知られてはいけない(扉イズ版)
家族
「イズナよ、試しに俺のことを兄と呼んでみてくれ。兄者でも兄さんでも何でも良い。」
柱間の勢いに押されたふりをして戸惑いを見せた。助けを求めるように扉間の方を見てみたが扉間もまた柱間と同じような顔をしていた。
「え、えと、……おにい、さん」
「もっと親しみを込めて良いんぞ!」
「遠慮は無用だイズナ」
これは一体何の茶番なんだ。
「……にい、さん……?」
千手柱間は天を仰いで目に手を被せた。扉間はいつもの仏頂面で腕を組みながら頷いている。
どうやら兄さん呼びが気に入ったらしい。
「弟を……失うばかりだったがまさか新たに増える日が来るとは……!!」
台風の弟なんて気苦労しかしなさそうでお断りなんだけど。
「わかっただろうイズナ、お前はもう俺たちの家族同然だ。もちろんお腹の子もだ。」
扉間の方はまあいいとして。
「イズナも今までは兄と二人だけだったがこれからは俺達も家族だと思ってくれ!」
思わねーよ。
「俺はイズナが兄者とも……兄弟のように仲良くなって貰えたなら本望だ。」
ならないから。
……しかし兄と呼ぶだけでここまで歓迎されるのだからもっと懐に入り込めば家族に格上げとなる。台風も弟だと俺を認識しているならば手を出さないだろう。
「……そんなに、喜ぶほど嬉しいのか? その、兄さん……。」
台風は感極まった顔で俺に笑いかけた。
「これからは扉間だけでなく……兄にも頼ってくれ、イズナ。」
ここまでチョロいと流石に警戒せざるを得ない。昨日うちはに出向いて何があったか知らないけど、戻って来た翌朝にこの状況は不自然だ。
だが扉間がこんなにも露骨な策略を考えるとも考えづらい。本当にただ油断し過ぎてチョロいだけなのか、俺を振り回して困惑させる思惑があるのかどちらかだ。
「……して新たな家族となったイズナよ。戦においては俺が引っ張れば皆着いてきたが、戦がなくても皆が俺の話に耳を傾けてくれるようになるにはどうしたらいいと思う。」
……家族として取り込んで情報を聞き出そう、という事なのか? それにしてはその内容はアホみたいだが。
「まずは一族の皆がどう思っているのか率直な意見を聞くところからじゃないかな。ただ、義兄さんが普通に聞いても本音は言わないかもしれないから意見箱みたいなのを設置するのがいいと思う。」
『兄さん』という言葉に台風はまた顔を手で覆って感激している様子だ。扉間はともかく台風の方は細やかな演技は出来ないだろう。そしてこの様子はどう見ても演技には見えない。……想定外だけど状況は悪くない。
「意見箱か、早速作って触れを出そう。イズナにはもうひとつ聞きたい。うちは一族の者達が和睦に応じるにはどう説得したらいいだろうか。」
無理に決まってんだろ、千手にどれだけ同胞が殺されていると思ってんだ。けど台風を安心させられるような案を出してやらなければいけない。……台風が何と言おうが兄さんを始め一族の者は何とも思わないだろう。
「千手の者から働きかけるよりもうちはの内部から声をかけた方がいい。その役割は俺が担う。……でなければ戦は再開されてこの胎の子も……いつか戦場に行かなければならなくなるんだろ。」
少し俯きながら腹を撫でて見せれば台風は簡単に俺の言葉を信用した、ように見える。
「和睦はイズナの手にかかっておる……くれぐれも頼む。そのためならば早期にうちはに戻ることも……。」
「昨日義兄さんが出向いたばかりですぐに俺をうちはに返しても、多分千手が何か企んでいるとしか思われない。早く帰りたいのは山々だけど、協定の通りにした方が千手を信頼出来ると見てくれる者が増えると思う。」
「ふむ……民のこころはイズナの方がよくわかっているだろう。ではその通りにしよう。」
どんな意図なのかはわからないが台風は俺を信用している風に見えた。しかし扉間はどうだろうか。
手を繋いで部屋に戻り、さっそく様子を伺った。
「昨日一体何があったんだ? たい……義兄さんはうちはを訪れて何かあったのか?」
扉間は襖を閉めると答えにくそうに口を開く。
「……兄者は今のやり方ではうちはの者が和睦を受け入れないだろうと確信したらしい。しかしどうしたらいいか分からないと俺に泣きつかれた。うちはは千手に憎しみを向けている、そんな相手に対していくら和睦のメリットを伝えても意味がないと思い知らされたと。……俺も千手の内政ならば力になれるが、憎まれている相手に対してどう手を打つかに関しては妙案が浮かばなかった。」
……それで俺に話が降ってきたのか。こいつらから見たら夫婦同然の俺ならば千手とうちはを繋ぐことが出来るだろうって魂胆。
しかしあの台風が人を治める方法を聞いてくるなんて余程痛い目を見たのだろう。当然だ、俺を拉致監禁しておいて和睦をだなんて考える奴がいるわけがない。
