知られてはいけない(扉イズ版)
薬
研究室とやらに向かう道すがら、見かけない顔だからか手を繋いでいるからなのか、俺と扉間はそれなりの注目を集めていた。だが兄の前でこそああだが扉間はやはり千手の中では飛び抜けた実力者だ、気軽に声をかけられるような雰囲気ではないらしく誰からの指摘もないままその場所に辿り着いた。
扉を閉めて明かりを灯すと、手を離してさっそく薬の入った袋を台に乗せる。重さを測っているらしい。分銅を幾つか載せてメモを取り俺の方へ振り向いた。
「材料と作り方を教え……てくれ。」
距離を縮めろという兄の言葉をこいつなりに意識しているらしい。そう言えば最初は俺のことを呼ぶとき「お前」だった気がするがいつからだったか「イズナ」に変わっている。
俺もその扉間の隣に、肩が触れるか触れないか程度の距離に立って筆を持ち材料となる薬草を書き出した。
それを見ながら扉間が顎に手を添えるときに俺の肩に腕がぶつかる。
「ああ、悪い。」
「別にいいよ。」
この辺りにもこの薬草は生えているのだろうか。俺達は戦が激しくなるにつれ材料は全て商人から入手するようになったが。
「採りに行くつもりか?」
「いや、採るならば女子供に行かせるが、これだけはこの近辺では手に入らんな。」
「買えばいいだろ、商人から。そんなに高いものじゃない。」
「それもそうだが……商人のところまでイズナを連れて行くのは難しい。他の目が多すぎる。その間影分身とここにいてもらうが、くれぐれも」
「別に何もやりはしない。材料がなければ何も出来ないだろ。早く女子供に指示を出しに行けよ。」
扉間は黙って印を組み、影分身を作ってそいつを外に向かわせた。
「……影分身はここに残すんじゃなかったのか。」
「イズナは常に俺が見ておきたい。」
影分身でも同じなのは分かっているだろうに、おかしな事を言い出すものだ。
「イズナに何かあった時に俺自身がついていた方がいい。大人しくはしているが俺と同等の実力者だ。もしもがあってはならない。」
信用はないが実力は認められているという事らしい。嬉しくはないが俺もまたあの千手柱間と会う羽目になった時に扉間に傍にいてもらわないと対応が難しい。
「あんな化け物みたいな奴に脅されて何かしようなんて気にはなれない。俺だって殺されたくはないからな。あんたの兄は思いつきの軽いノリで人を殺しかねない。」
「そう思われても致し方ないが……兄者は基本平和な世を望んでいる。思いつきで殺す……という事は滅多にない。安心できないかもしれないが、イズナの身の安全は俺が保証する。イズナがおかしな行動にさえ出なければ、だが。」
「やらないって言ってんだろ。ったく信用ないな。」
「自分の行動を振り返るんだな。」
「堕胎させようとはしたが本気で暴れ回る素振りは一度も見せてなかったと思うけど? ……っ」
まずい……また吐き気が……、我慢……出来るか?
台の上に置いた手を握りしめる。それに気がついたのか扉間が俺の顔を覗き込んだ。
「気分が悪いのか? ……待っていろ。」
戸棚から何か取り出している、のが見えたが今にも吐きそうでしゃがんで膝をついた。くそ、堕胎さえできればこんなものも無くなるのに。顔の下に半球型の大きな容器が差し出された。そこに吐けという事らしい。堪えるのも限界だった。喉の奥にあった胃液をその中に吐き出す。何度かえずいてぜえぜえと息を整える。気がついたら背中に扉間の手があった。
「……水、あるか……」
扉間が頭の切れる奴で良かった、ちゃんと必要なものを用意してくれている。コップに入った水で口の中をゆすいで、また容器に吐き出す。……吐いて落ち着いたらしい。厄介な身体だ。だがこのやり取り……繰り返せば自然と距離を縮めるふりができそうだ。
「……もう大丈夫だ。……助かった。」
「いや、俺にも関係のある事だ。礼を言われることではない。」
『身ごもっているのは俺の子』とでも言いたいんだろうか。冷静で冷徹な奴かと思いきや兄には弱いしその兄と比べたら人間味もある。戦場と普段とでは違うとはいえ扉間がこんなに細かい配慮をする人間だったとは意外だ。頭が切れる分周りをよく見ているということだろう。あるいはあの兄に振り回されて周囲の調整に苦心し続けたからだろうか?
