知られてはいけない(扉イズ版)
勝敗
戦場で一番に声を張り上げたのは柱間だった。
「マダラ何故だ!! 和睦を説得すると……!」
その声は僅かに震えている。こんな情けない奴に率いられている千手の者が気の毒な程だ。
「……そうだな、お前ら千手を滅ぼして俺たちは平和を手にする。」
「手を、取り合うと……!!」
扉間がいない。後方か。しかしあいつは俺の背にマーキングをしている。そろそろ現れるだろうっ!
振り向きながら振るった刀は扉間の鎧に傷を作ったがその身は大きく後ろに跳躍していた。
「イズナ、話をさせてくれ。」
「……戦場で何言ってんの?」
兄さんが新しく手に入れた力、須佐能乎を展開し始めた。青いチャクラを纏った巨大な化け物が千手の忍を蹴散らしながらその巨大な剣を柱間に振り下ろし、柱間は見たことのない紋様を顔に浮かべて巨大な化け物に匹敵する木遁忍術を繰り出した。そのふたつの巨大な戦に巻き込まれないように全軍が動き両翼に広がって慌てふためく千手を斬っていく。
これは……想定以上に化け物同士の戦いだ。もっと距離を取らなければ。
刃を交えながら兄さんたちと距離を取る。その間も写輪眼と忍術で扉間の動きの先の先を読みながらその身体に確実に傷を増やしていく。
「話をっ……!」
戦闘に集中していないようだけどそれで俺に勝てると思っているのか。間合いを一気に詰めた斬撃がまた扉間の身体に傷を作った。
返し身を受け止めながら扉間はまだ何か言おうとしている。俺は写輪眼を一瞬解いてあの日の笑顔で、声で話しかけてやる。
「ありがとう、扉間」
その一瞬隙を見せた扉間の背後に回り際、刀を振るった。
「子供は、無事に産まれたのか……!」
刀が避けられて扉間は俺と距離を置く。そんなにあの赤子が気になるならば見せてやろう。
小さい巻物を取り出して広げ、口寄せのチャクラをこめるとあの容器が現れる。それを扉間に向けて放り投げた。
「見ての通り無事に生まれたよ、愛の結晶の姿をよく目に焼き付けるんだな。"旦那さま"!」
容器の中を見て愕然としている扉間はやはり隙だらけだった。このまま終わらせてやる。
火遁で炎に包まれた扉間の背後を取り刀を突き刺した。しかし感触が人間のそれではない。……扉間も木遁分身を使うのか。
刀を抜くには時間がかかりそうだった。扉間が次に取る手は。将棋の盤面が頭に浮かぶ。……動かすなら飛車だ。
腕をチャクラで固めて斜め後ろから斬りつける扉の刀を受け止めた。
「話を、させてくれ……!」
戦場でこいつがこんな風になるとは珍しい。半年かけて育てた甲斐はあったようだ。腕で刀身を受け止めながらもう片方の手で木遁分身に刺さった刀を引き抜く。
「また俺に勝った時には話してやる。」
あの日々は全て嘘だったのか。
それともうちはに戻って考えが変わったのか。
俺たちは愛を育んで来たはずだ。愛し合ってきたはずだ。それが全て俺を騙すための嘘だったのならイズナはどれだけあの半年の間苦しんだ。和睦という俺達の理想のためにイズナは、ずっと本心を隠し続けて俺を愛するふりをし続けたのか。
これだけ大きく育った赤子には傷ひとつない。……イズナはこの子を殺そうとはしなかった。手を下さなくとも死ぬと判断したのかもしれない。だが赤子に対しては少なくとも憎しみは抱いていない。
戦の場で愛がどうなどと言う気はなかった。イズナは母ではなくうちはの誇り高き戦士に戻る事を決めた……違う、決めていた。戦っているとわかる、うちはに戻ってからイズナがどれだけ努力をして以前と変わらない力を取り戻したのか。
その原動力になっていたのがもし俺への憎しみだったのならば……千手として全力でイズナに対抗するのが、俺のすべき事だ。
兄さんと柱間、俺と扉間の勝負は拮抗を保ったまま時間が過ぎていき、互いに一瞬の油断も見せないまま力をぶつけ合った。いつ終わりが来るのか見えない戦いの中でついに扉間の鎧諸共その身を貫いた……が急所からは外れている。引き抜こうとした刀身を扉間は素手で握りしめた。手から赤い液体が滴り落ちる。