けど平和な中にいる千手にとっては台風が民のことを気にするようになるのは良いことだろう。俺の助言通りに動いて良い結果を出せればこいつらの中で俺の株は上がる。俺の株が上がればうちはに戻れば千手との和睦を訴えるに違いないと考えるかもしれない。
今は恩を売った方がこいつらを綺麗に騙すことが出来る。戦場に復帰できるまでの期間も説得に時間がかかっていると言えば信じるだろう。
「事情はわかったけど、急に兄弟だと言われても困る……いくら困ってるからっていきなり台風と食事なんて食べた気がしないよ。」
「悪かった……しかし兄者は変わろうとしている。台風と呼ぶのも……」
「わかってるよ、義兄さんって呼べばいいんだろ。確かに俺も弟を失ってばかりだった。兄弟が増える……のも悪くないと思う。けど本当に変わろうとしてるのかはまだ分からないから見定めるのに時間はもらうよ。」
扉間が笑った。
「イズナらしいな、わかった。俺も共に見定めよう。」
……笑った。扉間が。仏頂面の扉間が。
兄の話だからだろうか。俺を家族として認めたからだろうか。それとも演技だろうか。あまりに自然な笑みだけと油断はならない。今まで見せてこなかった笑顔を見せる事で俺を完全に取り入れようという魂胆の可能性もある。
「扉間もそんな風に笑うんだな。もっと俺にその顔を見せてくれてもいいのに何で出し惜しみするんだよ。」
扉間はまたいつもの仏頂面に戻った。けどな何か考えているらしい。次は何を言って俺をなびかせる?
「……表情は良くも悪くも見る人の心理に作用する。兄者があれだ、俺は一族の者を安心させなければならない……から表情に出さない事で動揺させないようにしてきた。……だがイズナが俺の笑う顔を見たいのならイズナの前では素直に笑う事にしよう。」
笑わない理由……内情を話したということは……俺を騙そうとしている、よりは気を許している、の方が可能性は高そうだ。
「……それを仏頂面で言うなよ。自分で言ったんだからちゃんと笑えって。」
「笑えていなかったか?」
「いつもの仏頂面だよ……ったくどれだけ笑うのに慣れてないんだ。俺はこの子を産んだら……笑顔が溢れる家庭にしたい。……だから扉間がそんな調子じゃ困る。もっと笑え!」
「努力しよう。」
細い吊り目の端が少しだけ落ちる。口角が上がっている扉間のその顔はやはり笑顔だった。優しい要素などどこにもない仏頂面でも、笑うとこんなに柔らかい顔になるのか……。
「……ずっとその調子でいてくれよ、旦那さま」
「ああ、笑顔が溢れる家庭を……共に作ろう。」
兄さんは油断をするなと言った。言われなくともそのようにしているけど、こいつらが演技でないか改めて探ったがその可能性は低い。
相手に油断するな、ではなく俺自身が、ということなんだろう。俺のどこが油断しているように見えたのだろうか。
「皆の者、今後は一族の皆の意見を積極的に取り入れたいと思う! どんな些細な事でもいい。もっとこうした方がいいという意見でも、こういう所はどうかという苦言でも何でも受け付ける! だから気軽にこの箱に意見を投じてほしい!」
兄者が住む屋敷から遠い場所、誰が紙を投じたか分からない場所に設置した方がいいと助言して、それは集落の出入り口に近い物置の影に設置された。
兄者が中身を確認しに来る時間もその箱にでかでかと書かれている。意見を投じようとしてそれを回収する時に兄者と鉢合わせては気まずいだろう、というイズナからの意見を取り入れたその意見箱は、しばらくの間誰も投じる者がいなかったが次第に意見が投じられるようになった。
その民の声を兄者は毎日真剣に眺め、どうすれば良い統治者になれるのかを考えているらしい。和睦が実現したとしても今のままでは民が離れてしまうという危機感を持ったらしく、本気で変わろうとしているのが見てとれた。
「……だがこのように意見を集めても、俺はマダラやイズナのように民のこころを掴むことは出来んかもしれん。和睦が実現したその時には、2つの一族をまとめる長はマダラに担ってもらいたいと思っておる。」
あの兄者がそんなことを言い出すとは、……うちはを訪れて何が起きたのだろうか。
気になって仕方がないが、うちはに行くと言い出した兄者を止めなくて正解だった。
兄者がこれだけ変わったのだから、うちは一族もまた変わるかもしれない。全てイズナの説得にかかっている。
「何かさ、気のせいかと思ってたけど……多分この子、今俺の腹蹴ってる。ほら、ここ。」
イズナが浴衣を緩めて腹を指差す。撫でてみると確かに少し出っ張っている。……足、なのか。小さいな……。その出っ張りが、ぐにゃぐにゃと動いた。なんだ、何をしているんだ?