「暇な間に薬の調合も教えておく……紙を貸せ。」
立ち上がって、別の紙に薬草のどの部分を使うのか、分量、すり潰し方、混ぜ方、乾燥の仕方、粉状にしてからの1日の分量と、それを丸薬にする方法を書いていく。
「これであの薬になるのか。……案外単純だな。」
「乾燥させるのに大体2日かかる。最初の薬が出来上がるまでは一応きちんと作れているか監修する。」
「2日だな。なら薬は持ちそうだ。」
「……研究に使いたいかもしれないけど、ちゃんと完成するまでは残ってる薬に手出すなよ。」
「イズナは俺を何だと思っている……研究よりもイズナの方が優先に決まっているだろう。」
……この男、ちょくちょくこういう言葉を口にするが、捉えようによっては俺を好きだと言っているようなものだぞ。分かっていてその言葉を選んでるのか、天然なのか、まだ計りかねる。
「そうしてくれ。薬がないとお互いに困るだろ。」
商人が訪れて一族の者達がその車に集まる。兄者が並んでいる物品を品定めをしている間に俺は必要なものを商人に指示して必要量確保しその場を離れた。
兄者は好奇心が強く珍しいものは何でも買いたがる。その兄者の買物が終わるまで他の者は商人の車に近寄ることもできない。俺が歩く先はザッと人が避けて道になる。俺が何を買ったのかにはあまり興味は持たれない。ほとんどが戦に必要なものと、個人的な研究で使うものだ。見られたとしてもよくわからないだろう。
そのまま研究室に戻り、買ったものを台に乗せて影分身を解いた。
「この薬草、すでに乾燥した状態だがこのまま使えるのか。」
「ああ、それは2日間の乾燥はいらない。」
「であれば……続きは女子供が戻ってきてからだな。屋敷に戻るぞ。」
イズナに手を差し出す。その手が重なり、指を絡めて握りしめ研究室から出た。商人の方に意識が向いていてほとんど誰もこちらを見ていない。さっさと屋敷に戻って玄関を閉めた。しかし、イズナが素直にこのような手の繋ぎ方を受け入れたのは意外だ。兄者の話を受け入れたとは到底思えないが、……兄者の破天荒さと威圧に負けて受け入れることにしたのだとしたら、兄者も少しは役に立ったと思うべきか。
「もう変化を解いてもいい。」
イズナの方を見るとすでに変化は解けていた。しかし顔色が悪い。また吐き気か?
「厠まで我慢できるか。いや、台所の方が近いな。」
握った手を引いて台所に連れて行くと、イズナはまた吐き始めた。
妊娠したオメガの看病などした事がない。つまりどうすればイズナが楽になれるのか見当もつかない。これは都度対応するしかないのだろうか。
吐いて口をゆすいだイズナの顔色はまだ悪かった。筋肉しかついていない身体で食事もとっていない。その上身重だ。胃液ばかり吐いていたが、この調子では胃液で食道や喉がやられる。水ではなく白湯を飲ませて、その薬缶を持ったまま俺の部屋まで背中を支えながら移動した。
栄養を摂る必要があるのだろうか。それとも吐いてしまうくらいなら食べさせない方がいいのだろうか。こればっかりは専門家……産婆に聞いてみなければわからない。
影分身を作って走らせた。
部屋に戻るとイズナは壁を背にして座ったが、やはり顔色は悪いままだ。
「横になった方がいいんじゃないのか。」
布団を出そうと押し入れを開けたら、イズナはそのまま壁沿いに上半身を倒して横向きに伏した。
布団を出すべきか、このままの方がいいのか、イズナが喋らないと判断ができない。妊娠したらつわりが起きるとしか知らなかったが、この様子はつわりの一環なのか、それとも別の異常なのかがわからない。産婆に見せなければ……いや、見せてもいいのか? オメガのイズナを。……いや、仮にも医療に携わる者なら秘密は守るだろう、何より産婆には戦場の知識はない。イズナがうちはの者だともわかるまい。
しかしいつになったら来るんだ……イズナの呼吸が乱れている。眉も寄せている。あのうちはイズナが体調不良を顔に出すなんて余程の事かもしれないのに。
