知られてはいけない(扉イズ版)

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創設期,成人向,長編,原作軸,完結済みオメガバース,オリジナル設定有,シリアス

窮状

 扉間はあの告白から明らかに行動が変わった。俺から隣に座って肩を寄せなくても自ら俺の背に手を回して引き寄せる。それに何よりも俺に向ける視線が変わった。といっても微細な変化だ。普通の人なら気づかない程度だろう。だが瞳孔が少しだけ開く。俺を見るときだけ。
 俺も扉間のさせたいようにさせて甘えているかのように頭を預けてみせる。そうしながら一緒に本を読んだり腹の中のチャクラが動くのを見てほんの少しだけ顔を綻ばせる扉間を観察しながら俺も腹に手を当てて見せる。
「堕胎させたいんじゃなかったのか。あれだけ産まないと言っていたのに随分な変わりようだな。」
「妊娠してみないとこの感覚はわかんないだろうね。俺の胎の中で少しずつ大きくなってるのがわかる。……生命力を感じる。生きようとしてる。産まれようとしてる。それを感じながら殺せる程俺は終わってる人間じゃない。千手柱間の思い通りになってるのは癪だけど。」
 腹を見ながら呟いた。嘘をつくときは真実と嘘を混ぜるのが良い。胎の中にいるこいつに対して生命力を感じているのも生きようとしているのを感じているのも事実だ。だからこそ嘘の部分にも真実味が乗る。
「ところで、今日は体調が良さそうだから研究室行かないか。」
「ああ、そうだったな。研究室で今影分身が別の研究をしている。それを片付けてオメガの薬の作り方を教えてくれ。」

 解析を始めてから何日経ったかも数えていない。うちはマダラが持ち込んだ薬の成分は全て特定できたが肝心の作用機序や薬効はまだよくわからないままだった。胃薬だったり血液循環を良くする薬だったり鎮痛剤だったりが混ざっていてどの作用、または副作用を目的としたものなのかが突き止められないでいた。むしろそれらの薬効だけ見ればイズナの身体に良さそうに見えるが、混ぜられていたという事は必ず何らかの理由があるはずだ。あのうちはマダラが「よく似てたから間違えて入れてしまった」などとは考え難い。
 この薬の目的は一体何だ。
 書き留めたメモを睨みながら考えていると、本体とイズナが研究室に入ってきた。影分身を解いてその薬に関するものを棚の一つにそのまま置く。
 ……この薬の謎はまだ解けていないか。
 まあ良い、今はイズナの薬を作る工程を知らなければならない。
 薬草の保管庫からイズナが指定した薬草を取り出した。どの部分を使うのか知らない女子供たちは根っこまで丁寧に引っこ抜いてきたらしくそれなりの量が台の上に並ぶ。
「最初はこれだ。葉の部分を使う。葉を全部取ったら残りは捨てても良い。」
 指示を聞きながらひとつひとつ葉をちぎり取っていく。9種類の薬草をそれぞれ使う部分だけ分離させると台の上はだいぶすっきりした。
「すり鉢で、これとこれとこれを混ぜてすり潰す。葉に含まれている水分で全体がちょっとベタっとするまで。」
 それにしても誰がこれを開発したのだろうか。ひとつひとつの薬草の効果を見ても、これらが合わさるとオメガのフェロモンが出なくなるなどと想像もできない。……うちはには俺以上に優れた研究班がいる……もしくはいたのだろう。
「この蕾は大雑把に細かくできればそれで良い。花粉も薬の内だから取りこぼさないように。」
 言われた通りにしながら頭の中にメモをしていく。この作業はイズナがいつもしていたのだろうか。それとも専門の調合者がいるのだろうか。
「うん、問題ない。これを日に当たらない場所で二日間自然乾燥させる。で、今日はここまで。」
 いくつかの器に分かれた処理済みの薬草を棚の上に置いた。そう難しくはない作業だ。俺でなくても誰かに指示して作らせることもできそうだ。
「ところでもう一種類の薬のことって何がわかった?」
「成分はわかったが、どんな作用を目的としたものかまではまだわかっていない。それがわかってイズナのためのものだと確認できたら渡す。」
 しかしイズナの子を産ませないと言ったうちはマダラがよこしたものだ。子を産ませないためのものかもしれない。慎重に確認するべきだ。
 影分身を作って引き続き解析作業に当たらせた。
「そんな時間かかるもんなんだ?」
「薬というのは色々な成分の効果に加えて効果が出るまでの時間や他の成分と合わさることで未知の効果が出ることも多い。作るのも難しいが、どんな薬かを確かめるのもなかなか難しいものだ。」
 手を差し出すとイズナがその手の上に左手を載せて指を絡める。適当な一族の者に変化してから屋敷に戻った。
「二日後にイズナの体調がいいとは限らないが、二日以上乾燥させても問題ないか。」
「二日経ってればあとはいつでも大丈夫だ。」
 手を繋いでいても遠くにいた身体が、今では密着するくらいに近い。イズナは保留すると言っていたが、保留したのは何故だろうか。こうして見るとイズナも少なくとも俺に対して悪い印象は持っていないように見える。何より共に過ごしたいと言った俺を拒否することなく布団も共にしている。
 嘘をついているようにも見えない。イズナの身体の反応を見ている限りは、俺に好意を寄せているように思えなくもない。
 いずれ話してくれるだろうとは思っているが、イズナは俺をどんなふうに見ているのだろうか。