「身体の向きを変えたみたいだ。……本当に胎の中で育ってるんだな。」
手を添えながら少し大きくなった腹を見つめるイズナは母親の顔をしていた。俺も……父親として笑顔を。
イズナの額に口づけをする。
「……順調に大きくなっているのが嬉しい。イズナ、ありがとう。」
顔を上げたイズナの唇に己のそれを寄せる。
この平和な日々が続いて、そして和睦が実現すれば、きちんと俺達は家族になれる。
イズナに頼ってばかりだが、うちは一族が持つ憎しみを理解して、かつ平和の尊さを知っているイズナであればきっと……兄者の理想とする和睦が、一族同士が手を取り合う忍の里が実現できる。
残すところあと2ヶ月。俺達は確実に愛を重ねてきた。それが和睦に繋がることを祈るしかない。
扉間が笑顔のような表情を作ろうと努力し始めたのがわかる。無理やり作っている笑顔はぎこちないけどほんの時々こころからの笑顔を見せ始めた。
笑顔のあふれる家庭とやらを実現したいらしい。健気なことだ。そんなもの実現しやしないのに。
扉間だけでなく千手柱間も俺の意見に耳を傾け実践し、上手くいったぞと報告しにくるようになった。こいつまで気を許すようになるとは想定外だけどその方が都合がいい。こいつらにとってうちはを説得する鍵を握っているのは俺だ。それに積極的に助言してやるだけで大喜びしている。
兄さんが言った油断するなという言葉だけは気をつけるようにしているけど二人の様子を見るに俺の振る舞いが演技だとはバレていない。次に兄さんが訪れたときにきっとわかるだろう。万事順調だと。
気になるのは薬を飲んでいても時折フェロモンが出ている様子があることだった。もうひとつ薬を飲むと言っても扉間は薬の類は極力体に入れるのを控えた方がいいと言う。妊娠によってホルモンバランスが崩れているのだろうと説明されたけどそんなもんなのだろうか?
オメガのことも妊娠のことも俺はよく知らないけど扉間は熱心に本で学んでいる様子だからきっとそうなんだろう。と思いつつも気にはなる。
多少フェロモンが出ていても扉間の部屋にいれば安心だけど、ずっと隠し続けてきたものが制御できず漏れ出ているのは気分が悪い。
でもそれもあと2ヶ月の辛抱だ。うちはに帰ったらその日にでも堕胎して身体を取り戻さなければいけない。
和睦に向けた説得をしているはずの俺が戦場で前線に立つのを見て扉間がどう思うのかが今はささやかな楽しみだ。愛していると言い合い続けた相手と一騎打ちになったとき扉間は持ち前の冷静さを崩さずに俺を殺そうとできるだろうか? 何故殺し合わなければならないとでも言って止めさせようとするだろうか?
そのときにどんな言葉をかけてやろうかと考えるのが楽しくて仕方がなかった。
愛を育んでいるなどと思っているのはお花畑の千手だけだ。兄さんと共に……千手を殲滅して俺達は平和を手に入れる。
