知られてはいけない(扉イズ版)
マダラの返事
文を送ったその日の内に返事が来るとは、マダラも余程焦っているようだ。最後の弟だけは守ると言っていたその弟が敵である俺の元にいるのだから気が気ではないのだろう。
書簡を送り続けて返事が来たのもこれが初めてだった。そして書簡だけでなく何やら袋も渡された。
飛脚からは重要なものだと聞いたが見たところ丸薬のようだ。……イズナのための薬か。効果が切れることのないよう送ってきたのだろう。
自室に持ち帰り書簡を確かめるとその文は10枚に及ぶ長文がびっしりと書かれていた。……これは気合を入れて読まねばならんな。
『拝啓 千手柱間殿』から始まるその文はいかにも力を込めて記したような太い線でかなり読みづらいが、マダラからの文だと思うと全て読まなければと紙を睨み続ける。
内容をざっくりと要約するとイズナは毎日薬を飲む必要があるから送った丸薬を全てイズナに渡せ、という内容と、イズナは最近体調が悪いからくれぐれも丁重に扱え、という内容と、イズナの身柄は回収させて貰うが出来ればこちらも穏便に済ませたいので交換条件があるなら提示しろ、という内容、それとイズナにもしもの事があればこちらも考えがある、という内容が10枚にわたる紙に詳細に書かれていた。
マダラが元々こういう文の書き方をするのか、イズナのことがあるからなのかはわからないがこの10枚にはイズナに対する愛情とイズナを攫った俺達、もとい扉間への恨みつらみが漏れ出ているどころか溢れ出ている。
さてはて、どうしたものか。俺はイズナが子を産むまで手放すつもりはない。しかしそれではマダラは納得しない。そして戦の場でそれが爆発するのは目に見えている。
イズナの無事を担保に停戦協定を持ちかけるか、マダラも出来たら穏便にと書いておる。……いや、これはイズナの引き渡しに関してか。
このような長い文の解析と対策は扉間に任せた方が早い。単純な話ならば俺で十分だが、この文は内容だけでなく表現のひとつひとつの中に何か意図があるようにも読める。そういうものを読み解くのは俺は不得手で、扉間の得意分野だ。
飛脚の気配を読んだのだろう、ちょうどよく扉間が来た。影分身のようだが……本体はイズナについているのだろう。俺としてもその方が安心だ。
「マダラから来た文がこれだ。それとこっちはイズナの薬らしい。まずは文を読んで感想を聞きたい。」
10枚の紙を渡すと、扉間が珍しく目を見開いた。
「これが全て文……? この量は兄者、解析専門の班を組まないと無理だ。書き方も独特で正確に内容と意図を読み取るには数人で取り掛かって2日、いや3日はかかるかもしれん。」
「では扉間に任せる。解析出来たら結果を教えてくれ。あとこの袋だが、イズナに必要な薬らしい。届けてやれ。」
ずしりとした袋を扉間に手渡す。その重さにも驚いているようだった。
「これだけあれば……1ヶ月以上は大丈夫そうだが。」
兄者から受け取った文と袋を手に、解析に優れた者3名に声をかけて軍議室のある屋敷に文を置いた。集まってきた3人に解析を指示して、袋を手に屋敷にいるイズナの元に向かう。
「イズナ、お前の兄から丸薬が届いた。かなりの量がある。しばらくは作らなくともいい。だから安心して療養しろ。」
横になっていたイズナは兄と聞いてゆっくりと起き上がった。
「兄さんが……」
イズナを安心させようと袋の口を開いて中身を見せた。1ヶ月はもつ、と思ったがそれ以上ありそうだ。
いくらか表情が柔らかくなった事にほっとして、俺もその袋の中を見る。……何だ、何か違和感が……。
袋の中からひとつ丸薬を取り出す。間違いない、イズナが持っていたものと同じだ。だがこの袋……何か別のものが混ざっているような匂いがかすかに感じられる。
ひとつひとつ手に取る。イズナの薬だ。しかし何かが混ざっている。見た目は全て同じだが、別の薬が。……全て検分するしかない。
「……何してんだよ。兄さんからの薬だろ。こっちによこせ。」
「……いや、念のため薬の成分を確かめてから渡す。」
「兄さんが俺に変な薬を渡すわけがないだろう!」
「悪いが、妊娠している身体に良くないものが入っていてはならない。全て確認できたらきちんとイズナに渡す。」
薬の入った袋は扉間が影分身に手渡して、その影分身はどこかへ消えた。……兄さんからの薬なら、あの堕胎薬がきっと入っていたはずなのに。扉間はどれだけ鼻が効くんだ、俺たちには普通の丸薬と区別がつかないくらいだったのにあいつ……!
