知られてはいけない(扉イズ版)

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創設期,成人向,長編,原作軸,完結済みオメガバース,オリジナル設定有,シリアス

敗北

 一週間後、再度の停戦協定締結の為に千手を訪れる。イズナも連れて行きたかったが発情期の最中、そしてまだ落ち着いている様子が見られずそっとしておくことにした。
 その敷地に入ると千手の者の姿が見当たらない。最後の戦でだいぶその数を減らしてはいるが……家の中に引きこもっているのだろうか。しかしうちはと千手の違いも感じる。俺を憎む視線は感じられない。柱間もあの様子だった、敗北を認めたのだろう。
 柱間は相変わらず屋敷から出てきて俺を出迎える。その元気はいつもよりないようだったが。弟を失い敗者として停戦を呑む立場なのだから元気だったら狂ったのではないかと逆に心配する。
 柱間の部屋で持参した停戦協定の文書を柱間に渡した。この一週間、一族の者から聞いた内容を反映している。柱間はそれを手に取りゆっくりと広げる。読み進めながら顔を上げた。
「マダラ、……この内容は本当に……?」
「お前と違ってきちんと民意は確かめている。敗者であるお前らに拒否権はない。」
 柱間はもう一度書かれている内容を読んだ。
「もちろん全て受け入れる……が、この内容は……。」
「扉間をイズナがやった事で憎しみの連鎖が途絶えた……それだけお前以上に扉間の存在はうちはの者にとって大きかったのだろう。」
「……ならば……いや、先に調印しよう。2枚あるのだろう。……署名と血判を押す。」
 書状の一番最後に柱間が千手一族の代表として己の名を書く。親指を噛んで2枚ともに血判が押された。それを確かめて、1枚は回収する。
「しかしこの後どうするつもりだ。一体どこに……。」
「……また報告を寄越してやる。」
「イズナの様子は今は? 随分と……動揺していたが。」
「……今発情期だ。外には出さん。」
「……そうか。マダラにはひとつ伝えておかねばならん事がある。」
「聞くだけ聞いておいてやろう。」
「イズナに言うかどうかは任せる。——————。」

 屋敷まで戻り、イズナの様子を伺うがやはり布団から出てきていないようだった。丸薬が効いていないのか、丸薬を上回る……物があるのか。
 オメガのフェロモンで満たされたその部屋に入った。布団の隣に腰を下ろして停戦の締結が終わったことを告げるが反応はない。
「イズナ、大丈夫か。少しでいい、顔を見せてくれ。」
 布団の中でもぞ、と動く。その布団を少しだけめくった。泣き明かした顔で紺色の着物を抱きしめているイズナがそこにいた。……この着物は……。
「……兄さんに……俺のフェロモンが……」
「俺とて薬を飲んでいる、問題ない。……イズナが心配だ。発情期は薬で抑えきれていないか。」
「……わからない……けど発情期が終わったら今度こそ扉間を……。」
「その必要はない。……うちはと千手は停戦協定を結んだ。千手が敗北を認めたからだ。もう殺し合う必要はない。……だから安心して休め。お前は疲れている。」
 布団を戻すとまた身じろいで、……そのまま動かなくなった。
 柱間から聞いたことを伝えるにしても……もう少し時間をおいたほうがよさそうだ。

 布団にくるまって、この布切れの匂いを嗅ぎながら、俺はどうすればいいのかわからなかった。どんなに落ち着いて冷静に考えようと思っても呼吸は乱れて心拍はずっと高いまま、匂いを嗅ぎながら考えるのは扉間のことばかり。……あいつは死んでない。……あんな言葉は嘘だ。……嘘でないなら偽物だ。……でも停戦した今もう扉間を討つことも出来ない。この停戦だって千手の罠かもしれない。千手がそんなに簡単に負けを認めるわけがない。
 下半身が疼く。毎日のように扉間とまぐわっていたのを思い出す。フェロモンなど関係なくあいつは愛していると言いながら俺を抱いていた。
 ……やっぱり全部嘘だ、そうじゃないとおかしい。扉間は死んでない。あれば扉間じゃなかった。
 あの偽物が言った言葉が何度も頭の中に蘇る。
 愛しているなんて嘘だ。
 なのに涙が止まらない。何で涙が出るのかもわからない。発情期のせいだ、発情期さえ終われば。
 扉間とまぐわった感覚ばかり身体が思い出してまた涙が溢れる。
 ぜんぶ、うそだ。おれは、だまされない。