 扉間の言った通り、屋敷の中からあの忌々しいフェロモンは消えていて安心した。フェロモンに振り回されるのはまっぴらだ。
 薬はまだまだストックがあるし最近は体調の良い日も増えてきている。厄介なつわりはそろそろ終わると思って良いのだろうか。あと5ヶ月弱でうちはに戻れる。……が、その5ヶ月間でしっかりと「仕込み」をしておかないと。
 懸念事項は千手柱間の存在だけだ、あいつは何を要求してくるのか全く読めない。けど扉間を間に挟めばどうにかなるだろう。俺達が仲良さそうにしていればそれだけで満足して立ち去るかもしれない。
 扉間と共に屋敷を見てそれとなく周辺を確かめたが、アルファの奴等が全員抑制剤を飲んでいないのは確かなようだ。
 前回見かけなかった鶏や雛がいたのと、千手の奴等が前よりも少し痩せているように見えたのが気にかかる。抑制剤を飲まなくなると痩せるのか……? 訓練や鍛錬をしている気配もなかった。平和ボケしているのか何か裏があるのかよく分からないが、今の扉間に聞いたらもしかしたら吐くかもしれない。
 薬の処理を終えて屋敷に戻るときにまた様子を伺ったけどそれ以上の情報を得るのは難しそうだった。
「なあ、前は鶏いなかったよな? あんな煩く鳴くもんを忍の集落で飼い始めたのってなんか理由あるの?」
 扉間は少し考えて、口を開いた。
「ここ自体かなり森の奥にある、鶏の鳴き声は外には聞こえん。飼い始めたのは卵の栄養価が高いからだ。今までは卵も買っていたが、鶏を飼った方が安上がりだと判断した。」
 ……節約のため? という事は、もしかして抑制剤も出費を抑えるために飲ませるのをやめたのか。
「ふぅん、確かになんか皆ちょっと痩せてたね。栄養のあるものがすぐに手に入る方が合理的だ。」
「そうだな、栄養状態が悪い者もいる。鶏を飼い始めてすぐに新鮮な卵が手に入るようになったのは良い判断だった。」
「俺も多分そろそろつわり終わると思うから、食事も再開させたいんだけど。腹が減るって感覚は久々だ。急な話だから今日からでなくていいけど、台所で米の炊ける匂いだけ確認していい? 匂いで気持ち悪くならなければ、多分もう食べられる。」
 扉間が俺を見た。表情はよく読めない。つわりが終わったかもしれないのを喜ぶかと思ったけど、そうでないって事は。千手が今直面しているのは戦がなくなった事による財政難と見て間違いない。
 そして俺が食事をとると言えば扉間は何かを削って俺に栄養のある食事を出すようになる。削るとしたら何だ……? 停戦中……痩せた民……鶏……一般の忍たちの食糧はこれ以上減らせないだろう。抑制剤も二人しか今は飲んでいない。他に削るとしたら……軍事費。武具や防具を新しく買う事は恐らくなくなる。訓練の様子が見られなかったのは訓練で刀の刃が欠けないように……鎧が傷つかないように。とも読める。
 だが扉間は千手の財政事情を事細かには話さないだろう。仮にも俺は部外者だ。……が、千手の財政難に対する助言をしたならばもしかしたら。
 俺が味方についたふりをすれば千手からしたら扉間が2人に増えるようなものだ。まあ、俺の存在は伏せられるだろうけど。
「食べられるのは良いことだ、ちょうど昼飯の米が炊ける頃だろう。」
 手を繋いで寄り添ったまま台所に立ち寄ると、米が炊ける匂いがする。……うん、気持ち悪くはない。むしろ食欲をそそる。
「食べられそうだ。明日からまた部屋で一緒に食事をとろう。」
「わかった、手配しておく。……今日の夕食はいいのか。」
「今から俺の分まで食材を用意するのは難しいんじゃない? 無理しなくていい。俺はあくまで客人の立場だ。」
「……いや、もう客人では……ないが。」
 こいつの態度、言動。やはり落ちていると考えて良さそうだ。
「何でも変わんないよ、俺は千手じゃないんだからさ。扉間はちゃんと食事取れよ。俺は部屋に戻る。台風と鉢合わせたくないし。」
「いや……イズナの身体の方が大事だ。腹が減っているなら食べておけ。俺はいい、朝食べた。」
「なら食事を部屋に持って来てくれ。台風に会うのは勘弁。」
 扉間は影分身を増やして台所に残し、手を繋いだ俺達は部屋に戻った。扉間が何を食べているのか。民には食糧を規制して自分はしっかりと食べる……という男ではない。同じ水準の食事をとっているだろう。それが俺に露見しないよう工作するにしても、ありのままを見せて実は、と話すにしても千手の窮状がどの程度なのかは計れる。
 少しして影分身が持って来たのは、少なめの白米に控えめな焼き魚、汁物と香の物だった。
「随分少ないんだな、昼はあまり食べないのか?」
「急にたくさん食べても胃に悪いだろう。久しぶりに食べるんだ、控えめでちょうどいい。」
「そうか。扉間と分け合いながら食べたかったけど、それならその配慮をもらっておく。」
 ……事実と嘘が混じっている。そして俺には今のところ窮状を見せるつもりはない。であれば食事をとればとるほど扉間は何かを削らなければならない。
 さて、どう料理するかな。