ようやく襖が開いたと思ったら連れてきたのは字の如く老婆だった。……大丈夫なのか……? いや、その分経験は豊富なはずだと思い直す。
影分身が脇に抱えていた老婆を降ろすとゆっくりとイズナに近づき、腹部を確かめ始める。
「何ヶ月くらいですかね?」
「着床してから、であれば1ヶ月半ぐらいだ。それで、今の様子はどうなんだ。」
老婆の隣に座り言葉を待つ。
「そいなら典型的なつわりですよ。ただつわりも酷くなれば悪阻というて……看護が必要になります。栄養のある飲み物を用意されると良いでしょう、脂肪がほとんどない分食べられない間に体力も低下します……。」
「飲み物以外は、布団に寝かせた方がいいのか、本人に任せた方がいいのか。」
「何なら食べられるか、色々試すことです。少しずつでも食べさせるといいでしょう。例えば卵豆腐や芋餅は食べられる場合が多いです。温かいものよりも冷たいものの方が食べやすいですよ。」
「他には何かないか」
「衣類は締め付けないものを、寝るときは今のように左側が下になるよう横向きに、脱水に気をつける事、体重が……あまりに減るようでしたらまた呼んでくだされ。今見た限りでは、特別何かしなければならないほどではありませんので。」
「……心得た。」
「吐き気がひどいという話ですが、用意できるなら氷を口に含ませなされ。では。……お前さん、頑張ってなぁ。つわりは1〜2ヶ月もすればなくなるで、それまでの辛抱やでな」
虚ろな目のイズナが産婆を見上げた。
「……ありがとうございます……」
ゆっくりと立ち上がった老人は、これまたゆっくりと歩いて行く。影分身が脇に抱えてきたわけだ。その影分身は屋敷の外に案内するためまた老婆と共に出て行った。
これが普通のつわりだと……妊娠は身体に負荷がかかるとは聞いていたが、こんなにもひどいものなのか。
浴衣の帯を緩めて、今は左を下にして横たわっているからそのまま様子を見る。
冬でもないのに氷などどのように手に……水遁で作る術はないだろうか。いやイズナを放って術の研究など……しかし氷で良くなるのなら影分身ででも研究した方がいい。この様子では丸薬を作るまで監修など出来まい。
脱水……もっと飲ませた方がいいのだろうか。いや、脱水の症状はまだ出ていない。よかれと思って白湯を用意したが冷たい方がよかったなどと誰が想像出来たか。
……俺の子を宿してしまったばかりに……。
男のアルファは種を蒔くばかりで妊娠することはない。戦場に出ない女のアルファかベータがその役割を担っている。だから妊娠したらこんなことになるなんて知らなかったし興味も持っていなかった。漠然とつわりがあるくらいの知識しかなかった。……それに丸薬を飲んだのは昨日の深夜、そろそろ今日の分を飲ませなければならないが、今のイズナは丸薬を飲み込めるだろうか。
「イズナ、薬を飲むことは出来るか。あの丸薬だ。」
ゆっくりと身体を起こすイズナの肩を支える。
「……自分で飲むからよこせ。」
手のひらにひとつ丸薬を置いたら口に入れて目を閉じごくりと飲み込んだ。
「水は飲めるか、冷たいのと温かいのはどちらがいい。」
「婆さんの話聞いてなかったのかよ……冷たい方がいい……。」
減らず口を叩ける程度には気力はあるらしい。その事にほっとした。しかし、つわりがどんどんひどくなっているように見えるが本当にこんなものなのだろうか。それとも休めばある程度回復するのだろうか。
「よし、文の内容はこれでいいだろう。」
用意した薬の入った袋と書簡を手に、表に待たせている飛脚に手渡した。
「これを千手柱間に渡せ、可能な限り早くだ! その分輸送費は弾む。いいか、必ずこの袋も渡せ。」
「へ、へい……」
思わずきつい口調になってしまったせいで飛脚が怯えている。くそ、冷静になれ……!
「言葉がきつくて悪かった、が、非常に重要なものだ。くれぐれも頼む。」
その手に札を握らせた。それを見て、飛脚はさっそく走り始める。探知部隊に左手で合図を送り、その飛脚を追跡させた。
千手め……必ずイズナは取り戻す……!!
マダラの眼は、万華鏡写輪眼に変わっていた。