 ……発情期が終わるか、それとも……柱間から連絡が来るのを待つまではイズナはそっとしておいたほうがいいだろう。今もまだ混乱している。頑なにあれは扉間ではないと思おうとしている。あのときイズナが見せた眼の変化は間違いなく万華鏡写輪眼の開眼だった。……最も親しい者を失ったときに開眼する……という碑文の内容が確かであれば、イズナは扉間のことを本気で。
 しかしイズナはそれを認めないだろう。扉間の死すらも受け入れられない状態だ。……俺は今兄として何をしてやれる。イズナに扉間を任せたのは間違いだったのだろうか。
 ……まだそっとしておこう。やらなければならない事が山ほどあった。

 発情期が終わってイズナは鍛錬を始めた。停戦など信じられない、扉間は俺がやると言いながら。しかしイズナの布団の中にはまだあの紺色の着物があった。千手から家に帰るときに着ていた少し大きい浴衣。
 一族の者は戦う必要がなくなり穏やかに過ごしている。俺は停戦協定の内容を実行する為に屋敷を空ける事が増えた。
 イズナも気がかりだったが協定を前に進めなければならない。柱間の協力も得ながら少しずつ進めていった。
 いつか語り合った河原、ここに俺たちの里を作ると言った柱間。こんな形で実現するなどと思ってもみなかっただろう。千手とうちはが共に暮らす集落、巨大な忍里。皆が願った、争いもなく子どもが死ぬことのない夢の里。
 森を切り開いて土地を整え、それは少しずつ形になっていく。

 何ヶ月かして、ある程度の建物が完成し、望む者が移住を始めた。イズナにも声をかける。停戦協定の内容が実を結び始めたことを。
 森を切り開いたそこに俺たちの屋敷も建てた。柱間もまた同じように屋敷を。新しい屋敷に居を移すと、千手の者とうちはの者が同じ場所に住んでいるのを見てイズナももう殺し合う必要はないのだと理解したようだった。
 少しずつ、現実も直視出来るようになってきたらしい。あの扉間は本物だったことも、イズナがとどめを刺した事も。それでもイズナは扉間が残した言葉だけは受け入れなかった。あの最後の言葉は策略だと。

「イズナはどんな様子だ、まだ……戻ってはいないか。」
 新しい建物が建つのを見ながら柱間が話す。こいつもイズナのことは気がかりなようだった。
「まだ完全には。だが少しずつ回復はしている。」
「そうか、……ではまだ。」
 ……フェロモンは強く出ている状態が続いている。発情期ではないが丸薬は3つ飲ませ続けていた。
 ただ、戦はこの後起きない。皆にイズナがオメガだと報せてもいいのではないかと考え始めていた。勿論、イズナの意見は尊重する。
 ただそのためには、フェロモンをどうにかしなければいけない。じきにまだ発情期が来る。3つで足りなければ4つ飲ませなければならない。ただ、薬で解決する問題ではないとも考えていた。……そろそろ、イズナに報せてもいい頃合いかもしれない。