……きっと薬は普通の丸薬だけ渡される。だが堕胎薬を扉間が捨ててしまうとも考え難い。あいつはそれすら研究対象にしそうだ。つまり、研究室のどこかに保管するはずだ。
けど兄さんから十分な量の薬が送られてきてる。次にあの研究室に行けるとしたら薬が減ってくる頃だ。兄さんはきっと多量の薬の中に混ぜればバレないと考えたんだろう。だが扉間の方が上手だった……!
ぐったりしたふりをして様子を見ているが扉間が注意を逸らす気配はない。つわりで弱っていると見せかけてどこかのタイミングで動かなければこのまま胎の中で子が育ってしまう。
……落ち着け、産むまでまだ猶予はある。むしろ腹がデカくなってからの方が物理的に「殺せる」。ただ兄さんも焦っている。俺の無事をどうにかして伝えないと。確実に胎の中の子を殺す方法も一緒に……。
兄さんから薬が来たという事は、手紙も一緒のはず。俺を引き渡すよう要求するはずだ。千手がどう出るかはわからないけど、千手柱間は俺を渡すつもりはない。
駆け引きになる。俺を引き渡す代償としてとんでもない物を要求するかもしれない。その駆け引きは兄さんに任せるとして、それとは別できっと俺と連絡を取り合う方法も考えている。
……今は大人しくして様子を見た方が良い。焦るな、まだ2日目だ。たったの2日。この先はまだ長い。千手の望むように扉間との距離を縮めるふりをしながら内情を探り、かつ扉間が俺から目を離さないようにする。そして兄さんからの連絡を待つ。
……出来る、まずは考えろ。優先順位は扉間を縫い止める事、次に距離を縮めるふりをする事、つわりで弱ったふりをして状況を把握する事。
俺は、大丈夫だ。兄さん。
イズナは昼食も食べなかった。栄養のある飲み物といえば牛乳だが、胃が受け付けないらしい。他に何かないか商人に聞いておけばよかった。牛乳も高価だったが、戦争中の今手に入る物は限られている。その中でイズナが口にできる物を確保しなければ弱ってしまう。
米の匂いで吐き気がすると言われてすぐに米は部屋の外に出して窓を開けた。どうやら匂いの強いものも駄目らしい。焼き魚とかは食べられない。そうなると俺自身もろくに食べられなくなる。一応部屋でも食事をとりつつ、影分身の方で食べる事にした。台所の匂いまでは届かない。
食事をとりつつ薬の解析をするひとり、マダラの文を解析するひとり、常にこのふたりの影分身を動かす事自体は容易だ。だがイズナが吐き気を催したり水分すら拒否したりして脱水や栄養失調の可能性を常に頭に置きながら様子を見守るのは思いのほか気を遣う。
女たちに作らせてみた芋餅は、小さく千切ると食べることが出来て安心する。こんな小さな事で一喜一憂する羽目になるとは思わなかったが、イズナには無事に産ませなければならない。もし流産したら……兄者はまた俺に孕ませろと言うだろう。イズナが解放される日が遠のくだけだ。……解放。
兄者は子どもさえ産まれれば万事うまくいくと信じているようだが果たして本当にそうなるのだろうか。
いや、兄者ならやりかねない。と思いつつ、現実的に9ヶ月もの間マダラからイズナを奪ったまま平穏に時が過ぎるとはとても思えない。
最悪のシナリオも考えておくべきだ。例えば、痺れを切らしたマダラがここを突き止めて軍勢を引き連れて襲ってくる……むしろこちらの方が現実的だ。しかしそうなった時に俺はイズナから離れるわけにはいかないし兄者はマダラの相手をせざるを得ない。残りの軍勢は俺達の棲家を火遁で火の海にするだろう。対抗するには兄者の木遁が必要だがマダラを相手にしながらそれは無理だ。そしてイズナも妊娠中とはいえマダラが来たと知れば戦士の身に戻り俺に牙を向くのは間違いない。
徐々に弱ってはいる、身重のイズナであれば恐らく勝てる。しかし勝ったところでどうする。子どもは。イズナは。殺すのか。
……兄者と今後の事を詰めた方が良さそうだ。イズナを得て有利に事が運ぶだろう、というのは甘い。ただの捕虜ではなくマダラの最後の弟で、しかもオメガで、その上俺の子を身籠っている。
戦略的優位には立っているが交渉次第では守りの戦いを余儀なくされ、そして守りの戦いは大抵不利になる。