「……イズナ、話を……」
まだ諦めていないのか、千手の中での自分の立場は分かっているはずだ。自分が死ねば千手は敗北に大きく近づくと分かっていながら何故俺と話をしようとする。
……死ぬ前に何を言うのかは聞いてやろう。急所は外したがこの刀は扉間の腹を貫いている。もう勝ったも同然だ。
「少しだけ聞いてやるよ、何が知りたい?」
あの部屋で聞かせ続けた声色で言ってやる。オレに騙され続けていたと知らしめるために。
「……最初から、演技だったのか。」
「つわりの時は随分と世話になったな、けどお察しの通りだ。」
「俺が、憎かったのか……。」
「誰よりも多く俺の仲間を殺しているお前を憎まないわけがないだろ。」
「……分かった……今の状態では俺はもう同じようには戦えん。」
「今度はお前が俺たちの捕虜になるとでも? ……けどお前はこの場で殺す。夢など見ないことだ。」
握る手など無視して刀を引き抜いた。口から血を流しながら扉間はそのまま動かない。……死を覚悟したのだろう。
「今までありがとう、扉間といられて幸せだった」
あの顔で、あの声で眼前で囁きながらまた刀を突き刺した。
急所を狙った刀は深く刺さり扉間はまた血を吐く。その両腕が動いたのを見て刀を引き抜こうとした、けど刀はどう力を入れても抜けなかった。死に損ないだが念のため一旦距離を取るか。思考を巡らせている間にその両腕は刀を突き刺している俺を包み込む。……あの部屋でずっとそうしてきたように。
「……俺は幸せだった、俺はイズナをまだ愛している。愛する人に殺されるのなら、……本望だ。ありがとう。それを、伝えたか、った。」
……何を戯言を言っているんだ。もうすぐ死ぬのに愛しているだと? 何故絶望しない。俺に裏切られて、俺に殺されかかってるんだぞ。……本望? 理解出来ない。こいつは合理主義で冷静で冷淡で……こんな風に自分の感情を戦場で出すなんてあり得ない。……こいつは、扉間の偽物だ。俺を油断させるための。
腕を振り払って刀を抜き去ると血溜まりの中にこいつは膝をついた。……心拍と体温が上がっている。扉間が偽物だったことに動揺しているんだろう。落ち着いて、早く本物を探さなければ。殺さなければ。
でも襲ってくる者は現れなかった。膝をついているそいつから感じるのは確かに扉間のチャクラ。だとしたら影分身だ、どこにいる。
探しても探しても本物の扉間は見つからない。
「マダラッ! ……もう、やめよう。」
「ここまで来て何を言い出す、俺の相手はやめさせんぞ……!」
「違う、……俺達の負けぞ……もうマダラにも、誰にも手は出さん。」
……勝負がついていないのに負けを認める? ということは。
周囲のチャクラを探す。イズナと扉間がやり合っているはずだ。しかしイズナのチャクラしか感じられない。
「……イズナが勝ったか。」
柱間は巨大な木遁の術を解き、顔の紋様も消えた。俺も須佐能乎を消して地面に降り立つ。
イズナの様子が気にかかる。柱間も同じらしかった。
少し離れた見晴らしのいい草原の中央に血を流し膝をつく扉間の姿が見えた。だがその近くにイズナはいない。チャクラを追うと何かを探し回っているようだった。しかし、この匂いは……3つ薬を飲んでいるはずなのに何故オメガのフェロモンが漏れ出ている……?
「イズナ、どこにいる! ……俺たちの勝ちだ!」
木々の隙間からイズナが飛び出した。俺の姿を認めて走ってくる。これはやはり、イズナのフェロモンだ。
「兄さん、扉間がこんな死に方をするはずがない! どこかに本物が潜んでいるはずだ、なのに見つからない……!」
あれが偽物……?
写輪眼で見ても紛れもない扉間本人だ。チャクラは今にも消えそうだが間違いない。イズナは何故そんな事を?