 新しい集落に移り住んで、子どもたちのための学校が作られているのを眺めながら街を歩く。
 ここにきてから本当にもう殺し合う必要はないんだと実感するようになった。
 扉間を殺したことで実現した平和。……その平和を願っていた扉間はもういない。最期に俺を騙すための嘘をついて、扉間は死んだ。……あの嘘は、扉間なりの俺への報復だったんだろう。
「イズナ、柱間の家にこれを届けに行ってくれないか。」
 兄さんから渡されたものは、小さな小包のようだった。気は進まないけど兄さんは忙しい。
「柱間に渡すだけでいい?」
「ああ、問題ない。頼んだ。」
 同じ集落の中の反対側にある柱間の屋敷に向かう。フェロモンのせいで薬を多く飲んでいるからか、頭はぼうっとしたまま。それでもお使いぐらいならできる。
 柱間の家の戸を叩いた。相変わらず柱間はドタバタと音を立てて扉を開けに来る。
「せっかく来たんだ、茶でも飲んで行ってくれ。」
 ……早く帰りたいのに。けど、俺にコロッと騙されるようなこいつに悪気がないのはわかっている。
「……茶だけなら。」
 俺は柱間について屋敷の中に上がった。
 以前の屋敷よりは小さいが、構造は似せているらしい。台所のある部屋を通り過ぎて奥の部屋に案内された。柱間はこんな奥まった部屋で過ごしているのか? ……まあ、いいや。茶を飲んだらすぐに帰ろう。
 しかしこの部屋、どこかで嗅いだ覚えのある匂いだ。……ああ、そうか。布団の中にあるあの紺色の布切れと同じ。
 柱間が兄さんから聞いたのだろう、俺がこの匂いが好きだと。その柱間はお茶だけ置いて部屋から出ていった。相変わらず何考えてるのか分からない奴だ。
 さっさと飲んでしまおうと湯呑みに手を伸ばしたところでまた襖が静かに開いた。誰だろう、と顔を上げる。
 その姿を見て、言葉を失った。
「イズナ、……久しいな。」
 ずっと脳裏から離れなかった。何度も夢で見てきた。でも死んだはずなのに、なんで、また柱間は、俺を騙そうと、そうに違いない、でないと扉間がここにいるなんておかしい。
 そいつは柔らかい笑顔で俺の隣に腰かける。……この顔、匂い、声、これは……こいつは……。違う、幻術か何かを仕込まれたんだ。だってこいつは。
「……イズナには負けた、俺は半年間ずっと騙されていた。……だがその分、イズナには辛い思いをさせた。……悪かった。」
 言葉が出てこない。湯呑みに手を伸ばしたまま、どう探ってもこいつが扉間本人であることしか確かめられない。
「兄者は特殊な体質で……傷を癒す力を持っている。……とはいえ、心臓を貫かれたのはなかなか治らなかった。まだ療養の身だ。」
 言っている意味がわからない。どれだけ特殊なんだよ。そんな馬鹿みたいな話信じるとでも思ったのか。扉間はこの手で殺したんだ。……いや、あのとき柱間が扉間に使っていた見たことのない術……。扉間の傷を塞いでいた。……まさか、本当……に、そんな、こと。
 頭がうまくはたらかない、騙そうとしてるのか本当にそんなことができるのかも判断できない。
 けれど気配も、チャクラも、声も、匂いも、目の前にいるのは扉間だとしか。
「俺が千手に連れ帰ったせいで、イズナに辛い思いをさせていた事を……謝りたかった。……イズナ、泣かないでくれ。」
 誰が泣いてると……俺、の頬を温いものが落ちていく。……泣いている? ……どうして。
「あの日々の全てがイズナの嘘だったのなら……敵として尊敬する。そうまでしてうちはを守ろうとしたイズナはやはり、うちはの誇り高き戦士だ。」
 何度も聞いてきたその言葉……この扉間は、本当に? 柱間の策略ではなく? 何か言わなければならない、のに、何を言ったらいいのかわからない。まだ信じられない気持ちがある。だって俺は扉間を殺した。心臓を確かに貫いた。
「……それは、……聞き飽きた……。」
「……やっと喋ってくれたな。」
 扉間はまたあの笑顔を俺に向ける。俺が喋ったことが、俺の声を聞けたのが嬉しいとその顔が語っている。
「イズナさえよければあの将棋の続きがやりたい。イズナが桂馬を動かして……そのままにしてある。」
 あの将棋のことを知っている……扉間しか知らないはずの。扉間が喋れば喋るほど、本物としか思えなくなっていく。
「……あれは……俺の負けだ。……どう転んでも……あの勝負は扉間には勝てなかった。」
「……それでも続きを打ちたい。イズナと共に時間を過ごしたい。……憎まれているとしても、俺はイズナを愛している。イズナにも愛して欲しいなどとは言わない。……ただ共にいたい。」
 ……変わらない……。あの部屋で過ごしたあの扉間と、同じ……嘘じゃない、偽りじゃない。……幻覚でも、ない。……あの最期の言葉は……嘘じゃ……なかった……。
「……俺だって……あの半年は扉間を騙すための嘘だった……けど俺は、扉間を」
 ……好きだった。扉間と一緒に過ごしていたあの穏やかな時間に、ずっと帰りたかった。敵だった。演技だった。偽の幸せだった。期限が来れば消えるものだった。そして計画通りに俺は、……扉間の油断を誘って殺した。
 でも扉間は、生きて……いる。死んでなかった。
「イズナ、泣かないでくれ……抱きしめたくなる。何故泣く……。」
 扉間の手が俺の頭を引き寄せる。その胸に顔を埋めながら、涙が扉間の着物を濡らしていく。
「……分析は……得意なんだろ……。」
「……それは俺の都合のいいように受け取って良いのか。」
 ああ、……やっぱり、……同じだ。あの扉間と。
「……そんなんだから……騙されるんだ。」
「耳が痛いな……だが、そうさせて貰う。今のイズナは嘘をつく必要はないはずだ。……その上で俺の夢を語っても良いか。」
 温かい、胸の鼓動……生きている。……生きて。
「返事がなくとも語らせて貰う。……またイズナと子を作りたい。……育みたい。俺たちの愛の結晶を。事故なんかではなく、きちんと愛し合った上で誕生する命を。」
「……また、つわりは、っ御免だ……。」
「俺がしっかりイズナを支える。つわりの対処は身体が覚えている。任せてくれ。」
 ……そういえば、千手の屋敷を兄さん達が襲撃した時も……洗面器を持って来てくれてた。
「けどっ、療養中……、なんだろ、俺が、っ刺した傷が開いたら……っ。」
 泣くな。泣くな、泣くな。制御、できる、はず、なのに、……止まらない、こんな、情けない、俺なんて、
「……傷は塞がっている、多少の運動は問題ない。……その答えは、イズナもそう望んでいると……捉えていいのか。……答えはゆっくりでいい。」
 いつの間にか、扉間に抱きついていた。涙が止まらない。……嬉しい気持ちがあふれて止まらない。扉間が生きて目の前にいる。変わらないまま。俺の事を。
「……分析は、」
「イズナの言葉で、聞かせてくれ。」
 ……こいつの愛には、勝てない……あの将棋と同じ。……俺の、負けだ。
「……いい、夢だと思う。」

