兄者の部屋の外で待っていると、思いのほか早く書き上げて出てきた。
「これをマダラに渡すよう手配してくれ。」
書簡を俺に手渡す兄者の朗らかな笑顔に嫌な予感を感じながら、飛脚を呼ばせて書簡を預けた。
この三日間を無駄にしたのが何よりも悔しい。くそ、マダラめ……! 解析を担当していた影分身は、自ら術を解いた。
研究室の方では、別の影分身が丸薬を分解してひとつひとつのかけらを薬剤票と照らし合わせながらの照合作業が続いていた。照合できたのはまだ4分の1程度だ。それも一般的によく使われる痛み止めにあたるもの、そして身体の力が抜ける筋弛緩剤にあたるもの、それだけだ。肝心の主成分がどれでどの効用かを突き止めるまではまだまだかかりそうだった。
吐き気が止まらなかったり日中も眠ってしまったりと本当にこの身体は鬱陶しい。常時の監視で腕を振り上げようものならその腕を取られるし、本当にこの胎の中のもののせいで散々だ。と思っていたら、扉間が突然険しい顔になった。……何だ? 珍しい。
「なんかあったのか。」
険しい……よいうよりは悔しそうな顔だ。何かあったらしい。
「……いや、お前の兄に頭脳戦で負けた。……大した奴だ。全く……してやられた。」
扉間が表情に出すほど悔しがるとは余程のことらしい。それも兄さんに負けた……って事は、手紙の関係か?
扉間の横に座って肘でつついた。
「扉間が悔しがるなんて興味しかない。詳しく教えろよ。兄さんがあんたに何をしたんだ?」
「イズナになら話すが……兄者が送った書簡の返事がマダラから来て、それが10枚の紙に及ぶ崩字でびっしりと書かれた物だった。で、兄者からその文の内容を解析するように頼まれた」
「……あれ、それって薬が届いた日と同じ日だろ。あれから……三日経ってるじゃないか。」
「……そうだ、三日かけてその難解な文章を解析した結果、意味深だった表現も何故か崩字で書かれていたことも、同じことを繰り返し違う表現で書かれていたことも、全て意味のない物だとわかった……。」
「は? 待てよ。三日かけて分かったのが"意味がなかった"ってどういう意味?」
「だから"負けた"んだ、一見何か隠された意味があるように見えたから三日かけて解析したが、俺がそう深読みすると踏んでマダラはわざと変な文章を10枚も送りつけてきた、という事だ!」
確かに10枚も、しかも崩字で、不自然な文章だったら何かあると疑うだろう。それを兄さんは利用して無駄な作業をさせていた、ってことか。
「っはは! 兄さんはやっぱり凄いなぁ、扉間が騙されるなんて、っふは! ダッサ!」
思わず笑いながら、こんな仕掛けをしたって事は何かのための時間稼ぎ……兄さんは何かの策を考えている、という事だ。俺は待つだけでいい、と安心できた。
笑う俺を見ながら、悔しがっていた扉間もふっと笑う。
「負けてんのに何笑ってんだよ、どっかおかしくなった?」
「いや……イズナがそうやって笑うところを初めて見た。戦場の凛々しい顔も、……フェロモンで蕩けた顔も、その笑顔も、……嫌いじゃない。最近元気がなかったからな。イズナが笑ったことが俺にとっては喜びだ。」
それを聞いて、笑いが止まった。こいつ……もしかして俺のことを本気で好きになりかけていないか?
だとしたら好都合だ。俺も距離をもう少し詰めて近づいたように装おう。
「そうだな、久々に笑った気がする。そんな屈辱的な事を俺に話してくれたおかげだ。また兄さんに出し抜かれて悔しがる顔見せろよ。そしたらまた笑ってやるから。」
扉間の背中をバンバンと叩いた。そのままその肩にもたれかかる。
「ああ、笑ったら少し疲れた。本当に……この身体は厄介だ……。」
……このまま扉間を、落としてやる。