マダラからの書簡の内容次第だが、話が大きくなるようならイズナの事を隠し通すのはもう無理だ。
軍議を開いて今後の可能性やそれに対抗する手段を考えなければならない。
しかし兄者がなんと言い出すか……想像もつかん。鶴の一声でとんでもない事になる可能性もまたある。……全く頭が痛い……。
「イズナ、厠に行く。着いて来れるか。」
横になって目を閉じていたイズナはゆっくりと目を開けた。
「あんまり動きたくないんだけど……。」
「イズナの尿量を見たい。脱水になっていては困る。歩いて行くのが無理なら抱えて行く。」
「全部管理するつもりかよ……なら抱えてくれ。」
ゆっくりと身を起こしたイズナをどう抱えるか思案して、腹に負担がかからないよう背中を支えて抱き上げる事にした。
立ち上がると不安定だったのか、イズナの腕が俺の首に回る。ただ、その力は以前よりも弱々しい。
「落とすなよ」
「俺を何だと思っている。」
「まあ、落とすような奴じゃないのは知ってるよ。」
……それは、……ある程度信頼を得ている、と捉えていいのだろうか。
厠に着いて、床に座らせてから扉を開けたまま用を足す。弱っているとはいえ目は離せない。またいつ腹を殴ろうとするかわからない。
イズナも厠に立たせた。我慢していたのか尿意を感じなかったのか、尿量はしっかりあるようで安心した。水分は今の調子で取れば良さそうだ。尿の色も悪くない。
「あのさ……そんなとこまでまじまじと見んの?」
「体調管理のためだ。」
少しの間立っているだけでもしんどそうに息を吐く。今は横にさせておくのが一番良さそうだ。
また抱き上げて、部屋に向かった。
文の解析班はマダラの文字の読み解きから入っていた。何分文字が太く読みづらい。誤読があってはならない。一通りの文字を解析したら次は文面を別の紙にそのまま書き写す。しかし10枚の紙にびっしりと書かれている文字はかなりの文量があった。
20枚の紙に清書した文章を書き写すと次は内容の分析に入る。ひとりはマダラの文を様々な角度から確認し、文面にはない暗号が隠されていないかの確認に。
それぞれが解析を進める中に扉間の影分身も入った。文章の確認。内容と共に表現に引っかかるところはないか。マダラがこの文で何を伝えようとしているのか。
恐らくイズナをこの場に連れてこればすぐに読み解くだろう。ただ、イズナがその読み解いた内容を正直に伝えるとは限らない。それに、イズナにしかわからないマダラからのメッセージが含まれている可能性もある。
しかし酷く癖の強い文字だ。まるで古文書のようだ。……字の崩し方もそういえば古文書のそれに似ている。このマダラの字に似た崩字、確か何かで見覚えがある。
「書庫に行ってくる。一枚借りるぞ。」
古文書の崩字を真似て書いているとしたら、その古文書が何らかの形であの文に関係しているはずだ。埃っぽい書庫の扉を開けて古文書の写しが並ぶ一角を一冊ずつ手に取り確認する。
しかしこんな難解な文を送るなど嫌がらせのつもりなのか。内容自体はイズナ関係のことばかりに見えたが、ここまで来ると真意はまだわからない。
一方で研究所にいる影分身は丸薬をひとつひとつ検分する作業が続いていた。今わかっているのは、この袋には少なくとも2種類の薬が混在していること。フェロモンを抑える丸薬の他にもう一種類何らかの薬が混ざっている。それを全て取り除いて一旦イズナに渡し、その後混ざっていた薬の成分を調べる作業に入る。しかし薬の成分を調べるのは骨の折れる作業だ。ある程度どんな薬なのかが分かればあたりもつけやすいが、全くわからない。本当にイズナのための薬だと分かればそれもイズナに渡すつもりではいるが、今のところ見当もつかない。
扉間が三者三様に気を張る中、柱間は縁側に座り、マダラと手を組む未来を夢想していた。
扉間とイズナがうまくやって、子供が産まれれば……いかに頑固なマダラとて三人を引き裂いて戦を、とはならないだろう。弟同士が上手くやっているのだから俺達も、と手を差し出せば、掴まざるを得ないはずだ。
それも拒否するようであれば、イズナをとことん利用してやろう。……イズナは絶対に渡さない。