 扉間が生きている事は伏せられているらしい。扉間が存在している事でうちはの者がまた悪い感情を抱きかねないと、兄さんと柱間で取り決めたようだった。
 扉間ももう戦う必要は無くなって、一族を束ねる仕事からも解放されて、ただ穏やかに俺と過ごす時間を楽しみにしている。
 2ヶ月後、覚えのある吐き気を感じ始めて、兄さんに報告した。
 多分、妊娠したと。
 兄さんは穏やかな顔で「そうか」と言っただけだった。
 お腹を撫でながら、扉間と共につわりを乗り越えて、そしてお腹の中の新しい命について語り合う。
 ……扉間がいつか言った願いを、俺も叶えたい。産まれてからも、ずっと共にというあの願いを。
「お、もう俺の腹を蹴り始めた。」
「……やんちゃな子になりそうだな。」
「俺と扉間の子だ、聡明に違いない。」
「わからんぞ、イズナは案外やんちゃだからな。」
「……それ、どういう意味?」
「そんなイズナも、愛しているという意味だ。」
「……言ってろ。」
「ああ、何度でも言う。イズナを愛している。」
「……全く、相変わらず俺の旦那さまは愛が重いな。」
「言わなければ伝わらないだろう……何度でも言う。愛している。」
 ……触れ合うだけの口付けをする。
 あの堕胎した子は扉間の屋敷の裏に作ったお墓の中に移した。ささやかな墓標もそこに置いて、男の子だったその子に名前もつけた。
 戦の中で宿り戦のために死んだ俺たちの子。……お前の兄弟は絶対に死なせないから。きちんと産むから。育てるから。……だから兄として見守ってあげてくれ。
 手を合わせていると、扉間が俺の肩に半纏をかけた。
 お腹の子は春先に産まれる予定だ。厳しい冬を乗り越えて、新緑が木々を彩る時期に。
「身体が冷える。そろそろ中に。」
「……うん。」
 温かい部屋の中に戻って、座る扉間に背中を預ける。
 その心地よさに、目を閉じた。
「……扉間、ありがとう。」
「何がだ。」
 ……わかってるくせに。
「……分析は得意なんだろ。」
「では、俺の都合のいいように解釈しよう……。」