あちこちに視線を移し落ち着かずまるで動揺しているかのようなイズナの両肩に手を置いた。
「イズナ、落ち着くんだ。あれは本物だ。お前が勝ったんだ。」
「……嘘だ……あいつはもっと強い……あいつはもっと、」
イズナの赤い瞳が変化していく。……万華鏡写輪眼……。今このタイミングで……ということは、このフェロモンは……。
イズナを胸に抱きながら扉間と柱間の様子を伺う。鎧を取り外して何かしているようだった。
「ともかく俺たちの勝ちだと柱間が認めた。そう言われた以上もう千手を攻撃できない。……イズナ、仕事を頼めるか。俺はうちはの同胞に勝ちを伝えに行く。お前はあの2人を見張っていろ。出来るか。」
「……分かった。」
俺と柱間が暴れている間に他の忍はバラバラになっているはずだ。それを集めるのが先決か。
しかしイズナのあの様子は……。
見張れ、と言われてあの扉間に歩み寄る。千手柱間によって寝かされた扉間のふたつの刺し傷に、柱間は手を当てていた。チャクラを出しているようだが……この状態のこいつに一体何ができる。無駄なことを。
確実に心臓の位置を貫いた。これは死んでいる。けどこれは扉間なんかじゃない。扉間はこんな死に方はしない。
「……本物はどこにいる。」
手を当てる千手柱間はその作業に集中しているようだった。けど俺の方に少し目を向けた。
「紛れもない本物ぞ。イズナがやったのだ。……積年の恨みを晴らせたのではないのか。」
兄さんも柱間も、こいつがあの扉間だって?
……うそだ。みんな嘘をついている。俺を騙そうとしている。俺はその手には乗らない。
「こいつが扉間なわけがない。」
千手柱間は答えなかった。
息を吹きかけるだけで消えそうなほどの弱いチャクラが、少しだけ揺れ動いた。……まさかこいつは、こんな状態のこれを助けようとしている?
助かるわけがない。
けど出血は止まっていた。傷も塞がっている。……一体何をしているんだ。そんな忍術見たことがない。
「イズナ! 引き上げる!」
兄さんの声を聞いて、横たわる扉間を見ながら兄さんの方へ走った。
今まで一度も使われることのなかった勝鬨が響く。
千手に勝った。
千手は負けを認めた。
なのに嬉しいと思わないのは何故だろう。
殿を務めながらほとんど欠けていない一族の皆と一緒にうちはの集落へ帰った。
イズナは屋敷に帰ってからも普段のような落ち着きがなく滅入っているようだった。そういう時間も必要だろう、と勝利の美酒に酔う一族の者たちに混ざる。
ただの勝利ではない、柱間は戦を放棄するかのように敗北を認めた。最後の弟……扉間の死に、戦う意味を見出せなくなったのだろう。これから勝者と敗者の間の交渉を取りまとめる必要がある。柱間につきつける条件を何にするか、酒を呑みながら意見を集めた。
皮肉なものだ、皆これ以上子どもを死なせたくないと話す。それは千手が掲げていた目標である和睦に近いものだった。だがただ手を結ぶわけにはいかない。千手をうちはの管理下に置くくらいはしなければ勝った意味がない。
しかしあれだけ憎しみを秘めていた、勝ち負けではなく殲滅でなければ一族の者は納得しないだろうと思っていたが、イズナが扉間を倒したことで皆の鬱憤は晴れたらしい。もう千手への憎しみを口にする者はいなかった。
あとはイズナの回復を待つだけだが……。
自分の部屋の中で明かりもつけずに扉間の死を認める事が出来なかった。あいつはあんなふうに死ぬやつじゃない、あんな殺し方は俺は望んでなかった。俺が裏切ったと知って絶望する顔が見たかっただけなのにあいつは絶望すらしていなかった。むしろ本望だと、感謝の言葉まで……どう考えてもあれは扉間なんかじゃない。みんな騙されてるんだ、千手柱間に。まだ戦は終わってない、まだ油断したらだめだ。心拍はずっと高いまま制御できない。呼吸数も上がっているのに制御ができない。俺を動揺させる作戦だ、そうに違いない。体温まで上がり始めた。
……これは……この症状は、……発情だ。
机の引き出しを開けて丸薬を飲み込んだ。これでフェロモンは抑えられる。2週間じっとしていればいい。発情期だからこんなにもおかしかったんだ。全部薬が解決してくれる。
布団の近くにあった布切れを引き摺り込んで布団の中にくるまった。何故かこの布の匂いは安心する。兄さんが香でも炊いてくれたのだろうか。この匂いを嗅いでいると少しずつ落ち着いていく。何の匂いだろう。わからないけどどうだっていい。落ち着いて、戦況を見極めて、本物の扉間を次こそ……確実に、殺さなければいけない。……どこに隠れたんだ。……あいつはどこにいる。……きっと次の手を考えているに違いない。千手柱間の言うことなど信じるものか。扉間を、あいつだけはこの俺が殺す。