 イズナに財政難に関して伝えるべきかどうか。しかし伝えればイズナは食べるのを遠慮するだろう。この1ヶ月以上ろくに食べていない妊娠中の身体だ、可能な限りきちんと栄養のあるものを食べさせたい。
 しかし他の者がこの屋敷の中ではきちんとした食事をとっていると知れば……統率は間違いなく乱れる。それは避けるべきだ。であれば、正直にイズナに話をするか。話せばもしかしたらうちはがどのように凌いでいるのかヒントが得られるかもしれない。それにはうちはマダラに連絡させる必要があるが、うちはマダラが協力するかどうかは読めない。何せあいつはイズナに産ませるつもりがない。だがイズナが十分に食べられない事は看過しないはずだ。
 一部の者を出稼ぎに向かわせてはいるが戦で入る金と比べたら微々たるものだ。焼け石に水にしかならない。
 苦渋の思いで兄者に事情を話し、マダラに書簡を送るように伝えた。イズナはもとよりここに住む全員に十分な食事を取らせたい。背に腹は変えられない。

 夕食で出て来たのも似たようなものだった。揚げ豆腐は大豆からできているからタンパク質ではあるけど、主菜が豆腐、なんてまるで寺院の食事のようだ。肉や魚の入手に困っているらしい。あの鶏の卵は肉や魚の代替というわけか。
 柱間とわけながら食べ終えて箸を揃えて手を合わせる。
「ところで、俺がこんなこと聞くのも何だけど、千手は停戦してるせいで今財政難なんじゃないの? 痩せた民、昼と夜の食事の内容、訓練の様子もない、それに鶏……俺の気のせいならいいんだけど、困ってるのなら話聞くよ?」
 扉間は俺の顔を見た。……表情管理が疎かになってるよ? それとも俺に気を許しちゃってる?
 どちらにしても今は俺の方が優位に立っている。打開する策を持っているとチラつかせれば、こいつは食いつく。
「イズナの目で見ればそこまで分かってしまうか。流石だな。察しの通りだ。あまり大きな声では言えないが、停戦明けまで食糧が持つかどうか、という状況で今皆に十分な食事を確保するのに苦心している。」
「この辺りには農家や酪農家はあまりいないのか?」
「いるにはいるが、今までこの場所を知られないために行商に頼っていた。作物を安く提供して貰える関係性にない。」
「なら護衛兼作物の実りを助ければいい。作物の一部を報酬として受け取る。雨が降らなければ水遁で畑を潤して、日差しが少なければ火遁で雲を散らす。盗賊なんかのならず者もついでに排除する。そいつが賞金首だったらラッキー。魚の養殖はこの辺にはない? あるのなら水温管理をするだけで喜ばれるよ。」
 うちはでは当たり前にやっている事だ。女子供は戦には出ないけど忍としてはそこらの奴らよりも優秀。だから近隣の農家や酪農家や養殖屋とそういう取り決めをして現物で報酬を受け取っている。
 千手の女子供は薬草を取りに行く程度で武器までは握っていないのかもしれない。
 扉間が俺の手を両手で握った。
「詳しく教えてくれ。」
 これで俺は千手の窮地を救うという大きな貸しを作れる。扉間が一番頭を悩ませているであろう事に見返りなく簡単に答えを与えれば俺が千手を憎んでいるなどとは思わないだろう。
「もちろんいいよ。何から説明したらいい?」
 敵に塩を送る事にはなるけど、現金がないという事は武具は買えない。あくまで農家とは物々交換だけだ。解決するのは食糧事情だけ。
 それだけでも扉間は相当助かるはずだ。そして俺を恩人として再評価する。
 扉間は俺の手の中に完全に入った。